アルルカン編・1章-勇者の門出 - 1/5

アルキード峠-またの呼称を小アルキード。
勇者の国と言われる「アルキード王国」でも。
最も端っこにある街にして、勇者として武勲を立てるものも。
志半ばに散るものも、全ての勇者がこの小アルキードを通るという。
当然-それは「勇者でなくなってしまった」者も同じである……。

「はいはい、レザーブーツに鉄の剣ね。ここで装備していくかい?」
「あぁ頼む。今まで使ってたブーツや剣がだめになってさ~」
その日も店主の親父はいつもどおり入ってきた男の足元を見る。
というのも勇者というやつは靴に特徴があるので、足を見ればすぐわかるのだ。
靴紐が酷い汚れ方をしてたり、かかと部分が磨り減っていれば一目瞭然だ。
おまけに顔の真ん中には大きく傷があり、かなりの強面である。
コレでレザーマントでも羽織れば山賊で通るであろう。

「ところでおにーさん、聞いたかい?魔王が勇者様に討たれたって話」
「あぁ知ってる。でも国外追放されたってさ、もったいないよな」
「上手くいかねぇもんさね。それに死んだのは魔王だけで。
鬼より怖い六将共は生きてるって聞いたぜ、気をつけるこった」
世間話をしばらく交わし、足のサイズに合わせたブーツを購入。
新品特有の匂いと硬さを感じつつ店を出ていった男に店主は気だるく手をふる。
そして今後も店主は気づくまい、先程話した男こそ勇者のひとりであることに。

ガイウス・アルドレッド。
魔王の首を刎ねた勇者その人。
その人間性は一言で言えばクズである。
虚言癖ですぐバレるウソをついたり、自分のミスを他人のせいにするなど人格破綻者である。
その日も祝福でなく「なんでこの男が勇者に覚醒したんだ!?」
という疑問の方が大きかったほどである。
しかし、彼の実力は本物だった。
彼ひとりいるだけで、どんな強敵も、難敵も倒すことができただろう。
だが……彼の歪んだ人間性の影響か、はたまたクズ同士は惹かれ合うというやつか。
1年前-勇者をやっていたときのガイウスの道中は、色んな意味で話の種に尽きないものだった。

「……ひとまず港に行くかぁ。やべぇ……路銀がねぇ。
適当にそのへんの魔族でもカツアゲするか」
そして今回取り上げるのはこの追放勇者の愉快な旅路でなく、この勇者は1年前何してたか。
そもそも勇者というのすら虚言でないか?
という疑惑を晴らすべく記したもの。

——–

ディノス村の朝は、いつもより少し騒がしかった。
石畳の広場には、村人たちが押し寄せ、中央に置かれた箱を囲んでいる。
箱の縁をなぞるように青白い魔法陣が淡く輝いていた。
「これが……聖痕の試験かぁ」
村の少年ロディは、肩を落とす。
彼は勇者候補として期待されていたが、指先を箱に触れた瞬間、何の反応もなく終わったのだ。
この箱から、剣を取り出せるのが“選ばれし者”の証。
誰でも挑戦できるが、結果は残酷なほど明白だ。

「残念だったな、ロディ坊」
騎士団の一人が肩を叩くが、ロディは苦笑して返す。
「あ~あ、これで村から勇者が出る話も終わりか。まあ、オレにはまだ早いしな」
しかし、その場に一人だけ挑戦していない男がいた。
「……ガイウスの奴、どこに隠れてやがる?」
村人の間からそんな声が上がる。
やがて、年老いた村長が苦い顔で口を開いた。
「騎士殿……その、ガイウスは試験を受けても、受けなくても……同じでしょう」
「どういうことだ?」
銀の鎧を纏った若い騎士が眉をひそめる。
村長は一瞬、言いにくそうに目を伏せ、それから吐き出すように続けた。
「彼は二年前に騎士学校を中退してから、家に籠もりきりでしてな。
二十歳にもなって村仕事の1つも手伝わず、日がな寝てばかりの怠け者なのです」
さらに声を潜めて、周囲に聞かれぬよう付け足す。

「……おまけに、あの目ですよ。あの、気味の悪い“虹色の瞳”。村の子供ですら、近寄ろうとしません」
騎士は小さく息を吐いた。
「だが規則だ。全員が試験を受けねばならん」
「はあ……仕方ありませんな」
村長は渋い顔をしたまま、広場の奥にある古びた家を睨む。
そこにはカーテンを閉め切った一軒家があり。
村人たちの誰もが足を踏み入れたがらない“厄介者の家”だった。

重たい空気が、古びた家の玄関から滲み出る。
中から現れたのは、一言で言うなら「影」だった。
男の背丈は軽く百八十センチを超えている。
だが、その長身は猫背で歪み、逆に妙な威圧感を放っていた。
さらに、長く伸ばした赤髪の前髪が目元を完全に覆い隠し、顔の上半分が影の中に沈んでいる。
まるで、誰にも顔を見せたくないかのように。

「はぁぁぁ~い……」
深いため息のような、気の抜けた声が玄関口に漏れる。
嫌々、仕方なく。そんな態度を隠そうともしないまま、男はゆらりと一歩を踏み出した。
その姿を目にした村人たちは、ざわりと息を呑む。
「あいつが……」「出てきやがった」「また厄介事になるぞ」
小声が飛び交い、誰も近寄ろうとしない。
ロディだけが、心配そうに兄貴分を見つめていた。

騎士の目には、その印象ははっきりしていた。
――“影”。
怠惰な猫背、隠された目元、そして気配を押し殺した動作。
どこからどう見ても、勇者候補などとは程遠い。ただの、村の厄介者だ。
だがその“影”の奥に、確かに何かが潜んでいるような、妙な圧も感じ取れた。
「確認だ。お前が-ガイウス・アルドレッドで間違いないな?」
銀鎧の騎士が、厳しい声で問いかける。
広場の中央、村人たちが固唾を飲んで見守る中、赤髪の長身は気だるそうに肩をすくめた。
「はい。……ガイウスですぅ」
やる気の欠片も感じさせない返事。語尾を引き延ばすその声に、村人たちは顔をしかめる。

「聖痕の試験だ。お前以外は全員受けた。拒否は許されん」
騎士が箱を指差す。
“聖痕”を持つ者だけが剣を取り出せるという、王国直轄の試練。
ガイウスは深いため息を吐き、だるそうに箱へ近づく。
「……はいはい。突っ込めばいいんでしょ」
投げやりに右手を箱へ差し入れた。
その瞬間――箱の魔法陣が、眩しいほどに輝きだす。
ガイウスの手が、何かを掴んだように箱の中でもぞりと動き、ゆっくりと引き上げる。
白銀の剣が、空気を切って現れた。

「え……!?剣……剣が出たよ、村長!!」
ロディの驚愕の声が、広場の静寂を破る。
村人たちは一斉にざわめき、誰もが目を疑った。
さっきまで「村の厄介者」として囁かれていた男の手に、聖痕の証が握られている。
「馬鹿な……」
村長が青ざめた声を漏らす。
「よりにもよって、あの怠け者が……勇者だと?」
騎士でさえも、目を細めてガイウスを見据えた。
猫背の長身は剣を持ちながらも、誇らしげでも感動的でもなく。
ただ面倒そうに首を傾げているだけ。
「……はいはい、これでいいですかぁ?」
ガイウスの気の抜けた声が、広場のざわめきをさらに冷たくした。

白銀の剣を握るガイウスを前に、沈黙が広場を支配した。
村人たちのざわめきが、不安と絶望のどよめきに変わっていく。
「……間違いないな?聖痕が発現したのか」
銀鎧の騎士が、驚きと困惑を隠せない顔で確認する。
「えぇ……まあ、出ちゃいましたねぇ」
ガイウスは気の抜けた声で、剣をひょいと肩に担ぐ。
その態度は、誰が見ても“選ばれし勇者”には似つかわしくない。

騎士は額に手を当て、しばらく沈黙した後、深い息を吐いた。
「……今すぐ城へ来い。と言いたいところだが――」
ガイウスを頭の先から足元まで眺め、呆れたように首を振る。
「お前の身だしなみときたら……その髪型では、とても王に会わせられん」
村人たちも同意するかのように、ひそひそと囁き合う。
「猫背の勇者様かよ……」
「あの前髪、顔が見えねぇぞ」
「王様の前で寝癖頭って、処刑ものじゃないか?」
「明日、朝九時。村の正門に迎えの馬車を寄こす。それまでに身なりを整えておけ」
騎士はそう告げると、剣を箱に戻させ、手早く魔法陣を封じる。
まるで、“これ以上関わりたくない”とでも言うように。
その場に残された村人たちは、一斉に深いため息をついた。

「なぜだ……なぜあの男が」
村長が頭を抱え、天を仰ぐ。
「我が村には、あの男より勇敢で、正義感ある者など数え切れぬほど居るというのに……」
苦々しい吐息を漏らしながら、呟くように続けた。
「世も末だ。アルキード王国は終わりだ……」
ガイウスはといえば、村中の視線をものともせず。

ディノス村広場――空気は重い。
石畳の中央、赤髪の影――ガイウスが猫背で立ち尽くす。無言。
片手に勇者の剣、もう片手は力なくポケット。
顔のほとんどは前髪で隠れ、まるで幽霊のような立ち姿だ。
周囲の村人たちは、遠巻きに「……」と固まりまくり。
“本当にこれで世界を救うのか?”みたいな絶望感がビリビリ漂っていた。
だが、その場にただ一人、希望を捨てきれない少年がいた。

「い、いやいやいや……兄ちゃんはただ寝起きなだけですから!寝起き20分は毎日こうなんですよ!!」
唐突に大声を上げてしまい、みんなの視線が一斉にロディへ集中する。
ロディは必死だ。勇者ガイウスの“フォロー”を村の前でやりきる決意、しかし。
当の本人は、寝起きでもないのに微動だにせず。
“どうでもいい”オーラをこれでもかと放ち続けている。

「そ、それに……兄ちゃん俺には優しいですから!ほんとに!ほんとに!!
小さい頃、転んだ時も“痛いの痛いの飛んでけー”って!
いや、まぁ飛んでこなかったけど!でも優しいんですよ!」
村長が小声で「それはおまじないレベルだろ」と呟くのが聞こえた。
そして、何よりロディが一番恐れていること。
“ガイウス兄ちゃん、せめて今だけは空気読んでくれ!”

「兄ちゃん其処は空気読んで頷いてくれよぉ!!」
だがガイウス、無言。
まったく微動だにしない。前髪の奥で目だけ死んだ魚。
ロディは半泣きで、その場の空気を立て直そうとジタバタするが。
村人たちは更なる絶望の波に沈んでいった。
「あー、明日かぁ……めんどくせぇな」
そしてガイウスは絶望感漂う空気の中。
それだけ呟き、猫背のまま家路につくのだった。