オーディスにも掴みきれない第三の勇者、それはアルルカン内にもう一人いた。
そしてその人物は今舞台上で声を張っている。
「いいわぁ~お姉さんは貴女みたいなブサイクと違って!
婚約者候補だっているからねぇ~おっほっほっほ~」
主役としてではない。成功をおさめる主人公を虐める意地悪な姉という嫌われ役だ。
銀髪に浅黒い肌、豊満な肉体、そして何より高飛車な言動が板についた美女、 名をヴィヌス。
彼女が演じるのは主人公のライバル、所謂悪役令嬢だ。
ちなみに彼女は主演ではないため出番は少ない。
それでも重要な役柄であり、今日は練習のために来ているのだが。
「ヴィーちゃん、主演の子が怖がってるわ。気合入れすぎよ」
「……ふー。団長なんで私を主演にしなかったの、主演ができないと役者としての質が落ちるのよ」
「仕方ないわよ、他の配役の都合があったんだから。それにあなた最近素が出始めてるでしょ」
「そうよ、もっと謙虚になりなさい」
「むぅー、わかったわよぉ」
二人の女性に注意され、しぶしぶ了承する。
ヴィヌスは女優だ、しかし大人気女優と言うほどではない。
というのも素できつめの性格なので演技力はあるが。
団長に嫌われ端役か、嫌われ役のモブしか貰えないのだ。
彼女自身も自分はそういう性格だと理解しているので、最近は少しずつ抑えるようにはしている。
「じゃあ今日のところは解散!各自次回までにしっかり台詞覚えてくるように!」
「はーい」
舞台を降りたヴィヌスは、メイクを落としながら
控え室の隅に身を寄せる。
耳に入るのは、遠巻きにささやかれる女優たちの陰口。
「あの黒い肌と白い髪、ちぐはぐすぎて何を着ても浮いてるのよ」
「主役顔じゃないよね……せっかく背もスタイルもいいのに、華がないっていうか」
「ちょっと強すぎるのよ、声も態度も。団長に嫌われてるの気づいてないのかな?」
「ヴィヌスは脇役がお似合いよ——あの顔、主役向きじゃないわ」
ヴィヌスはそれを聞いていないふりをする。
けれど指先はほんの僅かに震え、
胸の奥で、誰にも見せられない火種が燻り続ける。
(……どうせ私は浮いてる。
でも、それでも舞台から降りる気はない)
舞台の上では“悪役”。
舞台の外でも“異物”。
サタヌスのように街の底で燻るのとは違う、
「どこにいても自分だけが場違い」な孤独が、
ヴィヌスの心をじりじりと焦がしていた——。
「あー疲れたぁ」
「お疲れ様」
稽古が終わり、汗を流し着替えると、同僚たちと劇場近くの酒場へ繰り出す。
ここでは夜遅くまで営業しているので、暇さえあればこうして飲みに来るのだ。
「そういえば聞いた?また出たらしいわね」
「ああ、殺人鬼の話?」
「そうそう、もうこれで何件目かしら」
「私が知る限りじゃ8件かな」
「いやそれ全部知らないけどぉ……」
話題はもちろん帝国領で発生中の連続殺人のことだ、殺されたのはいずれも若い女性ばかり。
しかもその殺され方はどれも特徴的なもので。
いずれも首がなく雷で焼かれたように焦げているというものだった。
そんな恐ろしい事件、もちろんこの街でも起きている。
「噂じゃ轟雷将軍ユピテルの仕業って言われてるわ」
「ユピテル?」
「そうそう。でもこれも見て」
「美男子ねー」
テーブルの上のゴシップ雑誌に載る「雷鳴将軍」ユピテルの写真は。
一見すれば誰もが惹き込まれる一枚だった。
真っ白なシャツの袖を肘までラフにまくり、短パンから細く長い脚を覗かせて椅子に座る。
肘掛けに腕を投げ出し、片膝を椅子に乗せているその仕草には、どこか挑発的な余裕がある。
だが、よく見れば彼の体つきは意外なほど華奢だった。
筋肉質というよりは線が細く、全体的に華やかなのに少年ぽい危うさも漂う。
身長も大柄ではなく、周囲の大人たちと並べばむしろ小柄な方だろう。
そしてもう片手は顔の横で、指先が頬に軽く触れる“小悪魔ポーズ”。
短パンに無造作なシャツ――“将軍”という肩書きからは想像できない。
まるでどこかの悪戯少年が、そのまま美青年になったかのような、年齢不詳の雰囲気をまとっている。
カメラをまっすぐ見つめる金色の瞳は、笑みを浮かべていても底知れない冷たさをはらみ。
どこか年齢よりずっと大人びた影も感じさせた。
背景は高級ホテルのテラス。夜景の中に観覧車のネオンがぼんやりと浮かぶが。
そのキラキラした世界すら、彼の存在感の前では色褪せてしまう。
頬には黒い雷のマーク。金髪の前髪が少し乱れ、光に照らされて淡く輝いている。
“美男子”という言葉だけでは言い表せない。
少年と青年、無垢さと危うさが同居する男。それがユピテルの“美”だった。
写真を囲む女たちは、みな息を呑んでページを覗き込む。
「なんで……こんなキメ顔で短パンなの?」
「少年ぽいけど、目が全然笑ってない……」
「カッコいいけど、絶対ヤバい。年下?年上?わかんない……!」
「私、こういうの人気出るのわかるけど……私はパス」
ヴィヌスは肩をすくめるが、写真に目を奪われた自分を内心で否定できなかった。
ページの向こう側から、ユピテルの視線は変わらず冷たく、底知れぬものを湛えたまま。
見る者すべての“本音”を見透かすかのように、静かに刺さり続けていた。
「はぁ、こんないい男が殺しなんてするわけないわよね」
「なに?あんたああいう男が好きなの?」
「違うわ、私の好みは筋肉ムキムキマッチョマンの野蛮人だから」
確かに顔は整っている、だがどうにも中身が空っぽな感じがする。
「私は男を中身で判断するタイプよ。こいつ性格悪そうだからパス」
「ヴィーちゃんそんなんだから団長さんに嫌われるんじゃ」
「うるさいわねぇ~。あ、店員さん、このパスタおかわりお願いできる?」
「あ、私も~」
「あんたら食べ過ぎじゃない!?」
まあ、私みたいな女はこれくらいガツガツいかないと生き残れないものね。
—衛星都市アルル
アルルカンにはもう1つ顔がある、未来の役者の卵たちを育てるベッドタウンだ。
帝国領最大の享楽都市の隣にあるには静かで地味過ぎる。
だから地元民でもないと、入口の看板に書かれた文字の意味を理解することはできない。
舞台の練習を終えヴィヌスは少し疲れた顔で家に向かう。
そして思う、あの主演の子-カワイイが言っちゃ悪いが演技力がない。
(あの子のせいで何度も撮り直しする羽目になるのよね……)
そう思いつつ、自分もまだまだ偉そうに言える立場ではないと思いなおす。
自宅の扉を開けると、中には誰もいない。
一人暮らしなので返事はないが、ただいまと言ってしまうのは癖だった。
手洗いうがいをして、リビングのソファーに寝転がると映像用水晶をつける。
最近は女優仲間と噂した首切り魔は出ないらしい。
だがヴィヌスには今のところは関係ないこと。
(私はもっと有名になる……こんな三流女優で終われない)
彼女の頭の中にあるのは自分の名声のこと、ただそれだけ。
そして奇しくも、ほとんど同じことを考えながらサタヌスも住処のベッドで横たわり。
(いつか俺/私を認めるやつが現れるまで終わらない。
それまで生き続けてやる……!)
そんな決意を胸に秘めるのだった。
本人の意思と関係なく、勇者をやることになった青年。
認められぬ舞台にて、それでも踊る女優。
居場所が消えていくのを感じつつも、抗い続ける少年。
それぞれ、ベクトルこそ違うが燻る勇者達。
そしてもう間もなく-彼等は運命の出会いを果たす。