アルルカン編-5章・歓楽都市の光と影 - 1/4

アルルの温かな光を背に、三人は決戦の地――ノワール区へ向けて歩き出した。
しかし、その道は華やかな街路でも、整備された大通りでもない。
夜の住宅街の端、人気のない裏路地でサタヌスがマンホールの蓋を慣れた手つきで持ち上げる。
「アルルから直通でノワール区に移動するぞ!下水道だ!」
カツンと音を立てて、開いた穴からひんやりとした空気が吹き上がる。
ガイウスは何のためらいもなく飛び降り、サタヌスも続く。
ヴィヌスは眉をひそめて、本気で嫌そうな顔をした。

「下水道を進むなんて……正気? 泥も臭いも、全部くっつくわよ……!」
だが男二人は意に介さない。
ガイウスはさらっとした顔でドヤりながら言い放つ。
「いや、RPGじゃ下水道は通り道だろ。これ常識だから。」
サタヌスはケタケタと楽しそうに笑い。
「マジで、こいつら何でもゲームみたいに考えてんな……」
ヴィヌスは呆れを通り越して、軽く頭を抱えた。
「そういう発想が正気じゃないって言ってるのよ!」
それでもガイウスは、懐から取り出したメモを見せびらかしながら続ける。
「観光マップにも“おすすめ”って書いてあったし」
「ねーよそんなマップ!」
マンホールの縁に足をかけながら、サタヌスは大声で突っ込む。
下からは、アルルカン独特のスチームと、冷たい水音が響いてくる。
ヴィヌスはしぶしぶ最後尾から続き。
こうして“勇者一行”は、決戦の下水道へと足を踏み入れるのだった。

親分鼠はガイウスを見上げて。
「勇者ってのは、ねずみみてぇだなぁ」とニヤリと笑う。
ガイウスは一瞬ポカンとするが、サタヌスがすぐさまフォロー。
「いや、ガイウス。ねずみってのは――スラム的に最高の誉め言葉だぜ」
「死なねぇ、ずる賢い、内側から食い荒らす。それが“ねずみ”だ。
どんな堅牢な砦も、ネズミがいりゃいつか崩れる。
下水道を制した奴が、結局この街の真のボスってことさ」

ヴィヌスは横目で見ながら毒を吐く。
「……さしずめ黒死病ってとこね。色が合ってるのが最悪だわ」
サタヌスがニヤッと笑い。
「勇者ズ、通り名“黒死病”で売り出すか?地味に強そうだぜ」
ガイウスは渋い顔で「やめろ!お前らセンス悪すぎ!」とツッコむ。
親分鼠はそれを聞いてますますご満悦。
「ははっ、黒死病の勇者様――これからも下水道の点検、頼んだぜ」
スラムの“誉め言葉”が、勇者ズの新しい伝説を生んだ夜だった。

「道案内は頼んどいたぜ、こいつについていきな」
親分に尻尾で合図され、子分らしきネズミが、ちょろちょろと走り寄ってきた。
「おうサータ! 親分から聞いてるぜ、こっちだ」
まるで人間のように軽口を叩くその姿に、ヴィヌスは素で驚き立ち止まる。
「うそ……ネズミ……喋った……」
ガイウスも目を丸くして呟く。
「マジだったんだな、ネズミは喋るって」
サタヌスは得意げにニヤリと笑い、ネズミの背中を軽く指先で突く。

「アルルカンは喰うもんに困んねぇからなぁ、知恵がつくんだろ。
侮るなよ、あいつらヘタなお貴族より頭がいいからな」
ネズミはヒゲをピクつかせながら、小さな声で合いの手を入れる。
「まっ、オレらの情報網なきゃスラムじゃ生き残れねぇからな。
あんたら勇者ズも、こっから先は案内してやるぜ」
スラムの下水道は、ただの通路じゃない。
ネズミたちが張り巡らせた秘密の抜け道、隠し扉、合図。
まるで生きている迷宮のようだ。
ヴィヌスは少し呆れたように、でも心底感心した目でサタヌスを見る。

「……あんた、昔からこうやって生き延びてきたのね」
サタヌスは肩をすくめ、ガイウスは苦笑いしながら、ネズミの後についていく。
こうして、勇者一行+ネズミガイドは、迷いなく下層部へ進んでいく。

暗く湿った下水道の中、一匹のネズミがくるりとしっぽを振り。
小さな手足とピョコピョコ動く耳で案内役を買って出る。
「ほらほら、ついてきな!危ないとこはオレが先に見てくるからよ!」
くるっとUターンして、片足で立ち止まる。
ヴィヌスの顔をまじまじと見上げて、両手をぱんっと合わせるように鳴らす。
「ねぇお姉さん、そんな怖い顔しなくても大丈夫だぜ~。
“泥は落ちる”し“ネズミの道案内”は外れナシ!」
ガイウスが笑いながらつぶやく。

ヴィヌスは周囲の水路と石壁を眺めながら。
「……想像してたほど臭くないわね」とふっと呟く。
「楽屋の開けてない倉庫みたいな匂いね。十分耐えられるわ」
舞台帰りの女優目線であっさり受け流す。
サタヌスは壁の落書きを見上げてニヤリとしつつ。
「つまり、カビと籠った空気の匂い」
「スラムの地下室よりは全然マシだろ」
「あっちはネズミと酢漬けキャベツのダブルパンチだしな」
下水道の石畳をネズミが先導し、勇者一行はノワール区の深部へ進んでいく。
サタヌスがふとネズミに尋ねる。

「オーディスはどうなってる?」
ネズミは立ち止まり、ひげをピクつかせながら答えた。
「あぁ、お前って抑止力がなくなって、益々範囲を拡大してやがるよ。
そのうち町長に取り入るぜ?“慈善活動”をダシにな」
サタヌスが鼻で笑う。
「ハッ!何が慈善だ、偽善活動だろ」
ヴィヌスも腕を組み、眉をひそめる。

「町長って、あの“後任のために椅子温めるのが仕事”のおっさんでしょ?
オーディスを疑うわけないね」
アルルカンの町長は「椅子を温める置物」と陰で言われるほどの無能。
しかも裕福層の言うことしか聞かないことで有名だ。
ガイウスはふっと遠い目になり、かつての王都・アルキード王国を思い出した。
「……アルキード王、腹黒いが、上に立つやつとしてはちゃんとしてんだな」
アルルカンの町長は、裕福層の意見にしか耳を傾けない“置物”のような存在だった。
オーディスが町の顔役に取り入っても、疑う気配すらない。
その光景を見て、ガイウスは心の中で。
かつて自分がボロクソに愚痴っていたアルキード王の顔を思い出す。

(腹黒いし性格も悪い。けど、王国の危機が迫れば必ず決断し。
“上に立つ者”としての責任だけは絶対に投げ出さなかった――)
いつの間にか、自国の王を「やっぱ有能だったんだな」と再評価している自分がいた。
「……あの王様、嫌いだけど……町長よりはずっとマシだわ」
ヴィヌスも同意してうなずき。
サタヌスは「世の中“人柄”と“有能さ”は別モンなんだな」とつぶやいた。
ネズミ案内役が「ま、王様の悪口は町長には贅沢な話さ」と肩をすくめる。

ネズミのガイドに導かれ、勇者パーティはついに“教会最寄りのマンホール”へ到着した。
薄暗い下水道の天井から、梯子がまっすぐ地上へ伸びている。

「ほら、教会最寄りのマンホールの真上まできたぜ。がんばれよ!」
ネズミはピクサー映画の動物みたいに小さく手を振り、尻尾で軽くサタヌスの膝を叩いた。
「おう、親分によろしくな!」
サタヌスはガイウスと並んで梯子を見上げる。
ヴィヌスは一歩引き、眉を吊り上げて言った。

「……なんで私を先に行かせようとしてんの?」
ガイウスがバツの悪そうな顔で言い訳する。
「レディーファーストってやつで……」
ヴィヌスは冷たい目で睨む。
「絶対パンツ見るつもりだわ。先にいきなさい」
サタヌスが肩をすくめて小声でぼやく。
「お前の手つきでバレたじゃん」
「お前のせいだ!」
二人の低レベルな押し問答を無視して、ヴィヌスはため息をつきながらも微笑んでいた。
――これが、このパーティの“日常”なのだと。
そんなやりとりの中、ワンコ(ガイウス)は“スケベ野郎”のレッテルを貼られたまま。
先頭で梯子を昇る羽目になるのだった。

ガイウス、サタヌス、ヴィヌスの三人がマンホールから顔を出すと。
ノワール区の空気は明らかに“別世界”だった。
通りの向こうでは観光パレードや大道芸、カラフルな劇場の看板。
上層の華やかさがそのまま表舞台に続いている。
だが、その裏手の路地を一歩入れば、スラムの子どもたちが怯えて走り。
崩れた家々の影では不穏な気配が渦巻いていた。
まるで“都市の仮面”が剥がれ落ち、もうひとつの“戦場”が広がる。

一方その頃、教会の奥、薄暗い部屋でオーディスは魔術機械。
ドローン型の使い魔を通してサタヌスをじっと観察していた。
「……あの子の瞳……これは――魔族と人間の“半人”に現れる、魔力の乱れの同心円模様……」
オーディスの目が冷たく光る。
「この街に、そんな忌まわしき“半端者”が生きていたとは……」
すぐさま書簡、あるいは魔法通信の準備。
筆を走らせる手は一切の迷いがない。
やがて空間にノイズが走り、通信魔法がユピテルへと繋がる。

「ノワール区に“半人”が現れました。あの模様、間違いありません。
人間以下の存在に手を焼くのは、私の本意ではありません。
ここは“あの御方”のお力を借りるべきかと存じます」
魔法の向こう、ユピテルの気だるげな笑い声が響いた。
「へぇ、半人(ハーフ)かぁ。面倒だな……いいぜ、手を貸してやる」
その声は柔らかくも、ノワール区の夜にさらなる嵐を呼ぶ――不穏な予兆だった。

魔王軍・戦術通信室。
青い軍帽――“ブルーベレー”と呼ばれる魔族兵たちが。
淡々とインカム越しに情報を捌いていく。
通信兵が冷静な声で状況をまとめ、魔法通信の先――ユピテルに報告を始めた。

「勇者は現在三人、覚醒タイミングはほぼ同時です。
一人目はアルキード王国出身、聖痕覚醒まで二年引きこもっていました。
二人目はアルルカン貧民区出身、オーディスが報告した“ハーフ”はこの二人目を指します。
三人目は、魔力の性質や容姿特徴から、ダークエルフの可能性大」
ユピテルがインカム越しにふっと笑う。
「ダークエルフぅ?絶滅してなかったンだ。しかも勇者とか激レアじゃン。いいね~」
指をパチンと鳴らし、何のためらいもなく指令を下す。

「勇者が三人ねぇ……魔導戦車、出せ。フッ飛ばしてきな」
隣の兵士が青ざめて声を上げる。
「ゆ、ユピテル様!?相手はRPGで言うとまだレベル10くらいっすよ、オーバーキルですって!!」
だがユピテルは面倒そうに肩をすくめ、インカムを指でくるくる回しながら吐き捨てる。
「生憎、俺ネズミは大嫌いなンだわ」
通信はぷつりと切れ、魔導戦車部隊の出撃ランプが赤く点滅し始めた。