3人でやったおかげで、昼下がりに終わると予想していたリース作りは午前中で終わった。
そしてアネットの話を思い出す。
リアナ姫が黒い魔族と話していた、というものだ。
しかもその黒い魔族とリアナ姫は定期的に「おしゃべり」しているらしい。
「黒い……魔族」
「どうしたの?」
「いや。アネット、その姫の部屋の鏡ってどんな形だった?」
「……確か丸い円い形で、縁にレースが付いてたかな。あ!でも布で隠してあったよ!」
「そうか、ありがとう」
ロディは考える、リアナの部屋にある鏡は魔法の道具だって聞いたことがある。
まだまだアルキード王国にラピアしか街がなかった頃。
ラピア周辺の森にはエルフが住んでいて。エルフの職人が王族のため特別に作った鏡があるらしい。
いつもは普通の鏡だけど、魔力を流すと遠くにいる相手と会話ができる鏡。
「レオノーレさん、神官様に連絡を取れない?」
「……ええ。電話はありますか?」
「教会前に電話がある」
「案内してください」
2人は正午の鐘を聴きながら、教会前の電話まで走った。
村の教会に一台だけ置かれた、その機械を人々はこう呼ぶ。
――「声を運ぶ箱」。
木目の台座に真鍮の飾りを施した豪奢な箱型の装置。
受話器は黒曜石のような艶を放ち、
レバーを回すと中で“雷のマナ”が唸り声をあげる。
この村で唯一、遠くの人間と会話ができる機械。
そのため教会はただの祈りの場ではなく、
“世界とつながる窓口”としての役割を持つようになった。
ロディも仕組みまでは知らない。
物知りな学者が「雷のマナが電流を生む」とか
「神の息吹を導線に通す」とか、そんな話をしていた気がする。
だが難しい理屈はともかく、たった一つだけ確かなことがある。
この機械を使えば、遠く離れた誰かと声を交わせるということだ。
それだけで、人々には十分な“奇跡”だった。
「もしもし、メルクリウス神官様」
『あぁレオノーレ。巡礼は終わったかい?』
「もうじきに。相談がございまして電話させて頂きました」
(え?さっきの声が神官様?おじいちゃん想像してたのにスゲー若い)
ロディは電話口の声に驚いた。
てっきり老齢のしわがれた声が返ってくると思っていたからだ。
だがレオノーレの話し相手は20代と思しき若々しい声だった。
「リアナ姫の様子が急変し、更に黒い魔族と鏡を通し会話していると聞いたのです」
『……まずいね、魔族の可能性が非常に高い。魔王軍残党の何者かが、姫に取り憑いているのかもしれない』
「ええ、ですから神官様」
レオノーレはそこで一旦言葉を止めると、決意に満ちた目で言った。
「私はリアナ姫様にかけられた呪いを解きます。そして彼女を救いたいのです」
『……分かった。アルキード王国での滞在を許可しよう、ただし教会からあまり離れないように』
「ありがとうございます!」
『聖水の使い方は教えただろう?アルキード王国にはガイウス君の弟君がいる、彼と協力してくれ』
「弟君でしたらここに……ロディ、神官様です」
てっきりレオノーレと彼の会話で終わると思っていたのを。
いきなり受話器を渡され、予想外の事態に固まりながらも。なんとか会話を続ける。
「も、もしもし」
『……君が勇者の弟君か』
「……はい、ロディ・アルドレッド……でございます」
『僕は聖教神官メルクリウス・ゾルクォーデ、よろしく頼む』
「あ……よ、よろしくお願いします!」
(この人があの有名な!)
ロディは内心驚いたがそれを表に出すのは失礼なのでぐっと堪える。
だが電話越しではその緊張が伝わったらしい。
『そんなに畏まらなくてもいいよ、神官でなく個人として。ガイウス君の弟と会話したかっただけさ』
「はい。メルクリウス……様つけたほうがいいですよね?だ、神官様」
『好きに呼んでくれ。レオノーレのことは頼むよ。
大人しく見えて向こう見ずというか、怖いもの知らずなところがあるから』
「はい!」
ロディは会話を終えると、受話器を元に戻しながら首を傾げる。
あのメルクリウスって人、自分を知ってる感じだった。
出会った覚えはないのに……。
「レオノーレさん、メルクリウス神官様と兄ちゃんって知り合い?」
「ええ。神官様は1年前-勇者パーティーとして魔王を討たれました」
「はあ!?ガチモンの勇者様じゃないっすか!」
「ええ、若年20代で神官となられたのもひとえに彼の並々ならぬ実力と、その類い稀な才能のお陰でしょう」
「勇者様だったのか……いや、でも納得。声だけでわかる、絶対強い人だわ」
ロディは何故か妙に納得してしまった。
電話越しに聞いた彼の声は柔和で、気品に溢れたものだったが同時に。
絶えず威圧的な存在感があった。あの声だけで並々ならぬ強さと、その覇気を感じさせるものだ。
「ところでロディ」
「なんすか?」
「私は連合式のクリスマスしか知りません、この国のクリスマスはどんなものですか?」
「えーとね……お祝いというか、可能な限り家族全員で集まって過ごす日かな」
「家族で?」
「うん。殆どの家庭は大体そうする。この国じゃクリスマスを一緒に過ごせないのはとても不幸なことで」
ガイウスが国外追放されて帰れなくなってしまったことを。
話しているうちに思い出し、じんわり泣けてきた。
「ロディ……どうしましたか?」
「うん……ごめん」
「お昼にしましょうか、目は見えませんが……今のあなたがどんな顔をしているのかは分かります」
「うん……」
そして2人はひとまず今のモヤモヤした気持ちを晴らそうと家へ戻る。
今年はガイウス居ないんだったな、と肩を落とすロディの後ろのほうでウシがのんびり鳴いた。
「ロディ、食事中に言うのもなんだと思うのですが」
「大丈夫です。粗方食べ終えたので」
「このあと時間はありますか、教会裏へ行きましょう」
「え!?教会裏ってまさか」
「……聖水の使い方を教えるだけですが?」
いやらしいことを想像したな、とパンをスープへつけながらジト目になるレオノーレに。
ロディは顔を赤くしてしまう。だって事実なのだ。
そういうものに興味がないとは否定できない。
「いや、その……はい」
「素直でよろしい」
たった1歳差なのになんでこうも違うのか、そう思いながらロディはスープを飲み干す。
そして2人はレオノーレの案内で教会裏へと向かった。
「聖水って、神父さんが撒いてるお水のこと?」
「はい、近い内に私達は魔族と戦うでしょう。貴方にもお教えします」
聖水はロディも見たことがある、ものぐさなガイウスと違って。
勤勉な彼は毎日きちんと教会へ読み書きを教わりに行っていた。
そして神父やシスターが教会前に水を撒き、清めているのを何度も見た。
どんな小さい教会にも「ヨアニス像」と呼ばれる。
聖教の信仰対象である「ヨアニス神」を模した、水瓶を抱えた女神像がある。
その水瓶から流れる水が聖水だ。
「ヨアニス様、お借りします」
「んんー…どう見てもただの水だよ?」
「はい。人間には」
色や匂いを確かめるが、どう見たって綺麗な水だ。
「退魔の水です、人間には清水ですが……魔族には身を焼く猛毒となります」
「リアナ姫は人間じゃないってことですか、だったら……!」
「ええ、おそらく」
その言葉を聞いた瞬間、ロディの顔が引き締まる。
人の命を奪うものとの戦いが始まるのだと本能が告げているのだ。
一方で不安になる、そう……ロディに兄貴分のような。
実力でネジ伏せるほどの力が在ればすぐにでも乗り込めた、
リアナ姫を騙る悪魔を討てた、だがロディは「剣の腕はそこそこ」程度。
身も蓋もない言い方をすれば強くないのだ、気づいたところで倒せる自信がない。
「でも僕には無理だよ……レオノーレさん、気付けてもどうにもならない」
「そうでもありません。見なさい」
「ん?」
レオノーレが手本を見せると聖水をコップに汲むと、剣の刃へかける。
そして口の奥でなにか祈りの句を唱えると、青白く輝き出したのだ!
「聖水の力を使いました。これで一時的とは言え聖剣並の切れ味にすることが出来ます」
「す、すごいや……!僕にもできるかな!?」
「できますとも、私が教えますから頑張りましょう」
こうして二人は特訓を始めるのだった……しかし、
その様子を鏡から覗く者がいた。
誰であろうリアナ姫-もとい彼女の皮を被ったウラヌスである。
(ふん、ウラちゃんを倒そうっての?乳臭いガキに聖女くずれが、笑わせるわ)
そんな二人を鼻で笑うと踵を返し、ウラヌスは自室へ戻る。
「面白いこと」を優先する彼女にとって取るに足らないザコを相手するなど時間の無駄。
それにもうじきアルキード王国はクリスマスを迎えるのだ。
「ひ、姫様……おやつの時間です」
「はいは~い今行くわん、今日はなに?」
「クリスマスプディングです……また前みたいにお皿を投げたりしないでくださいね?」
「しないわよぉ、もう。あんたが生意気なことしなきゃ私は優しいの、いい?」
「はい……」
すっかり何度か癇癪を起され委縮したメイドを尻目に。
ウラヌスは鼻歌を歌いながら食堂へ向かう。
(ふふん……もうすぐよ。もうじきこの国は私のもの)
クリスマスまであと数日、だが今年のアルキード王国は。
迫る脅威を示すように暗雲が立ち込めていた……。
—-
「はぁ、はぁ……」
「大丈夫ですかロディ?強化術は掴めそうですか」
「さっきよりは……クリスマスまであと数日なのに!あぁもう」
「クリスマスですか。この国でも聖教由来の祭りが根付いているのですね、教徒として少し誇らしいです」
あれから数日間、二人は聖剣並の切れ味を発揮する聖水による強化術を会得する訓練していた。
レオノーレは教えるのが上手いのか、ロディもコツを掴んできたようで徐々に上達してきている。
しかしそれでもまだ実戦レベルには程遠い。
何よりロディが焦る理由がある、聖夜祭が近いのだ。
聖夜祭には普段は閉ざされているアルキード城の正門が開き。
国民が自由に城へ入れるようになる。
そしてアルキード王国は国を挙げての祭りになる、。
それが恐らくリアナ姫にちらつく不穏な気配を見破る、最初で最後のチャンスになるだろう。
「でも……やっぱり僕には無理だよ、レオノーレさん」
「……無理とは?何がですか?」
「僕は強くないんだよ、だから聖水の力があっても倒せっこないよ……」
そう言って俯くロディを見て、レオノーレはふむと考え込む。
確かに彼はガイウスと異なり死線を潜ったこともない。
自分よりはるかに格上の悪魔を倒す「大物殺し」も経験がない。
「確かに……今の貴方では厳しいかもしれません」
「なら!」
「ですが……それは貴方が弱いという証明にはなりません」
レオノーレはそう言うとロディの肩に手を置く、その手から伝わる温もりに彼は思わず顔を上げた。
その瞳はどこまでも真っ直ぐだ。
「貴方は弱くなどありません、ただまだ自分の力を使いこなせていないだけ。
大神官様も言われておりましたよ?活かすか活かさないかは自分次第だと」
「だから……僕でも強くなれる?」
「なれます。私が保証します、貴方は強い子ですもの」
そう言って微笑むレオノーレにロディも釣られて笑う。
そして改めて思うのだ、この人が居てくれて良かったと。
「ありがとう、レオノーレさん」
「どういたしまして。では続きを始めましょうか」
こうして2人はまた訓練を始めるのだった-。