秋葉原編-芸夢大祭 - 1/4

秋葉原。
かつてはオタクと電子の聖地と呼ばれた街。
けれど今はもう、魔力と金属の腐食臭が入り混じる、終末の電気街だ。
ビル群の隙間を縫うように、錆びた配線と光る魔法回路が走っている。
ネオンは滲み、電光掲示板は意味を失い、
それでもどこかで“起動音”だけが生き続けていた。

「ご主人様ァ、ご注文は“電解紅茶”と“魔核チーズケーキ”でよろしいですか〜〜?」
甲高い声が、濁った空に反響した。
声の主は、カルディ重工製・KLD-HW09シリーズ、通称“カル子”。
魔力とロジックで稼働するハイブリッドメイド型自律兵器――
本来は戦場用アンドロイドだったが、
今やほとんどが喫茶店のウェイトレスとして余生を送っている。

どの世界でも、“戦うよりも、誰かに紅茶を淹れる”方が幸せなのかもしれない。
その日、オロバス――いや、悠馬は魔力を完全にオフにしていた。
“嵐の魔王”ではない。ただの、眼鏡の青年として、
レイス、イザナギ、ウラヌスたちと連れ立ってこの廃れた秋葉原を歩いていた。

歩きながら、溶けかけたアスファルトを踏みしめるたび、
かつてのアキバの記憶が彼の中に蘇る。
電車が通り、メイドが笑い、そのすぐ下で“無数の夢と挫折”が行き交っていた街。
「ご主人様ぁ~♡」
カル子の音声ユニットが、軽快に跳ねる。
「最近アキバの若者の間で流行ってるんですよ~!」
「“魔界のヴェイダー卿”ご存知ですか?」
悠馬は思わず足を止めた。
「……誰それ」
本当に自分のことだとは気づいていない。

「黒パーカーに赤ライン、フード深めにかぶって……もう、バズってるんですっ♡」
メイドの声に反応するように、通りの若者たちが笑っていた。
「“邪気眼”再ブーム、黒風暴のせい説www」
「災害は災害だけど、正直あの立ち姿スクショ保存した」
悠馬の眉がぴくりと動く。
後ろからレイスが煙草をくわえたままぼそりと呟いた。
「……どうせ“魔界経済新聞社”の仕業だな」
「黒風暴の写真に“魔界のヴェイダー卿”ってキャプションつけて流行らせたんだろ」
「どこまでいっても経済優先の連中だぜ」

悠馬の喉が乾いた。
「……僕、そんな風に呼ばれてるの……?」
「いやいやいや!! 待って!? 僕ただ暴風で街吹っ飛ばしただけで!!!」
イザナギが振り返って吠える。
「“だけ”って言うな!!!」
ウラヌスは腹を抱えて笑っていた。
「でもイケメン化は事実だから受け入れろ~~ww」

悠馬のアホ毛がぺたんと倒れた。
彼の頭上には、崩れたアーケード街と、
まるで嘲笑うように輝く“芸夢大明神”の電子鳥居が見えていた。
どこまでいっても、世界は彼を忘れさせてくれない。
懺悔するために来た街で、彼はもう一度。
「やっちまった過去」と向き合うことになる。
それは、罪の清算ではなく――神への再挑戦の始まりだった。

かつて「電子とオタクの街」と呼ばれた場所は、
今では祈りと再起動の聖地になっていた。
崩れかけた高層ビルの隙間から、
無数の光線コードが地上に垂れ下がり。
まるで都市が再び充電されようとしているかのようだった。

そしてその中心に立つのが、
この街で最も信仰を集める終末サイバー神社「芸夢(げいむ)大明神」。
その鳥居の前。
今日も参拝客の波が絶えない。
だが――その光景を見て、悠馬は言葉を失った。
「…………え」
息が、止まった。
いや、正確には脳が理解を拒んでいた。

参拝客も露店の呼び込みも、カル子(ロボメイド)たちも。
全員が――黒フード+赤ラインの“黒風暴(カラブラン)コーデ”を纏っていた。
あのデザイン、あの色。
自分がかつて、絶望と怒りのままに身を包んだ“魔王の衣”が、
今ではファッションとして流行している。

「黒フード割引〜♡ 本日限定で“嵐の王セット”がお得ですよ〜〜!」
「“芸夢大明神御守り”買うと、無料で赤ラインペイントできます〜!」
喧騒のなかを通り抜けるたびに、悠馬の肩に“黒歴史”の重みが積もっていく。
「いや、あの……あの姿は黒歴史で……」
けれどその震えは誰にも届かない。
この街では、“懺悔”すらもエンタメだ。

彼の脳裏に、あの日の空がよみがえる。
黒雲が螺旋を描き、東京スカイツリーを飲み込むように渦を巻いていた。
雷鳴が地を這い、風が街を裂き、群衆の叫びが神話の起動音のように響いていた。
「魔王らしさってなんだ?」
「上から目線で押さえつけるのがカリスマか?」
「滅茶苦茶に破壊するのがカリスマか?」
「お前ら自身が説明できないもんを、俺に押し付けるな!!」
あの日、確かにそう叫んだ。
そして次の瞬間、喉が裂けるほどの絶叫と共に――
「この俺ごと全部!!消し飛んでしまえぇぇ!!!!」
その瞬間、黒雲は形を持ち、嵐は命を得た。
東京は沈み、空だけが笑っていた。

そして今。
あの日呼んだ“嵐”が、街のトレンドとして、笑いながら悠馬を迎えている。
「……ほんとに、黒歴史なんだよあれ……」
彼の呟きに、隣のイザナギが肩を竦める。
「お前……なに照れてんだよ」
ウラヌスはスマホを構えてゲラゲラ笑っていた。
「めっちゃ“街の公式ファッション”みたいになってるじゃんwww」
悠馬はため息をついた。
いや、ため息に見せかけた“逃避”だったのかもしれない。
ふと見上げると、芸夢大明神の鳥居に貼られたポスターが目に入った。

《嵐の王フェス2025 ~黒歴史を祝え~》
空は穏やかだった。
でも、心の中では今も雷が鳴っている。

「……どうしてこうなったんだ」
その呟きすら、街のBGMに飲まれていった。
懺悔と笑いの交差点――秋葉原。
かつての災厄が、“祝祭”として生まれ変わる街。
ここでは、黒歴史すら信仰のデザインになる。

芸夢大明神の鳥居前。
黒いフードの群れがざわめき「嵐の王フェス~!」という声がこだまする中。
悠馬はひとり、灰色のため息を吐いていた。
その横で、レイスが煙草を指の間で転がし、煙を吐きながらニヤリと笑う。
「“黒風暴(カラブラン)”なんてカッコつけた名前名乗るからだ」
悠馬は眉をひそめる。
「……は?」
「もっとダサい名前だったら、誰も真似しなかったろ。“ブラックストーム”とかさ」
「……ブラックストームはちょっと語感がダサすぎるだろ!!」
「だから……砂漠の嵐“カラブラン”って、ちゃんと意味を込めたんだよ!」
風が吹いた。
その瞬間、悠馬の記憶がふと砂の音を呼び起こす。

カラブラン。
タクラマカン砂漠に吹き荒れる“死の嵐”。
瞬間風速25m/sを超え、視界を奪い、太陽をも飲み込むほどの砂を巻き上げる。
昼でも夜のように暗くなるその現象は、古代では「悪魔が通る道」として恐れられた。
迷った旅人は、方角を失い、息を詰まらせ、砂に飲まれて――消える。

悠馬は手を広げて、空を仰ぐように言った。
「いや、砂すごいだろ?ただの“嵐”じゃ弱いなって……」
ティアが、呆れ顔で腕を組んだ。

「そうやって変にインテリぶるから、逆に崇拝されんのよ、あんたは」
彼女の言葉に、ウラヌスが爆笑しながら指を差す。
「“死の嵐”とか言っちゃう陰キャ~~~wwww」
「うるせぇ!!!」
「ほら、見ろ。反応が中二病だ。」
夜の秋葉原は、まるで“過去の残響”そのものだった。
ネオンは滲み、電飾は断線し、街全体が未だ嵐の後遺症を引きずっている。
どこからともなく焦げた金属の匂いが漂い、足元では砕けた回路基板が雨に濡れて光っていた。

かつて「ヨドバシ」があった場所の跡地に、今はひとつの神社が建っている。
その名も「芸夢(げいむ)大明神」。
大災害の折、世界が崩壊しても――ただひとつ、壊れずに光を放ち続けたものがあった。
それが、初代ファミコン(赤白のやつ)である。
焦土と化した東京で、電気が止まり、通信が途絶え、機械が沈黙しても、
唯一“電源を入れた瞬間”に起動音を響かせた。

ピロリッ♪
その光景を見た者たちは悟った。
「ゲームこそが、不朽の神である」と。
こうして“芸夢大明神”の信仰は広がった。
世界が壊れても、再起動する勇気を忘れないために。
その神社へと続く電飾の参道を、一行がゆっくりと歩いていた。

悠馬(オロバス)は一歩後ろを歩きながら。
周囲のざわめきに混ざることなく、静かに足を止める。

「……僕が、参加してもいいんだろうか」
声は小さく、誰にも届かないほど弱かった。
だがその一言には、嵐より重い罪の響きがあった。
「ほんの1カ月前、この街を……僕は……」
脳裏をよぎる光景。
黒風暴(カラブラン)――あの“死の嵐”。
瓦解するビル群、逃げ惑う人々。
自分が“魔王”として振るった力が、確かにこの街を壊した。

イザナギが、軽く拳で悠馬の背を叩いた。
それも、気合を入れるでもなく、妙に雑なリズムで。
「気にすんなって!誰ももうそんなこと覚えちゃいねぇよ!」
「“でっけぇ嵐が来た”程度の話だろ!」
「ちょっ……や、やめて!? ちょっとメガネが!?ズレるから!!!」
両手でメガネを押さえながら慌てる悠馬。
周りから見れば、魔王というよりただの弱腰少年だった。
イザナギはニヤニヤ笑って肩をポンと叩く。

「ほら言ったろ。荒野のやつらにとっちゃ“でっけぇ嵐が来た程度”なんだよ」
そこへ割って入るのは、営業スマイルを浮かべたカル子(KLD-HW09シリーズ)。
軍用アンドロイドの名残を感じさせる銀の関節と、
不釣り合いなほど明るい接客ボイスが夜の街に響く。
「ご主人様ぁ♡ よろしければ《嵐眼ノ塔(らんがんのとう)》ツアーもどうぞ♪」
悠馬は顔を上げ、口を開けたまま固まった。
巨大なホログラム看板が映し出されている。

《嵐眼ノ塔(らんがんのとう)》

「す、スカイツリーに……めっちゃヤバい名前ついてる……」
アホ毛がペターンと垂れ下がり、顔色は真っ青。
魔王どころか、修学旅行で黒歴史スポットを見つけた陰キャのそれだった。
メーデンが、その様子を見て小さく苦笑する。
「やっぱ魔王って……存在してるだけで世界動かすんだ……」
「本人は観光名所にされてるだけなのに……」
少しだけ間を置いて、彼女は柔らかく言葉を続けた。
「でも……それでいいのかもね」
「悠馬が“ただの参加者”でいられるなら、きっとこの街もまだ救われてる」
レイスが煙草をふかしながら、鳥居の方を見てぼそりと呟く。

「……まあ、芸夢様の前じゃ、魔王だろうが勇者だろうが、ただのゲーマーだ」
「祈りたきゃ祈れ。遊びたきゃ遊べ。神サマはそれしか求めちゃいねぇよ」
悠馬は、深呼吸をした。
肩に残る罪の重さが、少しずつ風に溶けていくような気がした。
「……僕は、挑む。今度は壊すためじゃなく、ただ“遊ぶ”ために」
そして、壊れかけた街の向こうに、鳥居が見えた。
LEDと魔力灯で照らされた巨大な門。

その奥に鎮座する神体――赤と白のファミコン。
静かなBGMが流れ始める。
「ピロリッ」という起動音。
そして、彼らの“再挑戦”が始まった。