クードス編-3章・雷災 - 1/2

ヴァレンが消え、クードスの空に太鼓と鐘の音が響き始める。
年に一度の雷の祝祭。広場や水路は祭りの熱気で埋め尽くされ。
人々の顔が歓喜に染まる――はずだった。

けれど、ガイウスだけはどこか上の空だった。
(まるでこの光景自体が、壊されるために始まったような…)
胸の奥にじわりと広がる、脆さと儚さの予感。
それは、彼だけにしか見えない世界の“綻び”だった。
――そして、その予感は的中する。
祭りの只中、突如として空気が変わった。
空が轟き、黒雲が渦を巻く。

「うわ、なに――!?」
「雷だ、屋根から離れろ!」
動揺し、逃げ惑う。
太鼓の音は悲鳴に変わり、歓声は恐怖へと転じていった。
その混乱の最中、屋上――群衆の頭上で、一段高い位置にヴァレンが立っていた。
作り物めいた笑顔は消え、氷のような無表情に塗り替えられる。

ガイウスは即座に直感で悟った。
(……あいつだ!)
パイプを掴み、身体をばねのように弾いて屋根へと駆け上がる。
ヴァレン――いや、“ユピテル”は群衆の騒ぎを見下ろしながら、低く、素の声で呟いた。
「あぁ、あいつ(ルナ)が言ってたっけな。虹色の目したやつは――どんな嘘も見通すって」
その目は、底が見えない深さでガイウスを射抜いていた。

「――見事に見破られちまったなぁ」
「気づかずにいれば、この町でずっと飼い殺しにしてやれたのによ」
ガイウスは目元を指で押さえ、半笑いで返す。
「俺の目のせいにすんな。昔から言うだろ――“やけに人懐っこい謎の少年”は、だいたいラスボス」
ユピテルは、一瞬だけ唇の端を吊り上げる。
カジノの屋根越しに、雷の紋章が浮かび上がり――本性、解禁。

「ははっ……分かってるじゃねぇか。そう、“ラスボス”さ」
「さぁ、勇者サン。お前が歴代で最強かどうか――この雷が確かめてやるよ」
雷鳴がとどろき、ユピテルの全身から禍々しいオーラが立ち昇る。
声も、目付きも、存在そのものまで豹変し、祭りの熱狂は一瞬で恐怖に塗り替えられた。

雷鳴と共に、カジノ屋根の上に現れた“本性”。
金髪、白のシャツに黒マント、そして堂々たる短パン姿。
堂々と腕を組み、片手でマントをバサリと翻す。
「俺は魔王軍六将――ユピテル・ケラヴノス!」
指を一本、天に突き立てる。

「気さくにユピテルさンって呼ンで構わないよ?」
その名乗りに、広場の喧騒が一瞬で凍りついた。
ヴィヌスは息を呑み、震えた声を漏らす。
「アルルカンの雑誌で見た通りだわっ……金髪、マント! そして……」
「何で短パン?」
サタヌスが、あまりの異様さに素直に疑問を口にした。
「それ言わないようにしてたのよ!!?」
ヴィヌスが真っ赤になって叫ぶ。
だが、本人は一切気にする様子もなく。
堂々と雷の魔力を滾らせながら、下界を見下ろしていた。
「ユピテルか……」
ガイウスは屋根の上で拳を握りしめた。

「いきなり大ボスとかどうなってんだ! クソ……でもやるしかねぇっ」
ユピテルは余裕の笑みで指を立てる。
「おやおや、やる気? でもまだお前らレベル低いじゃン。俺逃げるね〜」
クードスの運河と建物の間を。“三角蹴り”で超人的に跳躍していく。
まるで雷そのものの速さだ。
勇者PTは呆然と、その残像を見送るしかなかった。

ヴィヌスは焦りを隠せず叫ぶ。
「追いかけましょう! アイツを見失ったらこの街……終わるッ!」
しかし現実に目を向けたガイウスは思わず呟く。
「……ゴンドラでか? あれに追いつくとかムリだろ」
その時、サタヌスの目がギラッと光る。
「水路を走ればいいんじゃねぇか」

「は?」
ガイウスが固まる。
サタヌスは本気の顔で続ける。
「水面に、沈む前に足を出せば理論上は走れるってボスが……」
ヴィヌスとガイウスは、もはやバカを見る目でサタヌスを睨む。
「いやいや、それは無理……でしょ?」
「じゃあ他に追いつく手あるか?」
サタヌスの言葉に誰も否定できない。

「……よし、やるぞ。沈んだらサタヌス、また引き揚げろ」
ガイウスは一回だけ深呼吸して覚悟を決める。
「今度は俺も走るからな!勇者チームならイケるだろ!!」
サタヌスがニヤリと笑う。
ヴィヌスも完全に腹を括り、スカートをたくし上げる。
「仕方ないわね…女優魂見せる時よ!」
次の瞬間、三人は同時に助走をつけて。
ガイウスが一歩踏み出すと、水面をバシャッ!と駆けた。沈まない!

「……まさか本当に走れるとはッ!」
ヴィヌスが驚愕の声をあげ、
「いけるいける、次はゴンドラとレースだ!!」
サタヌスは爆笑しながら走る。
ガイウスは真剣な顔のまま、内心はもう完全にアドレナリン全開だった。
「どけどけぇぇ! ユピテル、てめぇだけは絶対逃がさねぇ!」

――クードスの市民は目撃した。
ついさっきまで水路に落ちてばかりだった3人が。
今や水面を疾走し、“雷神ユピテル”を真っ向から追いかける奇跡を。
クードスの高層建築を、ユピテルは“三角蹴り”で跳ね回る。
足元の屋根瓦が鳴り、雷光の残像が夜の街に焼き付けられていく。

と――水面から、ばしゃん、ばしゃん、と規則的な水音が追いすがってくる。
ふと振り返れば、信じ難い光景が目に飛び込んだ。
(……水上を駆けてくる人間。しかも三人。物理で)
ユピテルは驚きもせず、むしろ口元に楽しげなニヤリを浮かべる。
「ヒュゥ〜、舞雷!彼奴等、俺に付いてきてるゼ!」
両手を広げ、全身に雷のオーラをまとった。
高所から見下ろす水上、波しぶきを巻き上げて一直線に自分へ向かってくる。
まるで新しい遊び相手を心から歓迎するような、危うい笑み。

「……じゃ、相手してやンなきゃなンネェよな」
その瞳に、雷光が宿る。
指先からはバチッと火花がほとばしり、祭りの音も群衆のざわめきも、彼にはもう届かない。
ガイウスがついに追いつき、屋根の端から声を張り上げる。
「ユピテルッ…追いついたぞ!」

ユピテルは肩をすくめ、余裕綽々に挑発する。
「ふぅン。頑張ったねぇ。じゃ、ちょっと遊んでやろうか」
クードスの空が黒雲に覆われ、祭りの喧騒が不穏なざわめきへと変わっていく。
水上に集まった群衆、その上に君臨するユピテル。
どこか気まぐれな笑みを浮かべて両手を広げた。
まるで劇場の幕開けを告げる役者のように、彼の声が静かに響き渡る。

「さて――クイズで遊ぼうか」
その宣言に勇者たちも市民たちも唖然とした。
ユピテルの瞳には遊戯の熱が宿り、空の雷雲は彼の指先一つでどこへでも落ちていく。
ガイウスの鼓動が強くなる。
「遊び」と言いながら、彼の気配は一切の慈悲を持たない。

最初の問いが投げかけられた。
「クードスにかかる橋の数は100本である。◯か?✕か?」
「ハァ!?橋の数とか数えてねぇ!」
ガイウスが答えを迷っているうちに、ユピテルが無表情で宣告する。
「……ふぅん。じゃあ、ハズレたから『サンタクローチェ橋』に雷を落とすぞ」
「やめろバカ!観光名所だぞ!!」
「この人イベントで街壊すタイプだよ!?」
答えを出せぬうちに、ユピテルの指が空を指した。
次の瞬間、雷鳴がサンタクローチェ橋に直撃する。
群衆の悲鳴、崩れかける橋、逃げ惑う観光客。
ガイウスの胸に焼けるような焦りが走る。
正解は99本――微妙に足りない、その曖昧さがこの男の“悪意”だった。

「クードス最古のカフェが今も営業している。◯か?✕か?」
二問目はカフェ。クードス最古の店が今も営業しているか。
「歴史古そうだから…」
ガイウスは歴史の深さを思い浮かべるが、ヴィヌスが冷静に否定した。
「✕よ!老舗は潰れて二代目の“名乗り”だけ続いてる」
「ややこしい!!」
「ピンポ~ン♪正解だ」
老舗は潰れ、今残るのは“名乗り”だけ。
正解の音が空に響き、ほんの一瞬だけ晴れ間が見える。
その隙間すらユピテルの掌の内だった。

「クードスの川には“幻の青魚”が住むと言われている。◯か?✕か?」
三問目。“幻の青魚”の存在について問われ、ガイウスは言葉を失う。
こんな曖昧な伝説、誰が知っているのか。
「答えあるのか!?」
「俺も知らねぇ!」
「んなもんクイズにするなぁ!!」
ユピテル自身も答えを持たず、ただ面白がるように微笑む。
その無責任さに怒りすら覚えるが、怒鳴っても空は答えてくれない。
そして結果発表。正解は一問だけ。

「3問中2問不正解!」
「ンンー…だめだな。全問正解なら退いてあげたのにねぇ?」
ユピテルの口元が愉快そうに歪み、いくつもの塔や橋が次々と雷に撃たれる。
群衆は大混乱に陥り、祭りの灯りは轟音にかき消された。
サタヌスは呆れ果て、ヴィヌスは冷ややかに戦場を睨む。
ガイウスの奥歯が鳴り、心の底から叫ぶ。
これ以上、この男の「気まぐれ」に街を壊させてはならない。
雷の祭りはもう、ただの破壊劇だった。
雷鳴の下、勇者たちの反撃が始まる。