その日、マケルーダはいつもの放課後、ギャル寄りの人間JKたちに囲まれていた。
「最近の少女マンガ、彼ピが“抱く”の普通やで~」
そんな言葉が、彼女の脳に爆音で刻み込まれるとは、この時まだ誰も知らない。
一瞬、世界が止まった。
“抱く”? 彼ピ??
JKたちのきゃぴきゃぴした笑い声が。
なぜか地獄の釜の底から響いてくるような錯覚。
教室は、突如“現代恋愛講座”の修羅場と化していた。
「ねぇパパ、“抱く”ってどういう意味?」
帰宅してすぐ、マケルーダは魔王の城に直行した。
質問の意味も分からず真顔のまま尋ねる娘に、オルザードはほんの少し眉をしかめた。
「あぁ、マケルーダ。“抱く”というのはね――」
「鯖折りのことではないよ」
即答だった。どこか遠い目をしている。
この父親、絶対過去に間違えている。
「パパ、さっき家の前にこわいひと(吸血鬼ハンター)来てたけどどこいった?」
「――あぁ。あの人には帰ってもらったよ。」
なんとも言えない爽やかさで言い切る父親の背後で。
玄関の床タイルがバキバキに割れているのをマケルーダは見逃さなかった。
たぶん“帰ってもらった”は物理的に。マジで。
「……おやつにしようか」
話題が急にバームクーヘンに切り替わるのも、魔王家の日常だ。
——
そして――マケルーダは知ってしまった。
「今どき“彼ピが抱く”は普通」。
脳内で自動変換される“彼ピ=有人”の構図。
実際の有人は何もしていない。
それなのに、マケルーダの頭の中では全てが“夜のお兄さん”verで再生されてしまう。
教室の雑音も消えて、脳内シアター開幕。
「まさかベッドで一緒に寝るってこと…!?」
さっき聞いた“彼ピが抱く”という言葉が、再び頭の中でエコーする。
混乱のまま放課後、カティーヌとアラネアの前で突然うわ言のように叫ぶ。
「えっ!?まさかベッドで一緒に寝ろってこと!?しかも相手、宇宙人だぞ!?」
現実逃避しながら叫ぶ自分が、いちばん異星人ぽい気がした。
カティーヌは一瞬絶句したあと、盛大にため息をついた。
「そもそも“そういうこと”って夜限定じゃないから!なんでいきなりそこ行くの!?」
アラネアも横で静かにメガネを持ち上げる。
「妄想する前に一回鏡で表情チェックしてきてくださいませ、マケルーダさん」
冷静で真っ直ぐなツッコミが、妄想の暴走特急を強制停車させる。
パパの「“抱く”の意味は鯖折じゃない。だが、過去に間違えたことはある」
発言も脳裏によみがえり、ますます頭の中が渋滞していく。
“宇宙人(エイリアン)”
そう、クェーサーこと鈴原有人のあだ名は、今や天桜市の女子コミュでも定着している。
その理由は「理不尽さ」と「現実味ゼロの超越感」。
誰も本質を掴めないから、「もうエイリアンでよくね?」という雑な命名なのだ。
クェーサー本人は「僕は妖精じゃない」と本気トーンで否定したことがある。
ノランの「じゃあエイリアンじゃん」という即ツッコミで、
天桜市JKたちの間では“宇宙人”という扱いが日常となった。
マケルーダの妄想はさらに暴走する。
“夜のお兄さん”verのクェーサーがベッドサイドに座っている。
Sっ気たっぷりに、悪魔の微笑みで「ねぇ。どうしたいの?」と詰め寄ってくる。
「ひぇぇ!Sだこれ!!無理無理無理!!」
ベッドに座ったまま、枕を抱えてそのまま床に転がり落ちる。
顔は真っ赤で、体は完全に渦巻きポーズ。
ノランはその様子を見て爆笑する。
「マケルーダ、鳴門海峡やんけw」
カティーヌは軽く頭を押さえ、「……自爆したわね」とため息をつく。
けれど、たい焼きを食べた瞬間、すべてがどうでもよくなる。
「あっ、でもたい焼き食べてる時が一番幸せだからいっか~!」
妄想も現実も、全部まるっとたい焼きでリセットされる。
宇宙人呼びも、案外、距離が近く感じるものだ。
「宇宙人って呼ぶと、なんか距離近い感じするよね!?」
隣で静かに本を読んでいた有人が、少しだけ笑って返す。
「…うん、近いよ。距離だけは(物理的にも)」
ノランはすかさず突っ込む。「次は“異星のお兄さん”とかにする?w」
平和な午後、たい焼き片手に繰り広げられる、妄想大暴走の青春だった。
教室の片隅。
マケルーダは誰にも聞こえない声で、必死に“脳内会議”を開いていた。
「ユージンってさ、昼と夜で全然違うよね……!」
なぜかガチ真剣モード。
「昼はやさしいけど……夜になると絶対Sだもん……(※根拠は一切なし)」
机の下で指を組みしめ、顔は真っ赤。
「やっぱり“時間”が大事なんだ!昼は平和、夜は危険。結論、昼に限る!」
頭の中で勝手に再生される「有人イメトレ」。
昼の有人=「うん、たい焼き食べる?」
夜の有人=「……君、僕の言うことしか聞けないよね?」
脳内だけ、誰も得しないパラレルワールド。
「私……昼ならいけるかも……」
その様子を見ていたカティーヌは、無言で眼鏡を外し
「どこまで真顔でボケる気だ」と表情に書いてあった。
【ロード・クェーサーはドSなのか?】
そんな疑問がよぎるたび、マケルーダはこっそりクアザールの証言を思い出す。
「結論から言えば……Sですね、はい」
「いじめるのが好きというより、好奇心が旺盛と言いますか……」
「所謂ドSではありません。ただ……無邪気で、少し好奇心が旺盛なだけです」
“破壊も踊りも、全部気分——それが妖精。”
少年のような無邪気な笑顔のまま、城も街も瓦礫も星座も、全部くるくる舞う。
ノランはスマホ片手に、いつものノリで茶々を入れる。
「地球基準じゃドS通り越してヤバい奴な!」
クアザールも意外と冷静だ。
「興味が尽きない限りは“ドS”に見えるでしょうね。飽きたら急に優しくなったりしますので」
それを聞いてさらに震えるマケルーダ。
「い、今なら優しいし、出来るかも……!」
その背後で、誰よりも無害そうな笑顔で有人が声をかけてきた。
「マケルーダ、昼からそういう事する人いたら……すごいエッチな人だよ?」
爽やかスマイルが心臓にクリティカルヒット。
魔王少女、崩壊。
「うわああああああ!!!」
言葉にならない悲鳴をあげ、その場で丸くなり転がる。
ノランが一瞬だけ真顔で実況する。
「恥ずかしさで丸まって転がってるやん。お前、鳴門海峡の渦潮か?」
カティーヌも呆れ顔。
「…この子、たまに物理法則超えるよね」
しばらく渦巻きポーズで床に沈んでいたが、
たい焼きをひとかじりした瞬間、すべてがどうでもよくなる。
「……昼も夜もたい焼きは裏切らない!」
そんなマケルーダの姿に、ノランは肩を揺らして笑った。
「お前の純粋さだけ宇宙規模w」
妄想も混乱も、結局すべてたい焼きで救われる魔王少女だった。