星に祈りを
ガイウスは、その朝も変な姿勢でベッドから半分落ちていた。
足はシーツに絡まり、片腕は床についたまま。
身体の半分がベッドの外に投げ出されているのに、呼吸はやたらと深く。
本人は幸せそうに寝息を立てている。
筋肉質で大柄なせいで、必ず体のどこかがベッドからはみ出すが。
当の本人は全く気にしていない。
この寝相の悪さで誰よりも快眠できるのは、ガイウスの特権だろう。
誰もいない薄暗い寝室に規則正しい寝息が響いていた。
「サタヌス、礼拝に興味はあるかい?」
メルクリウスが頓狂なことを言ってきたので、サタヌスは返事代わりに
なんだよ。と枕の中で呟きながら起き上がり前髪を整える。
お気に入りのオールバックに直しながら、半分は何言ってるんだこいつはという顔で。
もう半分は気持ちよく寝ていたところを起こされた不機嫌さを出しながら。
「せっかくアンスロポス連合にいるだろ?この国は
新年一日目に、教会で神への祈りを捧げる習慣がある。一緒にどうだい」
「興味ないね、俺は神なんて信じてないし」
サタヌスの返答は予想通りだったのか、メルクリウスは
やれやれといった顔で 肩をすくめると、
「そう言わないでくれ。僕はこの習慣が結構好きでね。
別に祈る内容なんてなんだっていいんだよ」
「神ってのはスラムに生まれたやつに寝床も用意しないんだろ?そんなの信じられるかよ」
「…そうだね。生まれで環境が変わるのは事実だが、
祈ることは平等に与えられた権利だよ。そうは思わないかい?」
「……」
メルクリウスの問いに、サタヌスは返事を返さない。
そんなサタヌスにメルクリウスはまた肩をすくめると、
「まあいいよ、君の好きにすればいいさ」
と言って話を終えた。
———-
朝の礼拝の時間、教会の大広間には大勢の人々が集まっていた。
結局サタヌスはあれだけ悪態ついたが来てしまった、理由は2つある。
1つは二度寝しようとしたが眠れなかったから。もう1つは教会で祈りをささげる
人々を見ることで、神に対する疑いを確信に変えられると思ったから。
サタヌスは礼拝堂の片隅に座りながら、周囲の人々を観察する。
聖職者に祈りを捧げる者、これからの生活に不安を隠しきれないもの、
友達や家族と談笑するものなど、さまざまな人が教会の中にいた。
そんな人たちを見ながらサタヌスは考える。
皆不安を抱えながら過ごしている、そしてこういうヤツらを
なんとかするのが勇者だって聞いた。
(俺たちが動かなきゃ。こいつら全員喰われちまうのかな)
それは嫌だな。と顔を見られないようフードを目深にかぶりなおす。
「さあ、皆の衆」
そんなことを考えていると、いつの間にか礼拝は始まったらしい。
祭壇には神父が立っており、その後ろには巨大な十字架が掲げられている。
神父の呼びかけで周囲の人々は静まり、祈りを捧げ始める。
サタヌスも見よう見まねで手を合わせ目を瞑る。
祈るふりだ、祈る内容なんかない。信じていないものに
祈ったところで叶えてくれるわけない。
それでも祈るふりしてるとスラムでの記憶が蘇った。
-牧師に化けた悪魔に洗脳され「友達でなくなった」顔見知り達
-半ば腐った果実を奪い合う、飢えたスラムの子供たち
-雪の夜、母親に置き去りにされた自分
-生まれなければよかった。という呪詛
(お前が叶えてくれるなんて思っちゃいねぇし縋る気もねぇよ)
ステンドグラスの中には有翼の女が描かれていた。
神を象徴するその絵を見ながら、サタヌスは心の中で悪態をついた。
—
「なあメルクリウス、なんでお前は神様を信じてるんだ?」
教会から帰る途中、サタヌスは前を歩くメルクリウスにそう尋ねた。
メルクリウスは振り返ると、少し考え込んだ後こう答えた。
「実は昔の僕、むき身の刃って揶揄されるほど荒れてたんだよ」
「へぇ信じられねぇな。この眼鏡男が」
「多感な時期に妾の子と知ったらそうもなるさ」
メルクリウスはよく見ると目つきが悪い、眼鏡をかけているので
優しい印象を受けるが、その奥の顔は鋭さすら感じる。
そんなメルクリウスはサタヌスの返答に苦笑いすると、
「ある日八つ当たりで修道院の備品を壊してね。
もちろんお説教されたよ、そこで言われたんだ
『まだ人を信じなくてもいいが、神だけは信じてください』って。
だからかな、信じようって思ったのは」
「へぇ……でも神なんかいねぇぜ?」
そんなサタヌスの返答にメルクリウスはやれやれといった顔で、
「君は本当にひねくれてるな。僕はね、神なんていないと思ってるよ」
「じゃあなんで祈るんだよ?」
サタヌスの問いにメルクリウスはこう答えた。
「いると思うから祈るんじゃない。『いて欲しいから祈る』んだ」
「……変な神官だぜ、お前」
だがあの「牧師の振る舞いと言葉遣いを真似た」だけの悪魔よりは遥かにマシだ。
アイツのやったことを思い出すと眉間にしわが寄る、
そして思う。アイツがスラムに来なければ勇者にも成らなかっただろうと。
「でも、神がいるならなんで助けてくれないんだろうな」
「神も万能じゃないってことだよ」
ガイウスたちへの礼拝土産を求めリプカの街を歩いていると、ふっと目に留まった。
この街では珍しい、異国情緒あふれる木彫りのお守りが並んでいる。
「売れるか?」
開口一番、なんとも失礼なことを言いながら店主の顔を覗き込むと、
全然。と言わんばかりに店主は肩を落とす。
「じゃ買うわ。この丸いのはどういう意味のお守りなんだ?」
「天に煌めく星を指しているものだよ」
「星ぃ?」
「星観んのが生き甲斐みたいな変人どもが言ってんだとよ。
この世界は丸く、夜空に煌めく光は星だってな」
店主の答えにサタヌスは思わず鼻で笑う。
このご時世にそんなメルヘンなことを言うやつがいるのかと。そして。
「じゃこの。輪っかがついた丸いのも星か?」
「土星て言うんだと、どうせ売れないから半額にしてやる。持ってけ」
「へへっ、ありがとよ」
-祈りなんていらねぇよ、俺は自力で星を見に行く。
代金を受け取りサタヌスは「土星」という星をかたどったお守りを揺らす、
はめ込まれたリングがぶつかり合い、からん。という音を奏でた。