砂嵐を切り裂く音が響く。
─魔導戦車隊、先行。
その横、同じ速度で砂漠を疾走する3つの影。
それは─勇者たちだった。
「まさか本当に、戦車に並ぶとは……」
黒ベレーが双眼鏡を下ろして呟いた。
砲塔の上で、再びあの小隊─色つきベレーの4人が配置につく。
「わ~すごいすごいっ!あの人間、戦車と並走してるよ~!!」
「……私語は禁止されています。このログは全て、指揮中のティータ軍曹に記録されていますので」
「……無駄だ。人間の脚で追いつけるはずがない……だが、もしもそれが“勇者”なら」
「そ、それってつまり……間に合う可能性が……!?」
戦車のエンジンがうなり、砲塔が砂を噛む。
そのすぐ横をマントをなびかせる男─ガイウスが疾走する。
「……勇者とはいえ所詮、人間」
狙撃兵は静かに、冷たく言い放つ。
「直撃すれば、走れまい」
マントが風に揺れ、彼は機銃を据えた。
スコープ越しに映るのは、全速力で戦車と並ぶ“赤”と“白”と“黒”の影。
機銃が火を噴いた。
──ダダダダダダダダダ!!!
「ッ─来た!!」
ヴィヌスが咄嗟に横へ跳び、装甲板に身を隠す。
「ったく、走りながら撃ってくんじゃねぇよォ!!」
サタヌスが砂を蹴りながら低く構え、弾道を読みながら進む。
「わかってんなあいつ……プロじゃねぇか」
ガイウスは冷静に反応し、マントを翻しつつ滑るように機銃の視界から外れる。
「……避けた……?全員……」
緑ベレーの目が、わずかに細くなる。
機械のようだったその呼吸が、初めて乱れた。
「わ~すごいよすごいよ!人間じゃないよあれ!人間じゃない~!!」
「再度申しますが、私語は禁止です」
「私も今心の中で叫んでるだけであります!!」
機銃の銃口が火を噴く。
鋭い音が砂を裂き、地面が抉れ、風が血をなぞるように通り抜けた。
「ッ……クソがッ!!」
サタヌスの叫びが響く。
「こっちは急いでんだよぉッッ!!!」
その手が、地面の砂をかき分け、拳大の石を1つ掴んだ。
「どけッッ!!」
全身のバネを使い、渾身のスラム式フルスロー。
──ゴンッッ!!
とんでもない音を立てて、戦車の砲塔に直撃。
金属音とともに、固定された機銃がぐにゃりと歪んだ。
「ッ……ッ!!」
スコープを覗いていた目がぶれた。
照準が外れ、制御が狂う。
「化け物め……」
その言葉が、魔族であるはずの彼の口から漏れた。
「え、石で曲げたの!?機銃!石だよ!?」
「映像記録済みです、これ報告するとユピテル様が黙ってないですね」
「ぐ、軍曹……!!」
通信越しの声が震えていた。
「報告するであります! 機銃では……あいつらを殺せないであります!!」
しばしの沈黙。
──そして、ティータの声が返ってきた。
「……主砲を使え」
「え……でも主砲はっ」
「勇者共が死ねば“釣り”としては十分だ、撃て」
その言葉と同時に、戦車の砲塔が、ぎぎ……ぎぃ……と鈍く音を立てて旋回する。
照準は──勇者ズ。
「おお~これ撃つの久しぶり~!爆発ぅぅぅ……♡」
「主砲発射─カウントダウン開始」
「全員、射線より退避を。これは“跡が残らない”弾頭です」
“街”でも“兵”でもない、明確な個人に向けられた“戦争兵器”。
無機質な殺意が、3人へ容赦なく向けられる。
「主砲発射まで─10秒」
戦車の砲塔が勇者たちを捉える。
地面が唸り、空気が焼ける。
そのとき、ヴィヌスが叫んだ。
「リーダーッ!!」
ガイウスが反応し、わずかに速度を落とす。
次の瞬間─ヴィヌスが背中に跳び乗り、その上にサタヌスが飛び乗った。
─三段肩車。
砂漠の夜明け、主砲を前にした光景とは到底思えない構図。
誰もが「遊んでるのか!?」と思った、その瞬間。
「発射ッッッ!!!」
戦車の主砲が火を噴いた。
灼熱の魔力弾が地面を抉り、空気を灼きながら直進する。
それはただの爆弾ではない。
街1つを粉砕するための、“兵器”だった。
だが勇者ズは、止まらない。
「ガイウスッ!!」
「任せろ!!」
ガイウスが地面に手をつく。
淡く、虹色にきらめく魔法陣が浮かび上がる。
それは彼の意思と呼応し、盾となる。
「ヴィヌス、第二展開!!」
「了解ッ!!」
彼の肩の上、ヴィヌスが両手を掲げる。
薔薇の花弁を模した、美しい魔方陣がその上に重なる。
花びらのように回転しながら、魔力を撹乱し始める。
「サタ、ラストおぉぉ!!」
「おおおおおおッ!!!」
最上段のサタヌスが、手を突き出す!!
剣と斧が交差するような、“破壊”の魔法陣が完成。
赤く火花を散らしながら、三重の結界を構成した。
主砲の弾が魔法陣に衝突した。
全身を震わせる衝撃。砂が巻き上がり世界が白く染まる。
だが魔法陣は-割れなかった。
むしろ弾は─跳ね返された。
「えっ……」
主砲の跳弾が、砲塔を真横から叩いた。
耳を劈く爆発音とともに、魔導戦車が炎に包まれる。
鉄が裂け、砂が舞い、轟音が世界を揺らした。
数秒後。
戦車から四人の兵士が、それぞれ異なる方向に投げ出されていた。
全員、血を流しながら、辛うじて息がある。
「……ありえない……」
通信兵は顔面を擦りながら、地に落ちた無線装置を手繰り寄せる。
「ログ……ログだけでも……ティータ様に、伝えないと……」
「だから……俺……魔王軍なんて入隊したくなかったであります……!!」
一般兵は戦車の影で泣きながら、何かを後悔していた。
「え~?今の爆発、僕じゃないのぉ?えぇ~!?爆発、僕じゃないなんて……悲しい……」
工兵は血を流しながらも楽しそうに、しかし“自分が爆発した”事実に悲しんでいた。
そして-狙撃兵は口元から血を流しながらも、目を細めて呟いた。
「……見事な、跳弾……だ」
まるで試験に合格したかのような、静かな賞賛の声だった。
─この瞬間、魔王軍・前衛機動部隊は壊滅した。
乾いた風が吹いていた。
砂を巻き上げ、未だ薄暗い城門前を静かに撫でていく。
魔導戦車の残骸が通信兵からの報告で届いた時、ティータはただ。
「……は?」と、一言だけ発した。
あの可愛い部下たちが、“勇者三人”に壊滅させられたという。
指揮机に両肘をついたまま、ティータはしばらく沈黙していた。
煙草に火をつけるわけでもない。ただ、宙を見つめていた。
「人の形をした……神?」
静かな声が、ぽつりと落ちる。
それは、ユピテルが言った言葉だった。
「なァティータくん。あンた軍人だろ?強ェんだろォ?」
「なら覚えとくといい─“勇者”ってのァ、人の形した神だよ」
「ンで……そンなもン止められるのァ……俺らみてェなモンだけだァ」
「止めンなら、死ぬ気でやれよォ?
下手すりゃ、あンたごとこの大地が神罰で吹き飛ぶかもしンねェけどねェ?」
気怠げに、飄々と。まるで煙でも吐き出すような口調で。
ティータはあの声を、はっきりと思い出していた。
軽い。
けれど、あの時のユピテルの“目”だけは、冗談じゃなかった。
ティータは笑った。
乾いた、底の見えない笑いだった。
「神罰が─この俺に?」
何もない空を見上げる。
夜明け前の空はまだ青黒く、けれど遠く、地平線だけがじんわりと朱を帯びていた。
「……上等だよ」
ティータはゆっくりと立ち上がり左目に触れ、眼帯をぎゅ、と締め直した。
「神でもなんでも来やがれ……このティータ様が、粉々にしてやる……!」
背後の兵士たちが、ごくりと息を呑む。
その空気を背に、彼はゆっくりと口を開いた。
「全軍、前進。」
低く鋭く、そして何より冷たい命令だった。
「目標はサハ・メキア!太陽が昇る頃には、燃えてねぇと困るんでな……!」
サハ・メキア城門前─夜明け。
夜と朝のあいだに浮かぶその城壁に、強化兵たちが這い登っていた。
「来るぞ!振り落とせッ!!」
ガイウスが叫び、斬撃を飛ばす。
「こいつら、もう人間じゃねぇ……ッ!」
サタヌスの斧が、強化兵の腕ごと切り裂いた。
「どけッ!!入れるわけに─!!」
ヴィヌスが魔法で一体を吹き飛ばす。
だが─すべては防げなかった。
数体の強化兵が、門の上をよじ登り。
街の内側へ─逃げるように、飛び込んだ。
「しまっ─」
ヴィヌスが振り返る。
その時─ひときわ大きな影が、門をすり抜けて歩き出す。
漆黒の軍服、肩で風を切るような威圧感。
「……ティータ」
サタヌスが低く、呟く。
─城内へ続く細い通路の先に黒い影が、ちらりと横を向いた。
その横顔、肌の色、瞳の奥の闇。
眉の動き、そして口元の“笑みの癖”。
サタヌスの動きが、ピタリと止まった。
そして、ぽつりと呟く。
「……あ。やっぱ、俺の父親なんだ」
次の瞬間─彼は斧を背に跳び下りた。
門の縁から身を躍らせ夜明けの街─かつて「母がいた場所」へ降りていく。
「サタヌス!?ちょ、早─ッ!!」
ヴィヌスの声が届く前に、もうその姿は街の影に消えていた。
サタヌスの視界に広がるのは、これから“蹂躙されるはずだった故郷”。
そのど真ん中に、“あいつ”がいる。
「絶対に、あいつを……この街に触れさせねぇッ!!」