スノーベリル-雪の常夏、氷の兄はバテる
グラットンバレー。
“荒野”の名の通り、昼は溶けるほど暑そうなイメージが先行するが──
実際に降り立ってみれば、岩肌を撫でる風は意外と冷たい。
陽射しは鋭くとも、乾燥と強風、
文明崩壊後の薄まった空気が熱を奪い、思ったほど汗ばむこともない。
逆に、氷魔物にとっては乾いた空気が容赦なく体温を奪っていく。
サタヌス、黒髪をくしゃっとかき上げながら周囲を見回す。
「この荒野、昼は暑そうなのに…意外と涼しくねぇか?」
マカは相変わらず無表情で即答する。
「文明崩壊でCO2の排出量が減ったからです、エコです」
「いやエコって言い方…もっと他になかったんか……」
そんなボケとツッコミをよそに、砂利の上で白いコートを引きずっているヤツが一人──
氷の魔将カリスト、顔面蒼白で完全に体力ゲージがゼロだ。
「あの氷のお兄ちゃんどこだにゃ?あいつ冷たいから好きなんだけど」
マカ、あっさり指差す。
「あれじゃないですか」
「死んでる!!!!」
カリスト、微動だにせず……しかし小声で返す。
「死んでません……ただきついだけです」
グラットンバレーの乾いた空気を割って、カリストが地べたで半分液状化していた。
陽射しはそこまで強くない。
なのに、岩と風が魔力をどんどん削っていく――
氷魔物にとっては、これが地獄の釜ゆでだ。
荒野の岩陰で、サタヌスとロコがカリストの“溶けかけ”姿を眺めていた頃――
どこからともなく、携帯の着信音が響く。
スマホ越し、聞き慣れたダルい声。
でもその背後で鳴り響く轟音は、尋常じゃない。
「え?カリストが溶けそうだからお前が冷やせ?」
画面の外から金属音。その合間にレバーを力任せに回す音。
「いやあの、なんで私に押し付けるんですか!?」
メーデンの抗議すら、レイスにはBGMの一部。
「今な、おっさんが台パンしてんだよ」
その声だけ、やけに愉快そう。
レイスの目には“世紀末の英雄譚”より、台パンおっさんのほうが何倍も面白い。
台を破壊しそうな勢いで怒り狂う男、それを止めるスタッフ。
「その説明いるんですか!?」
メーデンが半泣きになってるのもお構いなし。
レイスは一度もスマホ画面を見ないまま、ニヤリと笑う。
「お前さ、困ったらまた連絡してこいよ。今は見逃せねぇイベント中なんだよ」
そう言って、またレバーを全力で引き倒した。
世界の危機より、台パンおっさんエンタメ優先。これがレイス。
「……わかりました。私がやります」
「サンキュー。あ、溶け切ったら写真撮っといて」
「撮りません!!」
通話は一方的に切れた。
残ったのは、冷たい風と、どう考えても理不尽な役回りだけ。
メーデンは空を仰ぎ、呟く。
「……なんでこの世界、主役が一番自由なんですか」
その数分後、溶けかけのカリストのもとへホムンクルスが到着することになる――。
ぱち、と音がしたような気がした。
彼女の髪は鮮やかな緑から、雪のような銀へ――。
目も、透き通る金色に染まる。
サタヌスは目をまん丸にして叫ぶ。
「えっ!?さっきまで緑髪だったよな!?」
「ホムンクルスは属性を切り替えられるのです」
「ずりぃ……めっちゃカッコいい……!」
「大丈夫ですか~?氷モードって久しぶりなんだけど……」
カリスト、半分うわごとのような声で――
「え……?姉上……?」
「えぇ!?」
――そう、氷属性モードのメーデンは“銀髪/金目”で、
色合いがカリストそっくりになるのだ。
いろいろ極限なカリストの脳には、一瞬“姉”の幻が映ったのである。
「……カリストさんの幻覚、進行度がやばいです」
「いやでも確かに似てる……」
メーデンの介抱と氷属性の回復で、何とか“融けず”に済んだカリスト。
しかし、体力の消耗が激しすぎて、ついに“彼なりの省エネフォーム”──
ちびカリストver.へと変化してしまう。
「冬将軍、かわいくなったな?」
「かわいくないです!!すぐ戻りますからね!?」
マカ、首を傾げてジッと見つめる。
「声まで高くなっています。分類上ショタです」
「……ウラヌスには絶対見せないでください」
「さぁ、保証はできないな~~」
「だっこしていい?」
「だめです!!」
カリストはちび姿のまま、メーデンのコートの裾をそっと掴んで顔を伏せる。
普段なら絶対に見せない甘え方だが、今はもう恥じらいどころじゃないらしい。
「すみません姉上…手を……」
メーデン、あたふたしながらも手を取る。
「姉じゃないですからね!?お兄ちゃんでしょ!?」
「“姉”の方が回復力が高いのです……」
どこ情報だそれ、と周囲がツッコミ入れる間もなく――
サタヌスが手を叩きながら叫ぶ。
「やっぱ雪あるとこ行くしかねぇだろ!?雪国はどこだ!」
マカ、平然と答える。
「熱海です」
「熱海は雪国じゃねぇだろ!!!?」
「いえ。雪国になったって…ほら」
マカがポケットから取り出したのは
謎にピカピカの“スノーベリル観光パンフレット”。
『雪とヤシの木の奇跡!ようこそ、スノーベリルへ』
\ 元・熱海です! /
かつては湯けむりの常夏リゾート、今や雪と氷に包まれた“逆バグ都市”に転生しました。
雪と湯けむりと、ヤシの木と
どこかで温泉たまごを蒸しながら、サングラス雪だるまが皆様をお出迎え。
ヤシの木は、たまに凍ります。
プールは…凍ってます。泳ぎたい方はスケート靴をレンタル!
冬でもビキニなパンダ(自律AI)と記念撮影できますが、本人(?)は震えています。
「常夏は、今や雪国。」
「寒いけど、商魂は燃えています。」
今日もどこかで、パンダがビキニで震えています。
観光連盟 スノーベリル一同
「……雪国じゃん……」
一秒の間もなく、即決。
サタヌス「行くぞ雪国!!!」
「やったにゃ!」
「え、あの……本当に熱海なの?」
「本当に雪国です。エコです」
目の前に広がるのは、あまりにもカオスな景色だった。
南国リゾートの象徴、背の高い椰子の木。
その葉の先までしっかり雪が積もり、下にはカラフルなパラソルと凍りついたプール。
プールサイドには、サングラスをかけた雪だるまが鎮座している。
空気はキンと冷えているのに、どこか陽気なBGMが流れていて、違和感MAX。
サタヌス、即座に叫ぶ。
「ビーチなのか雪国なのかハッキリしろ!!」
「この“雪だるま、サングラス付いてる”……」
素直に驚くしかない現実。
一方、住民たちは全員“水着+ダウンコート”とい
狂気のピクニックスタイルでバーベキューを満喫している。
鉄板の上でジュージュー焼かれているのは、雪鍋と干し魚。焼きトウモロコシは凍ってる。
その横で、町のオバチャンが語り出す。
「ここ、昔は真夏のリゾートだったんだけどね〜」
「文明滅んだらエコになって雪国になったんだよ〜」
「温暖化?むしろ丁度良くなって助かったわ」
パーティメンバー一同、遠い目。
気まぐれに雪道を歩いていたヴィヌスが、不意に一行の前に現れる。
その姿は白銀の毛皮コートに身を包み、街路灯の下で凛とした微笑みを浮かべていた。
「なにしてんの、あんたら」
「お前こそなんでいるの!!?」
「そりゃ私、オーゼ生まれだもの。雪見ると落ち着くのよ」
どうやら、大舞台の仕事を終えて、気晴らしに里帰りついでの雪見旅だったらしい。
たまたまスノーベリルに立ち寄ったそのタイミングで、勇者ズ一行に鉢合わせたのだ。
カリストは、危機感を察知して一瞬で雪の中へダイブ!
(今の俺の姿を見られたら、社会的に死ぬ!!)という本能が全力発動。
ヴィヌスは「なんか変な元気な軍服キッズがいるわね」としか思わなかった様子で、
「ま、いいわ。私は好きにくつろぐから、貴方達も好きにしなさい」とスタスタ歩き去る。
「はい…」
「……俺、こんな情けなかったっけ……」
雪に半分埋まりながら、遠い目をするカリスト。
「生きてる?カリスト~」
「社会的に死ぬのはまだ早いぞ、冬将軍!」
ヴィヌスが去った後、ぽかんとしたロコに、サタヌスが懐かしげに話し出す。
「あぁ、写真で見たことあるわ」
「ヴィヌスって子供のころ、妖精みたいだったんだぜ。ベレー帽かぶってて」
「え~!あの女王さまが?想像つかないにゃ~」
「嘘じゃねぇって!写真あるんだから、ほら!」
スマホを差し出すサタヌス。画面に映るのは、
白いケープと黒ベレー、ふわふわの髪にまん丸の瞳――
“どう見ても妖精(ロリver.)”な少女ヴィヌス。
「……誰コレ。え、ヴィヌス?嘘だろ、バグってるにゃ!」
「成長はげに不思議なものです」
「まぁ、俺らのガキ時代も、今の自分と繋げて見られたことねぇしな~」
「“雷の女王”要素ゼロじゃん!てか普通に守ってあげたくなるやつ!」
ふと、メーデンが雪を手に取り、くるっとカリストの方を向く。
「あ!それよりカリストくん!?雪だよ!雪!!回復してきた!?」
メーデンが満面の笑みで手を広げる。
そのテンションは、まるで“元気ない弟を元気づけようとする姉”のそれ。
カリスト、雪玉を握りしめながら、ふいっと顔をそむける。
「いや…あの、子ども扱いしないでください……私、大人ですよ……」
でも、ほんの少しだけ口元が緩んでいる。
カリストは“ちび化”の屈辱で真っ赤な顔をして背を向けている。
サタヌスは、ちらちらとメーデンを横目で観察しつつ、唐突に口を開いた。
「なぁ、メーデン。そのフォームチェンジ……今んとこ何種類できんの?」
メーデンは首をかしげて、指をポキポキ折って数える。
「え?えーと、炎と……氷と……雷だけ、かな?」
それを聞いて、ロコの尻尾がぴょんと跳ねる。
「おぉ! 三色! 属性の基本形態だにゃ!」
マカはというと、隣で帽子のつばを軽く引き下げ、無表情でボソリ。
「イーブイ方式です。後々増える可能性があります。」
サタヌスが身を乗り出す。
「いいなぁ、そういうの。俺なんて“闇”一本しかないから飽きるぞ? なぁ、カリスト?」
小型化して背を向けていたカリストが、振り向きざまに呟く。
「……ホムンクルスって、ずるい。」
「見せて!雷も!」
「う、うん……」
おずおずと、今度は黒髪褐色肌にチェンジ。
パチッと稲妻の光が弾け、雰囲気が一転する。
「……やっぱり、ずるいよな」
みんなの視線が一気にメーデンへ。
ちょっと困ったような、でもまんざらでもない笑み。
属性チェンジ――それは、ホムンクルスだけの特権。
サバイバルの荒野で、誰よりも自由に“変身”できる強み。
だが本人は「こういうの、ちょっと恥ずかしいなぁ……」
と、頬を染めて雪の上に立っていた。
サタヌスは大口開けて爆笑。
「なぁ。これ雷様(ユピテル)に見せたら絶対ウケるぞ?」
カリストは案の定、真横で雪玉をギュッと強く握りしめ、
「……ユピテル様取らないでくださいね?」
と、めちゃくちゃ拗ねた声で釘を刺す。
メーデンは肩をすくめて、悪戯っぽく微笑む。
「はいはい、わかったわかった。ライバル視しないでよ~」
モブが遠巻きにヒソヒソ。
「……完全に拗ねた弟をあしらうお姉さんじゃん」
雪の上に、三者三様の足跡。