ドリーミア編-同じ悪夢 - 1/5

このところ、決まって同じ夢を見る。
最初は遊園地だ。
メリーゴーラウンドの音楽が鳴っていて、空は眩しく、風船が空に昇っていく。
自分は誰かの手を掴んでいる。だが、その“誰か”が誰なのか、思い出せない。
「約束ですよ」
赤いスーツに白い髪の人物が、振り返って微笑む。
その顔はとても綺麗で、少しだけ寂しげだ。
カメラのフラッシュのように、夢が切り替わる。

ごぉぉぉぉ、と、金属の軋む音。
視界が、傾く。

飛行機の中。
酸素マスクが天井から降りてきて、人々の悲鳴が混ざる。
強く、自分を抱きしめる誰かがいる。
だが顔が見えない。ただ、心臓の音が近い。
ぶつ切りに、何かが聞こえる。

「……っ…ない……ああ……もう……」
「ダメだ。この飛行機……墜ちる……」

急降下。景色が回る。機内アナウンスの声が反響し、止まらない。
数字が目の前に浮かぶ数字。
713
—そこまで見ると、必ず目が覚める。

メーデンは、荒くなった呼吸を整えながら起き上がった。
頬にはうっすらと汗。掌には、夢の中の“誰か”の手の感触が残っている。
「……また、か……」
目の奥が、じんわりと痛む。
どこか懐かしく、けれど救いのない夢。
それは彼女にとって、“始まり”の合図に過ぎなかった。

寝不足のせいで、メーデンの緑の髪は見るも無残な寝ぐせと化していた。
目をこすりながら廊下を歩く彼女の足が止まる。
―ハンターオフィスのソファに、当然のように寝ている男がいた。
いや、ソファ“から”落ちていた。
「もうあの寝姿、最早芸術の域だよね」
「あれでSSS級なんだから、人生って不条理だわ」
「つーか誰だよ、“レイス起こすな”の張り紙貼ったやつ……正しいけどさ」
悪魔ハンターの小声も意に介さず。
仰向けで片腕を投げ出し、半分身体を床に乗り上げた状態で。
寝息を立てるその姿は、もはや生活感の塊だった。
芸術的とさえ言えるダメさ加減に、思わずメーデンは立ち尽くす。

「……レイスさん、どうして床で寝られるんですか……?」
しばらくして、寝ぼけたように片目だけを開いた男が、のろのろと返す。
「……嬢ちゃん、悪口か?」
「違います。羨ましいんです……最近、寝つきが悪くて」
そう答えるメーデンの目の下には、くっきりとしたクマ。
対するレイスは寝起きのくせに涼しげな顔で、伸びを1つ。
「床は信頼できる。裏切らねぇからな」
「……それって、床以外は裏切るってことですか?」
「寝言だ。気にすんな」
相変わらず何を考えてるんだかわからない。
そう思いながらメーデンは食堂へ向かうのだった。

「……変な夢を見たんです」
メーデンが湯気の立つスープを見つめながら呟いた。
「オレも!オレも夢見た!」
ロコが両手を上げて興奮気味に叫ぶ。
「でっかい魚が空飛んでて、オレそれを焼いて食べて……でも気づいたらオレが焼かれてた!」
「はいはい、焼き魚は黙ってて」
ティアは箸を止めることもなく言い放った。
そのテンション差は、もう慣れてますという顔。
「遊園地の夢?」
メーデンは、少し驚いたように目を見開いた。

「……そうなんです。いつも遊園地で、でも最後には飛行機の墜落に切り替わって。
ここ一週間、ずっとその繰り返しなんです」
「飛行機の……」
ティアの箸がぴたりと止まった。
「遊園地……確かそんな廃墟、なかったか?“ドリーミア”とか呼ばれてる」
その名前に、メーデンの表情が揺れた。
手元のカップが、かすかに震える。
ハンターオフィスの朝の食堂には、今日も賑やかな声が響いていた。

「今日の討伐どこ行くー!?スライムなら3体まとめてやるぞー!」
「こっちの班、温泉遺跡行きたいってー!」
そんな喧騒の中、テーブルの一角だけが、妙に静かだった。

「……で、気になったから聞いてみたんです。夢のこと」
メーデンが説明を終えると、受付の女性は静かに頷いた。
「もしかして、“ドリーミア”ではありませんか?」
ティアとロコが、同時に顔を上げる。
「ドリーミア……?」
「……かつて、人間と魔族の共存を象徴する娯楽施設でした」
受付嬢の声は淡々としていた。だが、その眼差しはどこか陰を含んでいる。
「しかし今は……ハンターオフィスでも踏査仕切れていない“未調査エリア”のひとつです」
「遊園地ってだけで、もう不穏だよな……」
レイスが、背後のソファから立ち上がり、煙草を咥えたまま呟く。
受付嬢は資料をめくり、ある一枚を取り出した。

「実は現在、定員4名の限定ミッションが発令されております」
「調査対象:旧ドリーミア跡地――内容:怪現象発生の有無、および原因の究明」

「で、それが埋まらない理由……あるか?」
レイスが目を細める。
受付嬢は少しだけ口を引き結び、静かに頷いた。

「……はい。“怪現象”が、たびたび目撃されているのです」
その瞬間、食堂で騒いでいたモブハンターたちの声が、少しだけトーンを落とした。
誰もが知っているのだ。“あそこ”が普通じゃないことを。
「ドリーミア?……やめとけって。俺がそうなったの、あそこが初めてだ」
男の証言は唐突に始まった。ハンターギルドの片隅。
缶コーヒー片手に、どこか“過去の自分”を見つめるような目で。

「昔よ、友達に連れてかれたんだ。まだあそこが『夢の国』とか呼ばれてた頃さ。
エルダイナソーの“みんなで学ぼう!恐竜パラダイス”ショーって知ってるだろ?」
――やたらデカい恐竜着ぐるみと、笑顔が貼り付いたゆるキャラたち。
ステージの袖から、ゆっくりこっちを見てる。
「あの頃はさ、Eテレみたいな優しい声で“お友だち~!”って手を振ってさ。
“みんなも恐竜になろうね~!”だの、“ぎゅーってしてあげる!”だの。
最初は、ただ楽しかった。……でもな」
彼の指が、缶のアルミを押し潰す。

「途中から様子が変わったんだ」
「ショーの途中で、着ぐるみがピタッと動かなくなった。……次の瞬間だ。
“おなか、すいたなぁ~”って声が響いてきて……。
…気づいたら、あいつら、こっちに向かって全力で走ってきた」
語るほどに、彼の顔がこわばる。
思い出すのも嫌だと言わんばかりに、額の汗を拭う仕草がやけにリアルだった。

「逃げても逃げても、園内BGMが鳴りっぱなしでさ。
“楽しいね~楽しいね~”って、Eテレ調の音声がスピーカーから延々ループしてんの。
“楽しい”がだんだん“楽死い”にしか聞こえなくなって。
振り返ったら、恐竜マスコットが口開けてた。牙まで生えてやがんの、マジで。」
館内は色褪せたパステルカラー。
床に転がるぬいぐるみ、棚には“思い出のぬい”が埃をかぶる。
どこか遠くで、機械仕掛けの子供の笑い声が反響している。
陽だまりのような光が差し込むくせに、空気は妙に重い。
廃墟になった今も、時々「Eテレの声」が木霊するらしい。

“お友だち~!かくれんぼ、しよっか?”
“みんなも恐竜になろうね~”

現実で逃げ帰ったその日、男は高熱で何日も寝込んだという。
夢の中では、今もあの着ぐるみに追いかけられる。
「優しい声ほど、今はトラウマだ」

「楽死い(たのしい)」
かつて子どもたちの笑顔と夢が集まった“楽しい”場所。
しかしエルダイナソー・エンタープライズの狂気と、GZ後の現実が重なった時。
その“楽しさ”は限界を突破して死すら超える“楽死い”となった。
夢の国は、もう誰も帰らせてはくれない。

「寝てるはずの仲間が、いつの間にかジェットコースターの座席にいた」
「鏡の前に、いないはずの人影が映っていた」
「録画データに“いない人”の声が入っていた」
それはどれも、証明のしようがない話だった。
だが、“妙にリアル”な噂話ほど、足を遠のかせるには充分だった。

「……行きます」
メーデンの声は迷いなかった。
「遊園地とか楽しそうじゃん、オレも」
ロコが鼻を鳴らす。尻尾がゆるく揺れていた。
「んじゃ俺も……どうせ暇だ」
レイスは肩をすくめて立ち上がる。煙草の灰がぽとりと落ちる。
「私も行く」
ティアは、手帳を閉じながら皆の顔を見回した。

「しかし……おかしいな」
ひと呼吸、置いてから言う。
「メーデン、君の夢は“必ず”飛行機が墜ちるんだよな?」
メーデンは、ゆっくりと頷いた。
「……はい。いつも遊園地で始まり、最後は飛行機が墜落します」
ティアの目が鋭く細められる。

「だが……ドリーミアの周辺に、空港は存在しない。
過去に墜落事故の記録もない。
“遊園地と飛行機”……まったく結びつかない。どういうことだ……?」
誰も答えを持たない。
だが、それでも。

「ま、行きゃ分かるんじゃね?」
レイスが片手をひらひらと振る。
「わかんなくても、なんかあるっしょー!」
ロコのテンションはいつも通りだ。
「……はい。何かあると、思います」
メーデンだけが、その夢の続きを、誰よりも知りたがっていた。
こうして、“踏査隊”は決まった。

ドリーミア。
夢の残骸。
そして墜ちる飛行機。
すべての謎は、これから始まる“現地”に眠っている。

その頃―“夢”と呼ばれた遊園地の、朽ちた入場ゲートには、ひとつの影が立っていた。
風は止まり、空は妙に青く、まるで“始まる”ことを拒むかのような静寂。
その中で、男は独りごちる。
「ええ、支配人さん。ついに動き出しますよ、ドリーミアの“時”が」
赤茶のシルクハットを軽く押さえ、彼はゆっくりと懐中時計を取り出した。
カチ、カチ、カチ……秒針の音が、まるで心音のように響く。
時計の盤面には、通常の数字はなかった。
代わりに浮かび上がるのは、“713”の文字。

「……うふふ。これは面白い」
パタン、と懐中時計を閉じる。
そして、静かに微笑んだ。
「時よ止まれ、お前は美しい――」
その声には、喜劇の幕開けを告げる者特有の、あまりに楽しげな響きがあった。
そして彼は、ゲートの内側―色褪せた観覧車の影へと、すぅっと姿を溶かして消えた。
まるで最初から、そこには何もなかったかのように。