ドリーミア編-回る悪夢 - 1/5

昼食を終えて、廃墟のベンチで一息つく中、レイスがふと立ち上がって言った。
「……さっき、お前らが観覧車乗ってる間に気づいたんだけどさ」
「ん?」
ティアが小首を傾げる。
「この遊園地の時計、ぜんぶ7:13で止まってるぜ。
観覧車の裏のも、レストランのも、看板時計も」
メーデンが「うーん……」と唸りながら腕を組む。

「713……やっぱり、夢で見た数字だ。
でも、何を意味してるんだろう……」
ロコがぽんっと手を打った。
「生命尊重の日だよな!?」
「……そういえば、そうでしたね」
メーデンが思い出したように頷く。
そして、ロコが唐突に指を差した。
「じゃあ、お前が生命尊重しないから時計が動かないんだ」

沈黙。
「…………」
「いや!!?」
レイスが素で叫んだ。
「俺のせい!?俺が時間止めた事になってんだよ!?
生命尊重しないと時間動かないって何だよ!?宇宙法則かよ!?!?」
「うん、たぶんドリーミア法則だな」
ティアがマジメ顔で返す。
メーデンは静かに呟いた。
「……レイスさん、反省しましょう」
「何を!?何をだ!?」

「なぁレイス、お前って不死身だよな」
唐突に、ロコが言った。
「……まぁ、一応な」
レイスが食べ終えたラップを畳みながら返す。
「逆に、経験してない死ってあるのか?」
その一言に、空気が一瞬止まった。
レイスは数秒考えて――
「尊すぎて……死ぬ」
ぽつりと呟いた。

「流石にそれは未経験だ」
場がじわじわとざわめく中、
メーデンがスッと前を向いて言った。
「でも、私レイスさんの命、尊重してますよ」
全員、時が止まった。

ベンチ前。
時間は相変わらず7時13分で止まったまま。
メーデンの一言が、まだ空気に残っていた。
「……でも、私レイスさんの命、尊重してますよ」
沈黙。
レイスが、ゆっくりと瞬きを一回した、次の瞬間。

「――――レイス!!?」
ロコが振り向いた時には、
レイスはもうベンチからずり落ち、仰向けに倒れていた。
「レイスが死んだ!?尊さで!?なんで!?」
本当になんでだよ、という声量。
ティアが一瞬で駆け寄り、首元に手を当てる。
表情が変わる。

「……おい。心拍……ない」
「は!?」
「AEDもってこい!心臓マジで止まってる!」
「尊さで心停止とか前例なさすぎるだろ!!」
ロコが完全にパニック。
メーデンは一瞬フリーズしてから、顔色を変えて膝をつく。

「レイスさ~ん!!そんな理由で死なないでください!!」
完全に事故。
尊死という言葉が、比喩じゃなくなった瞬間だった。
「……待て待て待て」
ティアが胸骨圧迫の体勢に入りながら、冷静を装って叫ぶ。
「不死身だろ!?お前!!死因が“好意”って何だよ!!」
ロコは周囲を見回して絶望する。

「AED!?この遊園地、全部夢仕様だぞ!?
絶対“やさしい声で説明するタイプのAED”しかねぇ!!」
スピーカーから、ちょうどよく流れる園内放送。
《だいじょうぶだよ~♪おともだちが倒れたら、あわてずに~♪》
「うるせぇ!!」
三人同時に叫んだ。

そのとき屋根の上から、くすくすと笑う声。
「……あらあら」
赤いスーツの悪魔が、楽しそうに手を叩いている。
「本当に“尊死”する方、初めて見ました♡ええ、これは貴重なサンプルです」
「見世物にするな!!」
ロコがキレ、メフィストは肩をすくめる。

「いえいえ。半人半魔の心臓って、感情の負荷に弱いんですよ」
「……は?」
「特に、“自分が肯定された”瞬間。普段それに慣れていない個体ほど――」
ちらりと、レイスを見る。
「オーバーフローを起こします」
「じゃあ助かるのか!?助からないのか!?」
ティアが怒鳴る。
メフィストはにっこり。

「安心してください♡まだ“完全に死んで”はいません」
「まだって言うな!!」
メーデンが、震える声で呼びかける。
「レイスさん……!戻ってきてください……!」
その瞬間。
レイスの指が、わずかに動いた。
「……っ」
レイスが、息を吸い込む。

「……っ、は……」
目を開けた瞬間、第一声。
「……嬢ちゃん……あれは……反則だ……」
「遺言みたいに言うな!!」
心拍が戻り、全員がその場に座り込む。
レイスは天を仰いだまま、ぼそっと呟く。
「……やっぱ……生命尊重……しねぇと……ダメだな……」
「そこかよ!!」
メフィストは満足そうに拍手した。

「ええ。713が止まっている理由、少しだけ分かった気がしません?」
夕暮れの光が、遊園地を染める。
止まった時計。止まりかけた心臓。
そして、尊さで死にかけた男。
夢の国は、今日も平常運転で狂っていた。

「……実に、鑑賞に値する♡」
メフィストの目は爛々と輝いていた。
レイスの言葉に、ロコが大声でツッコミを入れる。
「ほら!お前そんな理由で死ぬから、多分怒られてんだぞ!!」
「誰にだよ」
レイスが眉をひそめて振り返る。
ロコは腕を組み、勝ち誇ったように答えた。
「邪神にだよ」
その瞬間、ロコの脳内イメージが再生される。

深き宇宙のどこか。
星が泡のように弾け、混沌が蠢く空間に邪神が座っていた。
「コラ、レイス!命を大事にしなさい!!」
口はなく、顔もない。
だが何故か「保護者感」が出ている。

映像から戻り、レイスが叫んだ。
「そんな理由で時間止まるわけあるかああああああああ!!!!」
その騒ぎを少し離れた位置から見ていた、赤いスーツの人物。
メフィストは、遊園地のアーチ下でそっと腕を組み、にこりと微笑んだ。
「あらあら……あの猫ちゃん、可愛いうえに、鋭いなんて……素敵ですよ……」
目の奥が、ぎらりと光る。
その視線は、ロコを見ているようで、
ずっと“何か奥”を見通しているようだった。

メーデンが空を仰いでいた時、
その横からひょいっと覗き込むように、赤いマジシャンが顔を出した。
「そういえばレイス様と連れ添いの方々は――」
「何故、ドリーミアに?」
その言い方は、まるで「今さら!?」という感じだった。
実際、今さらである。

だが、メフィストの中では既に――
レイス様 >>>>> 超えられない壁 > 他
という精神構図が完成していた。
レイスが肩をすくめながら答える。

「探査ミッションだよ。
何のせいか知らねーけど、ビビって誰も来ねぇらしいからな」
「わぁ、探査?嬉しい♡」
「支配人さん、喜ばれますねぇ……」
メフィストは、そう言って目を細めた。
「今のドリーミアにようやく“お客様”が来たんですもの」
その言い方が、あまりにも“異常に喜ばしそう”だった。
誰もツッコまなかったが、“支配人”というワードは全員の頭に残った。

ティアが小声で呟く。
「……支配人? ドリーミアの管理者……?」
ロコも眉をしかめる。
「おいおい、そんなの聞いてねーぞ……」
レイスは言葉を飲み込んだ。
「この遊園地は、もう死んでるはず」なのに。
誰が、客を迎えるというのか。

ふと、何かを思い出したように、メーデンが口を開いた。
「……支配人さん?」
「どうなったんですか、支配人さんは」
メフィストは一瞬だけ目を細めて、
それから、何でもないことのように答えた。
「お亡くなりになられましたよ」
その言葉に、一瞬空気が凍った。
「人間の限界ですねぇ」
そして、メフィストは笑みを浮かべたまま続けた。

「“永遠にこの幸せな夢が続きますように”――そう言われておりました」
「フフフフフ……」
あまりにも、狂気じみた笑いだった。
それでも、メフィストの声は穏やかで、
まるで祈りを聞いた神父のように、優しかった。

レイスは静かに前を向く。
目の前に広がるのは―廃墟としては、あまりにも綺麗すぎるドリーミアの風景。
観覧車は静かに回り続け、ベンチにはまだぬいぐるみが座っている。
遠くのステージでは、音のないパレードが止まったままだ。
「永遠ね」
レイスがぽつりと呟く。
「嫌な願いだな」
その一言が、夢の世界に小さな亀裂を入れたように感じられた。

風が、少しだけ冷たくなった。
昼下がりの光が、わずかにオレンジがかる。
そんな中、メフィストがくるりと振り返った。
「ところで――光のお嬢様?」
「お嬢さま!?」
メーデンが驚いた声を上げる。
その言い方は、まるでどこかの王宮か教会での呼称のようだった。
「私の顔――見覚えありませんか?」
メフィストの問いに、
メーデンは一瞬だけ、言葉を失った。
(――夢だ)

繰り返し見る、あの夢の中で。
自分の手を握っていた、赤いスーツに白い髪の誰か。
優しく微笑みながら、こう言っていた――
「約束ですよ」
その声が、頭の中で反響する。
「……約束って……何……?」
震えるように呟くと、
メフィストはにこりと微笑んだ。

「フフフフ……」
「そろそろ、日暮れですね」
彼の目が、ほんの一瞬だけ冷たく揺れた気がした。

「お化け屋敷なんて行ってみては如何ですか?
きっとそこで“約束”を思い出しますよ」
そう言って、メフィストは踵を返し、夕陽に照らされながらゆっくりと去っていく。
彼の影が、少しだけ長く伸びていた。
メーデンが顔を上げると――
空が、夕焼けに染まり始めていた。
夢の終わりは、夜から始まる。