ドーラファクトリー編 - 1/3

かわいいは正義。
それは人類が到達した数少ない“神の一手”である。
そして「詰め放題」の前に人類は無力——いや、あまりにも無力すぎる。
かわいい×詰め放題、世界の物理法則をねじ曲げる。
この二大エネルギーが、今ここで歴史的邂逅を果たす。
今、そのカツカレー理論に答えが出ようとしている!

「夢は~詰め放題~♪深夜二時、君を誰かが見ている」

テレビが突然バグる。誰もリモコンは触っていない。
いや、触ってないどころかもうリモコンはどこかに消えて久しい。
VHSノイズまみれの画面に、画質だけは謎に鮮明なドワちゃんがドーン!
陽気なメロディをバックに、ドワちゃんはとにかく詰める。詰める。詰める!
画面の端っこではボツ太郎がジッとカメラ目線。お前は誰だ。
「詰め放題No.1!」
カラフルなコンベアには、もはや何ぬいか判別不可能なカオスぬい群。
“これ全部夢です”と言い張るにはあまりに物理的な重み。

夜の廃工場。BGMだけは“永遠の昼休み”。
外観は完全に“心霊スポット”。
「深夜二時、君を誰かが見ている」
ナレーションだけは淡々、どこか投げやり。
画面下部、デカデカと「dora-factory.jp/tsumehoudai」
……すぐに“NOT FOUND”。オチが早い。
「おやすみなさい。ドワちゃんが夢で待ってるよ!」
怖すぎるエンディングキャッチでスタジオ凍結。

ロコが真顔で言う。
「なぁ、工場閉鎖してるのになんでCM流すんだにゃ?」
正論。それはそう。
レイスは煙草片手に「メメント・モリ……死を忘れるな、ってやつじゃねぇの?」
どの口が言う。
ティアは冷徹な現実主義者。
「……まず商売として成立してない時点で、その“モリ”の前に“商い”忘れてるからね!?」
もう経済とか全部どうでもいい世界。
「売る奴もいない、URLも繋がらない、CMだけは明るく元気、どういう神経よ……」
画面のドワちゃん、明らかにこっち見てる。無言の圧。

「……モリより先に商売忘れてる」
「ほんとにゃー。夢の詰め放題って、もはや供養だろ」
「CM見てるこっちが成仏しそうなんだけど」
ここで全員、静かにテレビ画面から目を逸らす。
ドワちゃんの目が、明らかに一瞬“追って”きた。気のせいじゃない。
三人、同時に「こえぇよ」
——ドーラファクトリー、終末の夜にて開幕ッ!!

翌朝。
世紀末の朝は、胃腸に厳しい。
だがハンターオフィスの食堂だけは別格だ。
本日の日替わり——伝説の「カツカレー」。
その真の主役は——ミュータント鶏。
とにかくデカい。肉の量、通常の2倍。
“高ぇ店のとんかつ”どころじゃない。

分厚さに全振りしすぎ。
「噛みきれない」「ルーが全然染み込まない」
「端っこ持ち上げたら重さでルーが吹き飛ぶ」と不平不満が絶えない。
だがそれすら“ハンター流の愛”として受け入れられている。
「おいしいけど、カツを食べるタイミングがわからない」——人気No.1。
人類は未だ“カツカレー理論”に明確な答えを出せていない。

ロコ、カツを真剣に観察しながら。
「カツカレー理論ってさ、実際成功率どのくらいだにゃ?」
レイスはカレーをすするだけ。
「さあ?でもうまいぞ」
会話の9割は味覚より直感で成立している。
——そんな哲学的朝食タイム。

受付嬢が丁度休憩に入ったらしく。
「あっ皆さん。ごはんの後でいいので依頼チェック御願いします」とトレー持って着席。
その手に光る依頼書、タイトルは重いのに文字は妙に可愛い。

依頼名:『ドーラファクトリー製造プラント供養調査』
依頼主:元工場長(直筆)
内容:「ぬいぐるみ工場の“未踏査・地下エリア”に残る機械を止め、
そこで眠るぬいぐるみ達を、そっと……成仏させてほしい」

オフィス内、凍りつく空気。
「ぬいぐるみ供養ってやつか……あるよな、そういうの」
レイスは淡々と呟き、周囲は「え、ぬいぐるみ?」「マジで?」とお約束の狼狽。
だが歴戦のハンターたちは目がギラッ。
旧世界の廃工場クエスト=“絶対何かある”の法則、ここに極まる。

メーデン、すでに全力で瞳キラキラモード。
「かわいい……いっぱい……」
妄想だけで糖分摂取してそうな勢い。
その隣、マカは一言も発さず、カツをカレーに沈めて解体している(職人か?)。
レイス、不意にぶっこむ。
「なぁマカ、ずっと言うの我慢してたんだけど。ファンなの?」
マカ、カツを持ち上げ無表情で「フリマで安かったからです」
「いやそれならドワちゃん選ぶ理由がわからないんだが……」
妙な間。

「なぁマカ、その帽子……やっぱドワちゃん?」
「2000年モデルです」
「ほらやっぱファンじゃねーか」
「……違います」
カツカレー理論もドワちゃんの呪いも、ここでは“日常”なのだ——。

ドーラファクトリー。
その名前を口にした瞬間、なぜか空気が一段階だけ悪くなる。
呪いというほど重くはない。だが、確実に“後味”が残るタイプのやつだ。
レイスが軽く手を挙げる。

「とりあえず、俺とマカと嬢ちゃんは行くからさ」
「ドーラファクトリー行きたいやつ~。この指とまれ」
冗談半分、集まったら集まったで考えよう、くらいのノリだった。
――その瞬間、椅子が倒れる音。床を蹴る音。
視界の端を黒い影が横切る。
サタヌスである。

「ぬい工場!? やべぇのいそうじゃん!! 行くわ!!」
一切の迷いなし。
テンションだけが先に現地入りしている。
レイスは一拍置いてから、煙を吐いた。

「……いや、ふざけて言っただけなんだけど」
「お前、本気すぎるわ」
ティアも静かに立ち上がる。
視線はどこか遠い。
「……私も行く。昨日の呪物が、まだ頭から離れなくてね」
こうして、探査ミッション開始。

ドーラファクトリー本社。
入口には、かつて“かわいいの象徴”だったはずの巨大なクマのモニュメント。
今は半壊し、片目が落ち、笑顔だけがやたらと主張している。
怖い。かわいい。どっちだ。
判断する前に胃が嫌な音を立てる。

一階は、ぱっと見は普通の生産ラインだった。
床にはぬいぐるみの腕、脚、顔。
完成する前に役目を失った部品たちが、雑に転がっている。
レイスが足元を見ながら言う。

「おいマカ、あの“詰め放題”ってさ」
「何kgくらい詰めんのが記録なんだ?」
マカは特に立ち止まらず、即答。
「袋が裂けるまでです」
「……マジかよ」
レイスは素直に感心する。
「こえーなこの工場」
ロコが尻尾を揺らしながら、ぬいの山を見渡す。

「詰め放題ってさ、必ず欲張って台無しになる人間いるにゃ」
「ドーラでも、似た人間いたのか?」
レイスは廃カタログをパラパラめくりながら、完全に他人事の声。
「さぁ?“ぬいに潰されて死んだ”っぽい記録はあるぜ」
さらっと言うな。
メーデンの目が、トロけた。

「かわいいで圧死……」
——完全に夢モード。
脳内では今、ふかふかのぬいぐるみに圧縮されるファンシーワールドが上映中だ。
マカが即座に報告する。
「レイス。メーデンが夢モードに入ってます」
帽子のドワちゃんも、なぜか同じ顔をしている。
レイスは何も言わない。屈みもしない。目線も合わせない。
ただ無言でメーデンの髪の毛先を、ぐいっと摘む。

「アー!!!」
現実復帰。
メーデンは両手で髪を押さえ、涙目で跳ねる。
ロコが感心したように言う。
「おー……今の速さ、職人芸だにゃ」
ティアはため息混じりに呟く。
「詰め放題以前に、現実の重みがすごいわね……」
ドーラファクトリーは今日も。
テンションと倫理の境界線を踏み越えたまま、静かに待っていた。

「まずは地下エリアに行くことから、だけどな」
レイスが言う。
オフィスで鍛えた世紀末胃袋も、ここじゃ役に立たない。

ロコがキョロキョロしながら鼻をひくつかせる。
「地下エリアの鍵は……どこにあるんだにゃ?」

マカは無感動ボイスで即答。
「あれですか?」

その指先の先。
異空間から唐突に召喚されたとしか思えない、ドワちゃん(完全体)。
堂々たる正座(?)スタイルで鎮座していた。
真っ黒な、ムクムク丸い胴体。
くりっとした緑目×ギザ歯スマイル。
腹にはチャック、中は“夢”と“悪夢”が物理的に詰め放題。
工場の埃すらドワちゃんの前では緊張して止まる。
静寂すら、変なBGMに変わる。

メーデンが食い気味に叫ぶ。
「胴体がある!!」
サタヌスは即ツッコミ。
「そりゃあるだろ!!帽子だけじゃ散歩できねぇだろ!!」
レイスは“悟りきった大人”の顔で静かに一言。
「お前ら……むしろ帽子単体を疑問視しろよ」
ティアは巨大ドワちゃん像を睨みながら、マカを横目で見る。

「でかいドワちゃん像……あんた、テンション上がってない?」
マカは完全に“通常運転”の無表情。
「べつに。通常運転です」
ロコが帽子に寄ってニヤリ。
「でも帽子の目、光ってるにゃ~」
「帽子が勝手に、です」
誰も何も言わない。
なぜなら、“帽子が自発的に光る”のはこの世界では正常だからだ。

サタヌスの様子が、明らかにおかしい。
いや、いつもおかしいのだが、今回は“質”が違う。
目がキラついている。
テンションが一段階、いや二段階ほど現実を踏み外している。
レイスが手にしたのは旧ドーラファクトリー・地下マニュアル。

「地下エリアへ行くには装いからかわいく……っと」
嫌な予感しかしない。
「開閉担当が、ドワちゃん着ぐるみパジャマで認証を……」
一瞬、レイス自身も文章を読み返す。
「……パジャマで、認証……?」
ティアが即座に切り捨てる。
「ちょっと何言ってるかわからないわ。このマニュアル」
全員が同意した、その瞬間。

奥の暗がり。ぬいの山の影。明らかに“人型の何か”が動いている音。
サタヌスが、着ぐるみパジャマを着ていた。
しかも無駄に似合っている。

「何してるの!?」
サタヌスは悪びれもせず、もふもふのまま親指を立てる。
「いや、可愛いは着るものって、ウラが言ってた」
例のミクもどき、またしても元凶。
距離に関係なく被害を出すタイプの災害。
レイスは頭を押さえた。

「……あいつ、また余計な知識植え付けてやがるな」
ロコは目を輝かせる。
「似合ってるにゃ。夜の怪獣感すごいにゃ」
メーデンは無条件で拍手。
「かわいい……!」
サタヌスはもふもふの手を振る。
「だろ? 俺、こういう“条件付きダンジョン”強いんだよ」
——その瞬間。
ドワちゃん像の目が、ギラッと光った。

地下エリアの扉が、かわいさに屈した音を立てて開き始める。
こうしてドーラファクトリーは、
“パジャマ怪獣による正式認証”をもって、次の地獄を解放したのである。

「……開いちまった……」
レイスの声は低い。
“あ、これは後戻りできないやつだ”という確認音だった。
「うわァ」
メーデンの顔はもう、ほぼちいかわ。
目が点、口が小さく開いたまま固まっている。
かわいいものとホラーが同時に来たときの、正しい人類のリアクションだ。

その横でサタヌスが、もふもふを脱ぎ始めた。
ファスナーが下がる。
中から出てくるのは、いつものサタヌス。
だが空気が違う、テンションが“内側”に向き始めている。
「んんー……」
首を鳴らし、肩を回す。
まるで武装解除のあとに、次の装備を想像している男の動き。

「ドワはさ」
着ぐるみを持ち上げ、軽く見下ろす。
「お前(マカ)って感じがして、しっくりこねぇ」
マカの目がピクッとした。
サタヌスは続ける。

「俺に、もっと似合うやつがある」
その言葉が落ちた瞬間、空気が一段階、“夜”に近づいた。
「“似合う”で選ぶな、ここは」
長年の勘が、全力で警鐘を鳴らしている。
メーデンはまだちいかわのまま、ロコは尻尾を膨らませ。
マカは帽子を押さえながら、ほんの少しだけ羨望の目でサタヌスを見ている。

ドーラファクトリー地下。
かわいい。危険。そして変身フラグ、確定。