「ロディ!ロディ起きろ。お前に手紙だぞ」
その翌日のアルドレッド家では、ロディの父が布団にくるまって眠る息子を起こしにかかっていた。
「う~ん……あと5分……」
「馬鹿者!早く起きなさい!」
ロディの父は布団をひっぺがすと、息子の鼻をつまんで起床させる。
そしてようやく目を覚ましたロディは目をこする。
「父さん、おはよー」
「おはようじゃないわ!お前宛の手紙が来てたぞ」
「……手紙?」
寝ぼけ眼で父から手紙を受け取る。
開封して読んでいる内に意識が一気に覚醒した。
ラピアの冒険者ギルドの定員に空きが出来たというものであった。
そうだ。受付嬢と約束したのである、空きが出来たら入るので登録お願いしますと。
「すげぇ!ほんとに来た……口約束と思ってたのに」
「ギルドの人間は律儀じゃなきゃやってられんさ。
お相手もお前が登録しに来ると信じて待ってたんだろう」
「そうか……そうだよな!」
今からガイウスのように超人的な力を持つ勇者になることはできない。
だが「勇者代理」として確かな実力を身に付けておきたかった。
この国を覆う暗雲を払う為にも。
「父さん、俺ギルドの試験受けるよ」
「そうか、なら準備しないとな。まずはその寝癖を直せ!」
「はーい」
ロディは父に急かされながら身支度をするのだった。
「ではこちらの水晶に手をかざしてください」
冒険者ギルドの受付嬢はそう言うと、ロディへ登録用の魔道具を手渡す。
ガイウスは経験していないことだ、彼はいきなり勇者として駆り出されたので。
冒険者として登録していなかったのである、つまりあの怪物染みた強さは生来のモノだ。
「お!反応した」
「はい、これで登録は完了です」
「はぁ良かった……改めて、ありがとうございます。定員空いたらお願いしますって約束守ってくれて」
「いえ。勇者の弟が所属しているというのは、うちのネームバリューにも繋がりますし」
「え?でも俺、まだ冒険者としては新米ですよ?」
「ええ。ですが勇者代理としてなら十分です」
受付嬢の言葉の意味を測りかねるロディに彼女は続ける。
「アルキード王国は魔族との戦いで疲弊しています。
そんな時に新たな英雄が登場すれば国民も希望を見出すでしょう」
「……なるほど、そういうことですか」
「それに貴方はあのガイウスの弟君ですし。才能は確かなものと思われます、
ただ今は眠っているだけ、そう見ています」
「はは……」
受付嬢の鋭い指摘に苦笑いするロディ。
だが確かにその通りだと自分でも思うのだ、彼はまだ眠っているだけなのだから。
(でも今は……)
今出来ることをしよう、そう思った。
「では試験を受けて頂きます」
「はい!」
——
「就職おめでとうございます。ロディ」
「就職……就職ていうのか?まぁ確かに」
試験は思ったよりすぐ終わり、ロディはレオノーレと共に昼下がりのラピアを散策していた。
聖夜祭目前という事で、各所にクリスマスツリーが飾られ。
道行く人々は皆、どこか浮き足立っているように感じる。
「しかし……試験はあれで良かったのですか?私はてっきり戦闘試験かと思っていたのですが」
「うん、俺はまだ戦いに慣れてないから。だから筆記試験と面接だけだった」
「そうですか……」
レオノーレの疑問も尤もだ。
だがロディには考えがあったのだ、がむしゃらに戦うだけじゃダメだ。
その場に応じ最適な行動をとれるかが大事なのだ、と。
「では今日は就職祝いに、酒場へ行きますか」
「え!?レオノーレさん、酒飲めるの!」
「聖教信徒は洗礼が成人の証ですので、15歳から飲めますよ」
どおりで大人びているわけだ。と驚き半分納得もする。
アルキード王国の成人は18歳から、つまり酒が飲めるのは3年後である。
(酒か……3年後、俺はレオノーレさんと酒を飲み交わせるだろうか?)
「ロディ、行きますよ」
「あ!はい今行きます!」
2人は連れ立って酒場へ向かう。
そして冒険者ギルドの方を振り返る、思えば自分はずっとガイウスの背を追っていて。
彼のおさがりを貰ったり、彼の真似をしてばかりいた。
だがこれは違う、ロディ自身の決断だ。
ここにきて初めて彼は「勇者の弟」から独り立ちした。
「ロディ?」
「……なんでもないよ、行こう!」
「ええ」
そして2人は酒場へ入っていった。
——
「なぁなぁ、知ってるか?グレイヴァー・アビーに女の子のお化けが出るらしいぜぇ~」
「や~め~ろ~!俺そういうのマジ苦手なんだぞ!!」
アルキード騎士団、団長がいない完全な自由時間というのもあってか。
酒場ではバカ騒ぎが繰り広げられていた。
最近霊園に女の子の幽霊が出るそうだ、顔は全然見えず。
でも時々発する泣き声などから女の子なことはわかっているらしい。
「おいおいマジかよぉ、怖いなそれ……」
「いやそれがそうでもないらしいぜ?
なんかその子と話が出来るらしくてさ、そんでもって……」
『私はずっとここにいます』と、そう言っているらしい。
よほど強い未練が在るのだろうか……成仏させてあげたいものだが。
彼女が何者かわからない以上はどうにも出来まい。
「…ミルクください」
「私はリキュールで」
「ははは!ミルク頼みやがってあのガキぃ」
「わ、悪かったなー!まだ酒飲めないんだよー!!バーカッ」
騎士たちに精一杯の悪態をつきロディはテーブルに座る。
レオノーレはミルクを飲んで何が悪いというように、リキュールを傾けていた。
「まったく……しかし女の子の幽霊ですか。確かに気になりますね」
「でしょう!?なんかあるよ絶対!」
「まぁまぁ落ち着いてください。
仮にその少女が本当にいるとしてどうなさるつもりですか?」
「そりゃもちろん話を聞いてあげるんだよ!」
その言葉にレオノーレは首を横に振る。
幽霊が悪霊だった場合は当然戦わねばならないわけだが。
霊体への有効打をロディは持っていない、霊体は実体を持たぬ存在。
通常の武器では決して傷つけられないのだ。
そのため戦うときは必ず聖職者か術に長けたものを連れて行くしかない……。
「……いいですか?少女によってはすぐ退却いたしますよ」
「はい……あ、店主さんありがとうございました……美味しかったです」
わざわざ言わなくていいのにという顔されたが。
言われて悪い気はしないのか、そうかいと笑ってくれ。
レオノーレとロディは代金を支払い。
手を振りながら夜の酒場を後にするのであった。
アルキード王国で最も広く、最も厳かな霊園――それがグレイヴァー・アビーである。
王都からほど近くに位置し、歴代王族が眠る霊廟を擁する。
国の歴史そのものを封じ込めた静寂の聖域だった。
霊園の中心には、荘厳な尖塔を持つ王家の霊廟がそびえる。
彩色硝子に描かれた聖人の姿は幽かに輝き、死者の魂を静かに見守っているかのようだった。
この場所は祈りの聖地であると同時に、ラピアの子どもたちにとっては試練の地でもある。
「グレイヴァー・アビーで肝試しをすること――」
それは、恐怖に打ち勝ち、大人への一歩を踏み出した証とされていた。
誰もが一度は夜の霧に足を踏み入れ、震える足で帰還する。
その経験こそが、彼らにとっての“通過儀礼”なのだ。
もっとも――その霧の奥で、本当に出会うのが恐怖だけとは限らない。
そこには、未だ語られていない声が眠っているのだから。
「夜のグレイヴァー・アビーに?出るのは幽霊くらいですよ、変わった方々ですねぇ」
「そ、そう言わず……あ、墓守さんなら知りませんか?女の子の幽霊が出る話」
「幽霊ですか。迷える死者なんてよく目にしますよ?ほらあそこにもいますね」
墓守が指さす先には確かに墓の前に座り込む人影があった、でも幽霊だ。
何故すぐわかったのかって?灯りひとつない霊園の中でもくっきり見えるからだ。
本当にいるんだ、という怯えとでも確かめなくてはという気持ちがないまぜになりながら。
慣れた様子でランタンに油をさす墓守へ話しかける。
「あの。幽霊って具体的に何人いるんでしょう?」
「建国当初からこの霊園はありますからね、ざっと100はいるかと」
「ひゃくぅ!?」
「それだけ歴史ある場所ということです。止めはしませんが墓荒らしはご遠慮願いますよ?」
そう言いながら墓守は仕事へ戻ってしまった。
だがやはり気になるものは気になるのだ……最近現れた女の子の幽霊。
常に悲しみ続けているという騎士たちの発言、リアナ王女の異変。
なんだかロディにはそれぞれが、うっすらと線で結ばれていくような気がしてならない。
もしかしたら自分は何か重大な勘違いをしているのではないか……?
そう不安になるが、もうここまで来たら引き返すこともできない。
覚悟を決めると2人は頷き合い、墓場へと足を踏み入れるのだった……。
夜風が吹くたび、墓石の影が細く伸びていた。
風の音と、自分の心臓の音――それ以外、何も聞こえない。
けれどロディの脳内には、何百もの「もしも」が同時に鳴り響いていた。
(もし足元から手が出てきたらどうしよう。
もし今、背中に“誰か”いたらどうしよう。
ていうか今もういる気がする)
「ロディ、足を止めないでください」
「え、あっ、はい!!」
レオノーレの声が、夜気を裂くように響いた。
静かな声なのに、不思議と命令のような強さがある。
ロディは慌てて一歩進んだが、進んだ先に――見てはいけないものがあった。
枝に何か、ぶら下がっている。
白い。風に揺れて、ふわりと浮いた。
ロディの脳が一瞬でショートする。
「ひゃぁあああああああっ!?!?!?!?!?」
「……シーツですね」
「うそだッ!!顔あったもん!!笑ってたもん!!」
「皺です」
風が吹き、シーツがばさりと落ちた。
ロディは半泣きで飛び退く。
レオノーレは表情ひとつ変えずに歩み寄り、落ちた布を拾い上げた。
「家の洗濯物でしょう。……後で届けましょうね」
「だれに!?!?」
霊園の奥へ進むにつれて、ロディの足取りはどんどん怪しくなる。
もう“幽霊の噂”どころではない。「闇」そのものが怖いのだ。
「レオノーレさん、今、見ました? アレ、今、動いたよね!?」
「どれですか」
「あの木の、ほら、幹の穴のとこ!」
レオノーレが振り返る。
木の中で、何かがキラリと光った。
「うわっ見た!! 今、こっち見たぁぁぁぁぁ!!!」
「フクロウです」
「ホウ」
「喋った!!」
「鳴いています」
フクロウは首をぐるりと回し、ロディは息を止めて固まる。
「ホウ」
「……いやでも今の、絶対“返事”だったって!!」
「返事ではありません」
「タイミング完璧すぎるだろ!!」
まるで小動物のようにレオノーレの背中にぴったりついて歩いていた。
鼻をすすりながら、ぼそっと呟く。
「……俺、勇者代理って名乗る資格ない気がする……」
「勇者も最初は泣き虫だったと聞きます」
「兄貴も?」
「ええ、たぶん」
レオノーレの声は相変わらず冷静で、けれどどこか優しい。
ロディはその言葉に少しだけ元気を取り戻し、ランタンの火を掲げてみせた。