アルキード編-聖夜に向けて - 3/5

ロディは震える手でランタンを持ち直した。
怖い。普通に怖い。
墓石も風も木の影も、全部が自分を脅かすためにそこにあるように思える。
逃げたい。今すぐ酒場に戻って、ミルクをもう一杯頼みたい。
だが、それでも足を止めなかったのは、騎士たちの噂話の最後にあったひと言が、妙に耳に残っていたからだ。

――泣いているらしい。

苦しいのかもしれない、寂しいのかもしれない。
助けてほしいのかもしれない。
それはロディにとって、何より放っておけない種類の声だった。

「……レオノーレさん」
「はい」
「もし本当に、女の子だったら」
喉が鳴る。怖いくせに、聞かずにはいられない。
「……話、聞いてやりたい」
レオノーレは少しだけ黙ったあと、静かに頷いた。

「ええ。そのために来たのです、私たちは」
レオノーレは周囲を見回す。
墓守が言う通りだ、幽霊なんて珍しいものじゃない。
あっちの墓石にも、あっちの枯れ木の下にも……。
彼等の多くは自分たちが見えていないと思っているのか、虚空を漂っている。

「いませんね、噂の女の子は」
「幽霊なんて山ほど見たじゃない……もう帰ろうよ~」
「ロディ。貴方は勇者代理なのでしょう、幽霊くらいでビビり散らしていてはダメですよ。
それに墓地にいるのは悪さしない幽霊ばかりです」
「だから……怖いんだよぉ……」
そう言いながらも一応、レオノーレの後をついて回るロディ。
だが確かに彼女の言う通り、この霊園で悪さを働くような幽霊はいない。
ただ彷徨っているだけの幽霊ばかりだ、それが余計に不気味であるのだが。
「じゃあ、最後にあそこへ入ってから。今夜は終わりにしましょう」
「あれは……?」
レオノーレが仕方ないなと指差した先には一際立派な霊廟があった。
歴代アルキード王族の御遺体を納める、この霊園で最も重要度の高い建造物だ。
「本来は王族以外入ることは許されないのですが……」
レオノーレは周囲を見回し、人がいない事を確認する。
そして2人はその御廟へと足を踏み入れた。

「これがアルキード王国の歴史、そして王家の祖先が眠る墓所……」
「……噂の少女が、お姫様の異変と関係あるなら」
「可能性はあります、行きましょう」
中はひんやりと冷えており、どこか神聖な雰囲気を醸し出している。
大理石が敷かれた床に奥までずらりと並ぶ棺桶。
おそらくこのすべてに歴代アルキード王の御遺体が納められているのだろう。
「なんだか……入っちゃいけないとこに来ちゃった感じあるね」
「そうですね……」
2人は言葉少なに、ゆっくりと奥へ進んでいく。
そして最奥部-アルキード王国建国の父である。
「アルキード一世」の御遺体が安置されている場所へ到達した。

「アルキード一世は聖者でもあったそうですよ、この御廟はそれを示すために作られています」
「へぇーそうなんだ……」
2人はしばしの間、その棺を見つめると外へ出ようとする。
もう夜も更けてきたし、そろそろ帰ろうと思ったのだ。
だがその時である-!2人の背後で何かが動く音がしたのは!
「……!?」
慌てて振り返るロディだったが、そこには何もいない。
いや……いる。
「……誰かいる?」
まさか、と息を呑む。さっきもレオノーレに言われたじゃないか、幽霊を見ても絶対驚くなと。
震える足をなんとか抑えつつ、ロディは墓碑を見つめる。
するとそこには白いフード付きのマントを羽織った少女が座って足を揺らしていた。
顔は……見えない。しかし、背丈から察するに子供だろう。

「こ、こんばん、は……?」
「……わたしが見えている、のですか?」
「!?は、はい見えています!」
少女のほうもまさか自分を知覚するのみでなく、話しかけてくる相手がいたのは。
予想外だったようで、墓碑を下りた拍子にフードから口元と目元がうっすら見える。
一瞬隙間から金色の髪が垣間見えた、どうやら女の子のようだ。

「あの、あのぉ……僕は、えーと……」
「ロディ。幽霊は怯えるとつけあがります、毅然としなさい」
「ひゃい……っ!」
思わず噛んでしまったがなんとか返事をすることが出来た。
すると少女は少し安心したように微笑んだ気がした。
だが同時に悲しそうな表情に変わる、何か辛いことがあったのだろう。
……そう思ったらなんだか放っておけなかった。
「あなたは?」
「この場に縛り付けられた……しがなき地縛霊ですよ」
地縛霊と自虐的に笑う少女は、これまで霊園で目にした幽霊と決定的に異なるオーラを纏っていた。
白フード付きマント越しにもわかるほどの気品があるというか。
悪意や怨念といったものを感じない。

「……レオノーレさん、この子は」
「大丈夫ですロディ。この子は無害です」
この子は大丈夫とお墨付きをもらうが、それでも怖いものは怖い。
だがレオノーレはそんな少年の恐怖など気にも留めず、少女の前へと進み出ると。
「私はレオノーレ・ベルフラウ。貴女を除霊に来たわけではありません」
「え……」
「ですので、まずはそのフードを」
「あ、あの!レオノーレさん!」
彼女の言葉を遮るようにロディは叫ぶ。
そして少女の様子を見た時……彼は確信したのだ。

「この子……たぶん」
「……フードは外せませんがお話なら出来ます。私は肉体を失ってしまった、いえ正しくは」
奪われてしまいました。そうため息を付く少女に、レオノーレは単刀直入に聞いた。
「貴女の肉体を何者かが?」
「……はい」
少女が俯くのと同時に白いフードから金色の髪が一房見えた。
それはまるで絹糸のように美しかった。

「あの、どうしてここに?」
「私の肉体は悪魔に奪われてしまったのです。
魂が消滅しないよう王家の墓所に縛り付けましたが……」
「え?じゃ、じゃあ……その」
「幽霊ではないですよ。まぁこのままなら時間の問題ですが」
ロディはその言葉にぞっとするが、同時に別の疑問が浮かんだ。
どうして王家の墓の霊廟に縛られているのだろうか……?それになぜ今現れたのかも。

「悪魔に?その悪魔はどんな名前ですか!?」
「……ウラヌス、と言います」
その名前を聞いた途端、レオノーレの表情が険しくなる。
おそらく知っている名前なのだろう。
そして彼女の口は思わぬことを口にしていた。
「ウラヌス……まだ生きていたとは」
「え?レオノーレさん知ってるですか?」
「……大神官様が話して下さった名です。
それで貴女の体を乗っ取ったというのは本当ですか?」
その問いに少女はこくりと頷く、彼女の体はウラヌスに殺害され。
そのまま体を奪われたのだという。
つまりこの少女の肉体はウラヌスのものということになるが……?

アネットや従者たちはリアナ姫の様子がおかしくなったと言っていた。
別人のように意地悪になり、わざとメイドたちを苛めるようになったとか。
そして先ほど少女は確かに「自分の体は悪魔に奪われた」と口にした、これが意味することは……。
「まさか、リアナ・アルキード殿下でございますか!?」
「ええ。今はもう名もなき幽霊ですが」
そう、目の前にいる少女こそアネットが仕えることに憧れた「優しいお姫様」こと。
真のリアナ姫だったのだ!じゃあ今、王城にいるリアナ姫は何だ?
あの姫は何なんだ? 混乱しそうになる頭を必死で抑えつつ。
レオノーレから水の入った杯を受け取る。

霊廟の奥で灯りが揺れる。
白いフードの少女は、静かにこちらを見ていた。
ロディは、喉を鳴らす。
「あの……殿下、その……不敬なのは承知でございますが」
一歩、前へ出る。
「お顔を、見せていただけますか?」
霊廟の空気が、わずかに重くなる。
レオノーレが横から静かに添える。

「私は見えなくても問題ありませんが、ロディが本人か確かめたいそうです」
少女は、少しだけ俯いた。
迷いではない、覚悟のような間だった。

「……わかりました」
白い手がフードの縁に触れ、そっと掴む。
ふわり、と布が滑り落ちて光が、広がった。
霊廟の薄暗さの中、それだけが場違いなほど柔らかい。
絹糸のように細く、淡く揺れる金の髪。
そして現れた顔は、この国の誰もが知るもの。
優しく、穏やかで人を安心させる“太陽”の顔。

「……リアナ・ザイ・アルキード」
ロディの口から、無意識に零れる。
だが目の前の存在は王城にいる“それ”とは、決定的に違った。
静かで穏やかだ、そしてどこか、寂しそうだった。
「……ええ」
少女は、微かに微笑む。

「正しくは“真のリアナ”ですが」
霊廟の空気が、凍る。
ロディの背筋を、冷たいものが走る。
王城にいるリアナ、ここにいるリアナ。
どちらが本物か?もう、疑いようがなかった。