「夜の霊園に用?出るのは幽霊くらいですよ、変わった方々ですねぇ」
「そ、そう言わず……あ、墓守さんなら知りませんか?女の子の幽霊が出る話」
「幽霊ですか。迷える死者なんてよく目にしますよ?ほらあそこにもいますね」
墓守が指さす先には確かに墓の前に座り込む人影があった、でも幽霊だ。
何故すぐわかったのかって?灯りひとつない霊園の中でもくっきり見えるからだ。
本当にいるんだ、という怯えとでも確かめなくてはという気持ちがないまぜになりながら。
慣れた様子でランタンに油をさす墓守へ話しかける。
「あの。幽霊って具体的に何人いるんでしょう?」
「建国当初からこの霊園はありますからね、ざっと100はいるかと」
「ひゃくぅ!?」
「それだけ歴史ある場所ということです。止めはしませんが墓荒らしはご遠慮願いますよ?」
そう言いながら墓守は仕事へ戻ってしまった。
さすがに墓石を傷つけてまで調べようとは思わないので素直に諦めることにする。
だがやはり気になるものは気になるのだ……最近現れた女の子の幽霊。
常に悲しみ続けているという騎士たちの発言、リアナ王女の異変。
なんだかロディにはそれぞれが、うっすらと線で結ばれていくような気がしてならない。
もしかしたら自分は何か重大な勘違いをしているのではないか……?
そう不安になるが、もうここまで来たら引き返すこともできない。
覚悟を決めると2人は頷き合い、墓場へと足を踏み入れるのだった……。
「ロディ、神官様はこう言われておりました」
「レオノーレさん、さっきの人足なかったよね!?」
「幽霊と出会ったとき怯えてはいけない、悪意ある者をつけあがらせてしまうと」
「いやそうだけどー!でも怖いものは怖いんだもん!!」
その会話からわかるように、ロディはビビりまくっている。
墓地に足を踏み入れた瞬間、彼はもう既に涙目だった。
夜風が吹くたび、墓石の影が細く伸びていた。
風の音と、自分の心臓の音――それ以外、何も聞こえない。
けれどロディの脳内には、何百もの「もしも」が同時に鳴り響いていた。
(もし足元から手が出てきたらどうしよう。
もし今、背中に“誰か”いたらどうしよう。
ていうか今もういる気がする)
「ロディ、足を止めないでください」
「え、あっ、はい!!」
レオノーレの声が、夜気を裂くように響いた。
静かな声なのに、不思議と命令のような強さがある。
ロディは慌てて一歩進んだが、進んだ先に――見てはいけないものがあった。
枝に何か、ぶら下がっている。
白い。風に揺れて、ふわりと浮いた。
ロディの脳が一瞬でショートする。
「ひゃぁあああああああっ!?!?!?!?!?」
「……シーツですね」
「うそだッ!!顔あったもん!!笑ってたもん!!」
「皺です」
風が吹き、シーツがばさりと落ちた。
ロディは半泣きで飛び退く。
レオノーレは表情ひとつ変えずに歩み寄り、落ちた布を拾い上げた。
「家の洗濯物でしょう。……後で届けましょうね」
「だれに!?!?」
霊園の奥へ進むにつれて、ロディの足取りはどんどん怪しくなる。
もう“幽霊の噂”どころではない。
「闇」そのものが怖いのだ。
(お願いだから何も出ないでくれ……!
いやでも出なかったら出なかったで怖いんだよな……!)
「レオノーレさん、今、見ました? アレ、今、動いたよね!?」
「どれですか」
「あの木の、ほら、幹の穴のとこ!」
レオノーレが振り返る。
木の中で、何かがキラリと光った。
「うわっ見た!! 今、こっち見たぁぁぁぁぁ!!!」
「フクロウです」
「うそだッ!?今、“俺の魂食うぞ”って目してた!!」
「ホウ」
「喋った!!」
「鳴いています」
フクロウは首をぐるりと回した。
ロディは息を止めて固まる。
「い、今……首、回った……!」
「彼らは回ります」
「ムリムリムリムリ……ッ!!」
五分後。
ロディは涙目でランタンを抱え、
まるで小動物のようにレオノーレの背中にぴったりついて歩いていた。
鼻をすすりながら、ぼそっと呟く。
「……俺、勇者代理って名乗る資格ない気がする……」
「勇者も最初は泣き虫だったと聞きます」
「兄貴も?」
「ええ、たぶん」
レオノーレの声は相変わらず冷静で、けれどどこか優しい。
ロディはその言葉に少しだけ元気を取り戻し、
ランタンの火を掲げてみせた。
レオノーレは周囲を見回す。
墓守が言う通りだ、幽霊なんて珍しいものじゃない。
あっちの墓石にも、あっちの枯れ木の下にも……。
彼等の多くは自分たちが見えていないと思っているのか、虚空を漂っている。
「いませんね、噂の女の子は」
「幽霊なんて山ほど見たじゃない……もう帰ろうよ~」
「ロディ。貴方は勇者代理なのでしょう、幽霊くらいでビビり散らしていてはダメですよ。
それに墓地にいるのは悪さしない幽霊ばかりです」
「だから……怖いんだよぉ……」
そう言いながらも一応、レオノーレの後をついて回るロディ。
だが確かに彼女の言う通り、この霊園で悪さを働くような幽霊はいない。
ただ彷徨っているだけの幽霊ばかりだ、それが余計に不気味であるのだが。
「じゃあ、最後にあそこへ入ってから。今夜は終わりにしましょう」
「あれは……?」
レオノーレが仕方ないなと指差した先には一際立派な霊廟があった。
歴代アルキード王族の御遺体を納める、この霊園で最も重要度の高い建造物だ。
「本来は王族以外入ることは許されないのですが……」
レオノーレは周囲を見回し、人がいない事を確認する。
そして2人はその御廟へと足を踏み入れた。
「これがアルキード王国の歴史、そして王家の祖先が眠る墓所……」
「……噂の少女が、お姫様の異変と関係あるなら」
「可能性はあります、行きましょう」
中はひんやりと冷えており、どこか神聖な雰囲気を醸し出している。
大理石が敷かれた床に奥までずらりと並ぶ棺桶。
おそらくこのすべてに歴代アルキード王の御遺体が納められているのだろう。
「なんだか……入っちゃいけないとこに来ちゃった感じあるね」
「そうですね……」
2人は言葉少なに、ゆっくりと奥へ進んでいく。
そして最奥部-アルキード王国建国の父である。
「アルキード一世」の御遺体が安置されている場所へ到達した。
「アルキード一世は聖者でもあったそうですよ、この御廟はそれを示すために作られています」
「へぇーそうなんだ……」
2人はしばしの間、その棺を見つめると外へ出ようとする。
もう夜も更けてきたし、そろそろ帰ろうと思ったのだ。
だがその時である-!2人の背後で何かが動く音がしたのは!
「……!?」
慌てて振り返るロディだったが、そこには何もいない。
いや……いる。
「……誰かいる?」
まさか、と息を呑む。さっきもレオノーレに言われたじゃないか、幽霊を見ても絶対驚くなと。
震える足をなんとか抑えつつ、ロディは墓碑を見つめる。
するとそこには白いフード付きのマントを羽織った少女が座って足を揺らしていた。
顔は……見えない。しかし、背丈から察するに子供だろう。
「こ、こんばん、は……?」
「……わたしが見えている、のですか?」
「!?は、はい見えています!」
少女のほうもまさか自分を知覚するのみでなく、話しかけてくる相手がいたのは。
予想外だったようで、墓碑を下りた拍子にフードから口元と目元がうっすら見える。
一瞬隙間から金色の髪が垣間見えた、どうやら女の子のようだ。
「あの、あのぉ……僕は、えーと……」
「ロディ。幽霊は怯えるとつけあがります、毅然としなさい」
「ひゃい……っ!」
思わず噛んでしまったがなんとか返事をすることが出来た。
すると少女は少し安心したように微笑んだ気がした。
だが同時に悲しそうな表情に変わる、何か辛いことがあったのだろう。
……そう思ったらなんだか放っておけなかった。
「あなたは?」
「この場に縛り付けられた……しがなき地縛霊ですよ」
地縛霊と自虐的に笑う少女は、これまで霊園で目にした幽霊と決定的に異なるオーラを纏っていた。
白フード付きマント越しにもわかるほどの気品があるというか。
悪意や怨念といったものを感じない。
「……レオノーレさん、この子は」
「大丈夫ですロディ。この子は無害です」
この子は大丈夫とお墨付きをもらうが、それでも怖いものは怖い。
だがレオノーレはそんな少年の恐怖など気にも留めず、少女の前へと進み出ると。
「私はレオノーレ・ベルフラウ。貴女を除霊に来たわけではありません」
「え……」
「ですので、まずはそのフードを」
「あ、あの!レオノーレさん!」
彼女の言葉を遮るようにロディは叫ぶ。
そして少女の様子を見た時……彼は確信したのだ。
「この子……たぶん」
「……フードは外せませんがお話なら出来ます。私は肉体を失ってしまった、いえ正しくは」
奪われてしまいました。そうため息を付く少女に、レオノーレは単刀直入に聞いた。
「貴女の肉体を何者かが?」
「……はい」
少女が俯くのと同時に白いフードから金色の髪が一房見えた。
それはまるで絹糸のように美しかった。
「あの、どうしてここに?」
「私の肉体は悪魔に奪われてしまったのです。
魂が消滅しないよう王家の墓所に縛り付けましたが……」
「え?じゃ、じゃあ……その」
「幽霊ではないですよ。まぁこのままなら時間の問題ですが」
ロディはその言葉にぞっとするが、同時に別の疑問が浮かんだ。
どうして王家の墓の霊廟に縛られているのだろうか……?それになぜ今現れたのかも。
「悪魔に?その悪魔はどんな名前ですか!?」
「……ウラヌス、と言います」
その名前を聞いた途端、レオノーレの表情が険しくなる。
おそらく知っている名前なのだろう。
そして彼女の口は思わぬことを口にしていた。
「ウラヌス……まだ生きていたとは」
「え?レオノーレさん知ってるですか?」
「……大神官様が話して下さった名です。
それで貴女の体を乗っ取ったというのは本当ですか?」
その問いに少女はこくりと頷く、彼女の体はウラヌスに殺害され。
そのまま体を奪われたのだという。
つまりこの少女の肉体はウラヌスのものということになるが……?
アネットや従者たちはリアナ姫の様子がおかしくなったと言っていた。
別人のように意地悪になり、わざとメイドたちを苛めるようになったとか。
そして先ほど少女は確かに「自分の体は悪魔に奪われた」と口にした、これが意味することは……。
「まさか、リアナ・アルキード殿下でございますか!?」
「ええ。今はもう名もなき幽霊ですが」
そう、目の前にいる少女こそアネットが仕えることに憧れた「優しいお姫様」こと。
真のリアナ姫だったのだ!じゃあ今、王城にいるリアナ姫は何だ?
あの姫は何なんだ? 混乱しそうになる頭を必死で抑えつつ。
レオノーレから水の入った杯を受け取る。
これは聖水だ、これを飲めば魂だけの存在である彼女にも触れられるはず。
「飲みなさい、少しは楽になるはずです」
「ありがとうございます……んっ……。
ぷはっ!あぁ……落ち着いてきた……姫、少し失礼します」
「ええ、どうぞ」
ロディは恐る恐る幽霊-リアナに触れてみる。
するとさっきは通り抜けた指がしっかりと感触を捉えているではないか!
つまりここにいるリアナは幻でなく、霊体として確かに存在しているということだ。
つまり彼女は死んでいるということに他ならない。
しかしなぜ彼女は死んだのか、そしてどうしてこんな場所にいるのか?
(それを知るために僕たちはここへ来たんだ)
彼女は語り始めた、自分がどうしてここに来たのかを。