アルキード編-聖夜に向けて - 4/5

ある日のこと、リアナはいつものように庭園の花々を眺めていた。
その日は他国の会議などで父上ことアルキード20世もおらず。
リアナは一人庭園を歩いていた。

ガイウスを国外追放すると言ってしまった事を後悔していたのだ。
勇者が凱旋中に瓦解するというあってはならない事態に、つい衝動的に口走ってしまったが。
彼はこの国を、そして自分を救ってくれた恩人だ。それを追放するなどと……。
しかし父上は聞き入れてくれなかった。
それどころか「お前の決断はもっともだ」とまで言われてしまった。
今から追放を無かったことにするにもガイウスは既に国を出たと聞く。
……もう、彼に謝罪する術はないのだ。
(ごめんなさい……勇者様)
庭園の花を一輪ずつそっとちぎり花冠を作っていく。
これを被せてやりたかった、と溜息をついた時。
生臭い-血の匂いがする、厭な風が吹き。

「だ、誰!?」
「どうも~ウラヌスよぉ。ウラちゃんって呼んで~♡なんつってー☆」
それはウラヌスと名乗った少女だった、その風格は明らかに人のものではない。
そう、人ではないなにかなのだ。
それを直感的に感じ取ったリアナは逃げ出そうとする。
だがウラヌスはそれを許さない、一瞬で距離を詰めるとリアナの首を掴み持ち上げた。

「あのね。クソ勇者が魔王様を殺しちゃったの!
なのにあんたたち人間は祝賀ムードなんて腹の虫おさまんないじゃない~?
だから死んでほしいの♪おわかりぃ?」
「ぐっ……あ……!」
「え~人間の癖にしぶといなぁ、ウラちゃんしぶといヤツ嫌いよ。死んでいいよ♪」
「がっ……!あ、ああ……!!」
「あ、死んじゃったぁ?あーあ、つまんないの」
そう言って少女は掴んでいた手を離す。
地面に崩れ落ちると同時にごぼっと血の塊を吐く。
リアナは絶命した、その場にはウラヌスだけが残されそのまま飛び去ろうとしたとき。
そうだ、とウラヌスの顔が明るく変わり向き直る。
そして絶命したリアナを見下ろしながら笑いかける、反応はないと知りながらも明朗に。

そうだ、こいつはアルキード王女ではないか。
ガイウスへの最高の仕返しを考えついた。
この王女を乗っ取って国を内側からめちゃくちゃにしてやるのだ。
その様子を想像するだけで笑いが止まらない。
「あはぁ♪いい事思いついちゃったぁ!ウラヌスちゃんって天才♪」
こうしてウラヌスはケタケタ笑いながら少女に憑依する。
その傍には無惨に引き裂かれた花冠が落ちていた……。

「ウラヌス……姫様が豹変したのも、今アルキード王国で起きていることも、全部そいつのせいかよ!」
リアナから聞いた事実を聞き、ロディの手はぶるぶると震えていた。
アルキード王国が被ったすべての被害の起点はこいつにあったのだ。
そんなやつを生かしておいていいのか!?いやだめだ!絶対に許せない!
ロディは怒りに打ち震え、拳を固く握りしめていた……。

「なんで……なんでこんな酷いことができるんだ……!!」
「私も同じ気持ちですよ、しかし今は冷静になってください」
怒りのあまり我を失いかけていたロディだが。
レオノーレの言葉にハッと正気を取り戻す。
今は冷静さを失ってはならない、ここで感情的になっても事態は何も変わらないのだから。
何よりウラヌスは魔族の中でも魔王の腹心になるほどの実力者。
感情に任せ突っ込んだら思う壺である。まずはヤツの情報を集めなければ。
彼女は六将の一人、油断すればあっという間に殺されてしまうだろう。

「姫様、貴方は先ほど『体が乗っ取られた』と言いましたね」
「……ええ。確かに」
「なんとか殿下の肉体とウラヌスを引き剥がすことは出来ませんか?」
「……無理ですね、今の私は魂だけがかろうじて残っている状態です。
なのでここから出ることは叶いません……」
「そうですか……」
落ち込む二人にリアナは優しく語りかける。

「ありがとう、わたしの為にそこまで考えてくれるなんて」
「いえ……当然の事ですから……」
すでにロディの目はガイウスの功績を押し付けられた弟分でなく。
勇者の眼差しになっていた。それに気付いたレオノーレは小さく微笑む。
(やれやれ……これではどちらが勇者かわからないじゃないですか……)
だがレオノーレにとっても、今のこの状況は決して歓迎できるものでなかった。
ウラヌスがリアナ姫の体を奪ったということは。
すなわち彼女がこの国の姫を殺したということに他ならない。
その事実を知っているものはごく少数だろう……それにウラヌスは呪術も得意だとか。

「レオノーレさん、呪いなら……僕なら少しは軽減出来ます。アルキード人ですから」
「ふむ。その方法とは」
「アルキード人は常に2つ以上名前があって、本当の名前を打ち明けないという風習があるんです。
悪魔が魂を奪えないように、名前を知られることで操られる可能性があるから、って」
レオノーレは聞いたことがあるぞと顎に指を添えた。
メルクリウスに教えられた通りだ、悪魔は相手の名前を媒介に支配するため。
常に偽名を名乗っておけばそれらの呪禁を回避することができるという訳だ。
だが同時にそれは誰にも本当の姿を見せないという意味でもあり。
アルキード王国の民にとって真名を名乗ると言うのは極めて重大な意味があるのだ。

「だからその名前は、本当に好きな人か家族にしか教えるなって」
「なるほど、つまり私はそこまでの域でないと」
「へぁ!?い、いや!?レオノーレさんはまだ出会って半年だから……。
あぁいや、そろそろ打ち明けるべきか?うーん」
悶々とする少年をいつも通り無表情で見守るシスター。いやよく見ると口角が微妙に上がっている。
これは面白いものを見つけた顔だ、きっと弄ばれるに違いない。
そしてちょうど真ん中に挟まれているリアナは。
ちょっと面白くなさそうに頬を膨らませていた。

(さっきまでシリアスだったのに……わたし第一王女なんだけどな……)
「あ、すいません……盛り上がっちゃって。そうだ!?」
「なんですか!?」
「姫、真名を教えてください!ウラヌスを追い出せるかも……」
「え!?あ、確かにウラヌスでは知りようがないですからね……。
いいですか!?みだりに人に教えちゃ駄目ですよ?」
「はい!わかってます!」
ロディは嬉々として返事をすると、リアナ姫は覚悟を決めたように口を開く。
そして二人は教えてもらった名を確かに胸に刻み込んだ。
(さて、これで準備はできたかな)
ロディは心の中でつぶやくと、意を決してリアナ姫に話しかける。
これから行う作戦はかなり危険なものだ、失敗すれば二人とも殺されるだろう。
だが、やるしかない。

「では行ってまいります姫、勝てるかは少し……自信がないですが」
「はい。あ、そういえば貴方……剣は持っていますか?」
「え?えぇと市販品の」
「市販の剣では心許ありません、相手は六将です!」
リアナは、王の棺の前で静かに手を組む。
その仕草には生前の気品と、死者の静謐が同居していた。

「アルキード初代国王――ザイ・アルキード。
この国を建てた王です。当然、家臣たちは贅を尽くした棺を作ろうとしました」
リアナは淡々と語り出した。
その声は、どこか祈りにも似ていた。

「しかし、王は一言こう言ったそうです。
『弟の剣だけでよい』――と」
ロディは目を見開く。
静寂の中、どこか遠くで小鳥の声がした。
夜が明けかけている。
リアナはふっと遠い目をして続ける。

「その顔はまるで、初代勇者にして弟――テラ様との決裂を深く悔やんでいるかのようだったそうです」
「……決裂?」
ロディが問い返す。
「はい。伝承では“建国の王と初代勇者は袂を分かった”とあります。
互いを想いながらも歩む道を違えた兄弟です」

リアナは棺に触れ、微笑んだ。
「王は死の床でこう言ったと伝わります――
“あの剣を、私の棺に入れてくれ。
弟に会うとき、謝るために”」
古の兄弟、そして今の自分と兄。
重なるものが多すぎて、言葉が出ない。
ふと脳裏に浮かぶのは、ディノス村の長老の言葉だった。

「ディノスはな、才能を疎まれた王族が流罪されて作った村なんじゃ」

(まさか……その“流罪された王族”って……)
ロディの背筋に、静かな戦慄が走る。
運命の糸が、思いもよらぬ過去と繋がった気がした。
レオノーレが小さく息をのむ。
「……時間がないようですよ」
彼女が指さす先――霊廟の窓の外。
ラピア側の地平線が、金色に染まり始めていた。

霊廟の中に、夜明けの光が差し込んでいた。
青白い燭台の火は、いつの間にか消えている。
外の世界が動き出そうとする音――鳥の声、風のざわめき。
そのすべてが、まるで“新たな時代”の始まりを告げていた。

リアナは静かに歩み寄ると、棺の側から一本の剣を持ち上げた。
王の剣。
建国の祖ザイ・アルキードが、弟テラと決別したあの日から、
二度と抜かれることのなかった剣。

その刀身には、無数の時を経たにもかかわらず曇りはなく、
まるで魂が宿っているかのように淡い蒼光を放っている。

リアナはロディの前に立つ。
ロディは片膝をつき、背筋を正した。
彼の胸には恐れではなく、静かな決意が宿っていた。
霊体であるはずの姫の手が、確かに重みを持つ。
剣がロディの肩に、そっと触れた。

「――ロディ・アルドレッド」
その声は、かつて何百人もの勇者候補に告げられてきた叙任の言葉。
誓いの儀。
勇者の称号を授けるための、最も神聖なる瞬間。

「此処に汝を勇者と認め、任を託す」
「世を乱し、命を弄ぶ。邪悪なる者を――討て」
その一言が、石壁の奥深くまで響いた。
リアナの唇には微かな笑みが浮かぶ。
これまで何度も、勇敢な若者たちにこの言葉を告げてきた。
その多くは帰らなかった。
けれど今、この少年だけは――彼女の知る“あの人”の面影を宿していた。

“言う側”も、“言われる側”も理解していた。
この儀が、二度と繰り返されることはないことを。

剣を託す音が消えたとき、
風が霊廟を駆け抜け、花冠が床に落ちた。
それはまるで、王と勇者の魂が再びひとつになった証のように――
淡い光となって、空へと昇っていった。

朝が来る。
夜の王墓は、再び静寂へと帰るだろう。
ロディは握る剣を見つめ、唇を引き結んだ。
「行こう、レオノーレさん。……俺、もう迷わない」
ロディとレオノーレは「王の剣」王家の墓を出ていく。
その背中を見送りながらリアナは静かに手を組み、祈りを捧げる。
半分はこれから魔将へ挑みに来る二人の勇者へ、半分は懺悔を。

(私にできることは祈ることだけ……ガイア神よ、どうかあの二人にご加護を)
リアナは祈り続ける。例え死して尚、この国を守る為に……。