アルキード編-聖夜に向けて - 5/5

ロディとレオノーレは急ぐ。時間がない、ウラヌスはすぐにでも本性を現すだろうと。
彼らが駆けるアルキード王国城下町は少し前の。
ゴーストタウン状態を吹き飛ばすように沸いていた。
赤と緑の飾りつけと、彼方此方から聞こえる陽気なクリスマスソング。
普段であれば仏頂面になりがちな騎士たちも今日は晴れやかな顔だ。
(いつもなら楽しめるんだけどなぁ……)
「すみません、このシャンパン頂けますか」
「……飲むの?」
「いいえ。念のため聞きますが……このシャンパンに聖水は使われておりますか」
「?ええ、もちろんでございます。ご入用ですか?」
「ありがとうございます、では」
レオノーレは騎士に礼を告げるとそのまま購入して戻ってきた。

「聖水代わりになります、ウラヌスが正体を現し次第使いますよ」
「はい!……本当はお祝いのため買いたいんですけどね」
「七面鳥やプディングはあとにしましょう、今は……やることがあります」
「うん……」
聖夜祭はアルキード王国にとって重要な行事である。
この日だけは城の正門が開き、王族がバルコニーから民衆に挨拶する。
ウラヌスは六将で最も残忍だとレオノーレから聞いた。
彼女が本性を現すタイミングは民衆が城の前に集まる、このタイミングだろう。
そしてリアナ姫が「ウラヌスに憑依されているか」見抜く最初で最後のチャンスでもあるのだ。
(やれるか?いややるんだ!ロディ!!)
己を鼓舞しているとレオノーレが怪訝な顔でこちらを見ているのに気付いた。

「……な、なんですか?」
「いや。貴方ってわりと空回りするタイプだなと思ったので」
「うう……自覚はしてるけど言わないでくださいよ……」
そしてついに聖夜祭が始まった!城の前には沢山の人が詰めかけており。
ロディとレオノーレは集まる人々をかき分けるように正門へ向かう。
お祭りムードの中、駆ける二人の顔はこれから戦場に向かう兵士のようだった。

場所は変わってここはアルキード城。
リアナ-否、リアナの肉体を奪ったウラヌスは配下のカラスから手紙を受け取っていた。
フーロン皇国からの手紙である、大龍祭が終わり次第。
ついにアルキード王国への侵略がはじまるであろう。
そう、彼女の目的が果たされるときが来たのだ!
「あはは!ついに、ついに来たわぁっ、
ざまぁみろクズ勇者がっ!!アハハハハハハハ!!!」
ウラヌスの高笑いはしばらく続いた。
ようやく笑い疲れ、ウラヌスはアルキード20世のもとへ向かう。
いかにもこの世の終わりという顔で、笑いをこらえるため口元を歪めて……。

「フーロン皇国が侵略してくるだと!?我らの命運もここまでか……!」
頭を抱え嘆く国王、しかしその肩をポンポンと叩き、笑顔で慰めるウラヌス。
「ご安心くださいませ父上、このリアナめが必ずや勝利をもたらしましょう!」
「おお……!そうか……!そなたならばやってくれるか……!」
すがるように見つめる国王の視線を受けウラヌスは微笑む。
何もかも思い通り、あとは兵士たちの指揮系統をめちゃくちゃにし。
皇国軍に蹂躙されるアルキードを目に焼き付けるだけ。
そしてその日は刻一刻と近づいている。
なのに、なぜだろうか……何かがおかしい気がする。
あの乳臭いガキと蔑んでいたロディの顔が何故か頭を離れない。

(ちょっとウラちゃん、アイツは銀の剣も持っちゃいない雑魚よ?何をビビってるのよ!)
そう、ロディは剣士としては中の下くらいである。
だがそれでもウラヌスには嫌な予感が拭えなかった。
理由はわからない、だがなにか得体の知れない脅威を感じているのは確かだった。
だがその予感の正体を突き止める前に事態は大きく動き出す。

「ロディ・アルドレッド!!参上致しましたァー!!!」
「ロディよ。アルキードは終わりだ……皇国が攻めてくる、もはや打つ手なし」
「……そうですね。ところでリアナ姫」
「はい?」
「あなたはリアナ・アルキードですか?」
「……は?何言ってるの?」
ハチャメチャな問いかけにウラヌスは思わず素の口調で答える。
ロディはどんな意味だろうか、にやりと笑うと言葉を続けた。

「あなたの肉体を乗っ取っている何者かに聞いているのです」
「なっ!?貴様まさかッ!?」
一瞬のうちに口調が変わる、先ほどまでとは違う高圧的な雰囲気だ。
だがそんなことはどうでもいい、重要なことは1つだけだ。
(バレたっ!?何故だ!?どこで……。
い、いやリアナは殺したはずよ!!この体を引きはがせるわけがないっ)
「もう一度聞きます。貴女は、リアナ・アルキードですか!?」
「うっさいわぁクソガキ!!私はリアナ・アルキードよぉ!!」
「り……リアナ?」
怒り狂う王女に父王や大臣は思わず顔をひきつらせる。
それぐらい彼女は恐ろしい形相だった、鬼の形相と言ってもいい。
だがロディは一歩も退かない。
それどころかぜんぜん違うと言わんばかりに指を小さく振る。

 

玉座の間に響く「チッ……チッ……チッ」
ロディの人差し指が、見せつけるようにリズムを刻む。
指振りと舌打ち、セットで繰り返すその仕草は、
――完全に“人を怒らせるために生まれた動き”。

しかも本人は困った顔で眉尻を下げ、ジト目で睨むでもなく“溜め息混じり”。
なのにその無愛想さも、計算された煽りにしか見えない。
「あの男と全く同じ煽り」だった。

ガイウスにとっては「軽口」と「警告」の間。
ロディにとっては「兄貴が敵にだけ見せた“本気の合図”」。

「いいえ、貴女は-エリザ・ザイ・アルキードでしょう?」
その瞬間、その場の空気が凍った。
まるで時間が止まったかのように誰も動かない。
いや、一人だけ動いた者がいる、ウラヌスである。
「え、エリザですって?そんなの知らないわよ!!
何わけわかんないこと言ってんのよアンタ!!」
動揺を隠しきれない様子で叫ぶウラヌスだったが。
父王は口を開く。ひどく動揺した顔で。

「そ、それは娘の真名ではないか!!リアナ、なぜ自身の真名を知らぬと言った!?」
「へ?ハッ…!しまった!!」
そう真名隠しとは、ただ名を隠すだけではない。
本当の名を伏せ誰にも明かさないことで、悪意あるものがその者に成り代わった際も。
「真名を名乗れ」と問い詰めることで引き摺り出すことができるのだ。
騎士団長も、国務大臣も、何より父王も、全員がリアナを見ている。
なぜ「エリザなんて知らない」と口走ったのか、と全員の目がそう告げている。
不味い、最後の最後で取り返しがつかないミスを犯してしまった!!こうなれば仕方ない!

《くっくく……あははははははっ》
なんとリアナの喉からは全然違う声が発せられていたのだ。
その声は紛れもなく残忍で狡猾な風の悪魔-ウラヌスのものだった。

「あーあ…そろそろお姫様ごっこも飽きてたのよねぇ!!
ウラちゃんの真の姿を見せてあげるわぁ!!」
そう言うやリアナの体が嫌な音を出し始め、内側から食い破るように。
王女という「着ぐるみ」を脱ぎ捨てるように、その肉体が変貌していく。
背中から肉を突き破る音がし、やがて完全に背中が裂けると其処から悪魔が姿を現した。
その姿はまさに魔族そのもの、胸元にエメラルドのように輝く結晶が浮き出てくる。
「き、貴様は……本当にリアナか!?」
思わず声を上げる国王に対し、少女-ウラヌスは鼻を鳴らすと嘲るような笑みを浮かべた。

「そうよ?このガキを殺して皮に入ってたってわけ!なかなか快適だったけど退屈だったわん」
「ば、馬鹿な!?そんなことできるはずがない……!」
「そうね。確かに死んだわ、娘がゾンビになってた感想はいかがかしら?お父様」
「う、うぅ……」
国王は力なく膝をつく、娘だと思っていたものが。
人間着ぐるみになっていましたなんて突き付けられて、ショックでないはずがないだろう。
そんな彼に追い打ちをかけるように、 リアナの姿をしたそれは言葉を続ける。

「でも残念、本当のリアナはもう死んでるの!
私が乗っ取ってるから! そして、そしてついに
明日、この国を滅ぼすことが出来るのよォォ!キャハハハ!」
「おのれ……よくも殿下を……許さんぞォォォオオオ!!!」
とうとう我慢できなくなったのだろう、大臣の一人が腰の剣を抜き斬りかかるが。
それよりも早く鋭い蹴りが顔面をとらえる。
一瞬で吹き飛んだ男は壁に叩きつけられ意識を失った。
それを見た他の騎士たちや兵士が一斉に武器を構える。
しかしそれを制したのは他ならぬロディとレオノーレだ。

「みなさん退避をッ!暴風将軍は私たちが抑えますッ!!」
「そうです、我々に任せてくださいッ!!」
「おやぁ?やる気かしらぁ?やれるものならやってみなさいよぉ!!」
ウラヌスが黒い翼を広げると同時に、室内と思えぬ暴風が吹き荒れる。
とっさに防御魔法を展開したものの、二人は吹き飛ばされてしまった。
なんとか受け身を取った二人だったが、そこに容赦なく襲いかかる衝撃波。
体勢を立て直す暇すらなく、二人とも壁に叩きつけられてしまう。
その様子を見てケラケラと笑うウラヌスだったが、ふと首をかしげる。

(あらら?どうしてこいつら死んでないのよー。人間のくせに!)
怯むどころか暴風に飛び込むロディ。
彼は剣を振りかぶると渾身の力で振り下ろす、剣閃が嵐を切り裂き。

「えぇ……嘘ぉ!?」
ウラヌスの片腕がなんと両断された。
そこでロディの剣がぼんやりと、青白く輝いていることに気がつく。
どうやら何らかの魔法を付与しているようだ。
そんな芸当ができるなら最初からやれよ!と悪態をつくが。

「ぐああっ!」
バランスを崩す。
そのまま地面に落下してしまいそうになるがどうにかこらえる。
だがそのせいで隙が生まれてしまう。
その一瞬を逃すまいとロディは剣を横薙ぎに振るった。
「あぐっ!!」
左肩から右脇腹にかけて切り傷ができ、血が噴き出す。
あまりの激痛に苦悶の表情を浮かべつつ飛び退くウラヌスだったが。
その眼前にはすでに剣を構えた少年が立っていた。
剣を振り上げている少年の目は真剣そのものだ、ウラヌスは思わず恐怖する。
自分はなんでこんな乳臭い少年相手に怯えている?と思いながらも。

「ちぃぃ……ただじゃやられるもんかぁっ!!」
ウラヌスが紫がかった風を生み出す。
奇妙な芳香と色に本能的にまずい!と口を袖で覆おうとするが、遅れてしまい。
ロディはウラヌスが浴びせてきた瘴気-幻霧を直に喰らってしまう!
「ロディ!!」
レオノーレの声と共に……少年の意識は怒号響くアルキード城からしばし遠退いた。