アルキード編-GRAVITY FREE - 1/6

「あれぇ…?俺は、さっきまで…んん?」
気付けば霧の中、さっきまでウラヌスと戦っていた筈だが?
やがて霧の中にぼんやりと見覚えある景色が見えてきた。

そこはいつもの村だった。
石畳の道。白い煙の立つ煙突。
家の前にはマントが干されている。
――ディノス。
ロディが生まれ育った、あの村だ。
けれど、何かがおかしい。

風が吹かない。
家畜の鳴き声が一つも聞こえない。
人の気配がない。

それでも空気は生温かく、花壇には咲きたての花。
誰もいないのに、村だけが“動いているふり”をしていた。
ロディは歩きながら、言いようのない違和感に喉を詰まらせた。
足跡は自分のものしか残らない。
風も、自分が歩くたびにだけ揺れる。

そして――空。
昼間のはずなのに、紫色だった。
薄闇のような、血が滲んだような空。
光はあるのに、どこにも太陽が見えない。

いつ自分は故郷に帰ったんだと驚くが。
そんなことを考えているうちに家の中から出てきた人物が居た。

それは紛れもないガイウスの姿だった!
ついに国外追放されてたのが帰って来たんだ。
ホッとし駆け寄ろうとすると、彼もこちらに気づき笑顔をみせてくれる。

「兄ちゃん帰ってきたの?大陸にいるはずじゃ」
「あぁ。俺は大陸にいたよ、でもちょっと事情があってな……」
「そうなんだぁ……俺嬉しいなぁ……」
笑顔で駆け寄ってきたガイウスを抱きしめようとする、しかし次の瞬間-。
「ところでお前。俺の故郷で何してるんだ?こともあろうに姫に斬りかかるなんて」
「うっ、ち……違うよ!?あいつはウラヌスって悪魔だったんだ!!」
「何を言ってる?ロディ、たしかに俺は嘘つきだが。
お前が俺に嘘をついたことは無いはずだ!!」

信じてくれない、いつものガイウスなら信じてくれる筈なのに。
なんで!?なんで!?と混乱している間もディノスの景色は。
どんどんおかしなものになっていく、トマトは紫色になっているし。
空は夕焼けとは違う、嫌な赤さに染まっているし。
「お前のせいで俺の故郷はこのザマだ。
どう責任取るんだ?えぇ?お前なんかに勇者代理なんかやれというべきじゃなかったな」
「い、いや……俺は、俺はウラヌスを……これはウラヌスが見せている幻で」
「うるさい黙れ!!ロディ、お前はいつそんな反抗的になった!?」
今までのガイウスは怒ったとしても睨んだり頭を軽く叩く程度だった。
だけど今は違う、本気で怒っている、殺気を放っている。
このままでは殺されるかもしれない。
頭が混乱するやら恐怖で体が震えるやらで唇が悴む。
今すぐ謝りたいのに言葉が出ない……。
「なんだロディ、俺に怒ってほしくないのか?」
「あ、う……ごめ、ごめん」
「簡単だよ?お前もある方に忠誠を誓えばすぅぐ許してやる」
「はへ?忠誠……?兄ちゃんの口から、忠誠?」
「もちろん、魔王様にだ。さ、今から忠誠を誓え」
どちらもガイウスの口からまず出ないワードだった、勇者が魔王に忠誠を誓う!?
確かに自分の兄は国外追放を受けるくらい性格に難があったが。
悪魔に魂を売るような人ではなかった。
いや絶対あり得ない!彼が泥中の蓮のような。
誇り高さを持っていたのは自分が一番知っている。

「そ、そんな……そんなのは……」
「なんだ、俺に反抗するのか?村をこのザマにしたのは誰だ?俺か?」
「うう……ち、違うよ……」
「じゃあわかるよな?お前は俺の言うことを聞いてればいいんだよ」
そう言うとガイウスはロディの首筋を舐めてきた、まるで蛇のように。
突然のことで思わず変な声が出てしまうが、気にする余裕がなかった。
なぜならガイウスに舐められたところから痺れるような感覚が襲ってきたからだ。
それが全身に広がっていきやがて立っていられなくなり、その場に座り込んでしまう。
そんな様子を見た彼は満足そうな表情を浮かべると優しく頭を撫でてきた。

「そうそう、素直に俺に従っていればいいんだよ」
「あ、兄ちゃん……やめて……」
「やめないさ、ほら立てロディ」
無理やり立たせられると今度は強引に唇を重ねてくる。
しかも今度は口の中に舌を入れてくるディープなやつ。
魔族が精気を吸う時行う仕草にそっくりだ。

「うぅう……やめて、やめてよぉ……こんなの気持ち悪いよ」
「気持ち悪くなんかない。ロディ、このディノスでまた暮らそう?
もう王様に追い出されたりなんてしないし、お前に面倒ごとなんか回さない。
この俺に全て任せれば全てうまくいく、だから……ほら、忠誠を誓えよ」
(やだっ!!嫌だ嫌だ嫌だ!!こんなの兄ちゃんじゃないっ!!)
兄の変わりように絶望感を覚えるロディだったが。
鏡のほうに目をやり気づいた、景色がおかしい。
今見せているガイウスやディノス村の景色は幻だというように。
鏡の向こう側は何も写さぬ闇が広がっている。

「さぁ、早く誓えロディ……そうしたらお前も楽になれるぞ?」
そう顔を近づけるガイウス-いや幻影は本性をむき出しにした、醜悪な笑みを浮かべている。
「兄ちゃん……本当に、もういないのか?」
ロディは歯を噛みしめた。
幻の村の中、兄ガイウスの幻影がすぐそばにいる。
何度見ても胸が締め付けられるような違和感が消えない。

(まさか……兄ちゃん、死んだのか……?)
喉の奥で小さく息が漏れた。
その瞬間、村を包む空に亀裂が走った。
ヒビ割れたような音が響く。
レオノーレの祈りが、遠くから届いたのだ。
「ロディ!――目を覚ましなさい!」
声と共に、世界が砕けていく。
空が割れ、紫の雲の奥に“何か”が見えた。

――赤。

懐かしい色。
それは炎のように輝く赤髪だった。
見覚えのある後ろ姿。
「……兄ちゃん?」
ロディは息を呑んだ。
そこには確かに本物のガイウスがいた。

振り向かない。
だが、その背中は迷いなく前を向き。
見知らぬ仲間たちと共に歩いている。
光の向こう、まるで“別の世界”にいるようだった。
(……生きてる! どこか知らないけど、生きてる!)
その瞬間、胸の奥の絶望が音を立てて崩れる。
救われたようにロディは涙を流した。

だが次の瞬間――その手首を、強く掴まれた。
「……離さないよ、ロディ」
冷たい声。
振り向けばそこにいるのは、“兄の顔をした何か”だった。
ガイウスの姿をした幻影が、
人間離れした力でロディの腕を握りしめている。
「ずっと一緒だって言ったじゃないか」
爪が食い込み、血がにじむ。
ロディは震える声で呟いた。

(……違う……)
(こいつは“兄ちゃん”じゃない!!)
空のヒビが一気に広がる。
ロディはその光の中で叫び、“兄”の手を振りほどいた。
「――兄ちゃんは、生きてる!!!」
思わぬ言葉にガイウス-もとい幻がたじろぐ。
今しかチャンスはないとばかりにロディは幻のガイウス目掛け思い切り頭を反らし。

「いでぇ!?」
頭突きをかまし、彼が仰け反った拍子に家を飛び出す。
すでに景色は故郷じゃなくなっていた、空は真っ赤だし
家々はボロボロになっているし、なにより人の気配が全く無い。
だがここがどこかよりも大事な事がある。
逃げるのだ、この村から、あの家から、あの男から。
だが逃げ切れるだろうか?相手は自分を捕まえるためなら。
どんな手段でも使ってきそうな男だ、力づくでも連れ戻しにくるだろう。