アルキード編-GRAVITY FREE - 3/6

「はぁ……無事でよかった……」
「ご、ごめんなさい……まさかウラヌスがあそこまでしてくるとは」
「いえ、私も迂闊でした。あの鳥めに好き勝手やられた。
私の落ち度でもありますし……今居るのは、狭間の世界と言いますかね」
そう言って周囲を見渡すレオノーレは。
ここがアルキード城だとは思えないほど荒廃した光景が広がっていることに気づいた。
それはまるでこの城自体が廃墟と化したかのようだった。

「さぁ行きましょうロディ、ここで立ち止まっている暇はありません」
「はい……あれ?」
「なんです?まだウラヌスが」
いいえ。と首を横に振り指差す、花壇前にリアナがいる!
ウラヌスが化けているんじゃないかと恐る恐る近付くと。
彼女は千切れた花冠を手にちょっと泣きそうな顔をしているのがわかった。
(あ、そういえば殿下の死因は……花冠を作ってたらウラヌスに……だっけ)
「霊園の彼女と同じです、私に任せて」
「……気をつけて」
アンデッド、それも霊体となると実剣では意味を成さない。
レオノーレは精神を統一させ、リアナの霊体へ近付く。

「ウラヌスはまだ暴れているのですか?」
「ええ、まだ。これでは殿下の黄泉送りも満足に……」
「困りましたね……あ!思い出した、城壁に弩砲があったはずです」
「弩砲!それは効きそうだ……殿下も!」
「いえ……私はもう、ほら」
リアナが指差す先にはさっきはなかった光の道が出来ていた。
初めて見るがロディは何となく悟った、あれは死の国への片道切符なのだと。

「早く来いと急かされているようです。鳥退治はあなた方にお任せします」
「殿下……!」
「ロディ・アルドレッド、あなたに勝利を」
そう告げリアナは優雅にカーテシーを行い、光の道へ消えていく。
残されたロディは彼女の言葉に力強く頷く、そして。
「さぁてと……鳥退治を始めようか」
リアナの霊体が消えた後に現れたウラヌスを睨みつける。
その表情には強い決意が漲っていた。

「おのれクソガキ……あと少しで心を折れたのにぃ~……!
もう完全にキレたわ、ウラちゃん激おこだからねぇ!」
そう、まだ幻覚を打ち破っただけ。
ウラヌス自体には大したダメージを与えられていない。
そのうえナメ腐っていた存在が「自分の幻覚を打ち破った」という事実に。
彼女のプライドはズタズタに引き裂かれたのだ。
「ダディの借り物だからあんま使いたくないけど、もう絶対殺すって決めた!使わせて貰うわっ」
「ハッ!鳥は矢に弱いぐらい俺も知ってるさ」
「どうかなぁ!?落ちるのはっ……弟君の方だよぉっ!!」
ウラヌスが胸の核を囲うように、手で♡を作りポーズをとる。
落ちる?飛んでもいない自分が?
そう眉をひそめた直後、ロディとレオノーレの体が傾いた!

「うわわっ!?」
「ロディ!」
「レオノーレさんっ……俺たち壁に立ってる!」
「え?えぇ?」
重力がおかしい。さっきまで地面にいたのが垂直の城壁へ叩き付けられていた。
これも幻覚なのか?いや違う、これはウラヌスの仕業だ!

「きゃはははっ!あたしウラヌスよ?あのハイペリオンの娘よ、重力の1つ操れて当たり前でしょ?」
空が、裏返った。
最初に異変を察したのは人間ではなかった。
先ほどまで鳴きながら飛んでいた鳥たちが、
一斉に姿勢を崩して墜ちていく。
翼を羽ばたかせても、風は逆方向に流れ、
まるで“空に吸い込まれるように”上昇していく者すらいた。

地上では、飾りつけられた大通りのクリスマスツリーが悲鳴を上げるように揺れ、
枝から外れたサンタ人形やモールが――逆さの空へと落ちていった。
人形の笑顔が、ひっくり返った世界の中で歪んで見える。

誰もが理解できなかった。
地と空の境界が消えた、理不尽な現象。
ロディは、崩れた街路に足をかけて歯を食いしばる。
自分が立っているのは地面ではなく、倒れた柱。
もはや上下の感覚さえわからない。

「クッソぉ……六将は規格外だって聞いてたけど……!」
「重力ひっくり返すとか聞いたことねぇよ!」
呻くように吐き出したその声は、
吸い込まれるように逆さの空へと流れていった。

(まずいっ……早く解除しないと。このままじゃ俺たち。空に「落ちる」!)
よくわからない表現だが事実だ、今立っている空間の重力が確実におかしくなりだしている。
このままでは天地がひっくり返って「空に落ちる」のだ。

「く、くそぉ……変死体なんてごめんだよ!」
「ふふっ、もう手遅れなのわかるでしょ? あははっ、あはははははははは!!」
そう高笑いするウラヌスを憎らしげに睨みつけるが。
彼女は余裕たっぷりに見下ろしているだけだ。
(くそっ……どうすれば)
ロディは少しずつひっくり返っていく天地の中、必死に重力操作を解除する術を考えていた。
ガイウスならどうする?あの時に卑劣な手だって使う兄なら。
壁に蜥蜴のように張り付きながら、そう思案していた時である。
教会で読み書きを学んでいた時「星の本」を読んだことがあった。
重力が軽い空間で飛び上がると、いつもジャンプするときの何倍も高く飛び上がることができると。

「弟く~ん、あんたみたいな可愛い男の子好きなんだよねぇ。
命乞いすれば助けてあげるけどぉ?」
「だ、誰がっ!」
「あっそ、じゃあもう死ね」
ウラヌスが指を鳴らすと同時に重力が元に戻る。
ロディが転落するのを誰もが予想した、その瞬間——。
「このまま落ちてたまるかぁっ!!」
彼は勢いよく腕を伸ばし、近くの城壁に張り付いた大きな旗を掴んだ。
旗布は頑丈で、ロディの体重を支えるには十分だった。
勢いのまま旗がたわみ、ロディの体は弧を描くように揺れる。

「チッ……往生際が悪いガキぃ!」
ウラヌスが苛立ちの声を上げる。
彼女は再び指を鳴らし、重力を操ろうとするが——。
「そう簡単にやられるかよっ!」
ロディは旗を掴んだまま、重力の向きが変化しているのを逆に利用した。
彼は旗を支点にし、宙を舞うように回転する。
そして、その勢いを利用して城壁のくぼみに足をかけ、反動をつけて宙を跳んだ。
今この中庭はウラヌスの力で重力が狂っている。
ならば、それを逆に利用すれば。
「こっちから、お前に向かって “落ちていく” こともできるよなぁ!!」
「なっ……!?」
ウラヌスの顔に動揺が走った。
ロディは壁を蹴り、まるで重力に引かれるかのようにウラヌスへ突進する。
そして。

「うおおおおおっ!!」
ロディは全身の力を込め、ウラヌスへ強烈な蹴りを叩き込んだ!
ただの蹴りではない。
ウラヌスが狂わせた重力を逆に利用し、自らの体を弾丸のように加速させた“引力を乗せた”蹴撃。

世界が反転し、天も地も意味を失った空間で、
ロディはただ、落ちるという感覚だけを掴んでいた。
反射的に、体が動く。
片足を折り畳み、もう片方を前へ突き出す。
腕は軽く曲げ、身体の軸を一点に集めた。

――結果、できあがったのは誰もが知る“ライダーキック”の姿勢。

けれど、やってみてわかった。
それは“かっこいいから”じゃない。
“合理的だから”なのだ。

引力の流れを一点に集め、
身体の抵抗を最小限にするために、
本能がこの形を選んだ。

蹴り足のつま先が、空気を裂く。
“空に落ちる”という矛盾が、
この瞬間だけ完全に意味を成した。

重力の奔流をまとったまま、
真下――いや、“空の方向”へ突っ込んだ。
「自由落下――ッ!!!」
反重力空間の中心を貫くように、
炎の尾を引いて放たれる蹴り。
それは、奇しくもかつての“暴風王”ハイペリオンが得意とした技――
“自由落下ライダーキック”そのものだった。

「ぐはぁっ!?」
衝撃が炸裂し、ウラヌスの体が弧を描いて吹き飛ぶ。
中庭の床を転がり、石畳に激突するウラヌス。
ロディは空中で体勢を整え、重力の流れを読みながら着地する。
「はぁ……はぁ……さすがに効いたろ……?」
彼は荒い息をつきながら、地に倒れたウラヌスを見据えた。