アルキード編-勇者代理、探偵になる - 2/5

石畳はまだ湿っている。
さっきまでの霧雨が、街の輪郭をぼかしたまま残っていた。
靴底がじっとりと吸い付く感触に、ロディは少しだけ歩幅を変える。
手元のメモ帳には、雑多な線が何本も走っていた。
名前、場所、時間。
バラバラに書き殴ったそれらを、無理やり繋いでいく。
線にするだけで、ただの噂話が“形”を持ちはじめる。

ばらばらに見える断片だが、ロディはそれらの間に線を引いた。
一本、また一本と紙の上で、情報が“繋がっていく”。
レオノーレは、その手元をじっと見ていた。
目は見えていないはずなのに、どこか正確に。
「繋いでいけば、自ずと答えは見えるものだよ」
言い終えてから、少しだけ間が空いた。
レオノーレが、静かに口を開く。

「その言い回しは?」
「……あー」
ロディは頬をかいて、少しだけ気まずそうに笑った。
「俺の学校にもさ、何人もロジカーがいてな」
「ろじか……?」
聞き慣れない言葉に、レオノーレが首を傾ける。
ロディは、少しだけ得意げに顔を上げた。

「ロジカ・イン・ミスト」
その名を口にするだけで、どこか空気が変わる。
「主人公の名前がロジカなんだけどさ、めちゃくちゃ格好いいんだよ」
少年は少しだけ目を細める、まるで遠くを見るように。
あるいは“見えないもの”を、見ようとするように。

「ロジカはな」
ぽつり、とロディが口を開いた。
自分でも、なんでこのタイミングでその名前が出たのかはわからない。
「運動不足で非力なんだよ。何度も階段で息切れする描写があるくらい」
レオノーレは隣を歩きながら、わずかに首を傾ける。
興味はあるが、感情は乗せない。いつもの聞き方だ。

「ですが、その人物は優秀なのでしょう?」
「ああ。めちゃくちゃ強い」
ロディは即答した。
剣でも、拳でもない“強さ”を思い浮かべながら。
「どんな屈強な凶悪犯も追い詰める。――5W1Hで」
少しだけ、言葉に力が入る。
レオノーレは足を止めはしないが、ほんのわずかに呼吸が揺れた。

「……5W1H、ですか」
聞き慣れない響きを、舌の上で転がすように。
ロディはメモ帳を軽く叩いた。
「なぜ、どうして、いつ、どこで。何を、どのように」
指でひとつずつ、見えない文字をなぞる。

WHY。WHEN。WHERE。WHAT。HOW。WHO。
霧の向こう、煙突の影が揺れる。
街そのものが、何かを隠しているみたいだった。

「うそつきはな」
ロディの声が、ほんの少しだけ低くなる。
「必ず、この6つのどこかで躓く」
断言だった。
子どもの言葉にしては、妙に重たい響き。
レオノーレは少しだけ顔を上げる。
見えていないはずの瞳が、まっすぐこちらを向いていた。

「……合理的です」
短く、しかし迷いなく。
「ですが“すべてが真実で構成された嘘”であれば、どうしますか」
その問いは静かで、鋭かった。
ナイフのようにではなく、氷の針みたいに。
ロディは一瞬だけ言葉に詰まる。
頭の中で、さっき繋いだ線が軋む音がした。

「……そのときは。全部疑うしかないだろ」
答えは、驚くほど単純だった。
「繋がってるように見えるなら、それ自体を疑う」
レオノーレは、何も言わなかった。
ただ、ほんのわずかに口元が緩む。

「それはもう、“探偵”ですね」
霧雨の街の中で、勇者でもなく、剣士でもなく。
少年は、はじめて“役割”を手に入れた。

「リアナ・アルキード様の御様子? ええ、わたくしも気になって居ましたのよ」
紅茶をすする貴婦人の声はどこか愉しげだった。
「先日はメイドの髪にわざと紅茶をかけていましたわ。わたくし見てしまいましたの」
「ここ最近は特にひどい有り様ですぞ。何人もの使用人が辞めていきました」
別の老紳士が口を挟む。ロディは頷きながら、小さなメモ帳に走り書きをした。
レオノーレはその横で、まるで助手のように淡々と質問を重ねていく。

「国王陛下は気付いてるんですか?」
「いえ……姫は国王陛下や王妃様の前では以前と何も変わらず」
二重人格なのか?それとも猫かぶりが上手すぎるのか?
理由はまだわからないけれど、ロディはなんとなく今リアナがどうなっているか勘付いた。
正しくはガイウスを思い出した。

「レオノーレさん、兄ちゃんって1年前勇者やってたんだけど」
「ええ」
「多分兄ちゃんとおんなじと思うんだよ。人格を切り替えられるタイプ?」
ロディが知るガイウスは周囲が言うほど爽やかじゃなく、意地悪で凶暴で。
でも何があろうと自分の味方でいてくれる。そんな兄だ。

「……必要に応じて人格を作り出せるタイプ、ですか」
「うん。多分だけど兄ちゃんは1人2役してたんじゃないかなって……。
でもリアナ様は違う気がするんだ。だってあの人、自分の意思でメイドを虐めてるよ」
「……確かに、それは私も感じました。しかし……」
レオノーレは口ごもる。彼女は聡明だ、だからこそわかっているのだろう。
この事実がどれだけ恐ろしいことか。そしてそれをどう伝えるか悩んでいるのだろう。
そんな彼女の言葉を待っていたとき、先ほど聞き込みをしていた令嬢が優雅な足取りで歩いてくる。

扇子を持って歩み寄り、紅茶の香りを残して微笑む。
「そういえば、先ほど話に出したメイドが向こうで泣いておりましたわ。本人に聞くのが確実でなくて?」
「そっそうか! ありが……いや、感謝致します!」
「ええ。次は言葉遣いを覚えてきなさいな」
「は、はい!」
令嬢が去ったあと、ロディは頬を赤らめながら呟いた。

「うぅ……やっぱ貴族街苦手だな……」
「でも情報は得られました。貴方、やればできるじゃないですか」
「探偵ロディ……なんか悪くない響きかもな」
「次の現場は泣いているメイドの元、ですね」
二人は顔を見合わせ、小さく頷いた。
霧雨の街に消えていくその背中は、勇者ではなく――確かに“探偵”だった。

ロディとレオノーレが廊下の角を曲がる。
その背中が見えなくなったあと。
応接間には、まだ紅茶の香りが残っていた。
「じい。これはわたくしの仮説ですが」
向かいに控える執事が、微かに目を伏せる。
令嬢は指先でテーブルを軽く叩いた。
「リアナ殿下は何か“見られたくないもの”を持っている可能性がありますわ」
執事はわずかに首を傾げる。

「お嬢様、その理由は?」
「二重人格であれば、御父上の前でも見せるはずです」
論理は、滑らかだ。
「使用人にだけ豹変するのは、妙でなくて?」
執事は沈黙した。
わずかに唇の端を上げる。
「なるほど、興味深い仮説にございます」
少女は満足げに頷いた。
「じい、過去三年の離職記録をまとめてくださる?」
「承知いたしました」
紅茶の湯気が、ゆらりと揺れる。
この国では推理は、恐怖の裏側ではなく――優雅な午後の嗜みですらある。

しばらく歩くと、庭の隅のほうで泣いているメイドを見つけた。
声をかけると恐る恐るといった様子でこちらを見てくるが。
泣き腫らしているのか目が真っ赤じゃないか!
思わずどうしたんだと話しかけると少女は驚いたようだが。
二人が宥めるとゆっくり話し出す。

「ぐすっ……ううう……姫様がいじめるんです。
おまえの紅茶は泥水みたいだってぇ……!」
少女の名前はアネットと言うらしい。
彼女はアルキード王国のお姫様に仕える侍女だそうで。
なんと先ほどリアナ姫に紅茶をかけられてしまったんだとか!
しかもそれだけじゃない、他の使用人たちにまで冷たい態度を取られ。
挙句の果てに姫の服を汚してしまい、クビになってしまったのだという。
可哀想に思ったロディは布切れを差し出す。
(兄ちゃんのマントの端なんだけど……まぁ洗濯したし大丈夫だよね)
「うぅぅ、ありがとうございますぅ……この恩は絶対に忘れません……!」
そう言うと彼女は泣きながら去って行った、背中を見送りつつロディは思う。

「あの子大丈夫かなぁ……?心配だなぁ……」
「注意力が散漫になっています。あれではゴブリンやコボルトの餌食でしょう」
「う……確かに。でも、なんか放っておけないというか……」
「はぁ……まったく、貴方は本当にお人よしですね」
レオノーレが呆れたように言う、だがその声音にはどこか優しさがあった。
あの少女が無事帰れるか心配なのは自分も同じだと、そう言いたいのだろう。
「そんなに心配なら、こっそりついていきましょうか」
「うん……」

—–アルキード城

「はぁ~疲れたわ~……まったくあのクソメイドめ!
まぁでもこれでようやく邪魔者がいなくなったし、せいせいしたわ♪」
ウラヌスは自室に戻ると鏡台の前に座る。
今日は誰とおしゃべりしようかな、と思って眺める。
ネプトゥヌスとマルスは忙しいからと取り合ってくれず。
一番ウマが合っていたユピテルは先に地獄へ落ちた。
つまり消去法で選ばれるのは……。

鏡が揺蕩い。胡座をかき、アサシンダガーを手入れする背中を映す。
繋がってるとわかってるだろうにプルトは手入れを止めようとしない。
「暗♡相変わらずの陰キャ」
「あー?」
「気づいてるじゃん。プルトー♪ウラヌスだよ」
「知ってる。顔合わせたら喧嘩するから通信越し、てわけ」
「も~、プルトは照れ屋さんなんだから♡」
「うざい。死ね」
「ひっどーい!でもそんなところも好きよ?」
「……で、何の用?」
「あ、そうそう。プルト、もっと効率的に心折る方法教えて?
ロディってガキが嗅ぎ回りだしたの」
「ロディ……勇者の弟か」
其処で背を向けたまま返答していたプルトが会話する気になったのか。
胡座をかいたままウラヌスの方へ向き直る。

ウラヌスは鏡に映るプルトの無表情な顔を見て、急に笑いを堪えきれなくなった。
「ねぇ、なんかこれアレじゃん。白雪姫じゃん!あたしが姫で、プルトが悪い魔女~みたいな!」
両頬に手を添えて、ぶりっこスマイルで身を揺らすウラヌス。
プルトは指を立てたまま、呆れたように眉をひそめる。

「……毒リンゴでも出す?」
声色も変えずに即答するあたり、さすが“六将一の陰キャ”。
「やだぁ~毒リンゴ、アタシ絶対食べないし!」
「いや、お前が配る側だろ」
「え~、ウラちゃんそんな悪い子に見えるぅ?」
「見える」
即答。

「……もうっ!やっぱプルト好き!」
鏡越しのイチャイチャ(?)は、どこか漫才じみていて。
けれど部屋の空気には確実に“悪意”が満ちていく。
「あの弟倒す方法教えてよ!早くしないとクソメイドに見つかるかもだし!」
「……わかった、教える」
プルトの声はウラヌスと居るときだけは普段の慇懃無礼なそれと違い、感情的で年相応になる。
それは彼女が悪態つきつつもウラヌスに心を許している証でもあるだろう。

「確認するけど、ロディってブラコン?」
「そうね。間違いなくブラコン♪勇者ちゃんに会えないとしょんぼりするし。
叱られたらずっと落ち込んじゃうの」
「じゃあ簡単じゃん。ガイウスに殴られて罵倒される幻覚見せて。
「お前なんか弟じゃない」って言わせれば?」
「あは!流石六将一の陰湿!ユッピー生きてたら手叩いて笑ってたね」
「ん」
ウラヌスの惜しみない賞賛が満更でもないのか、プルトは短く返事をし。
「後は任せた」というように手を上げる。
「じゃ、またねプルト♪ウラヌスはこれからデートだから」
「……あっそ」
プツリと通信が切れたのを確認し、鏡に布をかけると。
ウラヌスはほくそ笑んだ。

「嗅ぎつけたって返り討ちにしてやんだからね♪勇者ちゃんの弟くん♡」