「リアナ・アルキード様の御様子? ええ、わたくしも気になって居ましたのよ」
紅茶をすする貴婦人の声はどこか愉しげだった。
「先日はメイドの髪にわざと紅茶をかけていましたわ。わたくし見てしまいましたの」
「ここ最近は特にひどい有り様ですぞ。何人もの使用人が辞めていきました」
別の老紳士が口を挟む。ロディは頷きながら、小さなメモ帳に走り書きをした。
レオノーレはその横で、まるで助手のように淡々と質問を重ねていく。
(……貴族のほうが話が早い。平民街で聞くよりずっと情報が濃い)
紙に走る鉛筆の音。
ロディの姿はもはや勇者代理というより――探偵そのものだった。
細めた目の奥では、すでに事件の全容を組み立てようとしている。
平民より王族に近い貴族のほうが内情を把握しているのでは?
という予想だったが、これが大当たりだったようだ。
実際に使用人たちが辞めた原因の大半は彼女であり。
そのどれもが嫌がらせが原因であることも判明した。
「国王陛下は気付いてるんですか?」
「いえ……姫は国王陛下や王妃様の前では以前と何も変わらず」
二重人格なのか?それとも猫かぶりが上手すぎるのか?
理由はまだわからないけれど、ロディはなんとなく今リアナがどうなっているか勘付いた。
正しくはガイウスを思い出した。
「レオノーレさん、兄ちゃんって1年前勇者やってたんだけど」
「ええ」
「多分兄ちゃんとおんなじと思うんだよ。人格を切り替えられるタイプ?」
ガイウスの言動を改めて思い出す。
異形の目へのコンプレックスの反動か、表向きは模範的勇者だった。
だけど裏ではいわゆる「素」の性格でいることも多かった。
何より「あの笑顔は仮面だ」とロディにハッキリあれは作り笑いだと言っていた。
ロディが知るガイウスは周囲が言うほど爽やかじゃなく、意地悪で凶暴で。
でも何があろうと自分の味方でいてくれる。そんな兄だ。
「……必要に応じて人格を作り出せるタイプ、ですか」
「うん。多分だけど兄ちゃんは1人2役してたんじゃないかなって……。
でもリアナ様は違う気がするんだ。だってあの人、自分の意思でメイドを虐めてるよ」
「……確かに、それは私も感じました。しかし……」
レオノーレは口ごもる。彼女は聡明だ、だからこそわかっているのだろう。
この事実がどれだけ恐ろしいことか。そしてそれをどう伝えるか悩んでいるのだろう。
そんな彼女の言葉を待っていたとき、先ほど聞き込みをしていた令嬢が優雅な足取りで歩いてくる。
扇子を持って歩み寄り、紅茶の香りを残して微笑む。
「そういえば、先ほど話に出したメイドが向こうで泣いておりましたわ。本人に聞くのが確実でなくて?」
「そっそうか! ありが……いや、感謝致します!」
「ええ。次は言葉遣いを覚えてきなさいな」
「は、はい!」
令嬢が去ったあと、ロディは頬を赤らめながら呟いた。
「うぅ……やっぱ貴族街苦手だな……」
「でも情報は得られました。貴方、やればできるじゃないですか」
「探偵ロディ……なんか悪くない響きかもな」
「次の現場は泣いているメイドの元、ですね」
二人は顔を見合わせ、小さく頷いた。
霧雨の街に消えていくその背中は、勇者ではなく――確かに“探偵”だった。
しばらく歩くと、庭の隅のほうで泣いているメイドを見つけた。
声をかけると恐る恐るといった様子でこちらを見てくるが。
泣き腫らしているのか目が真っ赤じゃないか!
思わずどうしたんだと話しかけると少女は驚いたようだが。
二人が宥めるとゆっくり話し出す。
「ぐすっ……ううう……姫様がいじめるんです。
おまえの紅茶は泥水みたいだってぇ……!」
少女の名前はアネットと言うらしい。
彼女はアルキード王国のお姫様に仕える侍女だそうで。
なんと先ほどリアナ姫に紅茶をかけられてしまったんだとか!
しかもそれだけじゃない、他の使用人たちにまで冷たい態度を取られ。
挙句の果てに姫の服を汚してしまい、クビになってしまったのだという。
可哀想に思ったロディは布切れを差し出す。
(兄ちゃんのマントの端なんだけど……まぁ洗濯したし大丈夫だよね)
「うぅぅ、ありがとうございますぅ……この恩は絶対に忘れません……!」
そう言うと彼女は泣きながら去って行った、背中を見送りつつロディは思う。
「あの子大丈夫かなぁ……?心配だなぁ……」
「注意力が散漫になっています。あれではゴブリンやコボルトの餌食でしょう」
「う……確かに。でも、なんか放っておけないというか……」
「はぁ……まったく、貴方は本当にお人よしですね」
レオノーレが呆れたように言う、だがその声音にはどこか優しさがあった。
あの少女が無事帰れるか心配なのは自分も同じだと、そう言いたいのだろう。
「そんなに心配なら、こっそりついていきましょうか」
「うん……」
—–アルキード城
「はぁ~疲れたわ~……まったくあのクソメイドめ!
まぁでもこれでようやく邪魔者がいなくなったし、せいせいしたわ♪」
ウラヌスは自室に戻ると鏡台の前に座る。
今日は誰とおしゃべりしようかな、と思って眺める。
ネプトゥヌスとマルスは忙しいからと取り合ってくれず。
一番ウマが合っていたユピテルは先に地獄へ落ちた。
つまり消去法で選ばれるのは……。
鏡が揺蕩い。胡座をかき、アサシンダガーを手入れする背中を映す。
繋がってるとわかってるだろうにプルトは手入れを止めようとしない。
「暗♡相変わらずの陰キャ」
「あー?」
「気づいてるじゃん。プルトー♪ウラヌスだよ」
「知ってる。顔合わせたら喧嘩するから通信越し、てわけ」
「も~、プルトは照れ屋さんなんだから♡」
「うざい。死ね」
「ひっどーい!でもそんなところも好きよ?」
「……で、何の用?」
「あ、そうそう。プルト、もっと効率的に心折る方法教えて?
ロディってガキが嗅ぎ回りだしたの」
「ロディ……勇者の弟か」
其処で背を向けたまま返答していたプルトが会話する気になったのか。
胡座をかいたままウラヌスの方へ向き直る。
ウラヌスは鏡に映るプルトの無表情な顔を見て、急に笑いを堪えきれなくなった。
「ねぇ、なんかこれアレじゃん。白雪姫じゃん!あたしが姫で、プルトが悪い魔女~みたいな!」
両頬に手を添えて、ぶりっこスマイルで身を揺らすウラヌス。
プルトは指を立てたまま、呆れたように眉をひそめる。
「……毒リンゴでも出す?」
声色も変えずに即答するあたり、さすが“六将一の陰キャ”。
「やだぁ~毒リンゴ、アタシ絶対食べないし!」
「いや、お前が配る側だろ」
「え~、ウラちゃんそんな悪い子に見えるぅ?」
「見える」
即答。
「……もうっ!やっぱプルト好き!」
鏡越しのイチャイチャ(?)は、どこか漫才じみていて。
けれど部屋の空気には確実に“悪意”が満ちていく。
「あの弟倒す方法教えてよ!早くしないとクソメイドに見つかるかもだし!」
「……わかった、教える」
プルトの声はウラヌスと居るときだけは普段の慇懃無礼なそれと違い、感情的で年相応になる。
それは彼女が悪態つきつつもウラヌスに心を許している証でもあるだろう。
「確認するけど、ロディってブラコン?」
「そうね。間違いなくブラコン♪勇者ちゃんに会えないとしょんぼりするし。
叱られたらずっと落ち込んじゃうの」
「じゃあ簡単じゃん。ガイウスに殴られて罵倒される幻覚見せて。
「お前なんか弟じゃない」って言わせれば?」
「あは!流石六将一の陰湿!ユッピー生きてたら手叩いて笑ってたね」
「ん」
ウラヌスの惜しみない賞賛が満更でもないのか、プルトは短く返事をし。
「後は任せた」というように手を上げる。
「じゃ、またねプルト♪ウラヌスはこれからデートだから」
「……あっそ」
プツリと通信が切れたのを確認し、鏡に布をかけると。
ウラヌスはほくそ笑んだ。
「嗅ぎつけたって返り討ちにしてやんだからね♪勇者ちゃんの弟くん♡」
—-
「私は兄弟も姉妹もいません。物心ついた時には修道院にいました」
「天涯孤独……ってこと?」
「ええ。しかし院長やシスターは優しかったので寂しいとは感じませんでした」
あの危なっかしい少女に気づかれない程度に距離を置いて。
見失わないよう共に歩くうちに、ロディとレオノーレとの話題は家族の話になった。
しかしレオノーレの身の上は存外、あっさりしている。
「院長先生は私のふるさとは六将に焼かれたと言っていました。
当時幼い私にはわかりませんでした、自分が戦災孤児なことも両親がいないことも。
だから寂しいと思ったことはありませんでした」
レオノーレの言葉には陰がある、恐らく辛い記憶なんだろう。
魔王軍と勇者の戦いは特にアンスロポス連合周辺のものが激しく。
千を超える戦災孤児が生まれたという。レオノーレはそんな戦災孤児の一人だ、
彼女にとってそれは最近まで不幸な記憶ではなかった。なぜなら当たり前だったから。
だがロディと出会い、彼の両親アルドレッド夫妻やガイウスとの話を聞いている内に。
「私は、自分の人生が不幸だとは思いません。
ですが……両親や兄弟がいる人は皆、私の知らないものをたくさん知っているのだと思うと。
少し羨ましくもあります」
レオノーレはそう言うと目を伏せた。
もしも両親が生きていたら、自分は修道院に入っていただろうか?
今こうして勇者の弟と肩を並べて歩いているだろうか?
……それはきっと、誰にもわからない。
「レオノーレさんは、家族が欲しいの?」
「……わかりません。ですが、もし私に兄弟や姉妹がいたら……どんな感じなのでしょうか」
「兄ちゃんがここにいたら家族にしてくれるかもだけど」
「その言い方は私が勇者様と結婚するようです」
短く突っ込まれ、少年は数秒押し黙った後。やっちまったと頭を抱えた。
「うわ……やっちゃった、恥ずかしい……」
「大丈夫です、まだ結婚できる年齢ではありませんし」
「いやそういう事じゃなくてさ」
「……でも貴方のような弟がいたら。私は嬉しいと思います」
そう言った彼女の横顔は微笑んでいるように見えた。