アルキード編-勇者代理、探偵になる - 3/5

アネットはアルキード城で働くのが夢だった。
リアナ姫はとても優しいお姫様だと聞いていたのだ。
噂によるといつも天使みたいにニコニコして、誰に対しても優しい性格だという。

だからあの日のことはあまりよく覚えていない。
ただ覚えていることは……自分が解雇されたということだけだ。
最初はなんでだろうと思っていたがすぐに理由が分かった。
なぜなら城の雰囲気がおかしかったからだ。
みんな暗く沈み、ギスギスとした空気に包まれていた。

そしてリアナ姫は噂とぜんぜん違う人だった。
理不尽な理由でいじめてくるのだ。
紅茶がぬるいやらケーキが不味いとか、花瓶を投げつけられたこともあった。
その度に周りの人達からは庇ってくれるが、それでも心が休まることはない。
そんな日々が続きついに限界を迎えた。
彼女は仕事を辞めて実家に帰ることを決意するのだった。
実家への帰り道、歩きながらふっと思う。

そういえばリアナ姫のイジメがひどくなったのは。
彼女の部屋の掃除に入ったときからだった。
でもそれも過ぎたことだと、しょんぼりした時だった。
「えっ……な、なに……」
ガサガサと草むらが音を立て、思わず不安からカゴを落としてしまう。
更に音は大きくなり、ついに魔物が飛び出してきたのだ。
緑色の肌に尖った耳、ギザギザの歯を持った醜い小鬼のような生き物。ゴブリンだ。
「キャッ!?」
悲鳴をあげて尻餅をつくアネットだったが、立ち上がって逃げ出そうとする。
しかし恐怖のあまり足が竦んでしまい上手く走れない!
その間にもゴブリンたちは迫ってくる、あぁここで死ぬんだ。
イジメられて泣きながら家に帰る途中で死ぬなんて、目をきゅっと瞑る。
ゴブリンたちの声が耳元まで近付いてきたときだった。
「ギャアアアアッ」
ゴブリンの悲鳴が聞こえ、残りは怯え逃げていくのが見えた。
気づくと目の前には……さっきの親切な少年と神官の女性が立っていた。

「大丈夫ですか!?」
「はい……すいません、ニ度も助けていただくなんて」
「いえ。あまりにも心配だったので……ところでどうしてこんな場所に?」
その問いにどう答えようか迷っていたが、やがてポツリポツリと語り出した。
アルキード城で今起きていること、それを聞く2人の顔は真剣そのものだった。
リアナ姫に起きている異変、それを感じ取り顔を見合わせ頷く。
「ロディ、まずはこの娘を家に送り届けましょう。このあたりの道は安全でないようです」
「……そうですね、アネットさん立って」
「はい」
2人に手を引かれたアネットはなんとか立ち上がる、そして三人は歩き出す。
道中、3人は他愛もない世間話をしながら歩く。
そしてアネットに何処から来たか聞いて仰天した、ディノス-同じ村出身だったのだ!

「え!?ディノス!そういや母さん、道具屋のアネットちゃんがお城に行ったって」
「はい……わたくしです……」
「俺キミ見たことあるかも……直ぐは思い出せないけど」
「勇者様の故郷ですね。巡礼の手間が省けました」
思わぬ共通点にアネットとロディの距離感が一気に狭まる中。
レオノーレは、ディノスはどんな場所か思いを馳せていた。
聖教信徒は一人前になるため、勇者縁の地へ巡礼するのが習わし。
だがリアナ姫の不穏な言動を調べることに時間を割いて。
中々巡礼が出来なかったレオノーレにとってこれは幸運なことだ。

「ディノスはどんなところですか?」
「そ、そんな期待の目しないで……なんにもないよ。あるのはトマトと小麦くらい」
「ロディ君のご両親、とってもいい人ですよ。
ガイウス様がロディ君の義兄弟になったのも納得がいきます」
「義兄弟、ですか……」
そういえばレオノーレは彼について知らない事が多すぎる。
彼は自分の事をあまり話さないし……と思考に耽っていると、不意にアネットから質問される。
「あのぅ、お2人は恋人なんですか?」
「恋人?」
「ち、ちちちっ違うよアネット!?俺はよく笑う子がタイプってよく言ってたじゃん!」
同郷と言うことで一気に打ち解け、敬語から一転し。
少年らしい口調になったロディはアネットに慌てて否定する。
「でもお2人、とっても仲良しで……それに」
「……?」
アネットの視線の先にはレオノーレの手があった。
彼女の手の上に自分の手をそっと重ねている状態なのだ。
2人とも気づいていなかったのか、顔を真っ赤にする少年を見てアネットは笑いだし。
少年は更に真っ赤になるのだった。

—ディノス村・広場
「レオノーレさん、ここがディノスだよ」
「……ここが」
「あ。そうか……目悪いんだった、わかる?」
「大丈夫です。わかりますよ、とても穏やかで過ごしやすい村ですね」
「えへへ、ありがと。じゃあ俺行ってくるから少し待っててね」
そう言うとロディは一人でディノスの村人たちの方へ駆けていった。
アネットに聞くと彼女はレオノーレが盲目だという事を知り。
それならとここで待つことを勧めてくれたのだ。
そして残された2人はしばし立ちつくす。先に口を開いたのはアネットだ。

「目が見えない、んですか?」
「聖女様にもお見せしました。瞳が曇っていく病だと」
「あの、さっきはすいません。無神経に恋人なのかと聞いてしまって……」
「いえ……本当のことですから」
そう言うとレオノーレは遠くを見つめたまま言葉を続ける。
「瞳が曇りだしたのは五歳からです、最初は白っぽくなっていって。次に色がわからなくなりました」
「目が曇る病気……向かいのおばあさんの病気と似てますね、同じ病気かも」
「若年性の白内障と思われます。治療の手立てはありますが。
私では支払えない料金だったので、諦めました」
「そんな!きっとディノスの神父様なら治してくれますよ」
「えぇ。でも私はこの目を受け入れているのです」
アネットが首を傾げると、レオノーレは村の音に耳を傾けるように目を閉じる。
色んな音が聞こえる、馬が草を食む音に子供たちの笑い声、そして風で揺れる木々のざわめき。

「怪我の功名と言いますか。
目が悪くなればなるほど、音に敏感になりました。ここはいい村ですね」
「はい。私もです」
レオノーレが微笑むとアネットもつられて笑う。
するとそこにロディが戻ってきた。
「アネット!道具屋のご両親すごく心配してるよ。早く戻ってあげて」
「は、はい!お二人とも……本当にありがとうごさいました」
「またねアネット!」
「はい、また……」
そう言うとアネットは道具屋の方に駆けて行った。
そして二人もロディは久しぶりの帰郷という事で、生家であるアルドレッド家へ足を運ぶ。
我が家に向かう途中。ディノスの景色を見やる。
もうすぐ聖夜祭ということで村の各所に飾り付けが施されていた。

「巡礼ってどんなことするの?レオノーレさん」
「勇者様ゆかりの地に向かい、彼等のルーツを知るのです。ロディはお兄様なのですからご存じでは?」
「……言ってたっけ。兄ちゃんって血縁ないんだ、あと実は」
何処からやって来たのか知らないんだ、そうつぶやいてロディは牛を放牧する柵に腰掛ける。
ガイウスと自分は血縁が無いと知ったときはもう驚いた。
だって自分がハイハイし出したころにはもう既にいたから。

「詳しいことは父さんと母さんに聞いたほうがいいって思う。俺は兄ちゃんのルーツはさっぱりなんだ」
「そうですね。あの家が貴方のお家ですか?」
「ん。ただいまぁ~」
家の前で叫ぶと、ドタバタという足音が聞こえ扉が勢い良く開かれた。
「ロディ!よく無事で帰ったな!」
現れたのは無精髭をはやした赤髪の男だった、この人がロディの父親なのだろう。
そして同時に思った、自分の父もこんな人だったのだろうか?と。

「父さん、兄ちゃんに手紙出した?」
「出してる。だがあいつめんどくさがりだから読んでるかはわからねぇな~」
「ロディちゃんおかえり、お隣の人は?」
「あ。母さん、巡礼に来たレオノーレさんだよ」
父親の奥からひょっこりと小柄な女性が顔を出した、どうやらロディは母親似らしい。
つむじ辺りの髪が黒くなっている赤髪や、小柄で愛嬌のある顔立ちもよく似ている。

「巡礼の方ですか?ディノスへようこそ」
「はじめましてレオノーレと申します、突然お邪魔して申し訳ありません。
勇者様のルーツについて尋ねに参りました」
「あらまぁ、とりあえず中にお入りなさいな。寒かったでしょう?」
家に招かれると温かそうなシチューの匂いがした、匂いだけでわかる。
この少年の両親はとってもいい人たちだ。

「母さん、今日は泊まってもらってもいいよね?」
「ええもちろんよ!ロディちゃんのお友だちですもの」
「ありがとうございます。あの……もしよければ食事のお手伝いをさせてください。
わたくし料理には自信があるんです」
「あら本当?じゃあお願いしちゃおうかしら!」
こうしてレオノーレと家族の触れ合いが始まった。