アルキード編-勇者代理、探偵になる - 4/5

アルドレッド家居間にて、食卓に4人の影があった。
今日のメインディッシュは鳥の香草焼きだ、パンと野菜のシチューもたっぷり用意されている。
「さぁ召し上がれ!遠慮しないでいいのよ?」
「ありがとうございます。いただきます」
レオノーレが食事を始めると、家族たちはそっと部屋から退室していった。
気を遣ってくれたのだろう、しかし2人きりになったところで早速料理について聞かれる。

「あれ。聖教の信者さんって戒律で肉がだめじゃなかったっけ……?」
「もてなしで出されたものは食べてよいのです」
「あ、そっか。じゃあいただきます!」
そして2人きりの夕食が始まった。
レオノーレは無表情だ、美味しいものを食べさせれば少しは綻ぶかなと期待したが。
ただ静かに食べているだけ、内心ちょっとがっかりするが長く付き合ううちに。
なんとなく理解できるようになった、喜んでいるなと。
彼女の手はフォークとスプーンを器用に使いこなし、シチューを掬い口に運ぶ。
「おいしい?」
「はい」
そう短く答えるとまた黙々と食べ始める。
レオノーレは食事中あまり話さない人なのだな、と理解したロディは自分も食事を再開させた。

「ねぇレオノーレさん」
「なんでしょう」
「……あ、いや……なんでもないや」
2人の間に沈黙が流れる、だがこの沈黙は気まずいものでなく、どこか心地よかった。
珈琲のカップを揺らしながらレオノーレは向こうのロディの母へ「あの」と話しかける。
「勇者様はいつからこの家にいるのでしょう?」
「ええ、そうね。ロディちゃんが生まれて直ぐのころから」
「……血縁が無いと聞いたのですが。なれそめは?」
「不思議な子だったわねぇ。そう、ガイウスちゃんは……」

——

その日のディノスは大雨で、外の仕事も出来ないという事で夫妻は寝ようとしていた。
だがいつもは大人しいロディが。何故かその日に限って激しい夜泣きをした。
「どうしたのロディちゃん?お~よしよし……ママはここですよ」
泣き止まないロディをなんとかあやそうと。家の外へ出る事にした。
ロディは風が好きな子で、夜風にあたるとぐずっていても泣き止んでくれるのだ。
だから泣いているロディを家の裏に連れていった、少しでも外の空気にふれさせてあげようと。
「風は気持ちいい?ほら雨の匂いもするわ」
おかしい、いつもなら泣き止むのに。
どうしましょう、こんな雨の夜に神父様を呼ぶのもとオロオロしていた時だ。

――その声に導かれて、ずぶ濡れの少年は家の灯りへと歩き出した。
理由なんてなかった。ただ“そこに泣いている子供がいた”から。

もしも、あの子が泣かなければ。
もしも、自分が足を止めなければ。
この家の「扉」は、二度と開かなかったかもしれない。

「!……ぼうや、だれ?」
ロディの泣きじゃくる声に導かれるように、全身ずぶ濡れの少年がやってきた。
見たことない子だ、もしかしてこの雨の中を歩いてきたのか?一人で?
少年は呆気にとられた夫人を見上げ、しばらく立ちすくんでいたが。
「その子を」
「え?」
「その子を、おれに」
少年が手を出すまま恐る恐るロディを抱かせると、少年は寒さに震えた声で子守歌を歌う。
それはまるで子守唄というより。泣いているように聞こえた。
やがてロディが泣き止みスヤスヤと眠り始めた頃。

「ありがとう……この子を助けてくれて」
「……おれはなにもしてない」
少年はそう言って立ち去ろうとする、その背中を見て思わず呼び止めていた。
「待って!」
「……」
もう雨に濡れる事はないというのに。
全身ずぶ濡れで立ちすくむ少年に言ったのだ。
「貴方も寒いでしょう?家に入りましょう」
陽だまりのような笑顔に少年は頷き、部屋に招き入れられた。

「それがガイウスちゃんの出会い。正しくは私たちがあの子にガイウスって名をあげたの」
「名づけ親でしたか」
「ディノスはまだ地母神信仰が残っててな。大地の神からとって名をつけた」
「じゃあ勇者様の本名は……」
「ルシウスっていうの。ルシウス・テルース・アルキード」
名乗ってくれたわけじゃない。
だが出会ったときガイウスが着ていた服は村人のものにしては上等なものだった。
それに最初は知らなかったが着ているうちにわかった。
その服にはルシウスと縫い取りがなされていたのだ。

夫人の話が途切れる。
雨の夜の記憶は、暖炉の火に照らされて、少しだけ柔らかく見えた。
ロディは懐かしそうに笑っている。父は豪快に頷いている。
レオノーレだけが、静かに指先を止めていた。

「……ひとつ、よろしいですか」
いつもの淡い声。
けれど、その中にわずかな緊張が混じる。
「勇者様……いえ、ガイウス様はどこから来たのか。お聞きになったことは?」
夫人は、少しだけ目を丸くして笑った。
困ったような、優しい笑みだった。

「……一度も、聞いたことはないわねぇ」
レオノーレの顔がほんのわずかに固まり、ロディは当然のように言う。
「だって聞かなくても、兄ちゃんは兄ちゃんだし」
父も肩をすくめる。
「聞いたところで、あいつが楽になるとも思えねぇしな」
夫人は、テーブルの上のカップをそっと両手で包んだ。

「最初はね、聞こうかとも思ったのよ」
火の揺れが、頬を照らす。
「でも……あの子、雨の夜に来たでしょう?」
声が少しだけ小さくなる。

「“どこから来たの”なんて聞いたら、また雨に戻ってしまいそうで」
レオノーレは黙った。
目は見えない、それでも夫人の“間”が分かる。
聞かない、踏み込まない。
それは放置ではなく、保護だった。

「……聞かないのも、また愛」
レオノーレは、自分でも驚くほど自然に言葉をこぼしていた。
夫人が、嬉しそうに頷く。
「そう。そうなのよ」
父が、少しだけ真面目な声になる。

「必要なのは過去じゃなくて、今ここで生きるってことだ」
ロディは、どこか照れくさそうに鼻を鳴らした。
「兄ちゃん、過去の話されるの嫌がるしさ」
その一言で、レオノーレの胸に静かに落ちる。
雨から彼を引き上げたのは問いではなく、温度だった。
レオノーレは、火の音を聞きながら静かに息を吐く。

巡礼は、碑文を読むためだけのものではない。
この家の沈黙そのものが、答えだった。
夫人は、立ち上がった。

「ちょっと待っててね」
奥の部屋で、箪笥を開ける音がする。
古い布が擦れる、小さな音。
やがて戻ってきた夫人の腕には、丁寧に畳まれた子供服が抱えられていた。

「これよ。あの夜、あの子が着ていた服」
ロディが目を丸くする。
「まだ取ってあったの?」
「当たり前でしょう?」
夫人は笑う。

「不思議なのよねぇ」
茶色がかった、簡素なパーカーのような衣服。
フード付きで肘と裾は少し擦り切れているが、破れてはいない。
「貴族の服にしては、地味なのよ」
レオノーレが、静かに手を伸ばす。

「……触れても?」
「ええ、どうぞ」
彼女の指先が、生地を撫でる。
布の目を読むように、縫い目を辿るように、ゆっくりと。
絹ならもっと、指が滑る。もっと冷たく、薄く、光を含む。
厚く、強い。何度も洗われ、泥を吸い、雨を弾き、乾いた跡がある。

「……丈夫ですね」
レオノーレが呟く。
「ええ。酷く汚れることを前提に作られているみたいだったわ」
ロディが首を傾げる。

「貴族ってさ、もっとキラキラしたの着るよな?」
「そうねぇ」
夫人は少し考え込む。
「でも刺繍だけは、妙に丁寧だったのよ」
裾の内側には見えない場所に、糸で縫われた文字。
レオノーレは、指先でそれをなぞる。
縫い目は均一で、家庭の裁縫ではない。

「……ルシウス」
静かに読み上げる。
部屋の空気が、わずかに変わる。
「王族の名に、よくある響きですね」
父が腕を組む。
「だが王族の服にしちゃ、地味だ」
夫人が、ぽつりとこぼす。

「貴族の服にしては地味。村の服にしては上等」
レオノーレは、ゆっくりと手を離す。
その布には甘さがない、これは庇護される者の服ではない。
“動く子”の服だ、汚れることを前提に。走ることを前提に。転ぶことを前提に。
「……守られる立場の衣では、ありません」
彼女は静かに言う。
「何かを“しなければならない”子の服です」
あの夜に泣いていたのは、赤子だけではなかった。

このディノスはかつて才能を疎まれ流罪された、アルキード王族が流れ着いた地とされる。
彼はその王族の末裔か、詳しくはわからないが1つ言えるのは。
あの夜-ロディが夜泣きをしなければ、きっとあの子と出会うことはなかった。
「ふふっ……なんだか運命的ね」
「うん!確かにそう!」
家族全員の笑い声が居間に響き渡る、レオノーレはそんな様子をじっと眺めていた。
それまで大神官から聞く形でしか知らなかった、ガイウスの解像度が一気に上がった気がした。
家族との食事を終えたロディはレオノーレに泊まっていくように勧めた。
断る理由もないレオノーレが頷くと同時に母親は大はしゃぎだ。

「じゃあ今日は一緒に寝ましょうか」
「はぁ……!?母さん何言ってんの!?」
「あらあら、だってこんな機会もう無いかも知れないじゃない!いいでしょ?レオノーレさん?」
「はい」
あっさり承諾するレオノーレ。
この世の終わりのような顔をするロディを尻目に母は続ける。
「じゃあロディちゃんはお兄ちゃんのベッドで寝てね」
「え、ええ!?」
「だってガイウスちゃん帰ってこないのよ?あの子の部屋で寝なさい」
そう言われてしまえば仕方ないとロディはしぶしぶ頷いたのだった。
2人はベッドに潜り込む、だがお互いなんだか緊張して中々寝付けない。
そんな様子を見かねてかレオノーレがそっと口を開く。

「……今日はありがとうございます、泊めていただいて」
「い、いや!全然いいよ!」
「姫の事などは明日から調べましょう。今の姫は……何かが変です」
「……そうだね、でも今は眠ろう。夜更かしは身体に良くないよ」
そういって先ずロディが先に毛布を被る。
理由は2つ、お腹いっぱいかつ風呂上りってことで眠い事。
もう1つは気になる女の子が隣で寝ていると意識すると、 緊張して眠れないからだ。

「おやすみレオノーレさん」
「おやすみなさい」
そして2人は眠りにつくのだった。