思えば聞いたことなかった。
両親とガイウスの馴れ初めを聞いたロディは、久しぶりに昔の夢を見た。
ガイウスはつい最近まで-勇者に選ばれ旅に出た20歳まで。
ずっと前髪で顔を隠したメカクレ少年だったのだ。
ロディが5歳になり、村の教会へ読み書きを教わりに行くようになると。
急にずっと隣にいた兄のことが不思議に思えてきた。
そう言えば自分、ガイウスの目をちゃんと見たこと無い気がする……。
「兄ちゃんなんで前髪伸ばすの?」
「……目立つから」
確かに今のガイウスは印象的だ、村の子供たちで一人だけメカクレなので。
遠くからでも、かくれんぼしてもすぐわかる。
けどそれだけじゃないはずだ。
「ヒントちょうだい、目が何色か当ててみる」
「この辺が緑」
「じゃあグリーンか」
「……この辺が黄色」
「へ?」
「……そしてこの辺が青」
「え、待って。色がたくさんあるの!?」
「……うん」
「なんで隠してるの?見せてよ!」
「ロディ、だめ……」
そう言って兄はまた顔を隠そうとする。
だが今度はその手を摑んで強引に前髪を上げたのだ。
そして見た、あの虹色の瞳を。
「きれい……」
ロディがそう呟くと、兄はまた前髪で目を隠してしまった。
「兄ちゃんの目……虹色だ」
「……え?」
「だってほら!こことか!」
そして今度は兄の手を取ると、その甲に指を走らせる。
「すごい!全部違う色だ!ねぇ兄ちゃん、なんで隠してるの?」
「だって、災いの色だって村長が……他の大人も」
「はぁ!?兄ちゃんの目の色はきれいだよ!だから隠すなんてもったいないよ!」
「ロディ……?」
兄は不安そうに呟く。
災いの色なんて大人は酷いことを言うものだ、だが自分は違う。
「兄ちゃんの目の色はきれいだよ。とっても素敵な色だ!」
「……うん」
「だから隠さないでよ、もっと見せてよ!ねぇ兄ちゃん!」
ガイウスは其処で恥ずかしそうに、鼻の頭を赤くしながら。
もう一度前髪を持ち上げてくれた。
「じゃあまず片目だけ、恥ずかしいなら僕や父さん母さんの前でだけ見せてよ」
「……うん、そうする」
そして2人は指切りする。
ガイウスの「あの目」を初めて見た時の記憶。
そして兄が初めて笑顔になったあの記憶。
ロディはそれを思い出して目が覚めた。
—-翌朝、ディノス村
「うぅー…目覚まし忘れた」
ロディが目を覚ますとそこは自分のベッドだった、どうやら夢を見ていたらしい。
隣を見るともうレオノーレの姿は無かった。
「あれ、兄ちゃんのベッド……」
そしてふと気づく。自分の隣にもう1つベッドがあることを、だがそれは兄のベッドではない。
「……まさか」
恐る恐る隣のベッドに手を入れると……やはりいた。
レオノーレがすやすやと眠っている。
どうやら寝ぼけて間違えてこちらのベッドに入ってしまったらしい。
しかも寝間着ということでいつものシニヨンを解いている。
(うおおおお!?)
叫び出しそうになる衝動を必死に抑えるロディ。
初めて見るシスターヴェールを脱いだ姿。
更に見慣れたシニヨンでなく金のロングヘアーを下ろした姿。
そして何より、自分のベッドで無防備に寝ているというこのシチュエーション。
思春期真っ盛りの少年には刺激物すぎた。
(うわああ!)
叫び出しそうになる衝動を必死に抑えるロディ、だがその努力も虚しく。
「ん……おはようございます」
「おはようレオノー……」
寝ぼけた彼女が挨拶してきたので思わず返事をしてしまった。
だが彼女はまだ半分夢の中にいるらしく。
何処を見ているか分からない曇った瞳は、いつも以上に感情が読めない。
「あれ、なんで私はロディのベッドに……?」
「……寝ぼけてる?」
「あ、いえ。昨日はベッドを間違えてしまって……その」
「……兄ちゃんのベッドで寝てたよ」
「え?……あ」
そう言うとようやく覚醒したらしいレオノーレはかぁっと赤くなると。
慌ててベッドから飛び降り洗面所へ走っていった。
初めて無表情以外の顔を見た、と驚くロディ。
そして洗面所から戻ってきたレオノーレはいつものシニヨン姿に戻っていた。
「おはようございます」
「あ、おはよう……朝早いんだね」
「ロディこそ、まだ5時ですよ」
「んん……ディノスに住んでると早起きの習慣が根付いてね」
ディノスは朝が早い。アルキード王国でも屈指の辺境であるこの村での仕事といえば農作業だ。
朝は日の出る前に起きて畑仕事、昼下がりに仕事を終え。
夜は早くに寝る。コレがこの村の日常である。
リビングに向かうとロディとレオノーレのぶんの朝ごはんが既に用意されていて。
向こうでロディの母がリースを編んでいた。
「おはよぉロディちゃん、ごはんの後でいいからリース作り手伝って」
「あっもう聖夜祭の時期か。うん手伝うよ」
「……私もいいですか?」
「あら、レオちゃんは巡礼へきたんでしょ?ムリにお手伝いしなくていいのよ」
「クリスマスリースでしたら、修道院で毎年作っていましたから」
「あら、じゃあお願いしちゃおうかしら」
2人は朝食を終えると早速リースを作り始める。
聖夜祭に欠かせないのがこのリースだ。
ヒイラギやベル、リボンなどで飾り付けたリースを玄関やドアにかけ魔除けとする。
「……あ。そう言えば、聖夜祭が終わったら連合に帰るんだっけ」
「ええ。神官様の言いつけですので……しかし」
「しかし?」
「私はこの国が好きです。それに……今起きている異変に目を逸らし、自分だけ帰るなど。
神官様になんと申し開きをすればいいのでしょう」
「レオノーレさん……」
「私はこの国を覆う暗雲が消え去るまで、それまでは。この国に留まりたい」
彼女の目には強い意志が宿っている、それはきっと決意なのだろう。
ロディは何も言わず作業を続けた。そしてリースを作り終えドアに飾り付け始める。
と-玄関を叩く音が聞こえた。
「あら誰か来たかしら?」
そういいながらドアを開けた母はそのまま固まってしまった。
何事かと2人が駆け寄るとそこに立っていたのはディノス村の村長だった。
「おやロディ、ラピアの冒険者ギルドに就職するって話はどうなったんだ?」
「あー。今定員だそうで、でも空きができたら直ぐ入れるよう受付さんと話しました」
「ああ頼むよ、ところで……そちらは?見ない顔だが」
村長の視線の先にはレオノーレがいた。彼女はさっと姿勢を正すと頭を下げる。
「初めまして、私は巡礼に参りましたレオノーレ・ベルフラウと申します」
「おおこれはどうもご丁寧に。ディノス村の村長です……。
見ての通り聖夜祭の準備中で、これと言っておもてなしは出来ませんが」
「いえ、ご配慮ありがとうございます。ですが私にもお手伝いできる事があれば何なりと」
「そうですか?なら……」
村長はレオノーレにリース作りを手伝うように言い、2人はそのまま作業を始めた。
「ふー……相変わらず苦手だ」
実は本音を言うと、ロディは村長が苦手だ。
理由はひとつ、ガイウスへの扱いである。
最初は彼の目を災いの色だと言い魔物扱いしていたのが。
彼が勇者に選ばれるや神の使いとして持て囃しはじめた。
良くも悪くも俗っぽいというか、だからこそ辺境の村をまとめ上げられて居るのだろう。
夜明け前のディノスは、まだ息を潜めていた。
家々の窓に灯る小さな明かりだけが、長い夜の終わりを告げている。
羊たちは人間の足音に気づいて、もぞもぞと身体を動かした。
毛の間にうっすら霜をまとい、丸まったまま顔だけ上げて、
「……人間、まだ夜明けだぞ」とでも言いたげな眠たそうな目を向ける。
そんな彼らの横で、鶏だけは今日も元気に胸を張り。
夜明けの空へ向かって喉を震わせた。
「コケコッコー!」
その声に、村の屋根と空がほんのり金色に染まる。
冬の朝は冷たいけれど、その一声で世界がようやく“動き出す”。
冷え込む朝、ロディは肩に掛けたマントのボタンを留め直しながら。
「……やっぱ、今日は寒いな」とぼそりと呟いた。
それはただの防寒着。
本人にとっては、出がけに母が掛けてくれた“暖かい布”以上でも以下でもなかった。
だが――その姿を見た者たちは、息を呑む。
立ち姿、背筋の伸び方、少し伏せた横顔。
朝靄の中でわずかに揺れる赤い髪。
貴族たちは最初、猛反発した。
「戦場を知らぬ少年に“勇者”を名乗らせるなど笑止」
「功績なき者に剣を掲げさせるなど、国辱である」と。
彼はまだ十六歳。
称号も、位も、エスクワイア(従騎士)にすぎなかった。
だが――彼を一目見た瞬間、誰もが言葉を失った。
マントを羽織る仕草も、時に閃くように放つ悪知恵も。
「あの男がもう一度この場に立ったかのようだった」。
ロディにとって、それは決して誇りではなかった。
兄の影を追い、比べられることは苦痛だった。
けれど彼の中には確かに。
ガイウスの“生き方”そのものが残っていた。
それは、剣でも魔法でもない。
「人を見抜く目」と「何があっても諦めない癖」。
風が吹く。
マントの端が舞い、陽の光がかすかに赤い髪を照らす。
ロディは新聞を胸に抱え。
「……今日も、やること山積みだな」と肩をすくめた。
「ロディー!」
リースを固定し、準備万端と頷いた向こうから声がした。
アネットだ。昨日送り届けた時の、涙と紅茶と泥でぐしゃぐしゃだったメイド服を脱ぎ。
道具屋の娘らしい動きやすい服装をしている。
「おはよう!もう大丈夫?」
「うん、一晩泣いたらスッキリした。もうお城で姫様にいじめられたのは過去の事よ」
壮絶なイジメに心をズタズタにされていたアネットを見た時は、どうなることかと心配していたが。
一晩泣いたらすっかり元通りになったらしい、相変わらずタフなやつだ。
「じゃあさロディ、暇なら道具屋の手伝いして!」
「え?なんで?」
「今日ね、村の広場で聖夜祭の飾りつけをするんだけど。リース作りは人手が足んないのよ」
「……あ、そっか。クリスマスリースってアネットのお店で売るんだ」
「そ、だから手伝って!」
アネットはそう言うとロディの手を引いて駆け出す。
そして2人は道具屋にたどり着くと、店先には大量の飾りが並んでいた。
リースやツリー用のオーナメントから星やベルなどの小物類まで様々だ。
レオノーレは目で出来栄えをみることが出来ない。
なのでリースをそっと撫でて感触を確かめていく。
「いい仕事です」
「ありがとう!もう……メイドをクビになった娘へ、帰って早々リースを編めなんて。
厳しいんだか優しいんだか」
アネットはディノスが元々嫌いだった。
ラピアに行ってお城のメイドになったのも。
勇者の故郷以外取り立てて言うところがない田舎だったからだ。
だが今は違う、すっかり元気を取り戻しているがお城へは戻りたくない。
あの悪魔のような笑い声と不条理な仕打ちの日々を思い出してしまうから。
「アネット、姫様のイジメっていつからひどくなったの?」
「あー確かね、リアナ様のお部屋の掃除した時……いつも姫様って鏡に布掛けてるなって」
アネットはある日-先輩メイドが体調不良で休んだ代理にリアナの部屋を掃除した。
ベッドの下まで綺麗に拭いてシーツも整え、帰ろうとした時ふと鏡へ目が向いた。
いつも布で隠された鏡、だがその日は布がずり落ち鏡面があらわになっていた。
せっかくだし鏡も拭こうかと覗き込んだときだ。
鏡の向こうには、黒い中性的な魔族-プルトが映っていた。
「ま、魔族……!?」
「誰?お前」
プルトの静かながらも怒りに満ちた声が響く、アネットは恐怖で動けなくなった。
「あ、あ……」
「なんだ人間か」
プルトは興味を失ったように覗き込むのを止め、そのまま消えてしまった。
アネットは慌てて布を戻し、鏡の布も元通り掛け直すと一目散に逃げだした。
だがその日からリアナのいじめが始まったのだ。
鏡を通しプルトとおしゃべりしている事を見られたからだ。
そして彼女はアネットを目の敵にするようになった。