アルルカン編・1章-勇者の門出 - 2/5

「ロディ俺あした城行くよ、もしかしたら間違ったかもしれないだろ?」
「うん、それが確実だと思うよ!」
食卓を囲みながらガイウスはロディにそう告げる。
絶対なにかのミスだと、そう思いながら。
ガイウスは天涯孤独なのだ。
彼をロディの両親が引き取って育ててくれた。
だから血縁こそないが、ガイウスと彼は本当の兄弟といっていいほどの絆で結ばれている。

その夜、ディノス村の外れにあるアルドレッド家。
木造の家の一室、鏡台の前にガイウスは不機嫌そうに腰を下ろしていた。
「ガイウスちゃん、王様へ会いに行くのよ? その髪、どうにかしなきゃダメよ」
義母-アルドレッド婦人が、手に鋏を持ちながら眉をひそめる。
「あー……まあ、そうだよな。ずっと伸ばしっぱなしだったし」
ガイウスは猫背のまま、赤い前髪を指先でつまみ上げる。
長く伸びすぎた髪が目元を完全に覆っており、顔が半分影に沈んでいた。
「まずは、目が見えるようにしなきゃね。王様にそんな顔で会ったら、首が飛ぶわよ?」
婦人が軽口を叩きつつ、前髪を少しずつ切り揃える。
刃が動くたび、床に赤い髪が落ちる。

鋏の音だけが部屋に響く。
ひと束ずつ、床に落ちていく赤い髪。
切り揃えられた前髪が、じわじわとガイウスの顔を露わにしていくたび。
その空気が、あからさまに変わるのがわかった。

いままで「陰」だった青年の輪郭が、光の中でみるみる洗い出されていく。
目元が覗くにつれて、どこかの王子か貴族の子息を思わせる“気品”が現れる。
田舎の厄介者と笑われていたはずの顔が、いつの間にか大人びた威厳すら纏っていく。
けれどガイウス自身は、その顔をまじまじと鏡越しに見つめながら、小さくため息をつく。

「……俺、こんな顔だったんだな」
鏡の中に現れた“虹色の瞳”を、どこか他人事みたいに睨む。
それは誰が見ても、ただの田舎青年の顔じゃなかった。
だけど——ガイウス自身は、その新しい顔を「好き」にはなれなかった。
どれだけ美しくても、その瞳がどれだけ綺麗でも。
それが彼の孤独の理由であることを、誰よりも知っているから。
(……ま、すぐ元に戻せるし)
切り残した前髪をピンでまとめてもらうと、虹色の瞳は半分だけ露わになった。
まるで、世界に半歩だけ顔を出すことを許された“選ばれし者”の仮面みたいに——。
その瞳は虹色が広がる、異様な輝きを放っている。

「……やっぱり綺麗な目ね。怖がる人のほうが多いけど、あたしはそう思わないわ」
「母さん……やっぱ、恥ずかしいな」
ガイウスは視線を逸らし、鏡を睨むようにして言った。
「ちょっとだけ切って……余った部分を上げる、みたいにできない?」
いきなり全部出すのは恥ずかしい、という彼なりの妥協案だ。
前髪の一部を上げることで、いつでも片メカクレに戻すことが出来るというわけである。
「ええ、任せてちょうだい」
婦人は手際よく櫛を通し、片側の前髪をピンでまとめて上げた。
その動きの“副産物”として、天頂からぴょこんと二本の毛が立ち上がる。

「……あれ? なんか飛び出してるけど」
「それが“アホ毛”ってやつよ。気にしない、むしろ可愛いわ」
「……いや、俺二十歳だぞ? 可愛いとかやめてくれよ」
ガイウスは渋い顔で、ぴょこんと揺れる二本の毛を指で押さえるが、結局戻ってしまった。
鏡の中には、虹の瞳を覗かせた青年が立っている。
整えられた赤いシャギーヘアと、場違いなほど目立つ二本のアホ毛。
これが、翌日“勇者”として王の前に立つ彼の、新たな姿だった。

「ところで他の勇者様ってどんな人なんだろうね?」
「さぁな……きっとすげぇデブかブスな女だろうな。逆夜這いしてファックしてぇ」
「まずそのえっぐい下ネタやめたら多分モテるよ、イケメンだし」
「この目でか?お前くらいだぜ~、この目を褒めてくれるのは」
ガイウスは自虐の笑みを浮かべながら自分の目元を撫でる。
彼の瞳は非常に特徴的で、ディノスはおろかおそらく。
国全体で見ても見られないほど特徴的、もとい異形だった。
虹色なのだ、いくつもの色が混ざっている。
故に彼は村人からは恐れられ、子供からも忌避されていた。
だがロディだけは違った、彼だけは初対面で「きれいだね!」と言ってくれたのである。
そしてそれは今も変わっていないようだ、本当にいい子である。

「あぁ~まあ、ほんとに勇者様とわかりゃ掌ひっくり返るぜ?虹の勇者様なんてな~」
口調は前向きだが表情は鬱々、どうやら全然納得していないようだ。
ロディはというと性格に少し……いやかなり難のある兄貴分が勇者になったのが嬉しいのか。
ため息が止まらないガイウスに対し「まぁ、兄ちゃんなら大丈夫でしょ。じゃ寝るね」
とあっさり切り返し自室に戻っていった。
(ったく、少しは心配しろよな~)
などと愚痴をこぼしつつも満更でもない笑みを浮かべているあたりが彼らしかった。

翌朝九時、ディノス村の正門前。
王都から派遣された二頭立ての馬車が、砂煙を上げてやってきた。
銀鎧の騎士が御者台から飛び降り、村人たちをかき分けて広場へと進む。
「ガイウス・アルドレッド! 出てこい、迎えだ!」
騎士の声が響いた直後、家の扉が軋む音を立てて開いた。
そこから現れたのは、昨日までの“猫背の厄介者”とは別人のような姿だった。
赤い髪は軽く整えられ、両目を覗かせたシャギーヘア。
虹色の瞳が光を受けて淡く輝き、頭頂からは二本のアホ毛がぴょこんと跳ねている。
普段着も、義母が丁寧に繕った黒の上着とブーツで整えられ。
見た目だけは一人前の青年に仕上がっていた。

その姿に、村娘たちが一斉にざわめく。
「え……あの引きこもり、イケメンだったの……?」
「虹の瞳って、近くで見ると綺麗じゃない?」
「なんか……勇者っぽい?」
昨日まで陰口を叩いていた声が、手のひらを返したように浮つきはじめる。
一方で、村の年寄りたちは腕を組み、渋い顔で吐き捨てるように言った。

「顔が良かろうと性根は変わらん。アルキード王国も、いよいよ終わりだな……」
「そうだ。あれが勇者だなんて、神も人手不足よ」
ガイウスはその声を完全に無視し、肩をすくめながら馬車へ歩み寄った。
「……ったく、これから何人に頭下げりゃいいんだか」
昨日と変わらず、やる気のない声音。
「文句は道中で聞く。さっさと乗れ」
銀鎧の騎士が短く促す。
ガイウスは荷物を放り込み、無造作に荷台へ乗り込んだ。
ロディが駆け寄り、馬車の扉に手をかける兄貴分を見上げる。

「兄ちゃん……本当に勇者になっちゃったんだな」
「なったっていうか……押し付けられた、っていうかだな」
ガイウスは片目を細め、苦笑いともつかない顔を見せる。
「ま、すぐクビになるかもしれねぇし。そうなったら、また家で昼寝でもしてるさ」
軽口を残し、ガイウスは馬車へと乗り込んだ。
蹄の音が、乾いた街道に響く。
村人たちの視線とざわめきを背に、馬車は王都アルキードへと走り出した。

「兄ちゃん……大丈夫かなぁ」
今生の別れではないとはいえ、やはり心細く感じるのだろう。
窓から覗く空は晴れ渡っており、旅立ちにはいい天気なのだが……。
(大丈夫、兄ちゃんなら絶対上手くやれるよ)
そんな兄の心を気遣ってかロディは笑顔で勇者を見送ると家に戻った。