アルルカン編・1章-勇者の門出 - 4/5

ガイウスの歴代類を見ない無気力さに王族を気を揉んだのか。
勇者様の初仕事はお使いだった。
「では勇者様……まずはこのアルキード王国の現状をご理解ください」
「あぁ……」
(なんかもう帰りたい)
城を出て城下町に繰り出すなり、ガイウスはいきなり出鼻を挫いてきた。
いや、まぁ確かに国として機能はしているし民も笑顔だが……。
活気がない。もっと言うと街の人々の目は死んでいた、まるでゾンビのような瞳である。

「国としての規模は、さほど大きくはありませんが……。
アルキード王国には魔王軍の侵攻を防ぐ術がないのです」
「はぁ……」
「そこで我らは勇者様におすがりするしかありませんでした。どうかこの国をお救いください!」
(だから俺は勇者なんてやりたくないんだよぉ!)
だがそんな内心など露知らず、リアナの熱の入った演説は止まらない。
「勇者様が剣を取ってくれれば、我らも全力で支援致します!」
「だから俺は……はぁ……」
もう何度目になるかわからないため息。もうこの時点で彼にやる気はなかった。

「具体的にはどんなサポートを?」
だが一応話は聞くことにした、ぶっちゃけると早く終わらせたいのである。
リアナはそれにさっきまでの明朗な顔が曇ってしまう。
不機嫌で……というより申し訳なさそうに。
「私どもも勇者が旅立つたび支援してきました。
しかし…魔王の腹心、六将に皆倒され……誰一人と」
「……俺に死んでこいと」
「い、いえ!もう勇者様に託せるものは……この、アストラ・コンパス位で」
リアナがあまりに申し訳なさそうなので、怒る気力すら湧いてこない。
彼女の手の中で、深い緑の盤面がひっそりと光る。
それは、王家の宝物庫から持ち出されたばかりの“星をかたどった不思議なコンパス”だった。

ガイウスは訝しげにそのコンパスを覗き込む。
8つの鋭い角を持つ星が中央に刻まれ、盤面の縁には見慣れぬルーン文字がぐるりと巡っている。
角度によって金の針が淡く光り、何か特別な力が秘められていることだけは直感できた。
リアナは静かに語り始める。
「このコンパスは――ザイ陛下が私物としていた“真実”を指す神器とされています」
“真実”。その言葉に、ガイウスは眉をひそめる。
「真実?」
リアナは、コンパスの針をそっと指で撫でながら首を傾げた。
「曰く。深月城とはそこに在りながらない。
虚の城、故にこのコンパスが指す方を進まねば永遠にたどり着けぬ、と」
まるで謎かけのような言葉だった。
ガイウスは目をしばたたかせる。

「……うーん、何言ってんのかわからねぇ」
リアナは、わずかに肩をすくめて小さく笑った。
「……私もです。全貌は伝わっていません。ただ、アルキード王国の国宝。
代々の勇者にのみ授けられる“道標”だとだけ」
コンパスの針は、静かに“東”を指し続けていた。
王家に伝わるその奇妙な宝具だけが。
“どこにもない城”――幻の目的地を見つける唯一の鍵だという。
ガイウスは、何度目か分からないため息をつきながらも。
無意識にそのコンパスを握りしめていた。

盤面に刻まれた“8つの角”。
それは王家の誰もが読み解けぬ、異界の記号だった。
けれど、星の意味を知る者は誰一人もいなかった。

託されたコンパスはまっすぐ東……大陸を指していた。
アルキード王国は島国、大陸と少し離れているのだ。
不便だが同時に他国の侵攻から守ってくれる自然の要害とも言える。

「安心しな、俺は魔王軍の狙いは俺だろ?お姫様」
「で、では!」
「あぁやるよ……だからもうそんな顔すんな」
「はい!ありがとうございます!」
(ったく……調子狂うぜ)
玉座の間は妙な緊張感に包まれていた。
“勇者服”が授けられるというので、正直もう少し仰々しい儀式を想像していた。
側近たちがよいしょ、よいしょと運んできたのは王族の紋章が煌めく。
まさに「ザ・勇者服」といった派手な鎧。
だが、いざ袖を通してみると……。
肩も袖もピチピチ、腕が途中で止まった。

「……きつい……」
小声でぼやくと、リアナ王女が気まずそうな顔で父王に耳打ちする。
「お父様、今代の勇者様はその……大柄なようです」
「なに……っ!?」
国王の顔がサッと青ざめる。
「アレを出しましょう」
「アレか!?リアナよ、アレを着せた勇者が負ければいよいよアルキードは終わりだぞ!!」
「しかし、最早勇者服と言えばアレしか……。用意を」
家臣たちが神妙な面持ちで、城の奥から厳重に梱包された木箱を運んでくる。
玉座の間の空気が一段と重くなる。
(なんだこの、伝説の神器でも出すみたいな雰囲気……)
王女の手によって箱が慎重に開かれる。その中から取り出されたのは。
ブラウンの軍服風コート、グレーのズボン、色褪せたマント。

ガイウスは一瞬、言葉を失った。
正直、もっと金ピカとか、勇者っぽい装飾がドカ盛りの鎧を想像していたのだ。
だが、目の前の服はどう見ても質実剛健。
飾り気もなく、どちらかといえば町の衛兵の服の方がまだ派手なくらいだ。
「……意外と、装飾少ないな……」
口に出した途端、場の空気が凍りつく。

国王が重々しく口を開いた。
「我ら王族は初代国王ザイ・アルキード陛下より始まった。
しかし、ザイ陛下には弟君がおられたのだ……名をテラ・アルキード」
「へっ……? アルキード建国者の、弟……?」
突然、側近たちの顔つきが変わる。
誰もが“真打登場”と言わんばかりの神妙な面持ちでガイウスを見ていた。

「……これ、ほんとに“伝説の勇者服”なのか?」
国王が頷く。
「世の目は、しばしば“地味さ”を弱さと誤解する」
「しかし、本物の英雄は黙々と民のために戦うものなのだ」
リアナは、満面の笑みを浮かべて言った。
「アルキード王国の“本当の勇者”は、見栄えではなく――“耐える強さ”で伝説になるのです」
玉座の間、伝説のコートに袖を通したガイウス。
一見ただのブラウンコートにしか見えないその服には。
「王国の始まり」そのものが刻まれていた。

実はこの勇者服、レプリカでも、再現品でもない。
1000年前、初代国王ザイの弟・テラが実際に着ていた“本物”だった。
かつては、ブルーのコートと白ズボン。
テラが着こなし、英雄として戦場を駆け抜けた伝説の勇者服。
だが、時の流れはあまりに残酷だった。
1000年の歳月で、青はすっかり褪せ、白も黄ばんだ。
王家は悩み抜いた末、この服に「新たな時代の色」を与える決断をする。
赤系の染料で染め直し、再び命を吹き込んだのだ。

だから今この瞬間、ガイウスが袖を通すその服は、
「本物の勇者」の証であり、「時代を超えて受け継がれた英雄の鎧」。
地味どころか“現物”だった。

ガイウスは、妙にしっくりと馴染むその生地に、無意識に手を添える。
たしかに“誰かの記憶”が、体温ごと肌に残っている気がした。

リアナ王女は、眩しいほどの誇りを込めて告げる。

「それは、テラ様が王国のために戦った証——
そして今、貴方がこの時代の勇者になる証です」
(……まぁ、悪くないかもな)
ガイウスはふっと眉を上げ、内心でつぶやく。
地味な色でも、輝きは伝説そのもの。
王城の空気が、一瞬で“英雄の再臨”へと塗り替えられていた。

その後、城下町を一通り見て回り部屋へ戻ったのが夕方頃。
リアナは門まで見送ってくれた。
そして今、宿屋で勇者としての初仕事について考えている。
(とりあえず剣は貰えた、このコンパスであと3人を探せ……か)
コンパスを手の中で軽く揺らす、針は相変わらず東を指し続けていた。
王様に聞いた、この針は勇者に覚醒するものの魂を探知する。
そして、この針の指す先に勇者が現れるのだ。

(それと……)
支給品である袋から地図を取り出し広げる。
島国なのだから当然海を越えねば東には行けない。
幸い港はあるので、明日にでも船に乗り込むべきだろう。
「なんで俺にこんなこと……」
文句も言いたくなるが運命なのだから受け入れるしかない。
どんな理不尽でも……どんな使命も。
「はぁ……」
何度目かわからないため息をこぼし、彼はベッドに身を委ねるのだった。