ガイウスが勇者に選ばれアルキード王国を出て、早3日。
帝国領の光といっていい最大の享楽都市。
そこでは早速新しものに目がない貴族達。とくに令嬢達が話に花を咲かせていた。
「アルキード王国から勇者様が旅立たれたそうですわよ」
「まあ!もう新たな勇者様が、ということは以前の勇者様は魔族のお腹の中でしょうか」
「やれやれ……あれでは魔族に餌やりしているようなもの。
所詮アルキード王族は無能の集まりでございましたわね」
令嬢達の噂話の中心は言わずもがな新任の勇者・ガイウスのことであった。
そして前の勇者は半年も持たなかったという苦い記録を批難するもの。
令嬢の一人が口休めにパンを食べようとした時。
「あっ!」
「あらあら、食べる時は扇子で隠さないと。ネズミは貪欲なものでしてよ?」
「ふ、ふん!ノブリス・オブリージュと言うやつですわっ」
建物の陰から覗いていた陰に目にも留まらぬ速度でパンを引っ手繰られ。
悔し紛れに扇子で口元を隠しながら吐き捨てる令嬢。
そして奪ったパンを齧り、そのまま逃走してしまった少年を睨みながら毒を吐く。
「ネズミ風情が……領主さまもあんな穢らしい生き物を何故残しているのですか」
同じ人間としてすら見ない冷徹な言葉。
だがそれを咎める者などいない、いたとしてもそれが「暗黙の了解」というやつである。
貴族にとって民とは税であり消費される道具にすぎないのだ。
当然蔑もうが、何をしようが問題はない。
なぜならばこの国は帝国領……皇帝陛下の直轄だからだ。
そして令嬢からパンを盗んだ少年も、彼女たちの声が聞こえてはいたが。
「……ケッ、言ってな」
憐憫は不要と言わんばかりに鼻を鳴らすと。
残りを口に押し込んで木登りの要領でパイプを掴むと教会の尖塔へ飛び移っていく。
帝都中央教会。この国で最も信仰を集める場所である。
そしてアルルカンで最も夕日が美しく見える屋根でもあった。
教会は嫌いだが、それはそれとし少年-サタヌスは尖塔から見下ろす町並みを眺めることにした。
ここなら誰にも邪魔されず、考え事に浸れるのだから。
(勇者様ねぇ……)
サタヌスに親はいない、いや。居たかもしれないが捨てられたので知りようがない。
アルルカンは魔王軍に襲撃された、結果から言えば撃退はできたが。
魔王軍兵士たちは腹いせに貧民街を襲撃し略奪や性的暴行を行った。
孕まされた半魔人のほとんどは生まれた時点で間引かれたが。
その中に偶然スラムを牛耳るボスに拾われ、生き長らえた子供が居た。
それがサタヌスだ。彼が純正な人間でないと物語るように、瞳には同心円状の虹彩がある。
「何が勇者様だっつーの。ただの偽善者じゃねえか」
そう呟くと手に持っていた紙袋を開ける。中身は先ほど盗ったばかりの食べかけのパンだ。
そろそろ夕焼けだ、今日はここまでだろう。
「さて、どうすっかな……」
パンを食べ終わると今度は仰向けに寝転がる、空はもう赤く色づいている。
正直なところサタヌスは最近まではここに来たりしなかった、居心地が悪いのだ。
急にスラムの廃教会に牧師がやってきて、そいつが友達を懐柔してしまったのである。
名はオーディス。友達はみんなあいつを信頼している。
だがサタヌスは半魔人ゆえ鼻がきくため、ヤツから何か違うものを感じ取っているのだ。
何かはまだわからないが「あの牧師」は信用できない。
なによりあの目はダメだ、時折奴はまるで虫でも見るかのような目をするのだ。
「それによぉ……」
サタヌスは尖塔から下の方を見下ろす。
そこには一人の少女が倒れていた、恐らく盗みを失敗し痛めつけられたのだろう。
体のあちこちに痣があった、身なりはボロボロで髪もボサボサで服も汚れている。
だがそれでも生きようとしている。
証拠に拳は握ったままだし目だって諦めていない、生きる意思を失っていないのだ。
つまりはそういうことなのだ、弱者にも意地はあるということだ。
サタヌスは暫くぼんやり見下ろしていたが、腹を撫でる。
まだ少し入るが十分食った、それに施しの精神はあの貴族共よりはあるつもりだ。
尖塔を駆け下りると、ぐったりしている少女の傍までいく。
少女は怯えた目で彼を見るが、彼は構わず紙袋を握らせ去っていく。
少女は思わぬ行動に目を丸くするが。
中のパンが半分以上残っていることに気づくと、ゆっくりとパンを口にする。
そして泣きながら食べたのだった、ゆっくり噛みしめて、何度も礼を言いながら。
そんな少女を見送りながら、少年は空を見上げる。空は紫色に染まりつつあった。
「俺は、なんなんだろうな」
牧師の名はオーディス。
あの牧師-オーディスは人心掌握がうまい、まるで水がどんな器にも収まるように。
管理もろくにできていない廃教会に住み着いてスラムの子供たちに文字を教えている。
しかも孤児たちに読み書きを教えることで金稼ぎまで始めた、本当に抜け目のない男だ。
あれは獲物を見つけた蛇の目だ、なにか悪いことを考えてやがる。
そういうときほどあいつは笑顔になるのだ。
「おや?どうしたんですか、そんな顔をして」
「なんでもねぇよ」
顔に出てしまっていたのか、牧師が俺の顔を覗き込んでくる。
正直こいつのことが苦手だ。よく見るとなんだか違和感があるように感じてくる。
胡散臭い人間と言うより、人間ではないものが擬態してるような不気味さを感じるのだ。
「サタヌス君も自分の名前を書けるようになりたいでしょう?」
「お前は信用できない」
「私は私なりに努力しているのですがねぇ……でもほかの子はみんな学びましたよ?向こうのお部屋で」
「向こうの部屋には何があるんだい?」
「それは入ればわかります」
そして今日も決まってこのやり取り、オーディスは一対一で教えたほうがいいと決まって。
子供たちを向こうの開かずの部屋に押し込んでしまう、まあ。
向こうで何が行われているかは大体想像がつくが。
だって見たのだ、友達の一人が帰ってきたとき。
ゲロ吐いた日の翌日にあんな幸せそうな顔してたのは初めて見たからな。
あの先には余程幸せになる方法があるんだろう。
「そういえばサタヌス君は半魔人ですよねぇ。
その怪力に身のこなし……サーカス団に入ればいい値で売れますよ」
「興味ねえよ!」
「そうですかぁ、それは残念。気が変わりましたら是非どうぞ」
サタヌスが怒るとオーディスはいつもこうだ、気持ち悪いくらいニヤニヤ笑っている。
そしてサタヌスが怒って出ていくまでがお約束。廃教会にはもとの静かな時間が戻り。
オーディスは彼の気配が完全に消えたのを見届けると-開かずの部屋へ入っていく。
そこには虚ろな目をした子供が椅子に座らされ、虚空を見つめており。
彼はさっきまでの若干の気持ち悪さはあるが、柔和だった。
表情から打って変わって、冷徹な表情を見せる。
「勇者はまだ見つけられませんか……目星はついていますが、まぁいいです。今日もお勉強しましょうね~」
「あ。あぁ、あ……あ」
「気持ちいでしょう?頭の中を書き換えられるのは、ふふふ」
シャンプーをするように子供の頭を撫でているが、よく見ると指が変化している。
スライムのように水色の半透明な触手になっており、耳の穴から入れ脳を直接弄っているのだ。
不快な感覚に子供は呻くが、オーディスは無視して話を続ける。
「このスラムに出ることまでは掴めました、しかしそこから先は不明です」
「ひぐ、うぅぅ……」
「なのであなたに頑張ってもらいます。いいですね?」
「はぃ……」
子供を椅子から下ろすと、今度は別の子供の前に立つ。
その子は痩せこけた少年で、手足は細く棒切れのようで、骨に皮がついているだけのようだ。
だが目だけはギラギラとしており、強い憎悪を感じさせる。
「あなたは賢い子ですからきっとやり遂げてくれると信じています、期待していますよ」
「……」
少年は何も言わずただ頷くだけだった。
オーディスはそんな彼の様子に満足したのか、ニコニコしながら部屋を出て行くのだった。
(勇者……)
少年は一人になると、心の中でそう呟く。
勇者を早く見つけなくては……そして殺さなくては、復讐するために。
そのためには手段を選ぶ気はない、例え悪魔と契約することになっても。