上層の高級レストラン「カリヨン」は。
外観からしてガイウスとサタヌスには場違いなほど豪華だった。
黄金色のシャンデリア、星型のステンドグラス。
慣れない絨毯の感触に、ガイウスは靴の裏が浮いて落ち着かない。
二人が席に案内されると、スーツ姿のウェイターが、スッ……と無表情で近寄ってきた。
まるで値踏みするように、下から上までゆっくりとガイウスとサタヌスを見ていく。
「本日はどのようなご注文を?」
ガイウスはメニュー表をめくった瞬間、思わず固まった。
書かれている料理の名も値段も、どれも見慣れない。
(……高ぇ!!なにこれ、ゼロ多すぎじゃね?)
サタヌスは一切表情を変えず、すぐにメニュー下部へと視線を移す。
「……メニュー下の方、“本日のデザート”だけ二桁だぞ」
ガイウスは目をこすりながら、希望の光を見つけるように呟いた。
「プリン……?“クラシック・カラメル・プリン”……コレでいいよな!?」
「それしかねぇな」
ガイウスは覚悟を決めて注文した。
「えーと、クラシック・カラメル・プリンを……2つ」
ウェイターは一瞬だけ目を細めて見下ろすと、微笑みを貼り付ける。
「かしこまりました。……お飲み物はいかがいたしますか?」
「水で」
「水で!!」
二人は声をそろえた。
店内の空気は妙に静かで、周囲の貴族たちがこちらを見て。
「下層の客がデザートだけ……?」とヒソヒソ話しているのが耳に届く。
やがて、銀のトレイに載せられてプリンがやってくる。
だが――目の前に出されたそれは。
親指ほどのサイズ、金箔がちょこんと乗った小さなプリン。
巨大なティーカップと銀皿の中で、あまりにミニマムすぎた。
「……これ、俺の知ってるプリンより小さい……」
ガイウスはどん底顔でスプーンを構える。
サタヌスは無表情で一口。
「これが“上層サイズ”か……」
華やかなカリヨンの空間の中。
ふたりの胃袋だけが、悲しく空っぽのままだった。
親指サイズのプリンを前に、ガイウスは完全に心を折られていた。
真顔でスプーンを構え、どん底の声で呟く。
「……ロディは、絶対勇者になんてさせねぇ……」
サタヌスはプリンを半分咥えながら、呆れ顔で振り返る。
「急にどうしたワンコ、お前」
ガイウスは泣きそうな目で、プリンを恨めしそうに見つめた。
「……こんな思い、弟に味あわせたくねぇだろ……。
プリンだけで飢えをしのぐ勇者なんて、兄として絶対許さねぇ……!」
サタヌスがスプーン片手に突っ込む。
「……いや、なんでプリンで覚悟決めてんだよ!?」
その瞬間、ガイウスの脳裏に実家——暖炉のそばでロディが。
“プディング”(茶色くてやたら重たい、超絶腹持ち仕様)
をバクバク食べてる光景がフラッシュバック!
(……あいつ、“デザート”って言いながらガチの主食食ってたよな……)
ガイウスは泣き笑いでスプーンを握り直す。
「ロディ……プディングはプリンじゃねぇ……でも今だけは、お前が羨ましい……!」
「こいつ、プリン食いながら何の過去背負ってんだよ……!」
貴族マダムたちは「下層ってやっぱ変な人が多いのね」とヒソヒソ。
ガイウスは今にも涙が落ちそうな目で続ける。
「これしか……選べなかった気持ちが、今なら分かる……」
ふと視線を感じ、そっと横を見ると、ウェイターが控えめな微笑みで去っていくところだった。
「プリンを泣きながら味わう勇者様……斬新ですね」
周囲の上流客たちがこちらを振り返ってクスクスと笑い。
ガイウスは心の中で叫ぶ。
(一生忘れねぇ、このちっこいプリンだけの日……)
テーブル越しにサタヌスが慰めるように小声で言う。
「明日絶対屋台で肉食おうな」
ガイウスはプリンの残りを飲み込んだ。
腹も、心も、やたら空っぽなまま。
“屈辱のカリヨン”――これが上層編の洗礼だった。
二人が去ったあと、高級レストラン「カリヨン」はいつもの静けさを取り戻していた。
その片隅、舞台帰りのヴィヌスが小さく息をつきながら、窓際の指定席に腰を下ろす。
カリヨンの特等席。
ヴィヌスは舞台帰りの私服のまま、ワイングラスを傾けていた。
(……また今日も、婚約破棄のイジワルな妹役、か)
ここ数ヶ月、与えられる役といえば。
「主人公令嬢の妹」「ヒロインを苛める悪女」「失恋して破滅する噂の女」
どれもこれも、現代でいうなら“婚約破棄されるイジワルなサブヒロイン”ばかり。
(何が“リアリティ”よ……ただの消耗品扱いじゃない)
演じ切る自信もある。美貌だって負けてない。
なのに――“あの子は脇役向き”と決めつけられ。
主役や報われる役は、どんなに努力しても回ってこない。
(……つまんない。やってられない)
フラストレーションはワインの苦味とともに溜まっていく。
けれど、それでも。
(私にはまだ、舞台と、居場所がある。
それだけは、何があっても手放さない)
ヴィヌスは静かに目を閉じた。
“悪役”でも“捨て駒”でも、今夜もこの席だけは、自分自身の“主役”でいられる。
そう日課のように、メニューをゆっくりとめくる。
「……ふぅ。今日はちょっとだけご褒美気分で……」
しばらくすると、すぐ近くのテーブルから貴族マダム二人のひそひそ声が耳に届いた。
「ご覧になって?さっき入ってきた下層の男二人――」
「えぇ、デザートのプリンだけ食べて、すぐ帰ったのよ。
おほほ、どういう育ち方したらあんな発想になるのかしら!」
ヴィヌスは苦笑いを浮かべ、聞こえないふりをしながら小声で独りごと。
「お貴族様ってほんと噂話が好きね……。
……まぁ、私も一度くらいプリンだけ食べて帰ってみたいけど。」
そう呟いて、パタンとメニューを閉じる。
「えぇと、今日も……ハンバーグセットでいいか。
やっぱりこの店の“普通の味”が一番落ち着くわ」
窓の外、遠くに見える衛星都市の灯を眺めながら。
ヴィヌスは少しだけ肩の力を抜いて、静かな夜を味わうのだった。
一方、カリヨンを出て、冷たい夜風の中を歩くガイウスとサタヌス。
サタヌスがふと思いついたように言う。
「なぁワンコ、今更過ぎるんだが」
「ん?」
「勇者様のご視察て言えばタダ飯いけたんじゃね俺等」
「今言うなバカ猿、むなしい!」
二人は力なく笑い合い、ネオンの街を歩く。
ガイウスは無意識に、そっと手の甲の聖痕に触れていた。
(次は絶対……絶対シアターには入る。勇者のくせにプリンだけって、もう二度と味わうか!)
決意だけが、彼の腹をわずかに満たしてくれた。