ラ・ポーズの静かな夜、三人の前には空になったポンチキの皿とカフェオレのカップ。
ヴィヌスがふと、真顔で切り出した。
「ところで男衆、魔王を倒すって息巻いてるけど。
魔王軍に誰が所属してるかわからないんじゃない?」
図星を突かれ、ガイウスもサタヌスも、同じタイミングでカフェオレをゴクリと飲み干す。
ヴィヌスは「わかりやすいなこいつら……」という顔で。
楽屋で時間つぶしに読んでいる舞台雑誌を取り出した。
「ちょうど今月号にユピテルってやつの写真が掲載されてね。
それがイケメンだってお貴族の間で大騒ぎなのよ。見なさい」
ヴィヌスが開いた雑誌のグラビアページには。
金髪の青年――他の将軍たちとは明らかに違う、線の細い少年のような男が写っていた。
長いマントをなびかせながらも、足元は半ズボン。
大きめの旗――逆さ五芒星の中心に目が描かれた不吉な旗――を、勝ち誇るように掲げている。
サタヌスは一瞬絶句し、思わず声を漏らす。
「なんだこの、魔王ごっこしてるチビ……これが魔王軍筆頭?」
写真の中のユピテルは、子どもっぽい悪戯顔で不敵に笑い。
周囲の誰よりも体が小さいのに、どこか“全てを支配している”空気をまとっている。
ヴィヌスは冷静に、しかし低く言い聞かせる。
「油断はだめよ。前もこの男にデリン帝国騎士団が――ほぼ一人で壊滅させられたらしいわ」
ガイウスは雑誌のページを睨みながら絶句する。
「帝国騎士団が……」
その小さな体と、勝ち誇る表情。
背後には、不気味な旗が夜のアルルカンを見下ろしていた。
—–
帝国騎士団の前線に、ひょっこり割り込んできた「少年」。
半袖白シャツに黒ネクタイ、短パン、お坊ちゃま然とした出で立ち。
なのに肩からマントだけは豪快に羽織り、腰には異国の刀。
「はいは~い、ベレー君たち。通るよ通るよ~」
騎士団の面々がざわめく。
「……子供じゃないか?」
「見ろよ、あのチビ――短パン……」
当のユピテルは気にもせず、にこやかに歩を進める。
「くわばらくわばら~~……景気どう?騎士殿」
最前列の騎士が、動揺しながら剣を握る。
「こ、子供……?」
ユピテルは満面の笑みで、人差し指をピンと立てて言い返す。
「子供じゃないのぉ!ユピテルさンこれでも大人だよ!チビなだけだから!」
そのやり取りを見ていた奥の一般兵――ブラックベレー―が小声でぼやく。
「……ユピテル様……子供と間違われたくないなら半ズボンをやめるべきであります」
そして次の瞬間ーー“魔王ごっこ”と思い込んだ騎士団は、目にも留まらぬ抜刀と。
雷撃の奔流に呑まれるのであった。
—-
ガイウスはヴィヌスから雑誌を受け取り。
そこに載っていたユピテル・ケラヴノスの特集記事をゆっくりと読み上げる。
「ユピテル・ケラヴノス――亡国・丙(ひのえ)で鍛えたという、特殊な剣、“刀”の名手。
その居合は神速に達し、ひとたび腕を振るえば雷を呼ぶ……。
デリン帝国騎士団との戦いでは、単騎で一個中隊を壊滅させた記録も残る――」
ページの端には、炎と雷の渦の中で抜刀するユピテルの姿が印刷されている。
ガイウスはごくりと喉を鳴らし、続ける。
「なんかすげぇ……まるで雷様じゃねぇか」
記事には、彼の戦場での目撃談や「白昼に落ちる雷撃」「光る刀」といった数々の証言が並んでいた。
そのとき、サタヌスがふと表情を強張らせる。
「――なぁガイウス、今思い出したけどよ」
「ん?」
「オーディスの法衣にも、あの逆さ五芒星のマーク、あったぞ……!
あいつ、魔王軍の人間かもしれねぇ」
ヴィヌスも静かに雑誌を閉じ、ついに点と点が線でつながったことを三人で実感する。
温かいドーナツと静かなカフェの灯の下で。
世界の裏側の不穏な影が、ゆっくりと浮かび上がっていった。
夜風がやわらかく吹くアルルの広場。
la pauseで温かい食事と笑顔を分け合った三人は。
店を出て、夕暮れの街に並んで歩いていた。
「マスター、ごちそうさま。お勘定」
ヴィヌスが会計を済ませると、ガイウスがレシートを見て目を丸くする。
「マジだ……めっちゃ安い。俺たちが上層で食べたものは一体……」
サタヌスも肩をすくめて。
「まぁ毎日2000も3000もするやつ、食えねぇわな」
日が沈み、広場の小さな街灯に明かりが灯るころ。
ヴィヌスはガイウスとサタヌスの顔を見回し、静かに問う。
「で、本題は?」
ガイウスが、真剣な表情で切り出した。
「オーディスは、魔王軍だ。
あいつらに“この街の人間はどこからどこまで”なんて区別、絶対ついてない。」
サタヌスは、いつの間にか屋根の上にのぼっていたが。
音もなく飛び降りて加わる。
「しかも、奴が町長や教会のトップに成り代わったら……。
この街、“治安維持”って名目で燃やされるぞ。人間の都合なんか関係ねぇ。」
ヴィヌスは一瞬だけ顔を曇らせ、目を引き締めて言い切る。
「……それ、本気でまずいわね。
これまでは貴族と貧民の問題だったけど……。
今度は“この街で生きてる全員”の話になってるじゃない。」
夜の広場に、静かな緊張感が漂う。
アルルの穏やかな暮らしが、確かに揺らぎはじめていた。
アルルの広場。
夕闇の中、ヴィヌスとサタヌス、そして通りがかりの町の人々が集まりはじめていた。
「……あの人たち、勇者って本当なの?」
「噂は聞いたけど、教会の子たちが……」
人々の不安と期待が入り混じるなか、ガイウスはゆっくりと人々の前に歩み出る。
手の甲に、静かに“聖痕”が浮かび上がる。
ヴィヌスがそれを見て、少しだけ表情を崩す。
舞台で幾度も“偽物”を演じてきた彼女にも、それが“本物”であることは分かった。
サタヌスが黙ってうなずく。
「こいつが勇者だ」と心で認める仕草。
見守る住民たち。
老いた店主、ポンチキを持ったままの子ども、誰もが息を呑んでガイウスを見る。
ガイウスは、やや緊張気味に、けれど真っ直ぐな声で言葉を発した。
「……俺は勇者だ。
でも、俺ひとりで魔王軍と戦えるほど強いわけじゃない。
ここで生きてるみんなが、俺にとっての“守る理由”だ。
……この街を、みんなで守ろう」
その瞬間――手の甲の聖痕が、ひときわ眩い光を放つ。
アルルの町の夜に、新しい“勇者伝説”が静かに、しかし確かに刻まれる。
ヴィヌスもサタヌスも、何かを託すようなまなざしでガイウスに視線を送る。
どこかで誰かが、ぽつりと呟いた。
「……勇者様が、アルルにいるんだって」
温かなざわめきが広場を包み、本物の勇者は、ついにこの街で生まれたのだった。
勇者確定のざわめきがまだ残る広場で、サタヌスがふと思い出したように言った。
「そういやあんた、ネズミ親分から聞いたけど雷得意ってマジ?」
ヴィヌスはにやりと微笑み、髪を耳にかける。
「得意よ?なんならオーゼにいたときから使えたわ」
サタヌスがガイウスを小突く。
「おいワンコ!ほら、あのアストラ何とかを出せよ」
「アストラ・コンパスな!名前覚えろっての!」
ぶつぶつ言いながら、ガイウスは懐から“アストラ・コンパス”を取り出す。
盤面の中央には星の紋様、針は静かに動き、ヴィヌスの方をピタリと指して止まった。
「……お、惜しい……惜しいコンパス……!魔法使いなとこは合ってるけど……!」
ヴィヌスは肩をすくめ、わざと悪戯っぽく笑う。
「本当に“惜しい”のかしらね。少なくとも、誰かさんよりは“勇者パーティ”っぽいでしょ?」
サタヌスも吹き出して。
「こりゃ決まりだな。うちの魔法担当はヴィヌスで決まり!」
アストラ・コンパスの針は、確かに“仲間”を示していた。
アルルの夜、勇者パーティが、静かに始動した――。