アルルカン編-5章・歓楽都市の光と影 - 4/4

オーディスが雷撃に焼かれたあと、床に残ったのは黒く濁った“水溜り”だけだった。
そして、その直後――。
教会の奥に並んでいたスラムキッズたちが、次々とその場に崩れ落ちた。
サタヌスは青ざめて駆け寄り、一人一人の肩を揺すりながら声をかける。
「大丈夫か!?……おい、返事しろって!」
ガイウスも慌ててキッズたちを抱き起こし、息を確かめる。
ほとんどの子どもは、意識はあるが茫然自失――何も答えず、ただ天井を見つめている。
「今まで操ってた糸が、急に切れたようなもんだ。
すぐ正気にはもどんねぇよ……」
サタヌスは悔しそうに唇を噛み、「……だよな。後遺症やばそうだし」と小さく呟いた。
その横で、ヴィヌスは静かにヒールのまま。
オーディスだった“水溜り”を無慈悲に踏みつける。

「で、どうするの? 貴方たち」
誰にも言い訳しない冷たい目で、ガイウスとサタヌスを振り返った。
「これで終わりじゃないわよ。絶対に」
ヴィヌスの視線は、教会の外、観覧車の明かりがぼんやりと揺れる夜空へ向けられている。
――まるでこの先に“さらなる嵐”が待っていることを、静かに予感していた。

キッズたちはしばらく放心し。
“糸の切れた操り人形”のように自分の手や顔をぼんやりと眺めている。
サタヌスは全員に何度も「もう大丈夫だ」と優しく声をかけ。
ガイウスはその姿を見ながら。
「これが勇者の現実か……」と、思いの重さに肩を落とした。

唯一、ヴィヌスだけが――この物語がまだ終わらないこと。
自分たちに与えられた“次の役”が待っていることを、誰よりも強く知っていた。
静かな夜、終わりなき戦いの幕間。
勇者PTは傷つきながらも、再び歩き出すしかなかった――。

教会の静寂の中、サタヌスはぐったりと倒れたキッズたち。
特にクロッカとリコイルに駆け寄った。
「リコイル!クロッカ!……だめだ、反応しねぇ」
クロッカは目を閉じたまま微動だにせず、リコイルは完全に放心し、何も答えない。
ヴィヌスが膝をつき、子どもたちの額に手を当てて確かめる。
「ひとまず、この子たちは全員ノワール区の闇医者に診せましょう。
趣味で医者やってる連中よ、腕だけはいいでしょ」

サタヌスは涙を堪えながら。
「……ああ……古今東西、闇医者は信頼できる。BJからの伝統だ」と。
そう冗談めかして言うが、その声はどこか震えていた。
勇者PTは手分けして、キッズたちを一人ずつ背負い。
あるいは優しく抱え上げていく。

その横で、ガイウスは静かにポケットからアストラ・コンパスを取り出す。
針は、北東――メキアの方角をまっすぐに指していた。

「なぁ、俺についてくるか?
……コンパスが、メキアの方を指してる」
ヴィヌスとサタヌスは一瞬顔を見合わせ、無言で深くうなずいた。
「まずはこいつらが回復してからな」
サタヌスは肩越しにリコイルを背負い直す。
「当然よ。旅立ちは“やることやってから”」
ヴィヌスが、クロッカの手を優しく握りながら言った。
闇夜の中、三人と十数人の子どもたちがゆっくりと歩き出す。
それぞれの肩には、“救った命”と“これから背負う運命”の重みが、しっかりと乗っていた。

スラムの路地裏――明かりもまばらな古い診療所のドアが、ドンッと勢いよく開かれる。
サタヌスが息せき切って「デネブ先生!」と駆け込むと。
奥のカウンターの影から白衣の男がゆっくり現れた。

その白衣は、くたびれて汚れもひどい。
左袖のあたりには“逆五芒星に目”――あの魔王軍の不気味なマーク。
どう見ても普通の医者じゃない。
デネブは、全身脱力系の笑顔で。
「はぁ~い……サタヌス君、なんですか?」と気だるげに挨拶。
ガイウスは思わずサタヌスに耳打ちする。

「なぁ、こいつ……」
「魔王軍でホワイトベレー(軍医)やってたと噂だが、腕はガチだ」
サタヌスは妙な安心感で即答した。
「こいつら、オーディスに洗脳されてたんだ。とにかく診てやってくれ!」
デネブは興味深げにクロッカやリコイルの顔を覗き込む。
そして口元をニヤッと歪めた。

「あぁー……これは、うん、脳にスライムが入ってますね。
わかります、好きなんですよこういうの」
そして、まるで雑談のようなテンションで言い切った。
「……じゃ、頭切り開かなきゃダメだなこれ」
既に手にはメス。
ガイウス&ヴィヌスは、無意識に一歩後ずさる。
「…テンション高っ…!」
サタヌスは、逆にホッとしたように笑う。
「ほらな?こういう医者が一番信用できんだよ」
診療所の薄暗い灯りの下――ヤバすぎる闇医者デネブ先生。
でも絶対的な“信頼感”と“即手術”ムーブが、今日もスラムを救っていた――。

デネブ先生の手術は、スラム界隈の噂通り“神業”だった。
クロッカもリコイルも、ぐったりはしているが命に別状はない。
「ただし、生きてアルルカンに戻れる保証はないよ」と釘を刺された勇者PTは。
街の朝焼けの中、三人だけで静かに歩き出した。

最初に向かったのは、あの“la pause(ラ・ポーズ)”。
まだ開店まもないカウンターで、焼きたてのパンと温かなミルク。
ほんのり甘いジャムをトーストにのせて朝ごはんをとる。
店主のおじさんが「今日は静かだね」と話しかけてきて。
三人は「……まぁな」と苦笑い。
窓からは朝霧に煙るセレスティア・ルーレットが静かに見えた。

「やっぱ、この時間が一番好きかも」
ヴィヌスが、カップを両手で包むように呟く。
「静かだしな」
ガイウスがパンを齧り。
「ここに戻る理由が、もう一つ増えたわ」とサタヌスが小さく笑う。
次に向かったのは、ノワール区の掲示板――。
古びた廃電車を改造した、落書きと張り紙だらけの情報発信地。
そこに、三人で旅立ち記念のフランス語らくがきを残す。

《A bientôt, Arlequin! また会おう、アルルカン!》

「これで本当に、旅立ちだな」
ガイウスは指先についたインクを拭きながら、遠くの朝日を見た。
「生きて帰ったら、また書き足してやる」
サタヌスが悪戯っぽく笑う。
「今度は、あの観覧車から見た景色をみんなでね」
ヴィヌスも、そっと微笑んだ。
三人の“約束”が、アルルカンの朝へ静かに刻まれる。
この街で過ごした夜と朝のすべてが。
勇者PTの心に、絶対消えない“帰る場所”を作った。

勇者PTが旅立って数時間。
診療所のカーテン越しに、淡い朝日が差し込んだ。
ベッドの上で、クロッカがゆっくり目を開ける。
ふらふらと体を起こし、周囲を見渡す。
「サル兄は? ワンコおにいちゃんは、どこ……?」
デネブは相変わらず無愛想な声で、包帯を巻きながら答える。

「行かれましたよ。当分は帰ることができないと」
クロッカは寂しそうに目を伏せた。
でも、きっとサタヌスには大事なことがあるのだと。
無理に気持ちを飲み込み、手元のコップをぎゅっと握る。
そのとき、診療所の扉が静かに開いた。
白衣に身を包んだ女性――あの夜の、静かで芯の強いエクソシスト-白蓮が現れる。

「デネブ先生、人返りの術について相談があるのです。乗ってくださいますか?」
デネブは一瞬だけ口元を歪め、興味深そうに相手を見つめた。
「魔族を人に戻す?面白い……時間ならあります、お付き合いしましょう」
朝焼けの診療所で、 “残された子どもたち”と“異端の治療師たち”が。
新しい奇跡のために静かに歩み出した。