「ガイウス君、情報を整理しよう」
「リプカに違法ポーションを流通させていた闇ギルドは、サタヌスとメルクリが潰した」
「アサシンのガキは聖女を殺し損ねて逃げた」
早朝の宿屋、部屋に戻った四人はそれぞれ情報交換をしていた。
夜明けのまだ薄暗い空が少しずつ白んで、朝の空となっていく。今日は晴れだ。
メルクリウスとサタヌスは闇ギルドのギルドマスターを討ち取り。
ガイウスとヴィヌスはあのアサシンの少年-デクシアと鬼ごっこしていた。
途中までは目で追えていたが、逃がしてしまったようだ。
「以上ね?神官様」
「はあ……」
何だか微妙な顔をしながら、メルクリウスは懐から何かを取り出す。
それは小さな紙切れで、何やら文字が書かれていた。
——
デコ助はよく働く。
『あの女狐』の教えがいいのだろう。
暫くすりゃリプカから「まともなポーション」は消えるだろうよ。
—
「何これ?」
ヴィヌスが顔をしかめて文面を読む。メルクリウスは肩をすくめて見せた。
「……『蛇骨』が違法ポーションを流通させていた決定的証拠だ。教皇庁のヘルメス大神官へ提出に行く」
「ヘルメス大神官って偉いのか?」
「ああ僕よりね、親として捉えたくはないが」
-「あんなもの」を父親と認めるか。
メルクリウスの声は相変わらずせせらぐ水のように静かで穏やかだ。
しかしそこには確かな嫌悪が混じっている。
「教皇庁か……気を付けて」
「ああ」
「あの……おはようございます」
「あら聖女様、昨日のお礼?」
「メルクリウス神官が教皇庁に向かわれると聞こえたので。
丁度私も教皇庁へ戻るよう言われたところなのです」
「旅は道連れってね、なぁ聖女様……今すぐか?」
「?……いえ、ニア・アンスロポスへは遠いので3日以内に戻れと」
「……3日か。なぁ聖女様、初代聖女様はリプカの生まれなんだな」
ニア・アンスロポスへは駿馬を駆っても3日かかる、今すぐ出発しろということなのだが。
彼等は何故こんなに「まだ時間がある」という顔なのだろう?そうきょとんとするが。
同時に彼女も気になっていた、ここリプカは初代聖女と勇者エイレーネが住んでいた街。
彼女たちが何故決裂せざるを得なかったか、検閲され尽くされた教皇庁の資料にはない。
「案内してよ、初代聖女様の家くらいはわかるんじゃないの」
「わかりますが……聖都には馬でも3日かかるのですよ?時間が」
「大丈夫、俺たち足速いから」
「はてな?」
足が速い?そう首を捻る。
疑問に答えるように、ガイウスは「ああ」と頷いた。
結局なんで余裕げなのかわからなかった、だがシャルロッテは彼らの様子に。
「初代聖女のルーツを探る」猶予が与えられていると理解し「よろしくお願いします」と呟いた。
—
小高い丘の上、街の喧騒から少し離れた場所に、それはひっそりと建っていた。
白い漆喰壁の一軒家。壁は年月に擦れ、ところどころ薄汚れている。
装飾は最小限、屋根も瓦の欠けが目立つ が、不思議と寂れた印象はない。
むしろ、“触れてはいけない”ような静けさと気高さをまとっている。
玄関までの石畳には、手入れの行き届いた小さな花壇が並んでいた。
中でも目を引くのは、ひときわ背の高い白百合――マドンナリリー。
初代聖女の象徴とも言われるその花が、風に揺れながら咲き誇っている。
周囲には案内板や記念碑的なものもあるが、どれも控えめで。
彼女の生き様と同じく“語りすぎない”静謐な佇まいをしていた。
「初代聖女様は生涯独身だったそうです。聖女と言う役目ゆえもありますが。
……やはり、28の若さでエイレーネに聖剣で胸を貫かれた事が原因でしょう」
あまりに早すぎる死は民に衝撃を与え。
人々は初代聖女を理不尽極まりない理由で殺したエイレーネに恨みを向けた。
だから彼女の生家は焼かれてしまい何処にも残っていないのだ。
だがこの家だけは、リプカの象徴的な場所として残されており。
彼女の姉オルシャと、その子孫たちが「観光ガイドには載っていない聖地」として管理している。
「鍵、かかってないわね」
「今日はちょうど定期清掃の日だったようです。入る前は御祈りしてくださいね」
「はいはい……メルクリ、お祈りってどうやるんだよ」
「ふふ……こうだよ」
サタヌスが珍しく自発的に祈りはどうやるのかと尋ね、メルクリウスは微笑みをこぼした。
そして彼は胸の前で手を組み、目を瞑り祈る。
-それはとても静かだった、サタヌスとガイウスもそれに習い静かに祈る。
それはこれから聖地に踏み入るという儀礼、そして亡き初代聖女への敬い。
中に入ると家の中には白いカーテンがかかっており、薄暗く視界が悪かった。
初代聖女シャルロッテはこの家をリプカの大聖堂と同じくらい大事に思っていたという。
その理由がきっとわかるはず……四人は階段を上り二階へ上がると、そこには大きな窓があった。
その窓から差し込む光で部屋全体が明るく照らされている。
初代聖女が亡くなって大分経つが、今も管理され続けているのだろう。
埃をかぶった棚の上、割れたガラス越しに一枚の古びた写真があった。
誰かが無造作に立てかけたまま、長い年月が過ぎたようだ。
「この子、ダレ?」
ヴィヌスが写真を覗き込んでそう言った。
色褪せた画面には、古ぼけた衣装を身にまとった若者たちの姿。
輪郭は曖昧で、顔もはっきりしない。だが、中央の少女だけは違っていた。
短く切り揃えた水色の髪。背には剣、白い装束に身を包み、まっすぐこちらを見据えている。
「…あ、コイツがシャーロットだな!?」
勢いよく指を差すサタヌス。
「シャルロッテ様です!!」
ピキッと音がしそうな勢いで、現シャルロッテが怒鳴った。
だが――次の瞬間、その声がふっと止まる。
「……初代様は金髪で……っ、あ……」
言いかけて、写真の少女の髪がどう見ても水色であることに気づいたのだ。
すると、すぐ隣でヴィヌスがふっと口角を上げた。
「なんだ、怒れるじゃない」
目を細め、ニヤリと笑う。
シャルロッテは顔をそむけたが、耳までほんのり赤く染まっていた。
ヴィヌスは写真立てを元の位置に戻すと、ちらりとシャルロッテに視線をやった。
「ねえ、貴女――ホントは泥んこ遊びとか好きな、やんちゃっ子でしょ?」
「はぁ!?」
シャルロッテの眉がぴくりと動いた。
「見えたの。貴女、ドレス着せられて“女神の化身”って言われながら。
内心じゃ“はやく走り回りたい!”って思ってたタイプ。」
「失礼なっ! わたくしは聖女として、常に品位を――」
「うんうん、“カーペットに穴あけて怒られるやつ”って顔してるわ。」
「なっ……!」
シャルロッテの顔が赤くなり、でも反論の途中で詰まる。
サタヌスがくくっと笑いながら。
「つまり何だ。“犬でいうと何タイプ”なんだ?」
「うーん、最初はシルキーテリアかと思ったけど……違うわね。ボーダーコリー」
「働き者の牧羊犬!? それじゃまるで、私が走り回ってるみたいじゃないですか!!」
ヴィヌスは楽しげに笑いながら、続ける。
「ちゃんとトリミングされた毛並みの中に、泥だらけの素顔がある感じ。
ね?“お利口な子”って褒められたいタイプでしょ?」
シャルロッテは何も言えず、ぷいっと顔を背けるしかなかった。
—
「じゃあこの青い女は誰だ?」
「きっと……この子がエイレーネだ」
日が落ち、家の中に差し込む光がほとんど消えた頃。
写真立てを囲んでいた空気が、ふと落ち着きを見せた。
誰かが、口にした。
「メルクリウスに……似てる?」
ヴィヌスのつぶやきに、サタヌスが頷く。
「ほら、目とか髪色とかさ。雰囲気もちょっと……」
「君たち」
メルクリウスが静かに割り込んだ。
「髪色だけで判定してるだろ。髪型も、装束も、メガネの有無から何から違うじゃないか。」
言いながらも、彼は写真の中の少女から視線を外せなかった。
その沈黙を破ったのは、シャルロッテだった。
「いえ……似ています。」
メルクリウスが、ぴくりと目を動かす。
「姿ではありません。――哀しみを湛えた目が。」
その言葉に、一瞬空気が張り詰めた。
誰もがもう一度、写真の少女を見た。
瞳はぼやけ、顔は判別しづらいというのに――そこには確かに、哀しみと覚悟が刻まれていた。
「……シャルロッテ様。」
メルクリウスが言った声には、わずかな揺らぎがあった。
「貴女にそう言われるとは、意外ですね。」
シャルロッテは何も答えず、ただ静かに目を伏せていた。
サタヌスは「ふーん?」と興味なさげに鼻を鳴らすと、今度は机の引き出しを開けた。
そこには日記が入っていた、彼女の勇者時代につけられたもののようだ。
彼女がリプカを出た日-魔王軍壊滅を見届けリプカに帰還し。
教皇庁へ呼ばれたその日で日付は止まっている。
日記は薄汚れていて、ページも破れており。
ヴィヌスはお前が読め、とガイウスをせっついた。
「リーダー、勇者代表として読みなさい」
「埃っぽいからだろヴィヌス」
「アンスロポス連合来てからちょっと影薄いでしょあんた」
「うっ……」
メタフィクションな話である。
「読むぞ……『エイレーネは男の趣味が悪い、今日も「優しい人だと思ってたのに」と愚痴を言われた』」
「意外と人間臭い内容ね……確かに悪い男に引っ掛かる顔しているわ」
「ヴィヌス様っ!」
「で。これの何が分かるんだよ?」
サタヌスの言葉に、三人は考え込むように目を閉じる。
日記の内容に不穏なものはなく、二人の日常を書き啜ったものだった。
そして読み進めていく内にヴィヌスが「あっ」と何かに気づく、ページを捲って指差した。
「エイレーネが悪い男に引っ掛かる理由は薄々理解している。
『勇者としか呼んで貰えない』からだ。
勇者は個人でなく「勇者」という記号で認識される。
だから彼女は……「個人として見て貰いたい」と願っていたんだ。
『私は勇者である前に1人の女なのに』とね」
ガイウスは日記に残されたエイレーネの訴えに唾をのんだ。
心当たりがあり過ぎる、というか共感できてしまう。
勇者は「勇者と言う記号」で認識される、それは時に酷く冷たく。
そして味方である筈の教皇庁ですら「勇者エイレーネ」としてしか見てはくれず。
シャルロッテの様に個人を見てくれる者などいないのだろう。
-だからこそ彼女は孤独になった。
-そして傲慢になっていった。
「この日記……何か裏があるわね」
「そうかもな。だが目的が分かっただけでもいい収穫だ」
ヴィヌスとガイウスはそう言って頷くが、メルクリウスだけは腑に落ちないようで首を傾げるばかりだった。
-初代聖女とエイレーネの仲たがいした理由がわからないのだ。
この日記だけを読むとまるで「引っ込み事案な妹を生ぬるい目で見守る姉」の様に見える。
これが何故シャルロッテの言葉に激昂し、刺殺したという「聖女殺しの悲劇」に繋がるのだろう。
「まだすべての謎が解けたわけではないようだね」
「……だな。エイレーネってやつが傲慢になった理由がこれじゃわからねえ」
「そうですね、お昼ですからレストランへ……向かいに教皇庁お抱えの」
「ねえ聖女様」
「はい?」
「買い食いってしたことある?」
シャルロッテにヴィヌスは肩をぽんぽん叩いて、そう尋ねる。
彼女はぽかんと首を傾げていた、その様子は年相応の少女だった。