アンスロポス連合編-聖女来訪 - 2/5

宿へ向かう市場通り、湯気を立てる屋台の前に三人が立ち止まった。
「おっさん、これ……“たこ”って、まさか……」
サタヌスがたこ焼きをじっと見ながら訊く。
店主は頭にねじり鉢巻を巻き、豪快に笑った。
「おうよ。正確にはクラーケンの触腕だ」
サタヌスが眉をひそめる。

「……魔物じゃん」
「大方、食べることで悪魔への耐性をつけようって意味でしょうね」
ヴィヌスがつまらなそうに言いながら、一本取って口に運ぶ。
店主は肩をすくめた。
「それもあるが……八割は食いやすいからだろうな」
サタヌスはおそるおそる、串を手に取る。
ぐるっと焦げ目のついた丸い球体。
中からはとろりと湯気が立っていた。
「…………んじゃ、いくか」
一口で、がぶり。

「……どした?」
「………………おかわり!!!」
サタヌスの目が星のように輝いていた。
ヴィヌスはため息をつきながら串を品良くつまんで口に運んだ。

「……ふふ、なるほど。これは——おやつね」
「はぁ!?」
サタヌスが眉を吊り上げる。
「いやいやいや、これで飯食えるだろ!?主食だ主食!!」
「どうしてそういう発想になるの?
これは午後の贅沢よ。コースで言うなら“アミューズ”」
「知らねえ単語出すなよ!」
ガイウスは黙って黙々と食べている。
すでに五串目。

横で静かに立っていたメルクリウスが、ため息すら出さずにぽつりと呟く。
「……おやつでも、ご飯でも。君たちがそう思うなら、それでいい」
「妥協しないでくれ!!」
サタヌスがなぜか怒鳴る。
「真理に立ち向かえよ!!お前神官だろ!!」
「僕の信仰はたこ焼きと無関係だよ……」
聖痕も戦争も忘れて、リプカの空にたこ焼きの香りがしばし漂った。

午後の陽が傾き始めたリプカの通りを、四人の影がのんびりと伸びていた。
たこ焼きを食べ終えた一行は、腹を満たした余韻とともにレベッカの宿屋へ向かっていた。
宿屋の前で出迎えたのは、白いエプロン姿のレベッカだった。
「あら、神官様? ご一緒にお泊まりなら、ちゃんとピカピカに掃除したのに〜♪」
にっこりと笑って、明るく首を傾げる。
メルクリウスはそれに対して、ほんのり微笑む——ようで、目の奥は変わらないまま返す。
「……気遣いはいらないよ」
「あら、そう? じゃあお茶くらい淹れますね〜」
パタパタと去っていくレベッカ。
その背を見送りながら、ガイウスがぽつりと呟く。

「……今の笑顔、俺らには向けてくれないんだな?」
ヴィヌスが目を伏せて肩をすくめる。
サタヌスは口にくわえた串で「俺ら、そういう役じゃねーし」とぼやく。
メルクリは、まっすぐな足取りで玄関へ向かいながら、背中で答えた。
「腹黒くて何が悪い」
その後、四人は一室に泊まり。
神官様のプライドがまたひとつ摩耗していくことになるのだった。

「さてガイウス君、僕たちは四人だ。それに対し鍵は一本だ」
目の前でいけ好かない神官が鍵を置く。
どうする?と言わんばかりにうっすら開け、ガントレットの指先でプレートを弄んでいる。
「今から宿の変更はできないよな?」
「出来ない。入る前にもっと看板をみておかないとね?
ここは大人数パーティー向けの格安宿だ。値段だけ見て決めたね?」
メルクリウスの口数がいつもより多いのでガイウスは察する。
この腹黒、機嫌が悪くなると饒舌になるのだ。
対するヴィヌスとサタヌスは安宿だから食事は出ないと聞かされ一瞬驚いたが。

「そう、じゃテイクアウトで屋台飯でも買ってくるわ。サタヌス、あんた食いたいものある」
「たこ焼き!」
「たこ焼きはおかずじゃないでしょ!まぁ良いわ、せいぜい喧嘩してなさい」
意気揚々と西側がほんのりオレンジ色の市街地へ向かっていった。
夕飯がどうなるかは2人のチョイス次第、まあ間違いなくたこ焼きはありそうだ。

「さて、と。ガイウス君」
メルクリウスは鍵をテーブルに置いたまま、ガイウスに向き直る。
「僕はね?君が嫌いだよ」
「奇遇だな、俺もだ」
メルクリウスはにっこり笑い、手近な椅子を引き寄せ座った。
そしてテーブルに肘をつき、組んだ指の上に顎を乗せ、上目遣いでガイウスを見る。
「君たちが現れなければリプカ修道院で退屈ながらも穏やかな日々を送っていたはずなんだ。
だからね、僕は君が心底嫌いだ」
「そうか、巻き込んで正直すまんとは思ってる」
「本当だよ?君やサタヌスみたいに愉快な奴らは僕の胃を痛めつけてくれるし?」
メルクリウスは心外だとばかりに人差し指を左右に振る。
そしていたずらっぽい上目遣いでガイウスに尋ねてきた。

「……で、僕から提案なんだが。リーダー交代しないかい?」
「交代?」
「君って今回の安宿もだが、金銭感覚がどうもおかしい。この鍵、1本で4人分だよ?」
「え、そうなのか?」
メルクリウスは頷く。そしてガイウスの懐から財布を拝借し、中身を確認する。
「ほら、ね?君って金銭感覚おかしいよ」
「うぐぐ…いや、駄目だ!俺はリーダーとして皆を導かなければ!」
メルクリウスはガイウスと目を合わせ、わざと低めに抑えた声で囁くように囁いた。

「君って童貞だろ?」
「……っ!」
ガイウスは顔を真っ赤にしメルクリウスを跳ね除けた。そしてメルクリウスは床に尻餅をつく。
「……図星だね?」
「う、うるさい!お前だってそうだろ!」
「僕は童貞ではないよ?」
「嘘つけ!」
メルクリウスは立ち上がり、埃を払う。
そしてメガネを指でくいっと上げるとガイウスに笑いかけた。

「……で?どう?僕の提案」
「この連合で何が起きてるか、解決仕切るまでは。
蛇の道は蛇て言うだろ?だから俺はリーダーを譲る気はない」
「そう、残念」
メルクリウスは肩をすくめ、鍵を手に取る。そしてそれをガイウスに差し出した。
「じゃあね、リーダーさん?」
「……ああ」
メルクリウスは踵を返し宿から出て行った。
一人取り残されたガイウスは床を拳で叩くとテーブルに突っ伏し頭を抱えたのだった。

「聖都のほうは色々大変らしいが、ここリプカは平和なもんよ。良くも悪くも連合でも田舎だからな」
「おっちゃん。よくたこ焼き回せながら喋れるな、超人か?」
「勇者様に言われたくぁねぇな」
同じ頃2人は夕飯探しに、昼下がりにも訪れた屋台通りで。
たこ焼きを目打ちで器用にひっくり返している屋台のおっちゃんと話していた。
半分は目当てのたこ焼きが出来るを待つため、もう半分はおっちゃんのトークに付き合うためだ。

「メルクリウスっていつからリプカで神官してんの?はい……お代」
「メルクリウス様なら大分前からリプカにいらっしゃるぜ。
神官の割に聖教じゃ立場が低いらしくてね。ここにいんのは大方左遷てとこか」
「神官も左遷されるか、世知辛いわ」
ヴィヌスは受け取るや舌を焼かないよう。
先ずは一口齧って湯気を出すと、ふーっと息を吹きかけ冷ます。
2人の脳裏にあの腹黒眼鏡が思い浮かぶ。
あのメガネ神官、大分前からリプカでは顔が効くらしい。

「なぁヴィヌス」
「何?あげないけど」
「メガネってなんで聖痕でてないんだ。勇者だろ」
「それが疑問なのよ」

-聖痕
勇者の手の甲に必ず現れる、神からの加護の証。
勇者は聖痕が発現すると身体能力や魔力が大幅に向上し、凡そ人間を超えた筋力や魔力を持つ様になる
-聖痕は神に認められた証、故に勇者の証でもある。
だが…。

「聖痕がないってことはガイウスが持ってる羅針盤が勘違いしたか」
「或いはアイツが勇者に相応しいか、お空の上の神様が試してんじゃない?」
神はメルクリウスを試している。
-清廉な筈のアンスロポス連合を蝕む闇と、聖教の腐敗を前にどう立ち回るかを。

—–

「アンスロポス連合は魔族が入れない、大陸で最も清い国……過去形がつくがね」
「今はどうなんだ?」
「自浄をしてこなかったツケをこの国は払わされている。
邪教が蔓延り彼らの作る違法薬物が横行する。噂じゃ聖教最上層は闇ギルドとグルらしいよ」
「難題だね。噂に聞いた聖地がまさかここまで腐っているとは」
メルクリウスは眼鏡をくいっと上げる。
そしてガイウスの向かいに座ると、その目をじっと見つめた。
聖教が腐る原因の1つに勇者の存在がある。

「誤解はしないでくれたまえ。少なくとも連合の膿を出し切るまでは君たちと共にいよう。
勇者でなくいち神官としてね?」
「腹黒なうえイヤミか」
だが少なくともコイツはこの連合で一番頼りになる、そしてある意味誠実だ。
聖教の腐敗から目を逸らさず、嘲笑半分ながらもその実態を教えてくれるのだから。
メルクリウスはガントレットを外し手の甲を見せる。
そこにはよく目を凝らさないと分からないが。
確かに自分やヴィヌスと同じ痕が刻まれていた。

「これは?」
「聖痕だよ、君の羅針盤に反応しないのは僕がまだ勇者として不完全な証さ」
「不完全?何が足りないんだ?」
「神は僕に試練を与えられた。そして僕は今こうして生きている。
だからまだ完全に勇者になったわけではない」
メルクリウスはそういいながらガイウスの掌を自分の胸に当てた。

「もし僕が勇者となり、羅針盤に認められた時……共に戦ってくれるだろうか?」
「……ああ、勿論だ」
「なら良い。だが覚えておきたまえ、僕は君を信頼しているからこそこの話を打ち明けたんだ」
メルクリウスはガントレットをはめ直すと、席を立ちガイウスに背を向けた。
「じゃあね、僕はこれで」
「ああ」
ガイウスはアイツもアイツで大変だなと懐から羅針盤を取り出す。
四人の勇者を導き、魔王の居城へ導くアルキード王国の国宝。
「……ったく、腹黒野郎め」
羅針盤は煌々と光っていた。
今このタイミングで魔王を倒すに相応しい勇者が集まっていると。
そして羅針盤は確かにメルクリウスを指している……しかし。
まだ足りない、そう言わんばかりにメルクリウスを指した針は小刻みに揺れていた。

「今は連合のことだけ考えろってか」
羅針盤の向きは何度取りだしても変わらない。
メルクリウスが大方聖女様のことを指しているのさと茶化しても。
「俺は、アイツを」
-勇者にしたくない。
そう言いかけた言葉を飲み込むと、ガイウスは宿のベッドに横たわった。

「で、なんでこんな胃もたれするものばかり買ったんだい君たち!?」
「屋台のテイクアウトよ、そりゃ脂っこいわ」
数分後、テーブルにはヴィヌスとサタヌスが購入してきた屋台メシが並んでいた。
鉄板カルボナーラに豚串に、チョコレートバナナクレープ。
修道院暮らしのメルクリウスにはキツいチョイスだが。
ガイウスは意に介さず、長身に釣り合った大口でカルボナーラを頬張る。

「あんたが第四の勇者だったらこの先難儀ね。この野郎2人、どっちも大食いよ?」
「おいおい、ヴィヌス。まだこいつの事勇者って信じてるのか?」
「少なくとも、今のうちは」
「ま、俺はコイツを信じるぜ!ほらっ!」
サタヌスはメルクリウスの口にクレープを突っ込む。
いきなり甘いものを口に入れられ水で飲み下すが、その口元はクロテッドクリームでべたついている。
「いきなり何するんだ!……美味いなこれ」
メルクリウスは口元をハンカチで拭いながらサタヌスに抗議するが、クレープを気に入ったようだ。

「……明日からだ。今日は遅い、そして今の連合が如何に歪んでいるかその目で確かめるんだな」
「ああ、分かった」
メルクリウスはテーブルを立つと宿から出て行く。
そこで思い出した、つまり川の字で寝る形になるわけか。

「誰と添い寝するんだ?」
サタヌスの爆弾発言に、ヴィヌスとガイウスは同時に吹き出す。
「添い寝てお前……ベッドは4つ以上あるんだぜ?」
「なんだよぉ。同じ部屋で全員寝るのは初めてだろ?」
「いやまぁそうだけど」
ヴィヌスはサタヌスにタオルを投げつける。
そしてそのままベッドへ横になると、枕を頭の下に敷いた。

「私もう寝るから、あんた達勝手にやってなさい」
「おい!ヴィヌス!」
「……おやすみ」
ガイウスが声をかけるも、ヴィヌスは目を瞑りそれきり喋らなくなった。
どうやら本当に寝るつもりらしい。

「まいったな……俺も寝るか」
「あのメガネは?」
「鍵は開けてる。きっと帰ってくるだろ」
「ああ、おやすみ」
ガイウスはサタヌスから視線を逸らすとそのまま目を閉じた。
そしてすぐに寝息を立て始める。
サタヌスも話し相手が寝てしまい退屈になったのか、ドアのほうを一瞥し布団に潜り込んだ。