「あら?受付の子いないわね」
「本当だ。じゃ朝飯もセルフてことだよな」
「必要以上にトーストしないでくれよ?いくら僕達だけだって」
朝霧立ち込めるリプカ、本来なら向こうにレベッカがいるはずだが居らず。
朝食用に準備されていた食パンや生卵がそのままになっている。
ここまでセルフなのかと思う半分、なにかおかしいという気持ち半分。
ヴィヌスは4人分のパンを袋から出すと焼き目をつけるため。
オーブンに入れた、その間に冷蔵庫からハムとレタスを取り出す。
あとは各自好きなジャムを選んで塗ればいいという手抜きスタイルだ。
「メガネは昨夜何してたんだ?」
「散歩だよ。昔から気分が悪い時は目的もなく歩きたくなるんだ」
「へぇ、なんか意外だな」
「神官って仕事柄、感情をあらわにすることは許されなくてね……今日は少し寝不足かな」
「おいおい大丈夫かよ?」
「平気だよ、気にしないでくれ」
本来レベッカがやる仕事を自分たちが勝手にやっているのでは?
という気持ち半分。しかし空腹には逆らえないと出されていた生卵を割ってスクランブルエッグを作る。
サタヌスはヴィヌスが食えと言わんばかりに押し付けた。
少し焼き目がつきすぎたトーストに大量のジャムを塗っていた。
ガイウスは皿を並べピッチャーの水を注ぎながら、今日の日付の新聞を眺める。
一面記事には気品溢れる女性が手を振る写真、隣には従者と思しきメイドも見える。
「14代目聖女シャルロッテ……魔王軍襲撃を受けた街に訪問され慰問……か」
「よくやるよ。あの女、上層は腐った偽善者ばかりだがあいつは本物だ」
メルクリウスが隣に座りながら言う。
彼は朝食に手をつけず、紅茶だけを嗜んでいた。
アンスロポス連合には聖女がいると聞いたが、この女がその聖女なのだろう。
写真越しにも別格の美しさを感じさせる。
メルクリウスは、窓際に腰かけていた。
白壁に貼られた新聞の一面。
そこに刷られたのは、柔らかな金髪に花のような笑みを浮かべる少女の肖像写真。
その名は——聖女シャルロッテ。
ヴィヌスがちらりとその記事に目を通しながら言った。
「……教皇庁が推してる“奇跡の乙女”ってわけね」
「うん」
メルクリは頷き、足を組み直す。
「彼女はね、手を翳すだけで、死にかけていた病人を治したそうだよ」
「そんな話、信じるの?」
サタヌスが呆れた顔を向ける。
「信じるかどうかじゃなくて——“信じさせる”ことが彼女の役目なんだ」
「……姿を見た信徒は妖精のような容姿から、思わずその場で拝むんだってさ」
言葉の端々は優しげに聞こえる。
でもそこに込められた“熱”は——皮肉と冷笑でできていた。
「……舞台装置としては、完璧だよ。
王国の姫君にして、神の加護を受けた治癒の乙女。
——人々が“希望”として信じるには、ちょうどいいんだろうね」
しばしの沈黙ののち、メルクリは新聞から目を逸らした。
「……僕は、ああいう光の舞台に立つ器じゃないから」
ふと見せた、冷静という名の“諦め”が、静かに心に引っかかった。
「お、おはようございます!」
「レベッカ、昨日はどうしたんだい?」
「あーちょっと……新しいお友達ができて、その人たちと遊んでたらつい遅くなってしまって……」
レベッカは慌てて取り繕うように話す。
恐らく嘘だろうなと思ったが、これ以上聞いても答えそうにないと思ったのか。
ヴィヌスは納得したようだ。
「……そうか、なら仕方ないな。次からは遅くなるときはちゃんと連絡してくれ」
「はい、ごめんなさい」
レベッカはしゅんとした様子で謝ると席についた。
そして各々適当に挨拶をすると食事を始める。
「さ……リーダー君、今日は何からするんだい?気が変わるまでは付き合うよ」
「ギルドってあるか?いや登録はしないが連合で何が起きてるか知るには良いだろ」
「ギルドか、それなら東門前を……」
メルクリウスがガイウスに冒険者ギルドの場所を教えているのを横目にレベッカは厨房に向かう。
半分は調味料を出すため……半分は。
(気持ちよかった…今日も会いたいな…)
腕に残されたハシーシュの注射痕をなぞり、レベッカは恍惚の表情を浮かべた。
–
ギルドハウスへ向かう途中。
すれ違いに石畳の通りを、銀鎧の騎士たちが二人並んで歩いていた。
胸当てに刻まれた紋章——第三師団。
夕暮れの巡回帰りらしく、二人とも肩の力が抜けている。
だが歩き方はどこか重かった。
「……包帯足りるか?」
「無理だな。昨日の戦闘で全部使った」
「ポーションは?」
「配給停止だろ。知らねぇのか」
もう一人の騎士が舌打ちする。
「くそ……騎士団でさえ回ってこないのかよ」
通りを行き交う市民は、ロザリオを胸に下げて祈るように歩いている。
その光景の裏で、騎士の声は低く落ちた。
「昨日の新人、腕やられてな」
「……ああ」
「ポーションあれば治ってた傷だ」
沈黙が落ち、石畳を踏む鎧の音だけが続く。
やがて一人が小さく言った。
「……疲れたな」
「騎士がそんなこと言うな」
「言うさ。ポーションもねぇ、回復魔法も足りねぇ、怪我人は増える一方だ」
彼は空を見上げた。
遠くの聖堂の塔が、夕焼けの中に黒く浮かんでいる。
「それでも“神の国は安全だ”って言われてるんだからな」
苦笑が漏れる。
「……安全なら、俺たちは何と戦ってるんだ?」
その言葉に、もう一人の騎士は答えなかった。
「ハシーシュ……」
「ええ勇者様、連合はいま闇ギルドによる違法薬物が流通していて。
汚染を避けるためポーションの購入は控えるようにと……」
ギルドで受付嬢に言われたのは、今までの国と全く異なる問題だった。
アンスロポス連合に魔物は入れない、魔王軍による脅威も他国より少ない、
だが……連合は「薬」に蝕まれていた。
「ポーションの購入を控えろって、それじゃ怪我したやつはどうなるんだ?」
「それは……」
受付嬢が言い淀んでいると、奥からギルドマスターが出てきた。
そしてカウンターに手をつくと身を乗り出して話し始める。
「勇者様、ポーションの流通量を減らすことで国民の生活を守るんです。
ハシーシュは極めて依存性が高く、無色透明かつ水溶性という……。
まるでアサシンのためにあるような薬なんですよ」
「じゃ、そのハシーシュ入りポーションが出回ってるてこと?」
ヴィヌスのあてずっぽうだが大体当たっているらしく。
ギルドマスターは苦渋の表情で首だけ縦に振った。
「ええ、ですが……連合はポーションの流通を制限し、ハシーシュ入りポーションの購入も禁止しました。
それでも違法薬物に手を染める人間は後をたちません」
ポーションが流通しなくなった国。
そういえば確かに道具屋でも見慣れた青い瓶を目にしなかった。
そう回想している向こうでメルクリウスが掲示板を目にしていた。
-ここ最近、行方不明事件が頻発しているようだ。
ギルド受付の奥、重厚な扉がきしみを上げて開いた。
ギルドマスターが銀のトレイを抱えて現れる。その上には、どこにでもある——はずの青いポーションの瓶がひとつ。
「勇者様、これがハシーシュが混ぜられたポーションです」
マスターの声は硬い。
ガイウスは手を伸ばし、瓶越しに底を覗き込んだ。
光を透かしても、揺らしても——
「……変わらないな、一見」
「えぇ。外見や匂いでの判別はできません」
ギルドマスターは淡々と言う。
その横で、控えていたローブ姿の魔術師が一歩前に進む。
「しかし……少しマナを流し込むと」
魔術師が指先で瓶の肩に触れ、そっと魔力を流し込む。
次の瞬間——
青い液体が、ぶわっ と音を立てたかのように赤黒く濁った。
まるで、その中に潜んでいた“本性”だけが表へ飛び出したような不気味さ。
「っ……!」
ヴィヌスは思わず息を呑む。
血と墨を混ぜたような色、濁りに浮かぶ黒い粒子。
それは治癒の薬ではなく、毒そのものだった。
「舞台道具としては申し分なし」
ヴィヌスは吐息を落とすように言った。
「闇ギルドはこのポーションもどきで作り上げたってわけね。
自分たちの独壇場を。“治癒”を独占できる世界を」
ギルドマスターは悔しさを押し殺した声で続けた。
背後の掲示板には、“行方不明者多数”の張り紙が鈍い光を反射している。
「……ポーションが流通しなくなって人々は治療を求め教会に向かうことが増えた。
上層部はそれに付け入って免罪符だのと宣って信者を食い物にしてるらしい」
「教会側も売り捌いてるってわけか。
道理であの聖女様も綺麗ごと並べるわけだな、裏では真っ黒だってのに」
メルクリウスからこの国は君らが想像する楽園じゃないと聞いて覚悟はしていた。
だがこれは少し予想以上かもしれない。
さあ行くか、と振り返った先にはメルクリウスと……ヴィヌスと。
「サタヌスは?」
「え?」
「ガイウス君、あのオデコ君はどこいったんだい」
「ああアイツ!ちょっと目離すと消えやがる!」
「猫みたい」
「猫だな」
サタヌスが好奇心旺盛なのは今に始まったことじゃない。
しかし今の連合には麻薬が流通しているのだ。
勇者の一人が薬物中毒者など笑えない。
「サタヌス!あの野郎ぉー!」
いつもアイツは引っ掻き回す、ガイウスの虹瞳はイライラを反映するように緑に染まっていた。