アンスロポス連合編-聖女来訪 - 5/5

リプカ・裏路地
「……はぁマスター。早く殺させてよ……ハシーシュ切れちゃうよ」
あの黒い少年、デクシアは昨日のように箱に座って。
異常な独り言を言いながらも楽しそうに足をバタつかせていた。
デクシアがリプカにいる理由、それは殺しの任務の為だ。
彼は「マスター」と呼ぶ人物の弟子でありアサシンなのだ。

間もなくリプカ修道院へいつもは教皇庁に籠もっている聖女が来る。
警備が厳重な教皇庁に乗り込むのは骨が折れるだろう。
だから待っているのだ、その日を-マスターが動くのを。
「ねぇマスター……もう待てないよ?早くしないと……」
「薬くせぇ…ヤク中かお前」
「……誰だテメェ?」
「サタヌス」
表通りの喧騒も届かぬ裏路地には二人の少年が向き合っていた。
サタヌスだ、彼はスラム育ち故。帰ってきたレベッカに奇妙な臭いがついていたのを嗅ぎ分けた。
そして持ち前の嗅覚でこの臭いが「薬」だとわかったのだ。

「お前、薬中か?」
「はぁ?何言ってんだよ。俺はマスターに命令されたからここにいるんだ、まだキメてねぇよ!」
デクシアは立ち上がるとサタヌスの胸ぐらを掴んだ。
淡いグリーンの瞳は昨晩レベッカに見せた何処か夢心地のものでなく瞳孔が開ききっている。
デクシアはサタヌスを突き飛ばすが、彼は何事もなかったかのように着地する。

「……マスターの命令?」
「そっ!俺さ、アサシンしてんの。それで命令されてここにいんだよ」
「で?誰なんだお前は?」
「言うわけない。それにお前……聖痕あるな。勇者だろ?」
「……」
「勇者様なら遊ぼうぜ、アサシン流の遊び」
「いいぜ、受けてたってやる。ただし……俺が勝ったらお前の正体を吐けよ?」
サタヌスは臨戦態勢に入るように、相棒の片手斧を取り出すと逆手に構え。
対するデクシアもまさにアサシンと言うべき、ナイフを逆手に構え、猫のように背中を軽く丸めた。
そして同時に駆け出すと、互いの刃が交差する!

「へぇ……やるじゃん!」
「お前こそな」
斧とナイフがぶつかり合う、しかし互いに一歩も譲らない。
それどころか二人の刃は徐々にスピードを上げ、目にも留まらぬ速さになっていく。
カツン、と刃が石畳を跳ねた。
デクシアとサタヌス。
二人の少年は、睨み合ったまま一歩も引かずにいた。
無言の一瞬を破ったのは、デクシアの舌打ちだった。

「……チッ、てめェはよォ……パパのアソコから人生やり直せばいいんじゃねぇの!?」
「はぁ!?お前だって毛根から作り直してもらいな!若ハゲ!!」
その言葉に——デクシアの額にピキィッと明確な血管が浮かんだ。
なんでよりによって“オデコ”なんだ。
それが1番目立つんだよ、こっちは。
「若ハゲぇ!? 俺は髪上げてんだよ!!演出!!威圧感!!ハゲてねぇよ!!」
「うるせー!!俺は毎朝ワックスで固めてんだよ!!!」
「お前の顔面、次は焼くぞコラァ!!」
「やれるもんならやってみろチン毛眉毛!!」
その瞬間、カチリと何かが切り替わった音がした気がした。
デクシアの笑顔が、形を保ったまま目だけが獣に変わった。

「……あーあ。そっちからケンカ売ったんだよな?」
次の瞬間、デクシアの口が開いた。
「お前の●●引き千切って、豚にでも●●●●せてやろうかァ!!!」
「うるせー!!!どっちが先に●●見せるか勝負だゴラァア!!」
「だったら俺の●●でお前の●●に●●●●してやっからなァア!!」
「検閲が追いつかねぇんだよ!!!!」
ガキの喧嘩が、悪夢のような地獄の単語ラッシュに発展するのは時間の問題だった。

どちらが先に殴ったかは、もはやどうでもよかった。
次の瞬間には、二人の悪ガキは石畳の上で転げ回り、互いにナイフと斧をぶつけ合っていた。
片方は魔王軍のアサシン。
もう片方は人類最後の勇者のひとり。
だが、その光景はどう見ても犬の喧嘩だった。

デクシアが若干劣勢のようで、サタヌスの桁違いの怪力に押されるようになっていたが。
壁に突き出ていた配管パイプを掴むとパルクール要領で壁を駆け上がり、サタヌスの額に蹴りを入れる。
「目で追ってみな●●が!!」
次の瞬間、デクシアは壁を蹴って跳び上がった。
鉄柵、換気ダクト、窓枠を連続で踏みつけ、蜘蛛のように垂直へ駆け上がっていく。

「おい待てこら!!!」
サタヌスもすぐさま後を追った。
「てめェ●●野郎の癖にやるじゃねぇか! 褒めてやるよ!!」
「俺はなァ。スラム育ちだ!!
パイプ掴んで逃げるのなんて十八番だよ!!」
路地の建物と建物の間を飛び越え、物干し台を滑り。
瓦屋根を足場にして、二人の悪ガキは縦横無尽に駆け回る。
街灯の光をかすめ、煙突をすれすれに通り抜け。
ごつい屋根の斜面で一瞬だけ交錯する。
バカみたいな体力と反射神経だけで、お互いを振りほどけない。

「今度はこっちだァ!!」
サタヌスが逆方向の配管に飛びついたのを見て、
デクシアの口元が吊り上がる。
「ふはっ、面白い……!やっぱ●●って最高!!」
その日、リプカの住人たちは空を駆ける大型わんこを、誰も止められなかった。
誰にも止められないスピードで、デクシアは空間を駆けていた。

「ハハッ、どした勇者ァ!? 足、ついてこれてねぇぞォッ!」
振り返ると、サタヌスの姿は一瞬だけ見えなかった。
消えた? 撒いた? そう思った直後。
「……そこだ。」
屋根の影から飛び出すように、サタヌスは落下点に斧を振り上げていた。
「なっ……!?」
デクシアが跳び上がったその軌道に、斧の刃がピタリと重なる。
「斧はバカの武器って思ってたか? 若ハゲ。」
ガキみたいな煽り口調。
でもその一撃は“偶然”じゃなかった。
追い詰められたように見えて——サタヌスは、ルートを読んで待ち構えていた。

「スラム育ちは、地形の読みが命なんだよ!!」
–ザシュッ!
肉の切れる音がすると同時に鮮血が吹き出す。
それはデクシアの肩と脚からだった、彼は痛みで膝をつく。
そして自身がいた場所には斧を振り下ろしたサタヌスが立っており。
一勝負終えたと言うように斧をくるくる回し、血を振り払っていた。

「俺の勝ちだな」
「……クソッ!お前、卑怯だぞ!」
「は?お前が売った喧嘩だろ?」
サタヌスは斧を地面に突き刺すとデクシアの前にしゃがむ、そして彼の傷を見ると少し顔をしかめた。
「おい……これハシーシュか?」
「はぁ!?なんでわかるんだよ!?」
「臭いだよ。で?誰なんだお前は」
「言うわけねぇだろ!マスターに絶対喋るなって言われてんの!!マスター怒るとすっごく怖いんだから!」
デクシアは痛みで顔を歪めながらもシャツから煙弾を取り出し、地面に叩きつけると煙幕を放った。

「げっ!ゴホッ……おいクソガキ!」
「へへーんだ!!」
デクシアは笑いながら言うと、煙が晴れた頃には姿を消していた。
サタヌスの足元にはポーション瓶が一本だけ落ちていた-それは彼が飲んだ物である証拠だ。

「チッ……あのクソガキ」
逃がした。手元に残されたのは殆ど空になったポーション瓶と使用済みと思われる注射器。
「サタヌス!」
「……ガイウス、さっき変なガキがいた」
「変なガキ?」
「逃がした。でも多分ヤク中だ、それも重度の」
サタヌスが拾い上げ見せてきた注射器には幾度も使われた形跡があり。
そして注射器には「H」の文字が刻まれていた。

リプカ郊外にある修道院前広場には民衆が集まっており。
教皇庁から聖女が到着するのを今か今かと待っていた。
だが彼らの表情は明るくない、そんな彼らを前に一人の修道女が拡声器を持ち演説を始める。

「皆様!教皇庁の聖女様、シャルロッテ・エル・ロスガルス様がお見えになられました!
どうか心よりの感謝を!」
修道女が演説を終えると同時に広場は歓声で包まれる。
民衆は皆手を取り合い喜びを分かち合うと、修道院から一人の女性が姿を見せた-彼女が聖女だ。
彼女は白を基調とした法衣を纏い、手には聖杖を持ちながら民衆の前に現れたのだ。
「皆様……私は教皇庁より参りました聖女シャルロッテ・エル・ロスガルスと申します。
どうか心より感謝を……」
内容は今ソラル大陸全土が魔王軍の脅威に晒されていること。
そして自分達が成すべきことを成すことに関して。

聖女の演説を半分以上聞き流しながら、ガイウスは遠巻きにシャルロッテをみていた。
新聞で目にしたものより、実物の方が美しく見えた。
「……リーダー?」
「……ああ」
「顔赤いわよ?惚れたの?」
「ちげぇよ!ただ……」
「うん?」
ヴィヌスが首を傾げると、ガイウスは頭をかきながら言う。
「なんかさ……俺とは違うなって思っただけだ」
演説するシャルロッテの顔は、自分に下された任を心から誇りに思っているように見えた。
俺、なんで勇者なんかやってるんだろう。とガイウスは改めて思った。

神に選ばれたとか急に言われて、アルキード王国を無理やり旅立たされて。
なし崩し的に第四の勇者が揃うところまで来た。
自分より正義感が強くて、誰にでも手を差し伸べられる者や。
魔王軍の侵攻に苦しむ国民を想う事が出来る者は沢山いるのに。
彼らの想いを背負う自分はいまだに何処か面倒臭そうにしている、そんな自分を改めて嫌悪した。

「大丈夫よ」
「……何が?」
「私はあんたがリーダーだからここまで付いてきたの、最後まで付いていく」
「ヴィヌス……お前……」
ガイウスはヴィヌスの短いながらも、強い信頼を寄せる言葉に自分が恥ずかしくなった。
何をウジウジしているんだと。
そうだ-俺は勇者なんだ、俺なんかが勇者に選ばれたからにはやらなければならないことがある。
だから今は連合で起きている事を考えるのだ。そう切り替え聖女の演説に耳を傾ける。

「現在アンスロポス連合は極大結界『女神の盾』で護られています。
連合から出入りしない限り魔王軍の脅威は抑えられます。
市民の皆様には申し訳ありませんが…国外への外出はお控えください。
そして……教皇庁より勇者様方と聖女シャルロッテ様にご協力をお願いしたいのです」

-女神の盾
アンスロポス連合へ向かうキャラバン隊に相乗りさせて貰う時も聞いたワードだ。
このソラル大陸で最も大きい盾。
連合全体に張られた、魔王軍からの攻撃を防ぐ超巨大結界だ。
この結界がある限り、アンスロポス連合に魔王軍の侵入は出来ない。

しかし「女神の盾」には欠点がある、それは一度発動すれば聖女以外に解除できなくなることだ。
常時展開されているわけでなくかつては他国とも交流があったが。
魔王軍が活発化してからアンスロポス連合は事実上の鎖国状態にある。
「今はただ耐える時です、どうか皆様のご協力を。
そして……魔王が討たれた時、初めて私達は安息を得られるのです」
聖女は微笑みながら、集まった民衆に語りかける。
その笑顔はとても眩しくて-まるで後光が差しているかのように見えた。

ガイウスは微笑む聖女の顔を見ながら、あの奇妙な鬼人-マルスの言葉を思い出していた。
「随分目が曇っておるな、目だけで判断すれば痛い目に遭うぞ」
自分の目を曇らせるもの、それは何だろうか。

「ねぇリーダー、ちょっといい?」
「なんだ?」
ヴィヌスが手招きする方へ向かうと、彼女は広場から少し外れた路地を指差した。
そこには開封済みのポーション瓶が散乱していた。
先ほどギルドで聞いたことを思い出す、今アンスロポス連合には麻薬入りポーションが流通している、と。

「さっきね、レベッカがポーション買ってたの」
「……!」
「今泊まってる宿屋、ちょっとヤバいかも」
レベッカが?あの大人しい看板娘に限ってそんなはずはない。
だが……もし彼女が何かトラブルに関わっているのなら、見過ごすわけにはいかないだろう。
「……確かめる必要があるな」
小さな、だが確かな異変。
それを知るべく勇者2人は宿へ戻る。
向こうでは何も知らぬシャルロッテが求められるまま、民の手を優しく握っていた。