朝の聖都。まだ人通りの少ない通りを、四人の旅人が歩いていた。
「……で、ニコルが言ってた店、なんだっけ?」
サタヌスがぽりぽり頭を掻きながら訊いた。
「カタ……なんとか? 甘い匂いしてたよな、そっちの方角」
「カタ……カタ……」
サタが考え込むその横で、メルクリウスが指を立てる。
「カタパウ――」
「カタルシスでしょ?」
ヴィヌスがすかさず割り込む。
「カタルシス感じてぇなぁ、そろそろ」
ガイウスが遠い目をしながらボソッと呟く。
「違う! 違うよ!」
メルクリウスが珍しく食い気味に反論した。
「カタパウシスだよ!カ・タ・パ・ウ・シ・ス!語感がかわいいだろう!?」
「語感の問題!?」
「……でも確かに語感は可愛い」
「パウって入ってるのがポイント高いな。犬っぽい」
「それは店名と無関係だよサタヌスくん」
「うわーめんどくせぇ語尾解説始まった」
「語尾じゃない、語感だってば……!」
そんな漫才のようなやりとりをしていると、ふと、甘い香りが鼻をかすめた。
ふわっと漂う、焼きたてのパンと溶けたバターの匂い。
「……あ、あれだ」
全員が同時に顔を上げる。
そこには、こぢんまりとした一軒のカフェ。
木製の看板には、例の名前が堂々と掲げられていた。
《Cafe Catapaucis》
「カタル……いや、パウ……カ……どっち?」
「カタパウシス!!」
メルクリウスが全力で訂正した。
「いいから入ろうぜ。腹減ったわ」
ガイウスが扉に手をかける。
「……あ、店員が出てきた」
ギィ、と音を立てて扉が開いた。
そして現れたのは。
「あらあらあらあらぁ〜? 勇者ご一行様ですね〜♡」
現れたのは、笑顔100点・テンション120%の少女だった。
「ウェルカムトゥ☆カタパウシス〜! 4名様だね〜♡」
不思議の国にいそうな服装に満面の笑み。
そのテンション、朝から全力全開。
「……」
一同、硬直した。
メルクリウスは眼鏡をクイッと押し上げ。
ガイウスは目を見開いたまま、サタヌスは口を半開きにして動かず。
ヴィヌスは……即座に隣の男二人を睨んだ。
「空いてる席にどーぞ〜♡」
アリスはくるりと回って、店内を案内する。
「ど、どうする? 引き返す?」
「いや、もういい匂いしちゃってるし……」
「それ以上に、気になっちゃってるし……」
「……ぶりっ子だわ。絵に描いたような」
ヴィヌスが冷たい視線を投げる。
そして、そのままガイとサタを交互に見つめた。
「ぶりっ子に反応する男って、一定数いるのよね……ね?」
「いやいや、そ、そんなことは……なあ?」
「オレ? オレは別に……その、可愛い子は可愛いってだけで……」
メルクリウスが静かに口を開く。
「残念だが……世の男性の約半分は“ぶりっ子”を好むというデータが出ていてね。
特に初見の可愛さに弱い傾向が――」
「そういうとこでインテリ発揮せんでええわッッ!!」
ヴィヌスの怒声が店内にこだました。
「ふふっ、元気なパーティだねぇ〜♡お姉さん、好きよぉ〜♡」
「え、俺今、好きって言われた?」
「ちょっと待てお前じゃなくね?」
既に男性陣半壊-ヴィヌスの眉間の皺が増えた。
アリスがにこにこ顔でメニューを掲げた。
「モーニングはAセットとBセットがあるよ♡
どっちもケーキ付き! ちなみにおすすめは……エイレーネ♡」
「エイレーネ……?」
サタヌスがメニューを覗き込み、眉をひそめた。
「ケーキの名前が“エイレーネ”?」
「え、それって……あの“聖女殺しの勇者さま”のことよね?」
ヴィヌスが半笑いで肩をすくめる。
「この教皇庁のど真ん前でそんな名前のケーキ出すなんて……肝っ玉据わってるわぁ」
「でも、名前だけで味が決まるわけじゃないし」
メルクリウスが涼しい顔で言った。
「そんなに興味があるなら、頼んでみたらどうだい?」
メニューをめくりながら、さらっとモーニングの選択肢を確認する。
「モーニングは……Aが目玉焼き、Bがスクランブル。
どちらもトーストとサラダ、それにケーキが一品つくみたいだね」
「……お前、絶対寝てないだろ」
隣でガイウスがじっと見つめた。
いつも糸目のこの男-だが今日はどこか気だるげなオーラを纏っている。
「寝てるよ」
「嘘つけ。目が死んでる」
「元からだよ。僕は糸目だからね」
「いや、糸目ってのはさ……もっとこう、眠たそうな顔してんじゃん?」
「うん、だから合ってるよ」
「……そう言われると、何も言えねえ……!」
「てかこれ……メニュー読んでるだけで疲れるな。
全部名前が抽象的すぎてよぉ……“エイレーネ”とか、“シャルロッテ”とか……」
「それ、全部イメージケーキなんだよ♡
勇者様や聖女様をモチーフにした、カタパウシスの名物スイーツ♡」
名前だけでは味がわからないケーキ。
そもそもケーキで聖女や勇者を表現するとはどういうことだろう?
勇者達の興味はさらに増すのだった。
「は〜い、それじゃあオーダーどうぞ〜♡」
アリスがメモパッド片手に、目を輝かせてスタンバイ。
そのテンションは天井知らず、声にはハートが3つぐらい乗っている。
「えっと……Aセットの紅茶と……“シャルロッテ”で」
ガイウスがやや緊張気味に注文する。
「俺?Aで」
サタヌスは適当っぽく言いながらも、妙に背筋が伸びていた。
「Bの“エイレーネ”で。気になるもの」
ヴィヌスは微笑ひとつなく、さらりと告げる。
「……B」
メルクリウスは眠そうな声で短く返す。もはやほぼ夢の中。
「ありがと〜♡ すぐ作るね〜」
そう言って、アリスはウインクしながら――指で♡を作った。
その一撃で、何かが崩れた。
ウインクするその仕草に-。
「……ときめいたかも」
「俺も……」
と、男たちの魂が一瞬浮いた。
ヴィヌスはすぅっと二人を見やる。
「男って……」
その視線は氷のように冷たく――いや、もはや氷だった。
「うわ、なんかその顔、見覚えあるぞ」
サタヌスがゾッとしたように言う。
「……何か似てると思えば、あれだ。氷のあいつ-六将カリストだよ」
「やめて!あのヤンデレ男とか朝から思い出させないで!!」
朝のカフェ。
ガイウスはまだ椅子に座ったまま、妙に背筋が硬い。
紅茶は冷め始めているのに、本人はそれどころじゃない。
サタヌスが横から顔を覗き込み、ニヤッと笑った。
「なあガイウス。おまえ今さ、飼い主に怒られた犬みたいな顔してるぞ」
「はぁ!?誰が犬だよ!!!」
ガイウスが反射的に噛みつく。声だけは元気だが、目は完全に泳いでいる。
そこに、カウンターからアリスの明るい声が飛んできた。
「あ~わかる♪ ワンちゃんって、怒られるとあんな感じでキョロキョロするよね~」
追撃が容赦なく飛ぶ。
「だから違うって言ってるだろ!!」
ガイウスは否定するが、否定すればするほど挙動が怪しい。
背中は無意識に丸まり、視線はヴィヌスの方向を一瞬だけ確認して、また逸れる。
ヴィヌスは何も言わない。
肘をつき、ジト目のまま紅茶を一口飲むだけだ。
……それが一番効いた。
サタヌスが肩をすくめる。
「ほら。シェパードだろ」
アリスが満足そうに頷く。
「うん、怒られると弱いタイプのワンちゃん」
ガイウスは机に突っ伏した。
「……もう好きにしろよ……」
この瞬間、ガイウス=ジャーマンシェパード説は。
誰からも否定されることなく、静かに勇者PTの共通認識となった。
――なお本人だけが、最後まで納得していない。
「“シャルロッテ”って、どんなのだと思う?」
ヴィヌスがふと問いかける。
「名前的に優雅なんじゃない? 天使の羽、生えてそう」
「ケーキに羽ってどんなセンスだよ」
ガイウスが呆れたように笑う。
「エイレーネは、着飾ることを極端に嫌った女性だったそうだ」
メルクリウスが半分まぶたを閉じながら言った。
「こういう逸話が、現代に伝わっているよ」
—-
聖都・光の神殿。
戴冠式を翌日に控え、静寂に包まれた楽屋には。
初代聖女シャルロッテ・エル・ロスガルスの姿があった。
彼女は用意された式典用の白金のドレスを整え、対面に立たされるのは。
その日、人生で初めての“礼装”に身を包むことになる少女。
「……はい、エイレーネ。これが、明日の衣です」
「………………」
沈黙。
金糸の刺繍がほどこされた純白のドレスを受け取ったエイレーネは。
しばし虚空を見つめたのち、ついに口を開いた。
「ねえ、シャル」
「はい?」
「これ……剣、抜けなくない?」
シャルロッテは一瞬、動きを止めた。
「ええと、抜かない前提での式典ですから……」
「何言ってんの!?魔王軍が襲ってきたらどうすんのよ!!」
ドレスをぐいっと持ち上げ、足を踏み出すエイレーネ。
長い裾がつまずきの元になり、踵の高い靴がガッと音を立てた。
「これじゃ動けない!走れない!剣も握れない!
どこに武器隠せっての!?この腰布のどこにナイフ入んの!?」
「そ、それは……!」
シャルが焦る間に、エイレーネは腕のガントレットに花飾りを巻きつけ、
「これが限界」と言わんばかりに軍靴に履き替えた。
「はい、実戦対応!シャル、これで正装ってことで文句ある?」
「あります!!」
神官たちが入り口でザワつき、隣室からは裁縫係の叫びが聞こえる。
「姫様ぁああ!ドレスの脇が裂けておりますぅううう!!」
「大丈夫!呼吸しやすくしただけ!」
翌日。祭壇を進む聖女候補エイレーネは……。
ドレス上半身+下半身ガチ鎧+軍靴という奇跡のミックススタイル。
騎士団からは絶賛され、民衆からは「戦う花嫁」と噂された。
紅茶を啜りながら、メルクリウスがぽつりと口を開く。
「ちなみに……聖女の礼服に脇スリットがあるのは、この事件の影響らしいよ」
「いや反映されてんのかいっ!!」
ガイウスがスプーンを握ったまま絶叫した。
「式典潰しかけたのに、制度の方が折れたの……?」
ヴィヌスが眉をひそめる。
「なんなら“スリットがないと逃げ場がない”って理由で推奨されたみたいだよ」
「いや“逃げ場”って何!?聖女が逃げる前提!?」
サタヌスは笑い転げながら言った。
「でもよ、やりかねねぇな。てかやったんだろ?」
そんなゆるい会話が交わされるその頃-カウンター奥、厨房のさらに奥。
そこには、ひとりごとを呟きながらノートに何かを書き込むアリスの姿があった。
さっきの笑顔と変わらぬテンションのまま、ペンがカリカリと動く。
ページの上には、恐ろしく整った文字でこう記される。
《勇者一行 嗜好メモ》
Brave-01-GAIA:王道が好き。紅茶、シンプルな味を好む→本命は“シャルロッテ”。
Brave-02-SATURN:朝弱い、味より匂いで選ぶ傾向→Aセット固定、ケーキへの執着は薄い。
Brave-03-VENUS:好奇心は強い。ネーミングに惹かれて注文→興味本位で“エイレーネ”選択。
Brave(未覚醒)-MERCURY:情報収集魔。眠そう。好み不明、要観察。
そして、別のページを一枚ペラリとめくる。
そこには赤く囲まれた見出しが。
《魔王軍 ブラックリスト》
項目の筆頭には――“勇者四名、現時点では未殲滅”。
「んふふ〜……♡」
アリスは笑った。完全にテンションが高いまま、内容だけがヤバい。
「ねぇマスター。ちゃんと嗜好は記録してるよぉ♡」
誰に語りかけているのか――その声は、誰にも届かない。