アンスロポス連合-教皇庁、突入 - 4/5

「マスターのもとへは行かせぬ!!」
「ここは通さん!!」
カフェ・カタパウシスの前で、アサシンたちが一斉に刃を構えた。
サタヌスは一拍、間を置いてから言った。
「……やべー!」
全員が身構える。

「やっぱあのカフェ、アサシンの巣だったか!?」
「コーヒーうまかったのに!!」
「そこなの!?」
その横で、ネリアが目を輝かせた。

「どうする?ドッカーンする?」
「いや待て!」
サタヌスが、急に真顔になる。
「ネリア!お前……野球、好きか?」
「大好き~!!」
次の瞬間、サタヌスの口角が吊り上がった。

「よっしゃ!!じゃあよォ——」
斧を構え、地面を踏みしめる。
「店ごとホームランしてやるぜぇ!!」
「なっ——」
モブアサシンが理解する前に。
ネリアが、球状爆弾を下からふわっとトスした。
「ナイスピッチ~♪」
サタヌス、踏み込み。
「いっけぇぇぇぇ!!」
斧の“柄”で、完璧なミート。
爆弾は、曇天の空へと打ち上がった。
ぐるぐる回転しながら、美しい放物線を描く。
その先は——カフェ・カタパウシス。

「えっ……」
モブアサシンが、ぽかんと口を開ける。
「爆弾で……野球……?」
「そんなの——」
轟音、閃光、衝撃波。
建物は“営業停止”という概念を超えて存在をやめた。

「うわああああああああ!!」
逃げ惑うアサシンたち。
瓦礫と煙が舞い上がる。

サタヌスは、斧を肩に担ぎ、満足げに言った。
「よし!満塁ホームランだな」
ネリアが拍手する。
「スタンドインだったね!!」
カフェ・カタパウシス
謎の爆発事故により営業停止(物理)。

原因:
・爆弾
・野球
・四番打者

サタヌスは煙の向こうを見ながら、ひとこと。
「次、二塁打くらいに抑えるか」
ネリアが即答。
「え~、またホームランしよ?」
こうして聖都に、
最も平和で最も迷惑な破壊が刻まれた。
だが士気は、なぜか爆上がりだった。

ノアは、一言も喋らない。
喋らないが、仕事は完璧だった。
曲がり角の手前で、立ち止まる。
一瞬だけ床を見る。
次に、壁。そして天井。
そのあと、指を二本だけ出して、
すっ……と前方を指す。
――あそこ、通れます。

ヴィヌスは足を止め、同じ方向を見る。
罠はない。
気配も薄い。
完璧なルートだ。
「……了解」
そう言ってから、ヴィヌスはちらりとノアを見る。
無表情。
だが、目だけが忙しい。
言葉にしない情報が、視線と瞬きのリズムで全部伝わってくる。

(……頑固ね)
命令されるのを待つ犬じゃない。
勝手に先行もしない。
だが「決めたら動かない」タイプ。
しかも、吠えない。
完全に――吠えない柴犬だった。
ヴィヌスは小声で、ぽつりと漏らす。

「散歩してほしい犬って……」
「だいたい、ああいう顔をしてるのよね」
ノアの耳が、ほんの一瞬だけぴくりと動いた
……聞こえてる。
でも振り返らないし抗議もしない。
ただ、また指で前を示す。

「ふふ」
ヴィヌスは小さく笑って、マントを翻した。
「いいわ、ボウヤ。ついていく」
その言葉に、ノアは一度だけ静かにうなずいた。
尻尾は、たぶん見えないところで振れている。
二人は言葉を交わさず、聖都の裏路地を抜けていく。
剣戟も、爆発も、怒号も、このルートには存在しない。
あるのは、無言の先導と、それを信じて歩く足音だけ。
そしてヴィヌスは確信する。

(……この子、絶対)
(撫でられるのは嫌いだけど)
(認めた相手には、一生ついてくるタイプだわ)
聖都でいちばん静かなコンビは、今日も誰にも気づかれず。
正解の道だけを選んで進んでいた。

石造りの回廊は静まり返っていた。
血の匂いも、爆音もない。
あるのは、かすかな魔力の流れと――会話だけ。
「それで神官様」
トゥランは床に刻まれた古い魔法陣を一瞥し、何の気なしに口を開く。
「キメラの存在は、神への冒涜だと思いますかね?」
足を止めることもなく、彼は指先で符号をなぞり、罠の“核”をすっと外した。
金属音ひとつ立たない。

「どうだろうねぇ」
メルクリウスは眼鏡の位置を軽く直しながら答える。
視線は壁の影、天井の継ぎ目、床下の魔力導線を同時に追っている。
「グリフォンやペガサスだって、神話生物として扱われてるけど」
彼は何気なく足を踏み出して。
“踏めば首が落ちる”位置を、正確に避けた。
「身もふたもなく言えば、複数の動物を合成した存在だ」
「キメラと違うのは……そうだね」
「“神話”という記号を貼られているかどうか、じゃないかな」
カチ、と小さな音。
床下で待機していた刃の群れが、解除信号を受けて沈黙する。

トゥランはふっと笑った。
「なるほど。では神とは“創造主”というより、“編集者”ですか」
「近いね」
メルクリウスは即答した。
「物語に名前を与え、意味を与える存在」
「創ったかどうかは、案外どうでもいい」
二人の会話は淡々と続く。
神学。倫理。神話の構造。
それらが罠解除の手順と完全に同期していた。

――そして回廊の影に潜んでいたアサシンたちは。
誰一人、仕掛けることができなかった。
(……何を言っている?)
(今の解除、どうやった?)
(いや、それより会話が理解できない)
理解できないものには、近づけない。
それが暗殺者の本能だった。
彼らは“強い”のではない。“読めない”のだ。

「たとえば、式典になると空をペガサスが飛ぶね」
メルクリウスが唐突に言い出す。
「えぇ、飛びますね」
トゥランは、当たり前のように頷いた。
「……あれ、何と何のキメラだと思う?」
「そうですね。翼の形状だけで見れば、白鳥と馬でしょう」
「あの艶、羽ばたき方、ほぼ水鳥です」
「やっぱり?僕もそう思ってた。あれ馬体の重さだと鷹じゃ飛べない」
「水鳥系で軽量化してるんですよね。たぶん魔法的にも」
コソコソと様子を窺っていたアサシンたちが、内心震えていた。

(ちょ、え、え? 今の、聖職者同士の会話か?)
(「あれ何のキメラ」って……マジで“現役神官”が言うセリフ!?)
会話の次元が違う。
アサシンたちは動けない。というか――
(……“知性”って、武器より怖くね……?)
回廊の奥、罠はいつの間にか全部解除されていた。
残ったのは、戦闘痕よりも強烈な“謎インテリの余韻”だけ。
後に残ったアサシンは、仲間にこう報告したという。

「罠は完璧に解除されていた」
「だが――あの二人の会話のほうが、よほど危険だった」
インテリ眼鏡たちの謎ワールド。
そこでは、知性が最も鋭い刃になる。

聖都の裏通り、バリケードが行く手を阻む。
シルヴァは細身の剣を肩に、にこやかにガイウスへ振り返る。
「……あら、向かいの道……バリケードで通れませんわ」
「勇者さん、ぶっ壊してくださらない?」
ガイウスは一瞬きょとんとするも、すぐにマントを翻し拳を構える。
「……あぁ。怪力には自信あるぜ!」
バリケードに一発、豪快なヤクザキックを叩き込む。
バキンッ!と鈍い音と共に、木製の障害物は派手に吹き飛んだ。
シルヴァはその様子を涼しげに眺め、ふわりと微笑む。

「まぁ♪やっぱり手が出る殿方は素敵ですわ」
ガイウスは額に汗を浮かべつつ、苦笑い。
「いや逆じゃない??普通は止める側だろ……?」
シルヴァはすました顔で、剣を握り直す。
「わたくし。昔から男の趣味がずれていると言われまして」
「血の気が多い人って、見ていて飽きませんのよ?」

ガイウスは「うわ~」という顔で頭を掻く。
サタヌスの声が遠くから飛んでくる。
「おーい凶暴コンビ、そっちはもう片付いたかー?」
「黙って見てなさい!」と返すシルヴァ。
通った後にはバリケードの残骸と、静かな戦慄だけが残った。

――聖都は今日も騒がしい。

中央聖堂に足を踏み入れた瞬間、音が一段、落ちた。
石床に反響していたはずの足音も、祈りの残響も。
すべてが「上階」に吸い寄せられていく。
白いカーテンが、静かに揺れた。
風に押され、ほんのわずか開いたその隙間から赤黒い瞳が、こちらを見下ろしている。
肘を欄干に乗せ、頬杖をついた少女。
聖女の祈りの間に、最も似つかわしくない存在。
プルト・スキア。

その視線が、まっすぐシルヴァを射抜いた。
本当に一瞬だけ、空気が鳴った。
鋭利でも、怒りでもない。
品位と殺意が、同時に笑っている圧。
シルヴァは微笑んだ。

「まあ……♡わたくしより下品な御方、初めて見ましたわ♡」
プルトは、鼻で笑った。
「ふふ……来たんですね。来ると思っていました」
ガイウスは思わず声を落とす。
「……なんか今、俺。“貴族パーティーの人質”って気分なんだけど」
「黙って見てなさい」
ヴィヌスが即座に切る。
「これ、“女の闘い”ってやつよ」
リュコスは片眉を上げたまま、一切視線を逸らさない。
「よぉ、あんたかい。暗殺教団のボスは」
「──猊下は“生きて”るかい?」
プルトは肩をすくめた。

「……私は戦いませんよ」
そして、興味を失ったように、勇者たちを指先でなぞる。
「用があるなら、そこの四人。私、忙しいんです」
ひらひら、と手を振る。

「可愛いアサシンたちと遊んでいなさい?」
完全に、出番終了の仕草。
その瞬間だった。
「逃げやがった!!おい待て!まな板!!」
サタヌスの声が、聖堂に響いた。

プルトが、ぴたりと止まった。
振り返らない。だが、胸元にそっと手を当てる。
「……まな板」
低く、静かな声。
次の瞬間、彼女は消えた。
逃げたのではない、退いたのでもない。
そこに最初から“居なかった”かのように、カーテンの奥へ溶ける。
白い布が、風に揺れ──静かに、閉じた。
残ったのは、張りつめた空気と、取り返しのつかない名前だけだった。

バルコニーの奥で、白いカーテンが完全に閉じきったあと。
聖堂に残ったのは、人の気配ではなく──決意の重さだった。
リュコスが、低く言う。
「気をつけなマーク。教皇庁はもう、お前が知ってる空間じゃねぇぜ」
その言葉に、メルクリウスは一瞬だけ視線を伏せる。
祈る仕草ではない。
覚悟を仕舞い直す動きだった。
「……団長も、気を付けて」
そして静かに続ける。
「止めないでくれ」

「止めるわけないじゃ~ん!」
ネリアが明るく割り込む。
爆弾を軽く指で弾きながら、
「気を付けてねっ」
軽い。あまりに軽い。
だが、その軽さが本物だと全員が知っている。
サタヌスが鼻で笑った。

「あぁ!つか絶対あの若ハゲ──デクシアいるだろ」
「いるわね」
ヴィヌスが即答する。
「マジで決戦って感じ。カーテンコールはまだ?」
その瞬間、ガイウスが一歩前に出た。
軽口が止まる。

「ジョークは、アサシンどもを片付けてからにしろ」
剣に手をかける、勇者としてではない。
先頭に立つ者としての動き。
「いくぞ」
誰も返事をしなかった。
返事は必要ない。
その代わりに──足音が、再び聖堂に響き始めた。

祈りの場だったはずの空間が、完全に戦場のリズムへ切り替わる。
そして誰もが理解していた。
この先で待っているのは、カーテンコールではない。
本編の続きだ。