なすすべもなく、否-時を待つ勇者四人。
勇者たちを檻越しに猛獣を眺めるように監視する看守たち。
静けさを破るように-それは起きた。
地下牢を揺らす爆音。
鉄格子の奥で静まり返っていた勇者たちが、反射的に顔を上げた。
「なに今の……?」
「まさか、地震……じゃないよな」
「――っはっはっはっはっはっ!!!」
突如として、地下牢に高らかな笑い声が響き渡った。
全員が振り返る間もなく、爆発音とともに鉄扉が吹き飛び、白い煙と塵の中から長身の影が現れる。
女騎士だ、多分。
多分とついたのは、眼前に立つ騎士は──あまりにも型破りだったからだ。
先ず、黒い。
神聖さの象徴である白銀どころか、漆黒の外套とブーツ。
次に、腰に手を当てている。
剣の柄ではなく、腰そのものに。まるで舞台女優の登場のようなポーズ。
そして、眼帯をつけている。
「おいマーク!!ついにやったな!? 」
その女騎士――リュコス・アルネリオスは、腰に手を当てながら歩いてくる。
「誰だよあの陽キャおば……いや、おねーさまは」
サタヌスが理解を超えた事態に呆然とする中。
看守たちが悲鳴を上げながら後退する。
「ま、待て!あいつ、第五師団だ……」
「……団長!?え、嘘、第五師団の……!?」
さっきまで余裕のあった看守が顔を青ざめさせて固まる。
「 異端認定!おめでとうさん!!」
地下牢に響き渡るクソデカボイス。
鉄格子越しに顔を上げたメルクリウスが、眉をひそめる。
「その呼び方はやめてって言ってるだろ……」
「へへっ、ガキの頃みてぇに『うるせぇババア』って言ってみな」
「……誰が言うか」
メルクリウスはため息をつきつつも、その頬がわずかに緩んでいた。
明らかにお互い面識がある様子のようだが、点と点が繋がらない。
残り3人はポカンと、豪快過ぎる女騎士と神官のやり取りを見詰めていた。
「は? マーク?」
「いやいや、メルクリウスだろ?」
「私もそう聞いてるけど……?」
-マーク。
聞きなれない名前にメルクリウスが、ため息をつきながら肩をすくめる。
「……僕の、子供時代の愛称さ。
尤も、当時は呼ばれるたびに『うるせぇ!!』って怒鳴っていたがね。」
子供時代の口癖を、当時の声音を真似て出した彼をリュコスが大声で笑い飛ばす。
「ははは!やっぱ狂犬マーキュリー君じゃねぇか!」
「狂犬マーキュリー!? お前そんな呼ばれ方してたのか?」
「……子供時代は、今より少しだけ短気だったんだよ。」
「おーい、そこの優男くん! マークのことあんま舐めんなよ?」
「昔は教皇庁の狂犬って言われてたんだぜ! まぁ、成長してちょっと丸くなったみたいだけどな!」
「うるさいよ、リュコス。僕を過去形で語るのはやめてくれないか?」
メルクリウスが軽くため息をつきながらも、どこか微笑んでいる。
ガイウスたちが勢いに圧倒されている中、
リュコスがメルクリウスをニヤニヤしながら見つめている。
「へっ、マーク。お前、昔はもっと狂犬だったじゃねぇか。」
「え、狂犬?」
「お前が? 今じゃただの冷静メガネじゃん。」
「それとも、メガネが凶暴なの?」
「眼鏡は関係ないよ……。」
リュコスが牢屋の前で腰を下ろし、ニヤリと笑う。
「まぁだ第五師団がリプカにいた頃よ。ちょうど寄宿舎が修道院の傍でな?」
自然と修道院のガキども見る機会が多かったのさ。」
ガイウスが首を傾げながら尋ねる。
「それと、メルクリウスがどう繋がるんだ?」
リュコスが肩を揺らして笑う。
「んでよ、その中にいつも怒鳴ってるガキがいた。そいつがマークだ。」
「いや、待て待て。お前が言ってるの、ホントにメルクリウスか?」
怒鳴ってるガキが幼き日のメルクリウス。
想像のつかない光景に思わず疑問をぶつけるサタヌスに、リュコスがガハハと笑いながら答える。
「ほらよ、修道院のガキどもって、大体が静かでお利口だろ?」
「でもな、マークだけは違ったんだよ!ちょっとしたことですぐキレる、怒る、叫ぶ!
もうほんとに狂犬そのものだったんだよな!」
メルクリウスが軽く咳払いして言い訳をする。
「……その頃は、周囲に適応できなくてな。
どうしても、自分を守るために吠えるしかなかった。」
「でもよぉ、俺はすぐにわかったんだよ。
“うるせぇ”のトーンだけで、あいつの喜怒哀楽が全部わかるってな!」
「え、どういうことだ?」
ガイウスが訝しげに聞く。
リュコスがニヤニヤしながら解説を続ける。
「まずな、マークが本気で怒ってるときは “うるせぇ!!”って低くて重い声を出すんだ。」
でもな、ちょっと呆れてるときは、 “うるせぇ……”って軽く流す感じで言うんだよ。」
うるせぇで喜怒哀楽を表現する少年。
またも飛び出た、今のメルクリウスからは想像もつかない新情報に3人の目が丸くなる。
まるで機嫌が悪い時のサタヌス-いや、それ以上ではないか。
「そんなんでわかんのか?」
「わかるとも! だってな、あいつが悲しいときには、 “うるせぇ……”って囁くように呟くんだ。」
「んで、楽しいときはな、口元がニヤけながら、“うるせぇ”ってちょっと軽快に言うんだよ!」
「やめてくれ、リュコス。僕の幼少期の恥をこれ以上暴露しないでくれ。」
「なんだよ、いいじゃねぇか! お前が今、冷静メガネぶってるのが笑えるんだよ!」
「……昔は、自分の感情をコントロールできなかっただけだ。」
リュコスが豪快に手を叩く。
「それが今じゃ、聖職者然とした態度だもんなぁ。
まぁ、成長ってやつか? けど俺は昔のほうが面白かったぜ!」
「……はぁ、君がそう思うのは勝手だが……やはり困ったものだな。」
「いいじゃねぇか。そういうのが“お前らしさ”ってもんだ。」
メルクリウスが少しだけ微笑んで、肩をすくめる。
「……君には、何を言っても無駄らしいな。」
リュコスが豪快に笑い、勇者ズとメルクリウスを見回す。
「ははっ!昔話が済んだとこで、ここに来た理由だが――」
「第五師団のリーダーとして、リプカの違法ポーションと闇ギルドはぶっ潰してきた。」
ガイウスが目を丸くする。
「ぶっ潰したって、あのリプカの闇ギルド『蛇骨』をか?」
「そうだとも! あんな連中に正義の名が泣くぜ!」
リュコスが豪快に拳を突き上げた。
メルクリウスが少しだけ微笑みながら言う。
「……ありがとう。でもそれなら、僕に手紙をよこすだけでよかったのに。」
「そうもいかねぇんだよ、マーク。」
リュコスが肩をすくめる。
「闇ギルド共がしぶとく抵抗しやがってな……ウチの団員が何人か殉職しちまった。」
その言葉に、場の空気が一変する。
リュコスの口調は、いつもの軽快なトーンだが、その声には明らかな怒りが滲んでいる。
「それをな、教皇庁の連中が隠蔽しようとしやがった。
まるで第五師団が勝手に暴れただけみたいにさ。」
ガイウスが険しい顔で聞き返す。
「それ、マジかよ……そんなの、団員が浮かばれねぇじゃねぇか!」
リュコスが口元を歪めて笑う。
「だからよ、これからそのバカ共に殴り込みかけてやろうって時に、
お前らが異端審問官に連れてかれるのを見ちまった。」
「……なるほど。つまり、教皇庁が第五師団を悪者扱いしようとしているわけか。」
「正義を盾に取って、仲間の犠牲を無かったことにするなんて……
君が一番嫌うやり方だね、リュコス。」
リュコスが拳を握りしめ、目を細めた。
「その通りだよ。俺はな、仲間を見捨てるような正義は信じねぇんだ。
ウチの奴らが命張って戦ったってのに、
何もしねぇで見てるだけなんて許せるか!」
「それは……わかるぜ。」
ガイウスが深くうなずき、拳を握る。
「俺も、仲間がやられたのに知らん顔してる連中なんざ、許せねぇ。
でも、お前……教皇庁に殴り込みかけて無事で済むと思ってんのか?」
リュコスが不敵に笑う。
「上等だろうが! 俺の正義を貫くためにゃ、誰だってぶっ飛ばすだけさ!」
「団長、無茶をしないでください。」
メルクリウスが冷ややかな声で諫めるが、リュコスは構わず拳を振りかぶる仕草を見せた。
「なぁ、マーク。お前も言ってたじゃねぇか。
『正義を語る資格があるのは、戦い抜いた者だけだ』ってよ。」
メルクリウスがわずかに目を細めて笑う。
「……あぁ。確かに、僕はそう言ったね。」
「だったらよ、俺は第五師団を守るために戦う。
たとえそれが、教皇庁とやり合うことになってもだ。」
ガイウスが感嘆の声を漏らす。
「……やべぇ奴だな、あんた。」
「まぁつまりだな、マーク。俺がここにいるのは」
「リプカの“蛇骨”と“違法ポーション”を叩き潰してきたぞって報告兼……」
「直談判、てやつよ」
そう言いながら、眼帯の紐をキュッと締め直す。
その仕草に、檻の中のサタヌスがぽつりと呟いた。
「……やべ、かっこいいかも」
「この状況で惚れるなよ」と小声で釘を刺すヴィヌスの声がかぶさる。
だが、リュコスは気にも留めず、檻の前に立つと
「その前に、勇者さまたちを解放しなくちゃな」
鍵束を取り出し、ジャラ、と鳴らしながら鍵穴へと手を伸ばす。
その瞬間、背後から看守が叫んだ。
「ま、待ってください団長殿!!」
「そいつらは……“猛獣”です!!人の形をした災厄なんですよ!!」
その声には震えが混じっていた。
剣すら構えきれず、腰も抜けかけている。
その様子にリュコスは、ゆっくりと振り返った。
「……あァ?」
「うるせえ!!犬は黙ってろ!!」
その叫びと同時に、空気が裂けるような轟音が響いた。
リュコスの蹴りが炸裂。
看守は壁に吹き飛ばされ、ぐしゃりと崩れ落ちて気絶する。
鉄格子の向こう側、牢内の空気が一瞬、凍りついた。
サタヌスは目を輝かせ、ニッコリと微笑む。
「やっぱボスに似てるわ……俺、ああいう人好き」
その言葉に、ふとヴィヌスが思い出すように呟く。
「……そういえば、あんたの義父、没落騎士だったわね?」
静かに佇むメルクリウスは、目を伏せながら答える。
「血は……なんとかってやつだね」
そして、彼はそっとリュコスを見据えながら言った。
「……今は感謝するよ、団長さん」
リュコスは何も言わず、ゆっくりと檻の鍵を開ける。
鈍い音と共に、鉄の扉が軋んで開いた。
そして、背を向けたまま、吐き捨てるように言った。
「“猛獣”が誰かは……てめえらの腐った主にでも聞いてこいよ」
リュコスが踏みしめる鉄靴の音が、牢の通路に響く。
煙の奥から現れた姐御肌の女団長に、ガイウスたちは思わず息を呑む。
メルクリウスが眉をひそめ、低くつぶやいた。
「……おかしい。第五師団は本来、聖都の警備をしてるはずでは?」
リュコスはニカッと笑い、檻の前で腰に手を当てた。
「そうだぞ? だがなぁ、お前の親父さんが――」
振り向いて、団員たちに一声。
「“闇ギルドに情けは要らねぇ、徹底的につぶせ”ってな。
それでウチら、聖都から駆り出されたってわけだ!」
リュコスはコートの裾を翻し、メルクリウスに片目を向ける。
「パトロール続きで腐ってた連中には、ちょうどいい刺激になったみたいだがな。」
サタヌスがボソッと「すげえな……この人たち、戦争しに来てる……」と呟く。
ヴィヌスは思わず肩をすくめた。
メルクリウスは小さく苦笑し「……やっぱり、親父は有能だ」と呟いた。
第五師団の到着は、ただの偶然じゃない。
ヘルメス大神官――この国一番の情報屋であり、戦略家である男が
「戦うべき時」をピンポイントで見抜いた結果だった。