アンスロポス連合-運命が動く - 2/5

その時――ヴィヌスが、ふと顔を上げた。

「待って、シャルロッテ様が危ないかも!」
「えっ?」
「標的が勇者だけじゃないなら……教皇庁そのものが狙われている可能性が高い」
「……確かに」
メルクリウスが、表情を引き締めた。
「急いで教皇庁へ向かおう」
ガイウスが、勢いよく立ち上がった。

「……食べかけだが、やむを得ないな」
メルクリウスも、少し焦ったように席を立つ。
カタパウシスの朝食が終わり、勇者ズが立ち上がった。
教皇庁へ急ぐ準備を始めようとしたその時――

「僕も行く……あっ!」
メルクリウスが、壁に思い切りぶつかった。
「おいおい、大丈夫か!?」
ガイウスが、驚いて駆け寄る。
「……アンタ、本当に目悪いのね」
ヴィヌスが、半ば呆れながらため息をついた。

「それでよく昨日戦えたな」
サタヌスが、不思議そうに首をかしげる。
「……勢いでなんとかなった」メルクリウスが、さらりと答える。
「……まずはメガネ屋だな」
ガイウスが、肩をすくめて笑った。
「まったく、アンタが役に立たないのも困りものよ」
ヴィヌスが、苦笑しながらついていく。
「ふぅん……ポンコツメガネ神官か」
サタヌスが、妙に楽しそうにからかう。
「……自分でも少し不安だよ」
メルクリウスが、苦笑を浮かべながら歩き出した。

カタパウシス通りにあるメガネ屋。
アンティーク調の小さな店舗だが、最新型フレームが並んでいる。
「いらっしゃいませ~!」
元気な店員が、カウンターの向こうから笑顔で迎えた。
「……走り回ってもズレないような、頑丈なフレームはないかい?」
メルクリウスが、少し困った顔で尋ねる。
店員が、ピンと目を輝かせた。

「成る程! 冒険者さんですね!?」
「え……あぁ、まぁ……そういうことになるのかな」
(冒険者じゃないけど、まぁいいか)
「それなら――アドベンチュラーフレーム一択です!」
店員が、壁際の特設コーナーを指差す。
「登山、戦闘、激しい動きにも対応!耐衝撃性バツグンのフレームです!」
「……助かるよ」
メルクリウスが、少しホッとしたように微笑んだ。

一方、店内の試着コーナーでは――
「うわぁははははッ! 似合わねぇ!!!」
ガイウスが爆笑している。
「おい、そんなに笑うなよ」
サタヌスが不機嫌そうにメガネを外す。
試着したのは――銀フレームの細身メガネ。
しかし、童顔のサタヌスにはまるで賢者気取りの子供にしか見えない。

「マジで似合ってないわね」
ヴィヌスが、くすくす笑いながら言った。
「俺だってメガネくらい似合ってみせるんだよ!」
サタヌスが、別の黒縁メガネを試す。
「……やっぱ似合わねぇ」
ガイウスが再び爆笑して倒れ込む。

「なんだよ!?メガネってのは知的に見えるんじゃねぇのかよ!?」
「顔によるわよ、顔に」
ヴィヌスが、涼しい顔で言い切った。
「……くそっ、ガイウスのやつも試してみろよ!」
サタヌスが、悔しそうにガイウスへメガネを押し付ける。
「おう、じゃあ……これとか?」
ガイウスが、大きなラウンドフレームのメガネをかけた。

「うーん……」
「……お前、逆に似合いすぎてムカつく」
サタヌスが、苦々しそうに呟いた。
メルクリウスが、カウンターでメガネを注文中。
アドベンチュラーフレームを選び、レンズの調整を依頼している。
その時――メルクリウスはポケットから割れたメガネを取り出した。
レンズが片方完全に割れ、フレームも歪んでいる。

「……直せそうかい?」
「え?」
「思い出深い品でね……なんとかならないか」
メルクリウスが、少し寂しげに言う。
店員が、割れたメガネを慎重に手に取り状態を確認した。
「……これはひどい」
困ったように眉をひそめる。

「メガネとしての復元は難しそうです。フレームのみならどうにか修復できそうです」
「……そうか」
メルクリウスが、少し考え込む。
「頼むよ。そいつは長年の相棒でね」
「かしこまりました」
店員が、丁寧にメガネを受け取る。

一方、店内の試着コーナーでは――
「つーかよ! 俺がメガネかけるたび笑うの失礼過ぎるだろ!」
サタヌスが、ガイウスに食ってかかる。
「だってお前……マジで似合わねぇんだよ」
ガイウスが、腹を抱えて笑い続ける。
「ヴィヌスもかけろよ」
サタヌスが、ムキになってヴィヌスにメガネを差し出す。

「……そうね。メガネをかけた役ってやったことないし」
ヴィヌスが、試しに細身の黒縁メガネをかけてみた。
その瞬間――ガイウスが絶句した。
「……こういう悪女いるよな」
メガネヴィヌス――冷酷そうな瞳に、きっちり整ったフレーム。
完全に悪役令嬢を彷彿とさせた。
「なぁ、これってどうなの?」
サタヌスが、真剣な顔でガイウスに問いかける。
「……アリだな」
「アリかよ!?」
サタヌスが、ちょっと納得できない顔をしている。

その後、メルクリウスのメガネも完成し、
新しいフレームでしっかり視界を確認。
「よし、準備ができたら教皇庁へ行こうぜ!」
「ええ、急ぎましょう」
ヴィヌスが、悪役令嬢風のメガネを外し普段の凛とした表情に戻った。

教皇庁の朝。
普段なら祈りの声や聖歌の響きが聞こえるはずの回廊が、
今日は不自然なほど静かだった。
シャルロッテは、窓辺に立ち、白いカーテンを揺らしている風を感じていた。
その横で、エリスが淡々と花瓶の水を替えている。

「……なんだか今日は静かですね」
シャルロッテが、ふとつぶやいた。
「それは今日が初代聖女様の命日だからでしょう」
エリスが、無表情のまま答える。
その声には、一欠片の感情も感じられない。
「……命日……か」
シャルロッテは、ぽつりと呟いた。

(そうだ……勇者たちと訪れた、初代聖女の家……)
記憶の中で、ガイウスが珍しそうに窓から外を覗き。
ヴィヌスが花壇を見つめていた。
「シャルロッテ様」
エリスが、ふいに呼びかけた。

「は、はい!?」
少し驚いて、背筋を伸ばす。
エリスは、冷ややかな瞳でシャルロッテを見つめる。
「わたくし、個人の用がありまして――少し席を外しますね」
「え? あ……」
シャルロッテが、
きょとんとした表情で見上げた。
(……何か、わざと離れていったような)
そう感じながらも、理由を尋ねることができない。
エリスは、そのまま無言で回廊を歩き去った。

(……エリスって、たまに怖いな)
胸の中に、かすかな不安が芽生える。
教皇庁の中は――異常なほど静かだ。
シャルロッテは、壁際の花瓶を見つめた。

マドンナリリーが、静かに白く咲いている。
その花に触れることもできず、ただ眺めているだけ。
「……シャルロッテ様……」
ぽつりと、花に語りかけるように呟いた。
(私以外で唯一、本名で名乗られている方……)
初代聖女の名を引き継ぐ者として――
シャルロッテは、漠然とした違和感を感じていた。

教皇庁の大回廊。
静かな空気が流れる中、
白い柱の間を歩くシャルロッテ。
その隣には、花瓶に生けられたマドンナリリーが揺れている。
(……エリス、どこに行ったのかしら)
不安を抱えつつ、そっとリリーに触れようとした瞬間――

「勇者様方!」
シャルロッテが声を上げた。
正面から――ガイウスたち四人が駆け寄ってくる。
「探す手間省けたわ、聖女様」
ヴィヌスが、少し微笑んで言った。

「暗殺教団の連中を見かけたんだ」
ガイウスが、真剣な表情で話し始める。
「無事か確認したくて!」
「暗殺教団!?」
シャルロッテが、驚きの声を上げる。
その大きな声に、近くの司祭たちが振り返った。
「……ゴホン」
シャルロッテが、恥ずかしそうに咳払いする。
顔が赤く染まっていた。

「とにかく――しばらく5人で行動しませんか?」
「エリスがいなくなって……」
シャルロッテが、心配そうに視線を落とす。
「確かにそれは不安だ」
メルクリウスが、冷静に頷いた。
「彼女、そこらのロイヤルガードより強いんだってね」
「はい」
シャルロッテが、少し困った顔でうなずく。

「エリスがいるときは安心できたのですが……」
「なら、まとまって行動しよう」
ガイウスが、元気づけるように声をかけた。
「5人なら、何が来ても大丈夫だ」
「ありがとう、勇者様」
シャルロッテが、ほんの少し微笑む。
その笑顔に、ガイウスが安心したようにうなずいた。

(……エリスがいないのは不安だが)
(5人なら、何とかなる)
メルクリウスが、新しいメガネを押し上げながら決意を固めた。