アンスロポス連合-運命が動く - 5/5

-わからない。
どう操作するのかも、何がどうなっているかも。
勇者達は眼前のオーバーテクノロジーに手を取られていた。

最初は冷静に、冷や汗を拭いながら操作していたヴィヌスだったが。
ついにコンソールのパネルを強く叩きながら、苛立ちを隠しきれずに叫ぶ。
「……あぁもうわかんない!マニュアルぐらい用意しなさいよ!!!」
彼女の強烈な一撃に、コンソールが一瞬だけノイズを発し、数値表示が乱れる。
ガイウスが呆れ顔で突っ込んだ。
「おい!ぶっ壊れたらどうすんだよ!」
「だったらアンタがやりなさいよ!」
ヴィヌスが振り向きざまに怒鳴る。
「俺が触ったら全部爆発しそうだ!」
「使えないわね、ほんと!」

シャルロッテが戸惑いながら手を握りしめた。
「や、やめてください……このままじゃサタヌスさんが……」
サタヌスは微かに息を吐き、青ざめた顔でうめき声を上げている。
メルクリウスがサタヌスの額を押さえながら、冷静な声で諭すように言った。
「落ち着け。ここは冷静に操作を……」

ヴィヌスが再びコンソールに手をかけたとき、
ふとメルクリウスが画面の隅に刻まれた文字を見つけた。
「……!? 緊急停止……て読めるよ、ここ!」
「本当?」
ヴィヌスが振り返る。
「ああ、ルーン文字だ。神官という仕事柄、日常的に目にしているのでね。」
「まさか……ここにそんなものが……」シャルロッテが息を呑む。

コンソールに「緊急停止パスワード入力」と表示され。
赤いランプが激しく点滅している。
サタヌスは相変わらず荒い息を吐き、ガイウスが彼を支えながら叫んだ。

「おい、早くしろ!サータがヤバいんだ!」
ヴィヌスが苛立ちながらコンソールを操作する。
「何よ、パスワードって……そんなのわかるわけないじゃない!」
「考えろ……!」
メルクリウスが冷静に声をかける。
シャルロッテが思いついたように口を開いた。

「そ、そうです!教皇庁が立ち上がった年月日はどうでしょう?」
「教皇庁ができた日か……確か、二百年前だったな。」
メルクリウスが呟く。
「やってみる!」
ヴィヌスがその年月日を入力する。

「エラー、パスワードが違います」
しかし-返ってきたのは、無機的な自動音声のみだった。

「やっぱりか……教皇庁ができた年とは限らない。」
メルクリウスが考え込む。
「じ、じゃあ初代聖女様の誕生日は!?絶対携わってるはずですもの!」
シャルロッテが焦ったように言う。
「それだ……聖女を象徴するシステムなら、その可能性が高い!」
「待って、私が入力します!」
シャルロッテが前に出て、緊張した指で入力した。
「エラー、パスワードが違います」

「くっ……!」シャルロッテが顔を伏せる。
「本当に……これで合っていると思ったのに……」
ヴィヌスがため息をつき、拳を握りしめた。
「ほんとイラつくわ…!なんでこんなに回りくどいのよ!」

地下施設の空気は、機械の唸りと焦りの呼吸で満ちていた。
青白い光が壁面のパネルを這い、奥の空間でサタヌスの荒い息が反響している。
ヴィヌスの指がタッチパネルを滑り、最後の数字を入力する。
コンソールが一瞬沈黙した次の瞬間、無機質な声が落ちる。
『二回連続でパスワード入力に失敗したため、24時間ロックされます』
赤い警告灯が、無情に点滅した。

「……は?」
ガイウスの顔が一瞬真っ白になる。
「くそおおおおお!!」
彼は思わず拳をコンソールに叩きつけた。
鈍い音が地下に響く。
「ふざけんなよ!!サータ死ぬぞ!!」
ヴィヌスが歯を食いしばる。

「……ちょっと待って」
彼女の声は先ほどまでの苛立ちとは違っていた。
何かを見つけた人間の声。

「ねぇ、聖女様……ルーメン・エルが」
「え?」
メルクリウスが静かに目を細めた。
「……光っているね、いつもより激しく」
シャルロッテの手の中、銀の鎖の先で揺れる青い石。
ルーメン・エル。
それは初代聖女と勇者エイレーネの友情を象徴する宝石として、教皇庁が語り継いできたものだった。
だが今は、青い光が内部から爆ぜるように溢れている。
宝石の奥に、星のような閃光が瞬き続けている。

シャルロッテの掌の中で、ルーメン・エルは目が眩むほどの光を放っていた。
ヴィヌスが低く呟く。
「……さっきまで、そんな光り方してなかった」
メルクリウスはコンソール、石、そしてシャルロッテを順番に見た。

「もしこの施設が“祈りの兵器”だとするなら」
「聖女の象徴が、ただのアクセサリーである可能性は低い」
青い石がさらに強く光る、まるで「使え」と言っているかのように。
シャルロッテはゆっくりと石を見つめた。
胸の奥で、何かが繋がる。
地下の機械、祈りの兵器、聖女の証、そしてこの石。
全てが一本の線になっていく。
祈りの象徴だったはずの宝石が、
今はまるで兵器の心臓のように脈打っている。

「やっぱり。ただの飾りじゃ、ない……」
コンソールの画面が、青く反応した。
シャルロッテが石を操作盤に近づける。
音は、しなかったが機械が“気付いた”。
コンソール中央の装甲が、すっと左右に開いた。
まるで最初からそこにあったかのように。

中には、丸くくり抜かれた窪み、宝石をはめ込むための穴。
「まさか……」
ヴィヌスの声が低くなる。
「最初から……これが鍵だったってわけ?」
メルクリウスは薄く目を細める。
「合理的だね。聖女しか持っていない鍵」
「それなら兵器の制御権を他人に奪われることもない」
シャルロッテは、何も言わなかった。
ただ、石を見つめていた。

聖女の至宝を――ここに使うということは。
つまり兵器の部品だったということを認めること。
ほんの一瞬だけ、本当にほんの一瞬だけ、指が止まった。
聖女の至宝を捨てるなんて。

その迷いは、胸の奥で小さく揺れた。
だが視線が床に倒れているサタヌスを捉える。
青白い光に照らされた顔は、普段のふざけた表情が嘘のように弱々しかった。

その瞬間、迷いは消えた。
シャルロッテはルーメン・エルのチェーンを握りしめる。
ぐっと力を込め、銀の鎖が千切れた。
ガイウスが思わず叫ぶ。
「おいッ!?」
シャルロッテは振り向かない。
そして宝石を躊躇いなく、はめ込んだ。

地下空間そのものが唸った。
床が震え、壁のパネルが一斉に青く光る。
警告灯の赤が、次々と消えていく。
低い機械音が、重く響く。
『ルーメン・エル確認』
ほんの一瞬の静寂。
『女神の盾――完全停止』
光が、一斉に落ちた。
部屋に残ったのは、機械が停止していく静かな余韻と。
ようやく落ち着き始めたサタヌスの呼吸だけだった。

誰も、すぐには喋らなかった。
シャルロッテはただ、空になった胸元を見つめていた。
そこにあったはずの青い石は、もう戻らない。
「……これで、よかったんですよね」
まだ苦しげに息をしているものの、サタヌスの顔色はほんの少しだけ戻っていた。
しばらくして、彼のまぶたがわずかに震え、かすれた声が漏れる。

「……はぁ……はぁ……ティータが見えた……」
その言葉に、全員が一瞬黙り込む。
――その時、サタヌスの意識は、確かに“あちら側”に触れていた。

——-

そこは、薄暗く、どこか冷たい川辺だった。
霧が立ちこめ、視界の奥に、見覚えのある後ろ姿。
赤いベレー帽に眼帯。
魔王軍軍曹ティータが、ふつうに立っていた。葉巻を咥えて、煙を吐いている。
まるで休暇中の兵士のような佇まい。
サタヌスがジト目で見上げる。

「……ここ三途の川だよな?」
ティータ、平然。
「おかしいな。俺は無罪のはずだが?」
サタヌス、水をばしゃっと蹴る。
「無罪なわけあるか!!ジャングル戦の帰還兵みたいな顔してんじゃねぇ!!」
「ていうかメキアで死んだんじゃなかったのかよ!?」
「あれか?俺の弟だ」
「うそつけ」
サタヌスが、思わず頭を抱えた。

「マジで笑えねぇ。でも――お前地獄行きか……救われねぇな」
「……そんなやつだってことだ」
ティータが、冷めた目で呟いた。
「まぁ、地獄の親父は放っといて、俺は俺で前に進むだけさ」
サタヌスが、軽く拳を握りしめた。

白い霧が、ゆっくりと流れを覆っている。
サタヌスとティータが、少し距離を取って立っている。
「……まぁ、とにかく行かねぇよ」
サタヌスが、ふっと息をつきながら言った。
「そうか、来ないか」
ティータが、少し肩をすくめた。

「ま、どうせまた来るだろ」
ティータが、にやりと笑う。
「また会おうぜ、息子」
その言葉に―サタヌスが全力でツッコんだ。
「俺が地獄堕ちる前提で話すなああああ!!!!」
全身で怒りを表現している。
拳を振り上げ、頭の血管が浮き出そうなほどだ。

「ハッハッハッハ……」
ティータは、無邪気に笑いながら、白い霧の中にフェードアウトしていく。
「だから笑ってんじゃねぇよ!!」
サタヌスが必死で叫ぶ。
(……くそ、なんで俺の親父はクソ野郎なんだ)
本当に地獄で獄卒に絡んでる親父の姿が脳裏に浮かぶ。

「……俺は地獄堕ちねぇからな!!!」
大声で叫んだ。
その声が霧に吸い込まれていく。
「……さて」
サタヌスが拳をゆるめ、空を見上げた。
「地獄じゃなくて、俺は俺の道行くか」
少しだけすっきりした顔を見せた。

ようやく空気が落ち着いて。メルクリウスが疲れた表情で壁に寄りかかり、目を細めて呟く。
「……“祈り”が兵器だったとはね。」
「人々が願い続けた結果が、異界殲滅砲――。
信仰が暴力に形を変えた、か。」
シャルロッテが悲しそうにうつむく。
「私たちは……一体、何を信じてきたのでしょうか……」

——

-アンスロポス連合傍・魔王軍駐屯地-
暗雲が垂れ込める中、魔王軍の駐屯地は静まり返っていた。
不気味なほど無音の中、ユピテルが窓際で外を見ている。
青白い雷が、彼の顔を照らし出す。
近くに控えていた部下が、恐る恐る声をかけた。
「ユピテル様、異界殲滅砲が停止した模様です……!」
ユピテルが指を鳴らしながら、口元に薄く笑みを浮かべる。
「……ついに止まったねぇ。“祈り”って名の兵器が」

「ユピテル様、これは……良い知らせでしょうか?」
ユピテルが振り返り、軽く首を傾げる。
「良いか悪いかなんて、どっちでもいいんだよ。」
「ただね……これで少しは遊べそうだってだけさ。」
ユピテルがわざとらしく笑いを漏らす。
「ほら、準備しときなよ。どうせ向こうも“遊び”に来るだろうしさ。」
部下たちが緊張した顔でうなずき、駆け足で準備に取り掛かる。
雷の音が激しく響き、空気が張り詰めている。

ユピテルは窓を見つめながら呟いた。
「さぁ、次のゲームの始まりだ……」
その目には、異様なまでの期待感が漂っていた。