陽が高く、雲ひとつない青空だった。
クードスの港町を目指す街道の分岐点。
砂利道に立ち止まった三人の若者が、使い古した地図を広げている。
ガイウスは地図の端を押さえながら、難しい顔で呟く。
「……なあ、ヴィヌス。もし砂漠へ向かうなら、どこ通るのが一番近いんだ?」
サタヌスが即座に文句を言い出す。
「また最速ルート!?せっかく海まで来たのに観光しないって正気かよ。カジノとか行こうぜ!」
ヴィヌスは白銀の髪を指でかき上げ、すぐに山側を指した。
「あっちの裏山ルートが最短よ。地図上は一本道。
でも、帝国軍の巡回もほとんどなくて、吊り橋も道もボロボロ。去年は熊の目撃情報まであったわ。」
風が、森の奥から生暖かく吹き抜ける。
不意にガイウスは肩をすくめる。
「……それ、通れんのか?」
ヴィヌスは肩を竦めて微笑んだ。
「運が良ければね。去年クマも出たらしいし。」
無言の時間。三人の間に漂うのは、妙な緊張感だった。
「うん、クードスルートで。港町行こ、な?」
サタヌスが震える声でまとめにかかる。
ガイウスは苦笑いしながら頷いた。
「……わかる。クマは流石に無理だ。」
ヴィヌスは勝ち誇ったように頷いた。
「でしょ?」
三人は示し合わせたように“安全かつ飯テロルート”を選択した。
だが、ガイウスだけは地図から目を離さない。
「最速ルートって言うし……ちょっとだけ様子見ようぜ?」
重い足取りで森の入り口に向かう。
草は深く、木漏れ日はどんどん細くなっていく。
やがて、目の前に現れたのは“今にも崩れそうな吊り橋”だった。
「……あれ、見なかったことにしていい?」
ヴィヌスが息を呑む。
対岸の岩場、推定200キロはあるクマが昼寝している。
吊り橋のロープは今にも切れそうにたわみ、足場はぬかるみ、空気まで重い。
サタヌスが震えながら呟く。
「いや、マジでいるんだけど……クマ……」
ガイウスは言葉もなく、一歩下がった。
「……急がば回れ、だな。」
ヴィヌスは満面の笑みを浮かべていた。
「ほらね?」
サタヌスは涙目で地図を握りしめる。
「パスタの匂いする方が正義だわ……」
三人は誰よりも速く踵を返し、港町クードスへと歩みだす。
途中、すれ違った猟師がぽつりと呟いた。
「裏山は無謀だよ。クマ、昼だけで3回は見たしな。」
ガイウスは未練がましくもう一度だけ吊り橋を振り返ったが。
クマがのびをした瞬間、即座にあきらめて仲間たちのあとを追った。
「……うん、パスタ食いに行こ。」
町への道は、徐々に舗装された石畳へと変わっていく。
潮風に混じるのは魚介の香り、港町ならではの雑踏のざわめき。
遠くにカモメの声が響き、もうすぐ“日常”とは違う世界が始まるのだと、三人は胸を高鳴らせていた。
クードス——この陽気な港町で、彼らを待つものが何なのか。
まだ誰も、知る由もなかった。
–同刻・深月城–
深い闇の底から、城はゆっくりと浮かび上がる。
天を焦がす血のような赤い渦が、城の尖塔を焼き出し、静寂に濃密な圧を落としていた。
ルナは玉座の間の中心で、たった一人、身じろぎもしない。
闇に沈む大広間、その静けさは底なしの井戸のようだ。
どこからともなく忍び寄るのは、ただ自分の心臓の音と、かつての記憶。
夜のネオン街。
人間のふりをして情報を集めていた、あの夜。
誰よりも冷静でいられるはずの自分が、“ただの人間”に本気で睨みつけられた。
(……気に入らない)
銀髪の自分、赤い瞳。
ネオンの光の下で、彼——ガイウスと視線を交わした瞬間。
心の奥の何かが、微かに軋んだ。
(あの日、自分を本気で敵視した“ただの人間”が、全てを狂わせた)
モノクロのフラッシュバック。
胸の奥に、鋭い違和感が刺さる。
あの夜の“彼”——テラ・アルキードも、私だけに敵意を向けてきた。
どんな相手にも動じない無表情、けれどその瞳だけは、虹色に輝いてすべてを拒絶していた。
(私が“恐怖”を知ったのは、あの目に射抜かれたときだけだ)
無感情な虹彩、その奥に潜む得体の知れないもの。
あの目と、いま目の前にいるガイウスの目が重なる。
人間のはずなのに、ありえないほど底知れぬ光を宿した瞳。
(……あの虹色の目、間違いない。
人間の寿命なら、とうに尽きているはずだ。
テラ・アルキード……なぜ今になって、私の前に——)
玉座の間を満たすのは、赤黒い闇だけ。
心を苛むのは恐怖よりも、説明できない苛立ち。
(また、あの目に見られる日が来るとは……)
ルナの右手が、玉座の肘掛けをわずかにきしませた。
彼の威圧は、ただ座っているだけで、周囲の空気を凍らせる。
その時——遠く、バルコニーの扉が音もなく開いた。
次々と現れる影——六将たち。
いずれもこの世の“異形”ばかり。
その誰もが、玉座に座す王の機嫌をうかがい。
ただ沈黙と畏怖の色だけを纏っていた。
(……私は、これほどまでに脅かされているのか)
“王”であるはずの自分が、今や“敵”を前にして内心を乱されている。
その事実こそが、最も許せない。
(全ては、あの男のせいだ。あの目の、せいだ)
ルナは、静かに目を閉じた。
黒い雷雲が、城の外を包みこみ、赤い光が玉座の上に差し込む。
いずれこの深月城に、嵐が訪れるだろう。
王として、全てを薙ぎ払う時が——いずれ、やってくる。
玉座の間を満たしていた静寂が、突如として破られた。
ユピテルが手すりにもたれかかり、いつもの気だるげな調子でルナを見上げる。
「ルナ様。アルルカンで勇者を見たそうじゃないっすか」
「勇者なんて今までも返り討ちにしてきたでしょ~? 何がそんな恐ろしいんですか」
ルナは苦々しい顔を隠しきれなかった。
「いや、あれはな……」
言いかけた瞬間、横から割り込む声。スマホ片手のウラヌスだ。
「てゆーか今代の勇者ちゃん(ガイウス)イケてね?
ほら、Dスタで爆いいね獲得中なんだけど〜」
ウラヌスは当然のように、画面をルナの顔面ギリギリまで突きつけてきた。
画面には、華やかなコメント欄。
目が万華鏡みたいでカワイイ
これ頭の位置から180超えてんじゃん、でっか!?
↑長身男子、推せる
「勇者」って言うから陽キャ系かと思ったら“根暗の美形”出てきてワロタw
この目つき…闇落ちイベ来るだろ絶対
イケメンなのに雰囲気が陰 #陰キャ優勝
“無駄に影ある男子”が刺さる…推し決定
普段の顔と笑った時の破壊力がバグってるタイプ
あの前髪、絶対スタイリング難易度Sランクw
なんか後ろに見切れてるお姉さんも美人(ヴィヌス)
ルナは唇を震わせて叫ぶ。
「貴様、それ私のトラウマだぞ!? 本気で怯えてたのに、全部台無しだ……!」
ユピテルは突然身を乗り出し、スマホ画面に目を凝らす。
「ン? ちょっと待てコレ……この見切れてる女……おいウラヌス、ズームだズーム!!」
「は?また拡大? あ〜はいはい、ヴィヌスのとこアップしとく〜」
ウラヌスが指先で画面を操作すると、ヴィヌスの顔半分が画面いっぱいに映し出された。
一瞬だけでも、圧倒的な美女オーラ。コメント欄は再び盛り上がる。
ユピテルは目を細めてうなる。
「マジでダークエルフじゃねぇか!? 俺、生で目にするの百年ぶりだぞ!
あの紫の目、浅黒い肌、間違いねぇ。昔の大戦のときは絶滅したって聞いてたけど……」
マルスは額に手を当て、深くため息をついた。
「……お前、会議はどうした。真面目にやれ」
プルトは机の端で冷ややかな声を投げる。
「早く会議を初めてください」
しかし、ウラヌスはノリノリのままだ。
「ダークエルフ無双♪会議にならない魔王軍!」
赤黒い深月城の空気は、一瞬にしてバラエティ番組の楽屋裏へと変貌した。
深月城、玉座の間。
王が空気を引き締めようとした瞬間、空気はなぜかふたたび緩んでいく。