クードス編・1章-港湾都市へようこそ - 2/6

ユピテルが首を傾げながら、どこか本気で感心したように呟く。
「やっぱいいわダークエルフ……あ、悪ィ、俺ちょっとテンション上がっちまった。
じゃあ本題、幹部会議な。えーと、議題は……なんだっけ?」
場の空気をまるで湖面の波のようにさらりと変えるのは、ネプトゥヌスの落ち着いた一声。
「……議題は“クードスの件”でございますわよ」
——もはや、張り詰めた威圧感もどこへやら。
魔王軍幹部の会議は、今日もまともに進行する気配を見せない。

ウラヌスは満面の悪戯顔でスマホを掲げる。
「え〜?でもさぁ、テラの目ってマジで映えじゃね?
タグ『#異能男子』で上げとくわw
てか、勇者ってみんなこんなに強そうなん? そりゃあウチらもビビるっしょ!」
ルナは呆れと疲労のあまり、うなだれて肩を落とす。
「……これだから現代っ子は……」
しかし胸の奥には、あの“虹色の目”の残像が焼き付いて離れない。
汗が、じわりと首筋を伝う。
その静寂を破ったのは、カリストが机の上に分厚い資料を投げ出す音だった。
彼の目は真剣そのもので、嫉妬の色すら隠せていない。

「ユピテル様、そんな女より私の資料を見てください」
「アルルカンに潜伏させていたオーディスが、この者たちに倒されました」
「魔導戦車一台も、内側から基盤を雷で破壊され自走不能に」
視線はひたすらユピテルへ。
褒めてほしい、評価してほしい。そんな空気がこれでもかと溢れている。
ネプトゥヌスは優雅にティーカップを傾け。
「まぁ……お強いのですね、とっても」と微笑む。
ウラヌスはお腹を抱えて大笑いしている。
「やっばww今代の勇者ズ、レベル1時点で強いじゃん!逸材揃い〜!
#世代交代の波 #推し勇者ズ」
そしてその一方で、プルトは低く静かな声で呟く。
「……逆に言えば、恐らくこれが最後の勇者パーティーです」
「アルキード王国の連中も“今代が敗北すれば国は滅ぶ”と言い切っていた存在」
その声には、妙な静けさと、重い現実だけが漂っていた。

ウラヌスは両手を広げて大げさに叫ぶ。
「最後の希望ってコト!? エモいー!!」
しかしマルスは渋い顔で冷静に現実を指摘する。
「……会議で盛り上がってどうする。現実は、もう後がないぞ」
そんな空気の中でも、ユピテルはどこ吹く風。
「へぇー、勇者ズ、やっぱ面白ぇな……」
だが視線はずっと、画面の隅に映るヴィヌスの横顔ばかり追いかけている。
気がつけば、最高幹部会議には、もはや“会議”の体裁など欠片も残っていなかった。
唯一、ルナだけがひとり、どこまでも張りつめた空気の中に取り残されている。

カリストは、さらに殺気を強めつつ分厚い資料のページをめくる。
グラフや数値、手描きのメモまでびっしりと書き込まれたその書類は。
明らかに「夜なべ」の結晶だった。
「ご覧くださいユピテル様、ここ……勇者ズの身体能力・成長速度のグラフ。私が夜なべして作りました」
その目には、純粋な執着と、僅かな焦りが浮かんでいる。
ウラヌスは横からひょいと顔を出し、茶化すように笑う。
「カー君、重すぎw 推しが最強だとガチ恋勢化するってマジ?」
けれどその冗談すら、すぐに空気に溶けていく。
ルナが低く、だが切実な声で言い放つ。
「アルキード王国が“これが倒れれば終わり”と言い切る存在か……」
モニターに映るのは、遠くクードスへ歩むガイウスの背中。
ルナはその姿を見つめながら、何か“決定的なもの”を確信したように、表情を引き締める。

「ついに、あの国も本気を出した……」
静かに椅子から立ち上がる。
その動きだけで、城内の空気が一変する。
「お前達。この勇者達を、可能な限り集結前に始末しろ」
背後で控えていた配下たちにも、緊張が走る。
ふざけ合っていた幹部たちも、次第に空気を読み取り、口をつぐむ。

ルナはゆっくりと、モニターに歩み寄る。
画面の中央には、ガイウスの姿がはっきりと映っていた。
「特に……この男を」
ルナはモニター越しに、その姿を指でコツコツと示す。
その指先には、執念と恐怖、そして王としての命令のすべてが込められていた。
「どんな手を使っても構わない」
ルナの命令が響いた瞬間。
それまで重苦しかった空気が、今度は別の熱で満たされる。
幹部たちは一斉に息をのみ、次の瞬間、全員がほぼ同時に手を挙げかける。

(私が行く!)
(行かせてくれ!)
(勇者……面白そうだな)
それぞれの目に、競争心と狩人の本能が燃える。
空気には火花が走り、玉座の間は一瞬だけ殺気と牽制で満たされた。
だが——誰よりも早く、ユピテルが一歩前に出た。
「ルナ様、俺が行きます」
声はあくまで軽い。けれどその笑みの奥には、誰にも抗えない底知れぬ威圧が潜む。
「俺に斬られる雑魚どもなら、あんたを脅かす存在じゃないってことだ」
その言葉に、一同が一瞬押し黙る。

ウラヌスは爆笑しながらツッコむ。
「あれ!?ここはまず一番弱いヤツが行くとこじゃない?
雑巾ちゃん(プルト)行きなよ、最弱でしょ?」
プルトは静かに肩をすくめ、半眼で小声を漏らす。
「最弱ですけど……アイツ、筆頭権限使ったし……」
だがその目は、ぜんぜん納得していない。
カリストはジト目でじわじわとユピテルに詰め寄る。
「絶対最弱ではありませんよね、こないだCQC使ってたの見ましたよ」
「それに“筆頭権限”ってズルでは……」
マルスは淡々と全員をいさめる。
「くだらん、誰が行こうと、勇者を仕留め損なうな」
しかし内心は、「筆頭権限ズルい」と、ぼやいていた。

ネプトゥヌスはふわっと微笑み、他人事のように茶を啜っている。
玉座の間の緊張と脱力、その狭間で。
ただ一人ルナだけが、鋭い視線をユピテルに向けていた。

バルコニーの向こうに、夜の空が広がっていた。
冷たい風が深月城の尖塔を舐める。
会議を終えたばかりのユピテルは、手すりに片肘をかけて外を見下ろしていた。
背後には、魔王軍の六将とルナ。
彼らの気配を背中に受けながら、ユピテルは振り返りもしない。
「で、今、勇者どもはどこ?」
ネプトゥヌスが優雅な微笑みを浮かべて答える。
「クードスですわ」

その答えに、ユピテルは口角をゆっくりと釣り上げる。
その笑みは、幼さと残酷さ、そして狂気をひとつに宿していた。
「クードスかぁ。ただ斬りに行くだけじゃつまンないねぇ」
「人類の希望気取りに、絶望刻み込ンでやろうじゃねぇの」
バルコニーの手すりを、まるで重力など存在しないかのように乗り越える。
そのまま、一歩だけ宙に踏み出した。
——その瞬間。

天空が呼応するように、黒雲が一気に集まり始めた。
ユピテルの真上に、雷雲が渦を巻く。
轟音。
稲妻が、黒く歪んだ閃光となってユピテルの体を直撃する。
光と音の爆発。
目を開けていられないほどの閃光。
ほんの一瞬で、ユピテルの姿は消え去った。
あとに残ったのは新しい黒焦げの跡と、パチパチと残るスパークだけだった。
ルナは静かに目を閉じ、重い祈りのような声で呟く。

「……頼むぞ、ユピテル・ケラヴノス」
夜の空に、雷雲だけが轟いていた。
魔王軍のバルコニーからユピテルの姿が雷とともに消えたあとも。
その場に残された空気は、まるで深い泥沼のように重かった。

しばしの沈黙——誰もがユピテルの余韻に呑まれ、言葉を失っていた。
そんな中、ルナが玉座から静かに立ち上がる。
その声は、鋼の刃のように冷たく響いた。
「お前たち、ユピテルが不在の間に“フーロン”を落とせ。
あの国に、我ら魔王軍の本気を見せてやれ。」
幹部たちの間に、緊張とざわめきが走る。
ウラヌスはスマホをいじりながら、あくまで気怠げに肩をすくめる。
「いや〜フーロン強いってww
野良魔族を追い出すどころか『お前たちもまたフーロンの民だ!』って言っちゃう国だよ?
ルナっち器ちっせぇ~じゃんw」
その瞬間、轟音。
ウラヌスの頭上に容赦ない直撃制裁が落ちた。

ドカーン★

壁にめり込んだウラヌスは、涼しい顔でピースを決める。
「ミンチよりひどいよ♡」
プルトは腹を抱えて笑い転げていた。
「アハハ!!ウラヌスが吹っ飛んだ!!」
しかし、ルナは微塵も動じず、静かな微笑を浮かべる。
「私も“あの国”を滅ぼせるなどとは思ってはおらん。」
その笑みには、妙な余裕すら感じられた。
「ただ、貴様らはあの国が外に手を出せぬよう“動けぬ”状態にしておけ。それで十分だ。」

誰もが知っている。
“フーロン”は、世界で唯一、魔王軍ですら容易には崩せぬ鉄壁の大国。
異形も怪物も、すべてを“自国の民”として呑み込む魔都。
その名を聞くだけで、深月城の幹部たちでさえ、本気で内心がざわめいた。

外の空に、冷たい風が吹き抜ける。
次に動き出すのは、魔王軍か、それとも“世界一ヤバい国”か?
世界の歯車は、またひとつ大きく軋み始めていた。