クードス編・2章-パスタの喰い方わからねぇ同盟 - 1/4

「勇者さんこっちこっち! 踊りまくって腹減ったろ?」
ヴァレンが弾む声で手招きする。
広場の余韻がまだ耳に残る中、勇者一行は彼に連れられて裏路地へと入っていった。
細い石畳の道には夕餉を告げる香ばしい匂いが漂い、窓辺からは笑い声がこぼれてくる。
サタヌスが鼻をひくつかせ、看板を指さした。
「あっ、船頭のオジサンが勧めてた」
木の看板にはチョークで「今日の日替わりパスタ」と書かれ。
赤と緑のラインで飾り文字が添えられている。
どこか子供の落書きめいて温かみのある文字だった。

石造りの建物の一階、店先には花鉢と白いテーブルクロスが並び。
赤髪をひとつに束ねたふくよかなマダムが腕を組んで立っていた。
「おや、新顔! 腹ぁ減ってる顔だね、さぁ座んな!」
彼女――トラットリア・ジュリアーナの店主ジュリアが豪快に笑う。
ヴァレンは人懐っこい笑顔を浮かべて肩をすくめる。
「ここ、観光じゃない“本物”。ね、勇者ちゃん」

「誰が“ちゃん”だ」
ガイウスはむっと顔を背けた。
「本物でも偽物でもいい、はよ出して」
サタヌスが素直に席に座って頬杖をつく。
「白のワインを。おすすめで」
ヴィヌスは優雅に腰を下ろし、当たり前のように注文を告げる。
こうして、港町クードスで最も賑わう店の一角に、勇者たちの席が整えられた。

テーブルに腰を下ろすと。
厨房からはオリーブオイルとニンニクを炒める香ばしい匂いが広がってきた。
やがて湯気を立てながら、大皿にたっぷり盛られたパスタが運ばれてくる。
「今日の日替わりはペスカトーレさ。魚介たっぷり、うちの名物よ」
ジュリアが胸を張る。
「実はね、あのバルトロメオのお気に入りでもあるんだ。
あの子、魚介とワインが揃うと、皿が空になるまで踊り続けたもんさ」
エビやムール貝、アサリがふんだんに散りばめられ。
真っ赤なトマトソースが絡んだ麺は見るからに食欲をそそる。

「うおー、海の幸ゴロゴロじゃん!」
サタヌスが目を輝かせる。
「……パスタは形からして食いづらそうだな」
ガイウスはフォークを手にしながら顔をしかめた。
「大丈夫よ。ペスカトーレは巻きつければ簡単だから」
ヴィヌスはワイングラスを軽く傾け、余裕の笑みを浮かべる。

大皿に盛られたペスカトーレは、見るからに豪快だった。
殻付きのエビやムール貝、アサリが山盛りに散らされ。
赤いトマトソースの上に艶やかなオリーブオイルがきらめいている。
香ばしい匂いが立ちのぼり、腹の虫が盛大に鳴いた。
ヴァレンが隣でニヤつきながら、わざとらしく声をかけてくる。
「ねぇ勇者ちゃん、パスタの食い方わかるぅ?」
「……知ってるし。こうして――」
ガイウスはむすっとした顔でフォークを突き立て、そのまま力任せに麺を切ろうとした。
次の瞬間、ジュリアの木べらがパシンと手の甲に当たる。
「コラァ! 麺は切らないの!」
「いってぇ!」
ガイウスは情けない声を上げて手を引っ込めた。
一方のサタヌスはといえば、勢いに任せてすすろうとする。
「ズズッ――ゴホッ!? うぇっ!」
喉に絡ませて咳き込み、テーブルをバンバン叩いた。

「すすらない! ここはラーメン屋じゃないの!」
ジュリアが眉を吊り上げて叱り飛ばす。
ヴァレンは肩を震わせ、腹を抱えて笑い出した。
「あーコレ、“パスタの食い方わかんねぇ同盟”だわ!」
「……テメ、今なんて」
ガイウスがむっとして睨みつける。
ヴァレンはわざとらしく肩をすくめ、笑顔のまま挑発する。
「へぇ、勇者様って好青年かと思ったけど――逆ギレすんの、人間臭くて好感度上がるわぁ〜」
「うるせぇ……パスタ綺麗に食えなくても勇者はやれるし……」
ガイウスは視線を逸らし、アホ毛がしゅんと垂れ下がった。

サタヌスは肩を揺らして笑いながら背中を叩く。
「拗ねんな拗ねんな。ほら練習だ」
ジュリアは木べらを脇に挟み、手際よくフォークを構えて見せた。
「いいかい、パスタはフォークだけで“外から内”に巻くんだ。お皿の縁で支えて――そう!」
ヴィヌスが手を伸ばし、優雅に一巻き。
「ほら、こうよ?」
白い皿の上で、完璧に巻かれたパスタが芸術品のようにまとまっていた。
「おみごと!」
ジュリアがにっこりと頷く。
「……で、勇者ちゃんも、はいもう一回!」
「“ちゃん”つけんな!!」
ガイウスは耳まで赤くしながらフォークを構え、ぎこちなく皿の縁で麺を巻く。
「……できた」
ヴァレンが楽しげに手を叩く。
「やればできる勇者ちゃん!」
ガイウスは睨みを利かせ、声を潜めてつぶやいた。
「……ぶっ飛ばすぞ」

アホ毛がわずかに逆立つ。
だが、その顔はどこか子供っぽく拗ねていて。
ジュリアもサタヌスも、つい笑みをこぼしてしまうのだった。
ガイウスは、ようやく巻き取れたパスタを口に運び、咀嚼しながらぼそりとつぶやいた。
「……なんでこんなめんどくさいもの食べてるんだ?」
その愚痴は、まさにアルキード人らしい響きを帯びていた。
サタヌスが吹き出す。
「あー、ブリテンは飯に拘らねぇって有名だもんな」
ヴィヌスは涼しい顔でワインを口にし、肩をすくめる。
「美味しいご飯より紅茶、ってのがアルキードの流儀でしょ。
……でもね、ソルーナ人とアルキード人の夫婦、意外と多いのよ」
テーブルを囲む笑いの中で、二人の国の気質が語られる。
アルキードも、ソルーナも、拘るもの――紅茶とソーセージ以外は妙に大雑把。
だからこそ「意外と相性がいい」って町では有名な話だった。

ガイウスはフォークを持ったまま、視線を皿に落とす。
「……だってコレ、うまいけどめんどくさい……」
小声のつぶやきは、アホ毛と一緒にしゅんと沈んだ。
隣のテーブルの陽気なおじさんが、ワインを煽りながら言った。
「そういや、最近ソルーナの森からエルフが下りてきてるらしいな」
ガイウスはフォークを止め、素直な疑問を口にする。
「ソルーナって、あのジャガイモとソーセージの?」
ヴィヌスは軽く頷き、ワインを揺らした。
「大体その認識で正解よ。クードスとソルーナって昔から仲がいいの」
「ていうか近いからね、仲良くしないとあっという間に揉め事が起きるから」

カウンターの向こうでジュリアが笑う。
「まぁ、ない物ねだり同士の友情って奴さ。
ソルーナは海の幸を欲しがるし、クードスは保存食を欲しがるってわけだね」
別の客がパンをちぎりながら口を挟む。
「で、そのエルフがな……静かで優雅なんてイメージ、丸ごとぶっ壊す騒がしさだってよ」
「それエルフなのか? ただの喧嘩っ早い姉ちゃんじゃねぇの」
サタヌスがニヤッと笑う。
「いや間違いなくエルフだってさ。髪も、目も森の色だったらしい。本人は否定してたらしいがな」
おじさんは肩をすくめて言った。

雑談が一段落した頃、ジュリアが香ばしいラザニアを運びながら声を落とす。
「実はね、東の方に……ずーっと鎖国してた国があったのさ」
「鎖国?」
ガイウスが首をかしげる。
「ああ。でも鎖国を解いた途端に魔王軍に滅ぼされちまったそうだよ。皮肉なもんだねぇ」
勇者一行は手を止め、互いに顔を見合わせた。
たった一言の話だが――魔王軍に滅ぼされた国があるという事実は。
彼らの使命の重さを改めて突きつけてくる。
その時、席を外していたヴァレンが戻ってきた。背を向けたまま手を拭き、ぽつりとつぶやく。

「ほんとに惜しい国だったよ。あの国で美しいのは……アイツくらいだった」
その言葉の「アイツ」が誰を指すのか、この時の勇者たちはまだ知らない。