クードス編・2章-パスタの喰い方わからねぇ同盟 - 3/4

翌朝。クードスの港は、早くも荷馬車とゴンドラで賑わい始めていた。
魚の匂いと潮風が混じり合い、軒先の新聞スタンドには新しい号が積まれている。
ガイウスは一部を手に取り、目を通した。
【特報】――その見出しの大きさに思わず眉をひそめる。
紙面にはこうあった。

本年度の勇者ガイウス・アルドレッド殿は。
かの「初代勇者」テラ・アルキードに託された正統の“勇者服”を身に纏っております。
テラ・アルキードは、王国建国の父たるザイ王の実弟。
すなわち、我がアルキード王国の「礎」としてその名を刻んだ英雄に他なりません。
今代の勇者PTは、歴代に比して格段に重き意味を持つことを、ここに改めて全土へ告げます。

さらに、欄外の太字が目を奪う。

なお、ガイウス・アルドレッド勇者殿が不慮の事態により命を落とした場合。
我が国はこれを「勇者の系譜の終焉」と見なし。
いよいよ国としての降伏・終戦も視野に入れることを正式に表明いたします。
――アルキード王国 二十世王 リアナ・アルキード王女

「……なんだこれ、“王国降伏宣言”じゃねぇかよ」
新聞をめくりながら、ガイウスは唖然と声を漏らす。
「え、それマジ?」
サタヌスが後ろから覗き込み、目を丸くした。
「勇者死んだら終わりって……また脅しか?本気か?」
ヴィヌスは屋台の紅茶を受け取り、眉をひそめた。
「アルキードがここまで言うなんて……やっぱり只事じゃないわね」
周囲でも、市民たちが新聞を回し読みしてざわついていた。

「“降伏も視野”って……腹黒アルキードがここまで書くの、初めて見たぜ」
「勇者殿の格が違うって話、これ本当なんだな……」
「こりゃ今年ばかりは笑えねぇな……」
港町の喧騒の中、異様な重さを持ったニュースが、確かに人々の胸をざわつかせていた。
新聞記事を読み終えた後も、三人の間にはしばらく重たい沈黙が漂った。港の喧騒が遠く聞こえる。

サタヌスが新聞を折り畳み、ぽつりとつぶやいた。
「……ガイウス、俺ら……ロマサガ2だったんだな……」
「ちょ、待てや!」
ガイウスは即座に声を荒げ、顔を真っ赤にした。
「それだと“向こう”が英雄になっちまうだろ!? やめてくれ!」
ヴィヌスはふわりと微笑み、ワイングラスのように紅茶を揺らす。
「でも、“継承”の果てに生まれた最強のパーティって意味なら、正解よ♡」

「じゃ、ラスボスぶっ倒した後は自由に旅できるってことか?」
サタヌスは肩をすくめ、わざとらしく気楽な声を出す。
「悪くねぇな」
ガイウスは遠い目をして、低く吐き出した。
「……あのな、継承される“重み”って実際やってみるとマジで胃にくるからな」
ヴィヌスはクスリと笑い、紅茶を掲げる。
「はい、勇者の皆様に祝杯。運命なんて、美味しくいただいちゃいましょ」
港のざわめきの中、勇者たちの笑い声だけが柔らかく響いた。

朝市は、夜の雨を洗い流したかのように活気に満ちていた。
色鮮やかな果物が山のように積まれ、魚介の匂いと焼きたてパンの香りが漂う。
勇者トリオが並ぶ露店を冷やかしていると、背後から軽快な声が飛んできた。
「見たかい勇者ちゃん? あの号外」
振り返れば、ヴァレンが昨日と変わらぬ無邪気な笑みで立っていた。
「これまでで初めてじゃない? 王国が“降伏も視野”なんて言葉を出したのはさ」
ガイウスは眉を寄せ、短く返す。
「……ああ。俺が死んだら終わりだって書いてあったな」
「改めて、とんでもないもの背負われちゃったねェ」
ヴァレンはひとつ肩をすくめ、飄々とした口調のまま続けた。
「じゃ、オレも微弱ながら勇者ちゃんたちのサポートをやるとするよ」
その笑顔の裏に潜む意図を、三人はまだ読み切れていなかった。

ヴァレンは港町の通りを軽やかに指し示しながら言う。
「砂漠の賢者に会うなら準備が必要だ。道も装備も、すぐに整うもんじゃない。
……だから、しばらくはクードスで腰を落ち着けなきゃ」
その言葉に従う形で、勇者ズの滞在は引き延ばされていく。
ヴァレンは「顔パス」を武器に、次々と新しい遊び場へ案内する。

「カジノ・デル・マーレで腕試しでもどうだい?」
「オペラ座の今夜の演目は名作だよ、観ておかないと損だ」
「本場のピザ、まだ食べてないだろ? ジュリアーナ以外にも穴場があるんだ」
「祭りの稲妻ダンスは年に数回しかないんだ。タイミングばっちりさ」
港町の日常と享楽に染まっていく日々。
気づけば勇者ズは、知らず知らずのうちに――“地元体験”の渦に呑み込まれていた。

「水上カジノへの近道はこっちだよ。ついてきな~」
ヴァレンが案内したのは、どう見ても観光客向けではない細い路地。
水路をまたいで飛び越えねばならない、危なっかしい石段の連続だった。
サタヌスは身軽に身をひねり、ひょいと飛び越えてみせる。
「余裕!余裕!」
続いてガイウスが踏み切った――が。
「あっ……!」
盛大な水音とともに、彼の巨体が水路に沈んだ。

ヴィヌスは涼しい顔で髪をかき上げ、肩を揺らす。
「やだ♡ 予想通り落ちたわ」
サタヌスが慌てて手を伸ばし、ずぶ濡れのガイウスを引きずり上げる。
「100キロ超えが落ちるとめんどくせぇ!!」
周囲の市民がざわついた。
「あのでかい兄ちゃん水没してる!」
「見てみろ、100キロ級の新星だぞ!」
ガイウスは水浸しのマントを絞りながら、気まずそうに頭を下げる。

「悪い、すまん……」
息を切らしたサタヌスが、苛立ち混じりに叫んだ。
「俺、お前のせいでレベルアップしそうだわ!!」
「マジで筋力と水耐性、物理的に上がってるからな!?」
ヴァレンは涼しい顔のまま指を鳴らす。
「はぐれメタル狩りより効率的だな。連続バトルボーナスでも狙ってるの?」
ヴィヌスは微笑みつつ、濡れ鼠二人を眺めて肩をすくめた。
「水上都市の新しい修行法、発明ね。……勇者PT名物“落水リレー”だわ」

勇者PTがたどり着いたのは、水路のど真ん中に浮かぶ「カジノ・デル・マーレ」
クードス名物の船上カジノだった。
煌びやかな提灯と音楽、そしてギャンブルの歓声が昼間から溢れている。
ヴァレンがにやにやしながらガイウスの背中を叩いた。
「勇者ちゃんは既に濡れてるから、実質ペナルティなしだね~」
「うるさい!!」
ガイウスはむくれながらも、船上のきらびやかな雰囲気に興味津々で周囲を見回す。

「ここじゃ何が遊べるんだ?」
ユピテル――いや、“ヴァレン”が涼しい顔で案内する。
「船上カジノだからってばかにしちゃいけないよ。そこらのカジノより充実してる。
ルーレットも、カードも、クードス独自の『水路ダイス』もある」
「代わりに、負け倒したら水路に落ちる、これがクードス流」
向こうを見るとギャンブラーが「粘り過ぎた!」と叫びながら、自ら水路に飛び込んでいた。
観客たちは拍手しながら見送り、店員も慣れた手つきで浮き輪を投げる。
サタヌスは爆笑し、ヴィヌスは涼しい顔で「勝っても負けても、絵になる街ね」と呟いた。

カジノ・デル・マーレの賑やかなフロアで、サタヌスは目を輝かせて台を覗き込んでいた。
だが、その様子は完全に“初見観光客”そのもの。
「……え?これ、数字デカい方が勝ちってこと?」
ルーレットの前でサタヌスが首をひねる。
ヴィヌスは苛立ち気味にチップをつまみ上げて叱る。
「違う!!出目を予想するゲームなの。数字デカい方が勝ちじゃないのよ!」
「チップねぇんだけど」
サタヌスは自分のポケットを覗き込み、きょとんとした顔。

「もう飛び込んでなさいこのバカガキ!」
ヴィヌスは呆れて手を振り払った。
「仕方ねぇな~」
サタヌスはなぜか妙に様になるフォームで、すっと構える。
そして店員の「水路コース、どうぞ!」という声に合わせ。
見事な水泳の飛び込みスタイルで水路へ消えていった。
周囲の客たちが「おお~!」と拍手を送る。
ガイウスは呆れ顔でつぶやいた。
「コイツら、ギャンブルってより“落水”が本番じゃねぇか……」

ガイウスはルーレット台に向かい、慎重にチップを置いていく。
目当ては派手な勝負ではなく、コツコツ積み重ねて景品交換を狙う堅実派だ。
(よし……ここは黒だ。欲張らずに……)
だが、隣の席から“圧”が飛んでくる。
ヴァレン――いや、本性を知る者にはユピテルが。
飄々とした顔でガイウスのチップを見つめていた。

「ダブルアップしないの?勇者ちゃん」
ヴァレンは無邪気な声で、チップを器用にタワーのように積み上げては――わざとらしく崩す。
テーブルにチップの崩れる音が響き、ガイウスの集中が削がれる。
「ほら、今なら全部赤に賭ければ3倍だよ? 勇気見せてみなよ~」
「おい、うるさい。静かにしてろ」
「え~、本気で景品狙い?それ勇者らしくないなぁ。ド派手に一発勝負ってどう?」
わざとコインをひねってはガイウスの前に転がし、「今がチャンスだ」と小声で煽る。
ガイウスは歯を食いしばり、額に青筋を立てながら手元に集中するが。
隣の煽りにだんだんペースが乱れていく。

「……マジでこいつ、サイコパスかよ」
ガイウスは唸るようにぼやきながらも、何とか勝ちを拾ってはチップをかき集める。
ガイウスのチップはついに残り一枚。あと1回勝てば、目当ての景品と交換できる。
額に汗しながら、集中を研ぎ澄ます。だが――。

「ねえ勇者ちゃん、耳に息吹きかけると集中乱れるって知ってる?」
突然、ヴァレンが顔を寄せてきて、ふっと耳元に息をかけた。
「っ……このチビ短パンは!!」
ガイウスがついにキレた。椅子から立ち上がり、ヴァレンを睨みつける。
ヴァレンは相変わらず涼しい顔でチップを指ではじきながら答えた。
「ただ事実を言ってるだけじゃないか」
「耳に息は!反則だって言ってるんだよこの野郎!!!!」
必死に怒鳴るガイウス。だがヴァレンは目を細めて楽しげに笑う。

(いじめがいありすぎるなコイツ?)
ヴィヌスは隣で紅茶を飲みながら肩をすくめ、ほくそ笑む。
「さっき明らかにドSの顔してたわね、アイツ♡」
カジノの窓の外――。
水路には、浮き輪を抱えたサタヌスが優雅に漂っている。誰も気にしない。

どうにかヴァレンのウザ絡み妨害を掻い潜り、ガイウスは最後の賭けに勝ち切った。
景品交換コーナーで、バニーガールの店員がにこやかに手を差し伸べる。
「おめでとうございます! 景品のエーテル10種詰め合わせです~!」
「……あぁ、苦労して勝ち取ったエーテルだ、大事にする」
ガイウスは勝利の余韻にひたりつつ、重みのある箱をぎゅっと抱きしめた。

後ろでヴィヌスが目を細めて茶化す。
「ワンコ。耳に息吹きかけられたとき、めっちゃビクッてしてたけど。
――もしかして弱いの? ねぇ、弱いの?」
余裕の美人笑み。
「サタヌスー!! いつまで浮き輪で遊んでるんだああああ!!」
図星を突かれ、ガイウスは顔を真っ赤にしてカジノの窓から水路に叫んだ。
サタヌスは優雅にぷかぷかと浮き輪で流されながら、手を振って応える。
誰も止めないし、誰も驚かない。
カジノの喧騒の中で、クードスの昼は明るく続いていた。