クードス編・2章-パスタの喰い方わからねぇ同盟 - 4/4

水上カジノの騒ぎが落ち着き、夕方のクードスはオレンジ色の光に包まれていた。
路地裏の露店ではパンや焼き魚の匂いが漂い、港町の活気がそのまま残っている。
露天のおばちゃんが、手を振りながら声をかけてきた。
「おや、ヴァレン坊や。今日はお友達連れかい?」
ヴァレンは無邪気に笑い、勇者たちを指差す。
「うん、“勇者サンたち”だよ!この町の雷の祝祭まで一緒にいてくれるんだ」
周囲の大人たちは「へぇ〜」と、どこか誇らしげな目で微笑んだ。

その脇で、ガイウスがそっとヴィヌスに耳打ちする。
「なぁヴィヌス……俺たち、なんか引き留められてね?」
ヴィヌスは目を細め、露天の賑わいを一瞥した。
「“なんか”じゃなくて、完全にそうよ」
ヴァレンは振り返り、屈託なく続ける。
「砂漠の賢者に行くなら、その前に雷の祝祭は見とけって。地元の誇りなんだぜ」
「まぁ祭りは好きだけどな」
サタヌスは両手を後ろで組み、あっさり頷く。

ガイウスは遠くの海を眺め、ぽつりと漏らした。
「……どうしようヴィヌス」
「何よ」
「なんか、クードス楽しくなってきた」
ヴィヌスは即座にツッコミを入れる。
「正気戻って貴方!目ェ据わって来てるわよ!?」
地元の人々には、まるで“町の少年に懐かれて馴染み始めた勇者一行”のように映っている。
だが、ヴィヌスだけは――この“懐き方”の裏に、どこか釈然としない影を感じ取っていた。

カジノ・デル・マーレの奥――立入禁止の鉄扉の向こうは、外の賑わいとは別世界だった。
重苦しい空気。壁際には錆びた鎖に繋がれた椅子。
その上に腰掛けるヴァレンは、普段の無邪気さを微塵も残さない無表情だった。
足元には、目隠しされた女たちが無造作に横たえられている。
ヴァレンはトレードマークの麦わら帽子を静かに外し、最も近くの女の腕を無造作に掴んだ。
「……ン」
まるで水道の蛇口を捻るように、少女の腕に牙を立てる。
血の気配が漂い、女が小さく呻くが、彼は意にも介さない。
吸い上げた血を舌でなぞり、満足げに口元を歪める。

「……やっぱ、人間の食べ物も悪くねェけど、血が一番だな」
力なく崩れ落ちる女を鎖が引き止める。
ヴァレンはもう興味を失ったように手を離した。
「ンー……やっぱあのダークエルフ(ヴィヌス)は違うネェ」
「先ずダークエルフってだけで希少価値高ェのに、勇者で、飼い殺し作戦に勘付いているときた」
「クククッ……実にいい」
そのとき、手元の水晶通信が淡く光る。
ヴァレンは一瞬で軽薄な口調に戻り、帽子をくるくると指に回しながら応じる。

「えぇ…えぇ〜、はい、順調です」
「勇者PTの滞在、雷の祝祭まで引き延ばせました。
その間にメキアのティータに作戦準備を進めさせています」
通信の向こう、ルナの低い声が返る。
「懐柔できると思っているのか?」
ヴァレンは肩をすくめ、にやけた笑みを浮かべる。
「このまま懐柔できれば御の字でしょうが……まぁ無理でしょうネェ?」
「でもね、飼い殺しにできれば、それはそれで愉しいンですよ」
縛られた女たちの髪を弄び、飽きたように手を離す。
そして麦わら帽子を被り直し、満足げに口角を吊り上げる。

「じゃっルナ様、また今度。俺これから遊ぶンで……」
水晶の光が消え、鉄扉の向こうからカジノの音楽と人の笑い声が不気味に混ざって響いてくる。
次の瞬間、“地元の陽気少年”の笑顔に切り替えたヴァレンが、人混みの中へと溶け込んでいった。

夕食時、クードスの賑やかな食堂にて。
パスタの皿やティラミスが並ぶテーブルで、勇者たちは日常の一コマを過ごしていた。
サタヌスがフォークをくるくると回しながら、不意に問いかける。
「そういやヴァレン、お前の好物ってなんだ?」
その瞬間、ヴァレンの手が止まる。
普段の無邪気な笑顔を消し、真顔でフォークを握ったまま答えた。
「……女の子かな」
空気が一瞬凍りつく。
やがてサタヌスが、真顔でフォークを静かにテーブルに置く。
「コレだからクードスの狼は!!」
ヴィヌスはため息をつき、肩をすくめる。

「発言のチョイスがイタリアどころか地獄なのよ」
ヴァレンはニコリと、子供のように人懐っこい笑みを浮かべる。
「え、だって可愛くない? 赤いのとか、温かいのとか――人肌のやつ」
そう言いながら、フォークでティラミスをすくう目は。
どこか遠くの血の味を思い出しているようだった。
ガイウスのアホ毛がピクリと立つ。
「……やっぱこいつ信用できねぇって。人懐っこいとか言って損した」
ヴィヌスは小声で呟く。
(っていうか完全に魔族のそれよね、今の……)
テーブルの上だけ、不穏な静けさが残った。

サタヌスが陽気にヴィヌスを誘う。
「せっかくだしヴィ。サンタ・トリノ広場いこーぜ、例のバルなんとかいるかも」
「そうね。いないときは夕焼けでも目に焼き付けましょう」
二人が雑踏へと消え、ガイウスとヴァレンだけが夜の港に取り残された。
騒がしさから遠ざかると、波と灯りの反射だけが静かに世界を満たす。
ヴァレンはいつになく静かな表情で、ガイウスの横に並ぶ。
「ねえ、勇者サン……君、何で旅してるの?」
その声は、普段の明るさをかなぐり捨てた、芯の冷たい響きだった。
「勇者って呼ばれる奴は、みんな同じ顔をしてたよ。
“世界のため”とか言いながら、最後には自分を騙して突っ走って、結局……全員死ンだ」

ヴァレンは夜の海に視線を落とす。
「知ってるかい?勇者って“帰ってきた奴”が一人もいない職業なんだよ」
「……あの六将に勝てる勇者なんて、一度も見たことがない。みんな“最期”だけは綺麗だったけどさ」
そして、ガイウスの顔を正面から覗き込む。
「……勇者なんて、どうせ誰も帰ってこない。君たちがやめれば、全部丸く収まるンだよ」
ガイウスは一瞬だけ目を細め、口元を吊り上げた。挑発めいた笑みを見せる。
「……へぇ。やけに“勇者の末路”に詳しいじゃねえか。
当事者か?それとも、“見送った”側か?」
その言葉に、ヴァレンの表情が一瞬だけ硬直した。
だが、すぐにいつもの無邪気な笑顔が貼り付けられる。

「さて、どうだろうね?ただの観察好きな通行人かもしれないし……。
勇者って連中は、本当に“面白い生き物”だからさ」
しかし、最後にヴァレンが目を細め、静かに呟く。
「でも――君もその一人なら、“同じ場所”にたどり着く覚悟、あるんだろ?」
そのとき、月明かりが照らすヴァレンの瞳だけが、一瞬だけ氷のようにギラッと光る。
“底が見えない”冷たさ。
ガイウスは、そこで初めて本能的な警戒を覚えた。

港に静かな夜風が吹く。
ガイウスは一歩踏み出し、ヴァレンの背中をまっすぐ見つめて言った。
「ヴァレン、お前が言い出したんだからな。雷の祝祭まではここにいてくれって」
「だから、俺たちは翌朝クードスを出る。引き留めても無駄だ」
ヴァレンは一瞬、何かを呑み込むように間を置き、静かに頷いた。
「……そうだったな」
そして振り返ることなく、海沿いの闇にその姿を消す。
「勇者ちゃん、さよなら。いい旅を」
異様なまでにあっさりとした別れ方。
だが、その背にはどこか“人間離れした諦念”が滲んでいた。

ガイウスは、その消えていく後ろ姿に強い違和感を覚える。
虹色の瞳がゆっくりと色を変え――黄緑、紫、黄色……。
どれも「不安」や「警戒」を示す色ばかりが滲み出る。
(違う……何者だ……)
静かに呟くガイウスの胸に、未だ言葉にできない“底知れぬ予感”が重く沈んでいた。