「ユピテル……答えろ、魔王軍は何故。国を滅ぼす?」
聞いてはならない。という気持ちと、ここで聞かねば永遠にわからないという。
相反する感情からガイウスの声は少し、震えていた。
ユピテルは水上の屋根で、ガイウスたちを見下ろしながら冷ややかな微笑を浮かべる。
「理由は簡単だ。人間の社会ってさぁ、複雑だよな?」
「だからさ。魔王軍がもっとシンプルな世界に作り替えてやンだよ」
ガイウスは眉をひそめる。
「シンプルな世界……?」
「強いものは美しい。……単純だろ?だが世界の真理だ」
「弱者は淘汰される。それが自然の摂理」
「やれ倫理だ道徳だって“弱いもの”を守りたがる。だから歪むんだよ、社会ってのは」
「俺たちがやるのは――ただ、強いものが上に立つ」
「それだけだ。美しく、単純な世界。それが俺の望みだ」
ヴィヌスが睨みつける。
「その“美しい”の基準、お前のさじ加減で決める気?」
ユピテルは肩をすくめて、淡々と応じる。
「美しいかどうかなんて、力で決まるンだよ」
ユピテルは満足げな笑みを浮かべて、勇者ズを一瞥する。
「……当然、提唱者が醜くあっちゃいけない」
「だからさ――提案しようぜ、勇者サンたち」
「俺がこの場で、一撃でも傷を受けたらクードスから退く」
「慈悲ってやつだ。どうだ?受けるか?」
ガイウスは目を細め、力強く頷く。
ガイウスはその言葉に、恐怖も迷いもなかった。
「なら俺は! その一撃を命懸けで奪い取る!」
声は水面と空に反響し、港町の空気を一気に引き締める。
「だいたい! 何だよさっきの!? 神気取りかよ!」
叫びながら、ガイウスは拳を握りしめる。
その胸の内では、憤りと焦燥が混じっていた。
ユピテルは肩をすくめ、平然と応じる。
「そりゃ俺、神だから」
「言うだろ? 神は理不尽って」
その瞬間だった。
ガイウスが真っ向から叫ぶ。「そんな神、願い下げだ!」
叫びは空間の奥底で跳ね返り、響くはずの音が急にひび割れる。
ノイズが走る。赤黒いグリッチが現実に亀裂を入、耳をつんざいた。
世界がバグる”違和感が水面と夜空全体に広がっていく。
全てがノイズに巻き込まれ、現実と幻がごちゃ混ぜになる。
ガイウスの怒号は歪みながら、空間そのものを叩き割った。
その瞬間、ユピテルの視界も、まるで深い闇の中に沈んだ。
世界が赤黒く染まった。動きがスローになり、雷も群衆の声も遠ざかる。
気づけば、ユピテルの目の前には“まったく知らない男”が立っていた。
188センチはある大柄。無表情、虹色の瞳。
その姿はどこかガイウスに似ている気もしたが、決定的に“何か”が違っていた。
圧倒的な異物感、抗いようのない死の気配が、空気ごと凍らせる。
声はない。ただ、存在そのものが“終わり”を告げていた。
視界の端でノイズの中から赤い影が滲み、血がじわじわと世界に染み出してくる。
ユピテルの呼吸が知らぬ間に浅くなる。
男は、棒読みのような淡々とした声で問う。
「何が楽しい?」
「命は、弄ぶためにあるのか?」
「神であるなら、“理”に従え」
言葉は氷の刃のように、皮膚も骨も貫いてくる。
ユピテルの脳内はノイズだらけになった。
(誰だ、こいつ?……知ってる?いや……俺の……記憶じゃ……ないッ)
どこかでルナの怯えが逆流する。
(ルナ…これは“お前の”恐怖……!?)
――次の瞬間、ユピテルの視界に“ガイウス”の姿が重なる。
初代勇者テラ、その無表情と虹色の目が、問答無用で己を射抜く。
背筋を氷でなぞられたような感覚。心臓が跳ねる。
“違う、俺は誰も怖くないはずだろ?”
だが、この眼、この声だけは、どうしようもなく抗えなかった。
世界がノイズと赤黒のバグに覆われる。
ガイウスとテラの姿が何度も交錯し、重なる。
ユピテルは無意識に一歩だけ後退した。
(……バカな。なんで俺が……)
その一瞬、ガイウスが踏み込み、放った一撃がユピテルの頬をかすめる。
雷神の肌に、はじめて血が滲む。
沈黙の後、ユピテルがゆっくり息を吐き、肩をすくめて笑う。
「……約束だったな。一撃でも傷を与えりゃ退いてやるって」
ヴィヌスが息を呑む。
「ド外道の癖に潔いわね♡」
「潔くない外道とか、ただのゴミだろ。……感謝しな、勇者サン?」
余裕の笑みを浮かべたまま、しかし内心では心臓がバクバクとうるさい。
(今の一撃、あのテラの記憶が邪魔しやがった。これが“勇者”かよ……)
サタヌスが信じられない、といった顔で叫ぶ。
「マジかよ……本当に退きやがった!」
「勝った……ってことでいいのよね?」
ガイウスだけが静かに息をつき、低く呟く。
「……また来るんだろ、お前」
ユピテルは振り返りもせずに一歩を踏み出す。
その背中だけが、やたら大きく見えた。
「次は“約束”なんかしねぇよ? その時は命、全部もらいにくるから。楽しみにしとけよ」
祭りの混乱の中、雷神は消えた。
伝説を目撃した者だけが知る緊張感と、言葉にならない達成感が静かに広がっていた。
—
深月城の玉座の間――水鏡のごとく静かな空間に、雷鳴の余韻だけが遠く響いていた。
ネプトゥヌスは、薄く微笑みながら扇を揺らす。
「あら? 初めてでありませんの。ユピテルさんが、勇者に恐れをなして自ら退くなんて」
マルスは黙って腕を組み、目を閉じていた。その低い声が、いつもよりわずかに重く響く。
「……変わらぬものが変わる。というのは歴史が大きく動くときだ」
「……その時が、来ているのかもしれん」
静けさの奥、宇宙の星屑がきらめくようなデザインの椅子にルナが腰かけ、頭を抱えていた。
指の隙間から見える目は、恐怖と困惑、そして古い記憶の闇に満ちている。
(そうだ。名前の時点でそうではないかッ……!)
(ガイウス、即ちガイア……テラ……)
(“アレ”の再来か……)
その思考は、過去の亡霊のようにルナの胸を締めつけていた。
玉座の間の空気が静かに、しかし確実に不穏なものへと変わっていく。
誰もが、その“歴史の歯車”が軋み始めた音を、心のどこかで聞いていた。
—
翌日、クードスの街は昨夜の混乱が嘘のように穏やかな陽射しに包まれていた。
港町の住民たちは普段通りの暮らしに戻っている――ように見える。
しかし、勇者PTを見送る人々の目だけは、ほんの少しだけ特別な色を宿していた。
「四人目の勇者様? ならメキアで賢者様に見てもらいなよ」
露天の女主人が、手に持ったタオルで汗をぬぐいながら笑った。
「あの人の千里眼はすごいから、きっと見つかるわ」
「勇者さん。メキアはすっごく暑いんだから、ちゃんと水飲まないとダメだよ!」
少年が水差しを抱えて駆け寄り、ガイウスの手に押しつける。
その笑顔はどこか誇らしげで、別れを惜しむ町の気持ちを代弁していた。
ガイウスはその水差しを両手で受け取り笑う。
「ありがとう、助かるよ」
ヴィヌスは帽子をくいと上げ、サタヌスは肩に手をかけて港を見渡す。
港のゴンドラや市場の賑わいを背に、三人は新たな目的地・砂漠の国メキアへと歩き出す。
その背中を、昨日までただの“観光客”として受け入れていた街の人々が。
今は“伝説の始まり”を見るような眼差しで見送っていた。
昨日までの喧騒も傷跡も、静かに水の都の日常に溶けていく。
けれど確かに、“雷神に勝った勇者たち”という新しい物語が、この街には刻まれていた。
白い陽射しが港町の屋根を照らし、クードスの水面がきらめいていた。
勇者たちは港を離れ、砂漠の国メキアへ向かう旅路へと歩み出す。
道の先には、まだ見ぬ世界が広がっている。
サタヌスは歩きながらふと問いかけた。
「なぁヴィヌス、メキアってどんなとこだ?」
ヴィヌスは帽子を指で弄びながら、遠い目で答える。
「行ったことはないわ。ただ、地平線まで砂だらけだって」
「覚悟していきなさい。あんたスラム生まれでしょ?」
その言葉にはどこか懐かしさと期待が入り混じっていた。
サタヌスはまだ見ぬ砂漠の彼方をじっと見据える。
昔、聞かされたことがある。
本当の親が誰なのかは、ボスも乳母の娼婦たちも知らないと。
なのに、メキアに行けばそれがわかる――何故か、そう信じたくなる。
歩くたび、心の奥底が熱くなる。
「俺の母親……どんなやつだろう」
風が潮と砂の匂いを混ぜて吹き抜ける。
ガイウスは少しだけ振り返り、港の灯りと遠ざかるクードスを見送る。
ヴィヌスはゆっくりと頷き、三人の影がこれからの旅路へと重なっていった。
そして物語は、まだ誰も知らないルーツへ。
新たな伝説が、メキアの砂漠で静かに目を覚まそうとしていた。
砂塵が吹きすさぶメキアの荒野。
ひび割れたレンガの壁、その向こうには空高く聳える巨大サボテン。
どこか西部劇めいた異国の空気が漂っている。
その一角、赤いベレー帽を被った男がだらしなく葉巻を咥え、無造作に腰を落とす。
周囲にはズラリと並んだ一般兵たち。
しかし、男は威厳のかけらもない調子でゲキを飛ばしていた。
「ほらほら、お前ら! サボり時間は終わりだぞ!!」
「勇者が出たんだよ、勇者が! ほっときゃいずれこっちにも回ってくんだぞ!?」
「ちゃんとしてねぇと……俺が出世できねぇだろうがよ~~!!」
見事なまでに“私利私欲全開”な叫び声。
兵士たちからは「またかよ……」と小さく呟く声も上がるが、
誰もこの男――ティータ軍曹には逆らえない。
この国の軍隊で彼に盾突く者は、ほぼいないのだ。
ティータは砂風に目を細め、遠く地平線の先を見つめる。
葉巻から立ち上る煙が風に溶け、軍曹の口元にふてぶてしい笑みが浮かぶ。
……その顔立ちは、どこかサタヌスと血のつながりを感じさせるものだった。
「……さて、こっちも“祭り”の準備始めるかね」
يُقَادُ ثلاثةُ أبطالٍ بِالنُّجُومِ
三人の勇者は星に導かれる
يا فتى، اِمْشِ فِي الرِّمَالِ وَاتْبَعْ دَمَكَ
少年よ、砂を歩み血を辿れ