移動中、
社員食堂の薄暗い廊下――
PTがエレベーターを探して歩いていると、窓の外に不自然にホバリングする黒いドローンが一機。
表面にはゼルノバ社のロゴ――
……ではなく、どこか魔王軍の魔術紋様が浮かんでいる。
そのカメラアイは明らかに、ただの社内監視とは違う“悪趣味”な動き。
レイスが足を止め、ボソッと呟く。
「おい、窓の向こうにドローン飛んでるぞ…」
ティアは即座に警戒。
「撃ち落とす?」
レイスは薄笑いで首を振る。
「ほっとけ。どうせ見てるだけだ。
……多分、あれ魔王軍のドローンだぞ。
90%、上層部がこの地獄ツアーをアーカイブしてる」
一瞬だけ背筋が寒くなる。
「ってことは、ベリアルあたりが“生中継で高みの見物”ってワケね」
と、ティアが呆れた声で返す。
「……どうせ地獄観戦の実況つきだろ」
レイスの目がどこか達観しているのは、“腹黒の血”ゆえ。
バイオフォートレスの廊下、PTが進む横で、窓の向こうにふわふわと浮かぶ黒いドローン――
レイスがじっと目を細めて呟く。
「……あれ。1000LIE-GUN(センリガン)モデルだな」
メーデンが首を傾げて小声で尋ねる。
「ど、どういうドローンなんですか?」
レイスは淡々と説明しながら、ドローンを一瞥。
「浮気調査のアシストツールとして作られたものだ。
設計者の一人が“不倫経験者”って噂もあるな」
ティアが苦笑しつつ合いの手を入れる。
「探偵の本業は浮気調査とよく言うからね」
メーデンはガクブル顔で頷く。
「つ、つまり怨念から生まれたドローン……こわいです……」
レイスはニヤリと片口だけで笑う。
「裏切られた怨みは怖いぜ。一途であるほどな」
妙にリアルな重みを帯びたその声に、PTは背筋をぞくりとさせるのだった。
窓の外、1000LIE-GUNは静かにこちらを観察し続けている。
“地獄のアーカイブ”は、今日も着々と更新中。
ドローンのカメラアイが一瞬赤く光り、
ズームアップしたその映像は――
魔界某所、地獄の玉座で不敵に笑うベリアルの手元モニターへと繋がっていた……。
重厚な革張りソファにふんぞり返るベリアル。前方の魔導スクリーンには、ゼルノバ社を探索する一行の様子が映し出されている。
スクリーン端には「1000LIE-GUN / オンライン」の表示。
彼はグラスの酒を回しながら、画面越しの惨状をまるで娯楽番組のように観賞していた。
「千里眼が家電屋で買えるとは、いい時代になりましたねぇ……」
「――あぁ、ガブリエル様。あなたの顔が見たい。きっと今ごろ眉間に皺が寄ってますよ?」
彼の指が軽く空をなぞると、映像がズーム。
ペット・オブ・ザ・デッド戦、社歌に洗脳されるレイス、蠢く肉に喜ぶユピテル――
その全てが、ベリアルにとっては上質なエンタメだった。
「いやぁ、これは保存版だ。アーカイブ入り確定……何度観ても笑える」
—
レイスは廊下の案内板を眺めながら肩をすくめた。
「魔界経済新聞社に用あった時、エレベーター2回くらい乗り継いだな」
ロコは納得いかない顔で首をかしげる。
「なんでそんなめんどくせぇ構造にするんだ? 建築屋てのはゲームのダンジョン設計してんのか?」
ティアが呆れ気味に指を折る。
「セキュリティと動線分離、あと“来客を一気に上げさせない”って本社の鉄則よ。
そのくせ従業員の健康のために階段増やすとか、地味に現代風味」
ユピテルは鼻で笑って、
「ありえるゼェ? たっけぇビルはRPGのお約束だからな。
“ラスボスフロア”直通エレベーターなんて、現実もファンタジーもほぼ無いからよ」
イザナギは無駄に神妙な顔で「社会人あるある、現代都市伝説ってやつか」と結論づける。
その横で「ゼールノバー♪ ゼールノバー♪」と。
ぶっ壊れスピーカーの社歌がまた流れ出すのだった――。
上層行きのエレベーターは、奇跡的にまだ息をしていた。だがその前に、窓の向こうを横切る影──丸っこいボディに、あからさまにゼルノバ製じゃないレンズ付きドローンがふわりと浮かんでいる。
まるで何かの観察日記をつけているかのように、じっとこちらを見ている。嫌な予感しかしない。
「まだこっち見てるよ、撃ち落とす?」
ティアが肩越しに問う。
「ほっとけ。どうせ見てるだけだ」レイスは鼻で笑った。観察者が誰かは、聞かずとも察しがつく。九割方、魔界の腹黒貴族。
エレベーターの扉が開いた瞬間、またもや地獄の社歌が流れだす。
Z! E! L! Z! E! L!
なぜかユーロビート調の合いの手付きだ。鼓膜がじわじわ侵食される。
「合いの手うぜぇ…」
ティアが眉をひそめる。
「ぜっと…いー…える……やばいにゃ、口出した時の中毒性が異常過ぎる」
ロコは耳を塞ぎながらも、口の端が動いてしまう。
「やっぱこれtiktok向いてるだろ」
ユピテルは目を輝かせている。
やめろ、炎上確定案件だ。
不思議なことに、エレベーターの鏡面パネルに映った面々の作画がやたら濃い。
「エレベーター限定でリアルになってません?私達…」
メーデンが恐る恐る口にする。
「エレベーター限定でっていうのが理解に苦しむぜ…」
レイスはぼやき、そして一同は息を潜める。
──チーン♪
到着音がやけに生々しく響いた。
イザナギが散乱した書類を一枚拾い上げる。
「“バイオフォートレス内で発生している集団感染について”…だとよ」
だが誰も顔を上げない。
ロコはソファのクッションをひっくり返しながら、
「肉球サンドのストックもねぇな」と真顔。
ユピテルだけは破れたブラインドの向こうの空を見上げ。
「ン~…焼け跡と血痕って、芸術的だよなァ」と薄ら笑う。
レイスが肩をすくめる。
「地獄に慣れると、こういう光景が日常になるもんだ」
ユピテルは何の前触れもなく窓際に歩み寄ると。
ブラインドの一枚を指でつまみ、ほんの少しだけ隙間を作った。
そこから、ちょうど「目だけ」を外に出す形でバイオフォートレスを覗き込む。
「なにしてんの?」
「カリストが観てるドラマでこんなシーンあった」
「子供かっ!」
妙に真剣な表情をしているせいで、全員が二重の意味でツッコまざるを得なかった。
廃墟になった本社フロアの一角、無数のデスクが沈黙の中で並んでいる。
机の上には名札や書類が散乱し、どれも埃をかぶり時の流れだけが残っている。
ロコが、薄暗い空間で鼻をひくつかせながらメーデンを振り返る。
「おいメーデン、ここアレじゃないか?お前の親父の職場だった場所」
メーデンは一瞬きょとんとし、その場に立ち尽くす。
「えっ……」
ティアは机の列を見回しながら言葉を添える。
「君なら、イズミ博士がどこに座っていたかわかるかもしれない」
だが、メーデンの表情は曇ったままだ。
――たしかに昔一度だけ、父のためにお弁当を届けたことがあった。
白衣の背中、研究員たちの雑談、埃っぽい紙の匂い。
エレベーターの階数ボタン……断片的な記憶しか残っていない。
どのデスクに弁当箱を置いたのか、どんな顔をしたのかさえも、今ではぼんやりしている。
レイスが無遠慮に最初の机を開ける。
「じゃ、虱潰しにいくか。まずこのデスク!」
机の引き出しが軋んだ音を立てて開き、レイスは雑に中身を探る。
「……はずれ。口臭対策のタブレットとハンコ、そして鉛筆だけだ」
乾いた笑いがフロアにこだまする。
ティアは静かに提案する。
「1つずつ調べていけば、リイチロウ博士のデスクが見つかるかもしれないわ」
「どんな小さな手がかりでも――父上の痕跡が残ってるかもしれない」
重苦しい沈黙がフロアに落ちる。
大災害で失われた、多くの命。
その中に、遺伝子学の権威だったイズミ・リイチロウも含まれている。
ゼルノバ社での研究は彼にとって間違いなく「天国」だったはずだ。
――なのに、なぜ彼はここを去ったのか?
研究所を「楽園」だと言った男が、何故そこから背を向ける決意をしたのか。
埃の積もったデスクを一つ一つ調べていく。
「父の痕跡」は真実へと繋がっていくのだと、全員がどこかで感じていた。
埃と紙くずの積もったデスク群を、PTは一つずつチェックしていく。
レイスが引き出しを開けるたび、どこかでカチャリ、ギシギシと小気味良い音が響く。
まず最初の机――。
「……なんだこれ?」
レイスが引き出しから取り出したのは、
『上司に小言を言われた時ようの聞き流しテンプレ』と雑に書かれた付箋メモ。
「なるほど、ですね」「承知しました」「善処します」
表情だけ真剣、脳内は完全に寝てる想定。
ロコはそれを拾い読みして爆笑。
「これ、オレも明日から使うにゃ!」
別の机には――。
「おい、なんで会社のデスクにゲームボーイ……いや、アドバンス!?」
イザナギが呆れ顔でカートリッジを抜き差し。
「電池がまだ切れてない……やりこんでたなコイツ」
ティアも思わず肩をすくめる。
「時代を超えるサボり魂、恐るべし」
さらにPCの前では、チャットアプリが開きっぱなし。
画面には「聞いてるふりってどうやるの?」というトーク履歴。
しかも複数人から「了解だけは打っとけ」
「適当に相槌」「会議中に寝てもバレん」とアドバイスの嵐。
メーデンは「こんな大企業で何してるの……」と素で呆れた顔。
最後、ユピテルが一人だけ拍手しながら爆笑する。
「おぉ~いいじゃねぇの。人間が“いた”証拠ダヨ!」
「サボってるやつらが一番“生きてる”って感じだよなぁ!」
その横顔はまるで、地獄を心から楽しむ魔王そのものだった。