「あの黒いまんじゅうみたいなのがデリン・ガル?」
「…そういうと美味しそうだけど危険な結界ネ、聖剣は忘れてなイ?」
「もちろん」
デリン・ガルが見える丘からガイウス、ルッツ、
バルトロメオ、ハオの4人は見下ろしていた。
ルッツが「黒いまんじゅう」という通り闇の結界は
黒く染まっており中の様子が全く見えず
楕円形の形状もあって巨大な黒団子のようだった。
「あの帝都がずいぶん変わっちゃって…さあ行くぜ野郎ども」
「おー」
ガイウス一行が闇の結界に近付くと、結界にビッシリ刻まれた模様がよく見える、
あの全てが呪言で触れたものの精神を蝕むのだ、
闇を晴らし穴を開けることでようやく安全に通れる。
ガイウスは一呼吸し、聖剣を抜くと数度素振りし、
切っ先を穴に向け突きを放った!
『聖光よ!』
放たれた光は真っ直ぐ飛んでいき、光の速さで穴に吸い込まれていく。
数秒後、光が戻ってきたときには穴が広がっていた。
これで準備完了、一行は闇の結界の中へと足を踏み入れるのだった。
デリン・ガル。
帝都は悪魔の手に堕ち、禍々しい景色に変貌していた、
空は血のように赤く不気味で、建物も黒い塊ばかりが目立つ。
そこかしこに蠢くのは無数の黒い影、それは人の形をしていたり
獣の形をしているがどれもこれも邪悪な気配を漂わせている。
そして中心に佇むールチアが居るであろう帝城は
「うわ~悪趣味ネ~」
「いかにも魔王様のお城って感じだねぇ」
「悪魔ってあぁいうのが好きなの?」
「好きだから作り変えたんだろうさ」
魔王の居城と言うべき、刺々しいデザインの城は見るものに威圧感を与える、
さらに周囲には有翼魔族と思わしき、いやに大きな蝙蝠も
飛んでおり魔界に来てしまったかのよう。
そんな場所に彼らは居た、だが彼らを見る者はいない。
なぜなら城の周囲は強固な結界で覆われており、
外からは決して侵入できないようになっているからだ。
「さてどうやってお城に入る?前みたいにはいかないよ」
「あぁ…どうしたものか」
「雪よね、あれ…」
「そうネ。デリン・ガルは雪景色がキレイって聞いたけど、空が赤いせいで台無しだワ」
ルッツが言う通り、冬ということで屋根は白い雪が積もっている。
だがその白さが返って不気味さを醸し出していた、
そして何より先ほどから気配を感じていた、悪意と殺意に満ちた気配-
(いるな…ユピテルやウラヌスのクソガキと同じやつが…!)
「おやぁ?聖剣手に入れちゃったんですかぁ。せっかく結界で入れないようにしたのに」
「…!?何アイツ、悪魔よね?」
「なるほど。いかにもアサシンって子だね」
いつから居たのだろうか、教会の尖塔に黒装束の人物が立って見下ろしていた。
彼女はしばらく見下ろしていたが、ふっと笑うと次の瞬間には近くの屋根へ降り立つ。
フードを外すとそこには端正な顔立ちがあった。
服装も相まって忍者を連想させるが、青白い肌と赤い目が異様だった。
そして彼女は目の前まで降り立つと礼儀正しく、ボウアンドスクレープをしてくる。
「はじめまして追放者御一行さま、私はプルト。最後の六将です」
「六将…!!」
「あぁいえいえ。私ウラヌスさんやユピテルさんみたいに
血の気多くないので、戦う気ないんですよ?
ただ皆さんが私の主様に楯突くようなら容赦しませんけどね」
そう言うと手品師のように二振りの短剣を取り出し、くるくると回して握り直す。
すると彼女の背後に影が立ち昇り、そこから二体の悪魔が姿を現した。
一体は羊型の悪魔、もう一体は人型ではあるが頭が馬だった。
「実は私、人間さんを魔物にするのが得意でしてぇ…
侵入者は絶対入れるなと言われてるんですよ」
「ッ…まさか」
「だから、お引き取りください…ねっ!」
言い終わるや否やプルトは立ち去り、魔物たちが襲い掛かる。
プルトに何某かの術をかけられているのか二体の目は不気味に赤く光り、
口からは涎を垂らしながら歯を剥き出しにして襲い来る。
「チッ、やるしかないようだな……!」
「えぇ……そうね、行くよみんな!!」
「はいヨッ」
「おうッ」
ガイウスは頷くと聖剣を抜き、向かってくる敵に斬りかかった!
まず狙うは馬頭のほうで、大上段に構えると脳天から唐竹割りに叩き斬ろうとする!
しかし馬は跳躍し躱すと、着地と同時にガイウスを踏み潰そうと足を上げた!
踏み潰すというより押しつぶすと言ったほうが正しいかもしれない。
だがそうはさせない、ハオが目の前にスッと出ると構えを取る。
「元人間なら」
「ブフウウウウウッ」
「秘孔の位置も…同じ!」
いうやハオは秘孔をつくときの、二本の指だけ立てた手の形を敵の腹に突き立てる!
同時にグボォッと嫌な音を立て、敵は吐血しながら吹き飛ばされた。
さらにハオが言う通り秘孔を突かれた影響か、
白目を剥き泡を吹いている。
「じゃ次は向こうの…なんかキモイ羊!」
「あれさっきの子のセンス?悪趣味な女の子なんだねぇ」
バルトロメオが言う通り、元人間と思わしき羊の悪魔は「悪趣味」という通り
ところどころに人間のパーツが飛び出していて、
見ているだけで吐き気を催すものだった。
特に目を引くのが頭部で、眼球が顔の中央に鎮座しており、
口が顔の下半分を占めるように付いているのだ。
とてもじゃないが直視できない見た目をしている。
「来なさい羊ヤロー!ラムチョップにしてやるわ!!」
ルッツが鞭を構えると悪魔は唸り声を上げ突進してくる、
だが狙いはそれだ。闘牛士のようにヒラリと身を翻すと
悪魔の横をすり抜けすれ違いざまに首筋に一撃を入れる。
首に致命的な打撃を受けた悪魔はよろめくが、ルッツは止まらず追撃を加える。
「オラァッ!トドメよ!!」
ルッツは飛び上がると空中で体を捻り、悪魔に向かって一直線に突っ込む!
そのまま首を両手で抱え込み、落下の勢いを利用して地面に叩きつけた。
あまりの衝撃に首が千切れ胴体から転がり落ちる。
二体が完全に沈黙したのを見て、四人は息をついた。
「ふぃ~これで最後かな?」
「あぁ終わったぜ」
「それにしてもアイツら、どうして操られているのかしらネェ」
「さぁな。だがいずれにせよ倒すだけだ」
戦いを終え一息つく一同だったが、ふと何かに
気付いたのか振り返る。するとそこにはプルトがいた。
屋根の上から余裕気に、観戦するかのように見下ろしているでないか。
表情からは何を考えているのか読み取れない。
「わぁ強いですね~、ユピテルさんやマルスさんを倒しただけあります」
「あんたも六将でしょ?降りて戦いなさいよ、遊びに来たわけじゃないんだから!」
「嫌ですよ。私六将で一番弱いんですよぉ?」
「何よムカつくわね!このまな板!!」
屋根の上――プルトの動きが止まった。
風でマントがはためく音だけが響く中、彼女はまるで時が止まったように静止する。
怒るでもなく、言い返すでもなく。
ただ、目を見開いたまま――完全にフリーズ。
その瞳孔は四白眼になり、表情筋が凍りついていた。
顔だけで言えば、今の彼女はほぼ“猫”だった。
しかも突然棚の上から物が落ちてきた時の顔。
屋根の雪が落ちて、頭に当たっても反応なし。
完璧な静止芸。
下から見ていたガイウスがぽつり。
「……やべぇ、あの顔初めて見た。完全に猫だ」
「ていうか、あれ絶対ショック受けてる顔だよな……」
「勝った」
彼女の瞳がわずかに細められた。
そして静かに、まるで朗読でも始めるかのように言葉を吐いた。
「勇者のくせに、聖痕が現れているのは貴方ひとり…」
「他の三人はただの烏合の衆。そんな雑魚達に、ユピテルやマルスが倒されたと?」
侮蔑の笑みを浮かべるプルト。
「はっ、冗談でしょう……」
その台詞の終わりを待たず、ルッツが露骨に眉をひそめて噛みついた。
「……まじでムカつくわ。このまな板」
背後のガイウスとバルトロメオが同時に吹き出しかけて止める。
その一撃は確かに鋭かった。プルトの口元がわずかに引き攣る──だが、崩さない。彼女は微笑を張り付けたまま、静かに核に指を伸ばす。
「……勇者でもない。奇跡も持たぬ──貴方たちなど」
「“私達が手にするはずだった世界”を、見せてやるだけで十分です……ねっ!」
胸元に埋め込まれた黒い核が、鈍く脈動する。
その指がぐっと核を押し込んだ瞬間──
空気が、軋んだ。
まるで空間そのものが、悲鳴を上げるかのように。
「っ……結界!」
ガイウスがすかさず、腰のエクスカリバーを抜剣。
雷鳴と共に刀身が閃き、結界の呪を打ち消す斬撃を放つ。
だが──僅かに、間に合わない。
地面が歪み、空が凍る。
まるでスクリーンに無理矢理世界が上書きされるように、帝都の街並みはゆっくりと“何か別のもの”へと塗り替えられていく。
人々の姿が溶け、建物の輪郭がぼやけ、色が抜ける。
明らかに、現実ではない。けれど──あまりに現実的な世界。
追放された四人の冒険者は、闇に包まれたその“もう一つのデリン・ガル”の中に飲み込まれていた。
最後に響くのは、映画館の開演を告げるような、プルトの冷ややかな囁き。
「──ごゆっくり鑑賞を……」