デリンクォーラ帝都「デリン・ガル」離宮
「ルチアさま。本日もお勉強いたしましょう」
「はい…」
白髪に赤い瞳、儚げな少女が熱心に本を読むのを教育係の男が微笑みながら見つめている。
次期皇帝候補ことルチア・アンブロジアである。
だが彼女の正体はそれ以上の存在であった。
ガイウスに討たれた災厄-魔王は最後の力を振り絞り。
持てる力すべてをもって転生を行った。
その結果産み落とされたのが、この少女である。
彼女の役目はその身に流れる強大な魔力を使いこなすこと。
皇帝の血を残すことだ。
そのために彼女は様々な教育を受けていた。
だがどれもこれも彼女にとっては苦痛であった。
まず第一に礼儀作法、言葉遣いから食事の仕方まで徹底的に矯正させられた。
そして第二に勉学だ。帝王学に始まり政治学から軍略に至るまで。
おかげで彼女は大人顔負けの知識量と教養を身につけてしまった。
ルチアが望むものはそこになかった。
だが自分は皇女であり、いずれ皇帝になる身でもあるので逃げることはできないのだ。
そんな数少ないプライベートの時間、一人きりの時間に決まって読むものがある。
勇者物語だ、内容は極シンプルなもので。
主人公が仲間とともに世界を救うといった内容だ。
何度も読み返したせいでボロボロになった絵本を開く。
(ああ……わたしもこんな冒険をしてみたい)
幼い頃に憧れた夢だ。
自分もいつか素敵な王子様と出会い幸せな結婚をするのだ。
そう信じて疑わなかった頃の話だ。
(でもそんなことなかった……わたしは、ただの道具でしかない)
ルチアはその日も俯く、何もできない無力な自分を呪いながらただ泣くしかなかった。
—–
クードスの朝は、夜とはまるで別の顔をしていた。
水面の光は鋭く、露店の呼び声は活気に満ちて、
旅人のガイウスとルッツは船着き場を歩きながら、
まだ昨日の話題を引きずっていた。
「しかし……水上都市で冶金が発展ってのは、どういう理屈だ?」
「ね。落ち着いて考えれば考えるほど、なんか変じゃない?」
二人とも完全に首をかしげている。
冶金=鍛冶=炎の文化、水上都市=湿気と水の文化。
どう考えても噛み合わない。
答え合わせのように、派手な水しぶきが上がった。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ァ゙!?!?」
双剣使いの青年が、水辺に膝をついて絶叫していた。
「落ちたんだぞ!?片方!!これからオレ剣1本だぞォ!!?」
完全に泣き崩れている、ガイウスとルッツは固まった。
そして追い打ちのように背後から治療師声
「はいはい、落ち着いて。ほら、ピザ食べますか?
今日のはマルゲリータ。美味しいですよ」
「ピザじゃねぇよ!!剣!!オレの剣ぇぇ!!!」
「はいはいはい、泣かない泣かない〜」
ガイウスとルッツ、しばしの静寂。
波の音、鳥の声、沈んでいく剣の“チャポン……”という悲しい音。
そのすべてを受け止めて。
「……あー……」
二人同時に、100%理解した顔をした。
「……だから冶金屋が儲かるんだ」
「……需要が……あるからだな……」
クードスの水上都市文化、これ以上ないほど分かりやすい実演ショー。
美しい街並みの裏で、冒険者たちは毎日武器を水葬し。
冶金屋は黙々と“水没遺物”を蘇らせ続けている。
その宿命が、この都市を作っている。
「馬車越しに見たことあります、頬に黒い雷のような模様がありました」
「あの方は雷魔法の名人なんですよ。
遠くから一撃で仕留めていくのを見たことがあります。
私もあんな魔法使いになりたいなぁ」
「えぇ、若い娘がよく黄色い声をあげておりますぞ。
亡きダリル殿下に勝るとも劣らない美丈夫ですからな」
情報を求めて聞き回っているのだが。
出てくるのはいい評判ばかりで、逆に疑念が湧いてくる。
本当にあの野郎なのか……?と、誤解で斬りかかった日にゃ即時ギロチン行きだ。
だから徹底的に情報を探らねばならない。
そう思っているとルッツがやって来た。
あっちもあっちで皇子について探っていたようである。
「ダメ、そのユッピーとかいうやつはよほど猫かぶりが上手いか、ほんとにいい奴かの二択よ」
「あぁ……同姓同名の別人かもしれ」
「優しい皇子様だぁ?はぁ~これだから平民は困る」
割り込んできた声に驚き振り返ると。
聞き耳を立てていたらしい浮浪者が杯を傾けながら酒臭い息を吐く。
明らかにうわべで判断しているほかの民と違う。
浮浪者というのは何某かの地位から落ちぶれたものもいるのだ。
彼のようなタイプは逆に信用できる。
「ありゃとんだ猫かぶりだぜ。庶民共にはいい顔して、価値がねぇと判断したやつは徹底的に甚振るのさ」
「オッサン、見たことあるの?」
「あるさ。ただじゃ話せんな……その串焼きと交換でどうだ」
「む……まぁいいわ、どうせ脂っこくて口に合わないし」
「じゃ遠慮なく。もぐもぐ……俺は見たんだよ、あいつの裏の顔てやつをな」
「詳しく聞かせてもらおうか」
「おう、あれはそう……2か月くらい前だったかねぇ……」
驚くべきことに、この浮浪者-ほんの2か月前まで帝都で騎士を勤めていたという。
だがユピテルに爵位をはく奪された、理由は1つ-裏の顔を見てしまったからだ。
ある日、たまたま巡回に時間がかかり遅めに戻っていた時。
通りかかった路地から雷魔法特有の空気が焼けるにおいがした。
嫌な予感がして声の聞こえる方へ歩いていくと、そこにはユピテルがいた。
彼は昼間や民の前では見せないような悪辣な表情で浮浪者を嬲り者にしていたのだ。
「あぁ~皇子様ってのはなンでこう窮屈なのかねぇ~!
オラァ!!まだ終わりじゃねンだぞ!立てや!!」
「ひぎぃいいいっ!お許しくださいぃい!」
無理やり雷で叩き起こしては、また暴力を振るうを繰り返す。
その凄惨な光景を見て恐怖するしかなかった。
あれが民の信頼を得ている皇子の顔なのか、と。
ユピテルに気づかれるより先に逃げ去ったつもりだったのだが。
足音を聞かれていたのか、数日後突然ユピテルに呼び出され。
爵位をはく奪され、今に至るのだ。
「…それ、信じていいわけ?」
「信じなくてもいいぜ?なにせ落ちぶれた酔っぱらいの妄言だからなぁ」
「……信じる。話してくれてありがとう」
ルッツが礼を言うと浮浪者は照れくさそうに頭をかき。
そのままどこかへ消えていった。
残された二人は互いに顔を見合わせる。
「どう思う?」
「……間違いない、俺が知るユピテルだ」
「なら、どうして帝都にいるの?」
「……わからん。だがあいつのことだ、何か企んでるに違いない」
ガイウスは確信する、やはり生きていたのだと。
まずは装備を整える、今の装備ではあまりに心許ない。
決めたら即行動、善は急げとは言うがまさにその通りだ。
さすが帝国、装備品はどれもこれも質がいいものばかり。
騎士御用達の店だけあって品揃えもいい。
だがその分値段も高い、しかも高級バーで金貨を使ってしまったのが悪かった。
「なぁおっさん、まけてくれねぇ……?」
「ダメだよおにーさん、これお店の看板商品なんだからさ」
目の前にあるバスタードソードは店主が看板商品という通り。
かなり出来のいい剣だった。
ユピテルに並の剣では歯が立たない。
1年前の装備が今もあれば問題なかったんだが今の自分は国外追放され。
勇者時代の装備も、勇者服を除く殆どが没収されてしまっている。
どうしたものかと考えていると、ふとあることを思い出した。
(そういえば、あいつらはどうなったんだ?)
かつての仲間をふっと思い出す。追放されたとはいえ。
あいつらは曲がりなりにも勇者パーティーの一員。
そう簡単に死ぬとは思っていない。生きていたとして今更会うつもりもない。
どうせ会ってもロクなことにならないだろうし。
そもそもあいつらのために割く時間などないのだ。
今は自分のことだけで精一杯なのだから。
「はぁ~あ、どうすっかなぁ~……」
思わずため息をついてしまう。金がない、装備が買えない、情報が集まらない。
考えれば考えるほどため息しか出なくなる。
「じゃ彼のぶんは僕が払うよ。銀貨でいいかい?」
「はいどうも」
「へ?」
見るとあの酒場で見かけたダンサー男こと。
バルトロメオがカウンターに肘をついていた。
彼は懐から革袋を取り出し、代金を支払う。
「毎度あり~」
「なんであんたが払ってくれるんだよ?」
「別に、大したことじゃないよ。それにその剣は貸しだから」
「貸し?」
「まぁ後でゆっくり話そう。ほら隣のちっちゃいエルフちゃんも」
「あたしこれでも100歳超えてんだけど!?」
「さすがエルフは長寿だね!はっはっは!!」
豪快に笑うバルトロメオを見ているとなんだか気が抜けてしまう。
なんというか憎めない奴というか、不思議な雰囲気を持っている男だとは思った。
その後、3人は近くのカフェに入り、話をすることにした。
「……なるほど、つまり君は勇者で、追い出されて路銀もなく困ってるってわけか」
「あたしは里のハイエルフとケンカして家出中ー」
1年前-魔王を討った勇者PTにエルフはいなかったと聞いたが、謎が解けた。
何があったかはわからないが彼らとは絶縁状態にあり。
魔王討伐を完遂すると共に、別れたのだろう。
もしかしたら魔王が死んだことで彼らは解放されたのかもしれない。
「色々あったんだよ、色々。気になんならアルキード王にでも聞け」
「まぁなんとなく察したよ。それで話は変わるが、皇子とルチア様の婚約の話は聞いてるかい?」
「ビラ撒いてたし。ふつう皇女様の結婚って嬉しいことじゃない?顔暗いわよ」
「ああ。祝福したい気は山々だけど……。
あのユピテルって皇子はどうもキナ臭い感じがするんだよ。
なんかこう……邪悪な気配みたいなものを感じるんだ」
二人の意見を聞いて、少し考え込む。確かにこいつらの言う通りかもしれない。
もしもあの皇子が本当にユピテルなら……皇女の未来はけして明るいものでないだろう。
テラスに面した石畳のカフェ。
焼き立てのピザに、ハーブの香り豊かなトマトソースパスタ。
クードス名物の白ワインが陽に透けてきらめく。
「でさぁ、僕あのバー辞めたんだよね」
フォークをくるくる回しながら、バルトロメオが軽い調子で切り出した。
「はぁ!?あんな人気あったのに?」ルッツが目を丸くする。
「だってさ、求人票には“月曜定休”って書いてあったのに。
祝日と被ると“今日は営業”とか急に変えられるんだよ? 休み減るんだぜ」
「ブラックじゃねぇか……」ガイウスが眉をひそめ、ピザをもぎ取る。
「それだけじゃないの。ステージに貴族が投げ銭しても、全部店の取り分。
僕んとこには一銭も来やしないのさ」
バルトロメオはワインを傾け、肩をすくめた。
「えっ、あれってダンサーの懐に入るもんじゃないの?」
「普通はそう。でも“安全管理費”とか“場所代”とか言われて、はいサヨナラ。やってられる?」
「うっわぁ~……」ルッツが顔をしかめてスープをすする。
ガイウスはパスタをずるりと啜り、ぼそりと呟いた。
「勇者よりブラックじゃねぇか」
「ほんとそれ!」
バルトロメオは大笑いし、グラスを掲げる。
陽気な観光客が歌う舟歌と、ゴンドラの水音。
その喧騒の中で三人の笑い声もまた、水面に反射して揺らめいていた。
石畳のカフェテラス。
ワインのグラスを突き合わせ、ガイウスが声を上げた。
「よし!じゃあ三人パーティ結成ってことで、めでたく……ん?」
「なにキズ野郎」
ルッツが怪訝そうに睨む。
ガイウスは苦笑いしながら首を傾げた。
「勇者パーティー……じゃ、ねぇよなぁ。
俺は元勇者。こいつは家出したガキ。お前は……休職中のダンサー」
「言い方ひどくない!?」とルッツが即ツッコミ。
「いや合ってるだろ」
ガイウスは涼しい顔。
するとバルトロメオがグラスを掲げ、にやりと笑った。
「じゃあ“追放者パーティー”でいいんじゃないかな?
全員、なんかしらのグループから追い出されてるわけだし」
一瞬の沈黙のあと、ガイウスが声を弾ませる。
「……いいなそれ!気に入った!じゃあ改めて――」
三人は互いに視線を合わせ、グラスを高く掲げた。
「追放者パーティー、結成!」
カラン、と軽やかな音が響く。
水都の喧騒の中で、三人の冒険が正式に幕を開けた。