デリン帝国編-断罪者ガイウス - 5/6

炭鉱夫の一人が豪快にカルボナーラをすすりながら、ふとこちらへ視線を寄こした。
「ところであんたたち、冒険者にも見えねぇが……どんな集まりだい?」
ガイウスはフォークを握りしめ、短く答えようと口を開いた。
「俺たちは――」
その瞬間、横からバルトロメオが涼しい顔で割り込んだ。
「僕はヴィクター博士の助手でね(嘘)」
ガイウスとルッツの手が、同時にぴたりと止まる。
フォークの先に巻きかけたパスタが宙ぶらりんのまま。
二人はゆっくりとバルトロメオに目を向けた。

ベタ目。
完全な黒塗りのジト目で。
「…………」
沈黙の圧。炭鉱夫たちが「おぉー助手さんかい!」と素直に信じて拍手を送る一方。
ガイウスとルッツは完全に「は?何言ってんのこいつ」顔で固まっていた。

バルトロメオは気にした様子もなく、にこりと微笑みを深める。
「博士は多忙でね。外界に興味を持った彼の息子――。
人造人間の“フラン君”を、僕が代わりに世話しているんだ」
ガイウスとルッツ、ベタ目のままノーコメント。
嘘120%。もはや原典の博士像を180度ひっくり返す、救いようのない大嘘だった。
バルトロメオは余裕の笑みを崩さず、さらに声を張った。

「彼、フラン君は――見た目こそ完璧な人間だが、博士の最高傑作である人造人間でね」
(……誰が人造人間だ、誰が)
心の中で叫ぶ。
だが口からは出せなかった。
「でも力加減は苦手なんだ。ほら、今アルルカンでやってるだろ? 似た御芝居が」
その言葉に、近くで耳をそばだてていた若い娘が食いついた。
「あぁー! 友達が泣いてたやつ!わかるわかる、“フラン幸せになって……”って、みんな言ってたな!」
ルッツに見せられたパンフレットの中――白いドレスを着たフラン・ドール。
彼女の姿が、どうしても頭を離れない。

うさぎを撫でようとしただけで、その首を折ってしまった彼女。
愛を確かめたくて抱擁を願ったのに、力が強すぎて相手を恐怖させてしまった彼女。
それは舞台の虚構だ。けれど、あまりにも自分に重なる。
――まだ自分には起きていない。
だが、いつかそうなる可能性は否定できない。
勇者を捨てた今も、この体は怪物のような膂力を秘めている。
だから吠えられなかった。
吠えて否定するほどに「フラン君」という嘘が、真実の一部を暴き立ててしまうようで。
じっと黙り込んだガイウスの横顔に、ルッツが呆れ顔を向ける。

「その顔やめなさい。ご飯もらえない犬みたいよ」
ジト目に射抜かれ、ガイウスは言葉を失ったまま、ただ目だけで不満を訴えるしかなかった。
「……逆にどこまでが嘘だお前」
ガイウスは頭を抱えて突っ込むしかなかった。
だがバルトロメオは悪びれるどころか、さらなる芝居を重ねる。
「いや、彼女のようにはさせないよ。……フラン君には、家妖精もついてきてるし」
その瞬間、ルッツの視線がぴたりと突き刺さる。
無言の圧。ジト目。

「……いつブラウニーになったの、私」
ルッツが小声で呟いた。
炭鉱夫たちは爆笑し、モブ娘は「すごい、本当に芝居の一座みたい!」と拍手喝采。
かくして――“人造人間フラン君と博士と妖精”という盛りすぎた設定。
だが完全にノルトンで定着してしまった。
笑いと拍手の渦の中、ガイウスは皿の上で伸びきった赤いカルボナーラをぼんやりと見つめていた。
もう温かくはない。いや、それ以前にもう「味」が頭に入ってこなかった。

“人造人間フラン君”
“博士の助手(バルト)”
“付いてくる家妖精(ルッツ)”

この街に着いて、まだ半日しか経っていないというのに。
気づけば旅の設定がすべて改ざんされていた。

「おい……バルト」
意識が戻ったように、ガイウスが低く唸る。
「お前な。今の話、何から何まで嘘だよな?」
「なに言ってるの、ガイウス。僕はただ、演出上の補足をしただけさ」
バルトロメオはまるで無罪を主張するように肩をすくめる。
悪びれるどころか「むしろウケてよかった」という顔をしていた。
ルッツはカルボナーラの皿に残った唐辛子をつつきながら、小さく吐き捨てる。
「信用無くすぞ兄貴」
言い慣れた風であった。

ベタ目、ジト目、ダブルコンボ。
ガイウスはすでに座っているのに、座りなおしたくなるほど精神的ダメージを受けていた。
「フラン君って、あのフラン君!? 本物なの!?」
どこからともなく駆け寄ってきた子供たちが、テーブルの周囲に集まり出した。
「うわっ、すげぇ! 人造人間なんだー!ねぇねぇ、動力って魔核?それとも心臓?」
「ねえねえ、妖精さんは空飛べるの? 変身とかできるの? 羽は?羽は!?」
三人とも、返す言葉を失った。
バルトロメオが作った設定が、ノルトンの中で一人歩きを始めている。

「……よかったね、ガイウス」
ルッツが静かに言った。
「夢のある“見世物”になれて」
ガイウスはテーブルに頭を伏せた。
「ちょっとだけ……俺、ノルトンの地面に沈みてぇ……」
彼の声はか細く、それでいて真剣だった。
バルトは悪びれず言った。
「でもこうやって、どこに行っても名を広めるってのは、大事なことさ。
『あ、人造人間の一座が来た!』って、次の街でも歓迎されるかもよ?」

「それ歓迎されてるの、“俺”じゃなくて“フラン君”だからな」
「何が違うのさ」
「色々違うんだよ!」
なおもジト目のルッツが、ひとこと。
「この調子じゃ帝都着く頃には、魔王軍も『あ、人造人間来た!』って言い出すわよ」
その場にいた全員が想像した。
ユピテルが満面の笑みで、「よぉフラン君、久しぶり!」と手を振る未来を。
「嫌すぎるッッ!!」

食堂を出る頃には、陽が傾き始めていた。
煤煙に滲む午後の空は鈍く、橙と灰が混じりあう。
通りの先――石畳の広場には、子供たちの賑やかな声が響いていた。
「わーい!お菓子だー!」
「トリック・オア・トリートー!」
カボチャのランタンが揺れている。
煤けた建物の窓に吊された、灯りの入ったオレンジ色の灯籠。
そこに群がる子供たちは、それぞれ魔女や猫やコウモリの仮装をしてはしゃぎ回っていた。

ハロウィン――というより、ノルトン流の収穫祭。
炭鉱という暗く閉じた日常の中で、唯一明るくはしゃげる“演目”の日。
ガイウスは少し離れた場所からその様子を見ていた。
笑い声。走り回る足音。
――本来、自分が“守ってきたもの”の象徴だった光景。
しかし。
「……っ」
ひとりの小さな子供が、彼に気づいた。
そして、まるで何かに怯えるように、ぴたりと足を止める。

「……か、顔こわいー!」
「にげろー!」
次の瞬間、子供たちは蜘蛛の子を散らすように悲鳴をあげて逃げていった。
菓子を落としながら、ランタンの影に隠れるように。
ガイウスはその場に立ち尽くしたまま、何も言えなかった。
(……なんだよ、それ)
昔は違った。
どこの村に行っても、「勇者様だ!」と手を振ってくれる子供がいた。
そのたびに、剣を背負っていることを忘れそうになるくらい、無邪気に笑えた。
それが今――剣を背負って、戦って、生き延びたその末に。
“顔が怖いから”という理由で、ただの怪物みたいに扱われる。

(……もう、“勇者様”なんて、誰も言ってくれねぇか)
小さく、かすれた独白。
誰に届くでもないその言葉は、煤の風にさらわれていった。
その静寂を、あっさりとぶち壊したのはバルトロメオだった。

「ほらほらー、おチビたちー!」
両手をひらひらと振りながら、ガイウスの背後から声を張り上げる。
「怖くないよー! このお兄さんはな、ヴィクター博士の作り出した人造人間でな!」
「名前は“フラン君”!優しい性格だよー!」
逃げた子供たちの動きが止まる。
ちらちらと、ランタンの陰から顔を覗かせ始める。

――が、それ以上に先に反応したのは、ガイウスだった。
振り返りざま、地を抉る勢いで声を張る。
「逆にどこまでが嘘だおいッ!!」
怒鳴り声がノルトンの広場に響いた。
コウモリ帽を被った子供が「わー!やっぱりこわいー!」と叫んで再度逃走する。
さらに傷が深くなる結果となった。

「……すご、1ミリも合ってないわ……」
ルッツが肩をすくめ、ジト目でバルトを見やる。
その顔には呆れが3割、諦めが6割。
残りの1割は「今日も面白いものが見られた」という悪戯な光が浮かんでいた。
「信用無くすぞ兄貴」
ルッツの口から、またそのセリフが出た。

ガイウスは、二人の顔を見比べた。
ゆっくりと額を押さえ、何も言わず、ただ静かに頭を垂れた。
「お前のせいでマジでフランケンシュタインと間違われてるじゃねぇか!!」
広場から少し離れた裏通り。
仮装した子供たちの笑い声が遠ざかる中、ガイウスは肩を怒らせて叫んでいた。
その怒鳴り声には、真剣な怒りというより――。
“何で俺だけこんな目に遭ってるんだ”という、ぐちゃぐちゃに拗ねた感情が混じっていた。
「責任とれ!!せめて設定を消せ!上書きしろ!!」
相手の名は、もちろんこの男。
笑顔が板についた罪人、バルトロメオ・ヴァンクリーフ。

「だってさぁ」
バルトロメオは口元に人差し指を当て、全然反省の色なく、ひょいと肩をすくめた。
「そんなコワモテなのが悪いよ? 顔の傷、ちょっと鋭すぎるんだって。
今ハロウィンなんだから、丁度よくない?“ちょっと怖いけど実は優しいフラン君”」
「俺はなァ!“ちょっと怖いけど実は優しい”って枠にすら入ってねぇんだよ!!」
ガイウスの叫びに、石壁の向こうのカラスが一羽飛び立った。
隣でルッツが呆れたように腕を組み、ジト目で言い放つ。

「てかそもそも、私ブラウニーなんだけど。……ひどくない!?」
その場にいた全員が一瞬黙る。
たしかに酷い。
森で育ち、魔法にも長けたルッツは、どこからどう見ても“妖精さん”より“森の強気娘”である。
妖精というより毒舌精霊である。
「お前、背後からじゃなくて、前から噛みつくブラウニーだよな」
「だまらっしゃい」
ルッツの鋭い肘がガイウスの脇腹に刺さる。

「いっ、何すんだ!」
「“傷だらけのくせに図体はデカい”のに、口はめちゃくちゃ子供っぽいのが悪いのよ」
ぐぬぬ、と唸ってガイウスが反論を探している、その時だった。
――くい、と誰かの袖を引っ張る感触。
振り向くと、ランタンの灯りの向こうから、ひとりの子供がこっそり顔を覗かせていた。
猫耳のカチューシャをつけた、女の子。
年の頃は八つか九つ。
お菓子を入れた袋を胸に抱きしめながら、怯えるように立っていた。

ガイウスは思わず息を呑む。
子供は、おずおずと口を開いた。
「……さっき、逃げちゃって……ごめんなさい」
その声は小さく、震えていた。
だが次の言葉には、確かな意志がこもっていた。
「さっきのお兄さんが、“本当は優しい性格”って……ほんと?」
ガイウスの目が、一瞬だけ見開かれる。
小さな子供の問い。それは、誰もが忘れかけていた“勇者”の存在を探る声でもあった。

「……」
ガイウスは何も言わず、しゃがみ込んで目線を合わせた。
怖がらせないように、ゆっくりと手を差し出す。
……女の子は、戸惑いながらも小さな手で、その手に触れた。

ほんの一瞬。
でも、その手の温度に――ガイウスは確かに感じた。
「フラン君」でも「怪物」でもない。
“誰かを守る手”としての、自分の原点を。
女の子はそっと袋からキャンディを取り出し、彼の手に置いた。
「……トリック・オア・トリート」
照れくさそうに言って、ぱたぱたと走り去っていく。
ガイウスは、渡されたキャンディを見下ろした。
薄紙に包まれた、ただの甘い砂糖玉。

だけど、それが――どこまでも重たかった。
背後から、バルトロメオが冗談めかして言う。
「……ね、言った通りでしょ。
“ちょっと怖いけど、実は優しい”フラン君ってさ」
ガイウスは振り向きざま、容赦なく投げた。
「フラン君じゃねぇっつってんだろがぁぁぁぁ!!!」
袋に入ったキャンディが宙を舞い、街に笑い声が響いた。