デリン帝国編-雷帝 - 2/5

「ユピテル……?ユピテル!えーと……どうなったの、ですか……?」
「お騒がせしております皇女様、悪漢をとっちめたところでございますよ」
パタパタと小さい体を賢明に動かし、ルチアが駆けてくる。
彼女は周りを見回した後、地面に突っ伏している男を見て言った。
帝国を腐らせようとした悪漢とはいえ、その男が倒れているのを見て悲しそうに目を伏せる。
優しい娘だ、あのルナの転生体とはとても思えないほどに……。
(この娘はきっといい皇帝になるんだろうな)
皇帝の座に就くことは彼女自身の意思ではないかもしれない。
それでもここまで民を思いやれるのならきっと良い王になれるはずだ。
だからこそ守らなければならない、彼女という存在を。

「皇女様。改めてお話致します、さきほど」
「ふ、ざ、け……ン……じゃねぇ……」
「はぁ!?ちょっキズ野郎!?点穴って即死技なのよね!?」
「ああ本業ならな!あいにく俺はサブスキル止まりだ!」
突如起き上がったユピテルは鬼の形相でシン-ガイウスに向かって突進してきた。
不意を突かれたがなんとか躱し距離を取る、しかし悪魔の目的は自分でなかった。
「きゃあーっ!?」
「行くぞルチア……!俺のジュノーになってくれ、俺の女神に……!」
幼い皇女を担ぎ、ガラスを割って帝城のてっぺんへ駆け上がってしまった。
あまりに一瞬の事態に全員が固まり、数秒後には大騒ぎとなる。
それもそうだ、目の前で皇子が悪魔と判明したうえ皇女を攫っていったのだから。

ルッツはどうするのよー!?とシンもといガイウスの首を絞める勢いで掴み。
ガイウスは「首絞めんじゃねぇ~!」と女装設定を忘れ怒鳴り散らしている。
だがバルトロメオだけは冷静だった、狂乱のダンスホールの中。

「……そういえばあの男の顔、貴族街で見たことあるような」
「ユリウス・ベイネットだ……」
「父上!」
ヴァンクリーフ卿が気づいたら隣に立っており、苦虫を噛み潰したような顔で呟く。
そして彼の口からとんでもない言葉が飛び出した。
「悪徳貴族の御曹司だ、お取り潰しのさい処刑された筈だが……」
「は?じゃあユピテルはゾンビってこと!?ゾンビとか嫌よあたし!」
「半分は合っている、あの男は悪魔として蘇ったんだ。邪悪な者によって」
「……ルナか、まだしぶとく影響残してやがって」
ガイウスは顔を顰める。もはや一刻の猶予もない。
ユピテルはルチアを攫い天守閣の方へ逃げていった。
急がなければ取り返しがつかないことになる、幸いにもやつも満身創痍らしい。
階段には血痕がポツポツと残されていた、コレをたどれば……!

「行くぞテメェら!あと……えぇい!チャイナドレスで走れるかっ!こんなもんは……こうだっ!」
シン-もといガイウスは「勇者」に戻るため、チャイナドレスの襟を引っ掴むと思い切り引きちぎる。
その下からはいつ着替えたのか?彼には着なれた勇者の衣装が飛び出した。
早着替えかそれとも魔法でやったのか? どちらにせよ無駄に器用だ。

「あー!それ高かったのに!?」
「あとで弁償する!今は許せ!おらお前らも脱げ!急げ!」
「ちょ、待ちなさいよ!これメイド服だから脱ぎづらいの!もうっなんであたしばっかりこんな役回り!?」
「文句言うんじゃねえ!俺だって好きで女装してるわけじゃねえ!」
「ガイ君、それ僕のセリフ……」
「いいから急げってんだ!!」
結局全員仮装を脱ぎ捨て-いつもの服装で走っていくことになった。
ヴァンクリーフ卿は乱雑に脱ぎ捨てられた衣装を手に取り物思いに耽る。
かつてのバルトロメオは服が汚れただけで癇癪を起こして。
新しい服を買ってくれとせがんできたものだ。
しかし今はどうだ、二度と会わないと言った自分に頭を下げに来たうえ。
やつにとっては不愉快な記憶しかなかったであろう貴族姿で現れた。
「あのバルトロメオが……成長したものだな」
そしてもう1つ、彼らの成長を寂しく思う自分もいたのだった。

ユピテルは息を切らしながら階段を駆け上っていく。
すでに彼は満身創痍で、脇腹からは血が滲んでいた。
「ねぇユピテル……?こんなのおかしいよ、みんなに謝ろう?今ならきっと許してくれるから」
「ルチア、今だけは俺の言う通りにしてくれ!すぐみんな俺が正しいってわかるからさ!」
(うぅ……怖いよぉ……でもこのままじゃダメだよね、わたしが勇気を出さなきゃ)
小脇に抱えられながらルチアは精一杯声を振り絞り、ユピテルに声をかける。
しかし返ってきた言葉は謝罪ではなく、自分の都合のいいことばかり。
彼を突き動かすのは王への忠誠心と、崩壊が加速化していく肉体への焦りだ。

「ルチア、俺はな……お前となら皇帝になれると思ったんだよ」
「ユピテル……?」
「だってお前は俺の理想の皇女様だからなぁ!優しくて、民のことを思いやれる!」
「そ、そんな……」
(違うもん!わたしは優しくなんかない!ただみんなから逃げてるだけだもん……!)
ルチアは否定の言葉を投げかけるが、ユピテルの耳には届かない。
彼は自分の都合のいいように解釈するばかりだ。
そしてついに最上階に辿り着いてしまう、そこは帝城大天守-屋上だ。
既に日は落ちかけており夜が訪れようとしていた。
黄昏の空に浮かぶ月を見てユピテルは思う、帝国の新たな夜明けにふさわしい空だな、と。

「ねぇ、なにするの……?」
「ルチア。ここに新しい王様が降り立つンだ。その手伝いをしてくれ」
「おうさま……?おうさまって誰?お父様じゃないの?」
「あぁ。もっと偉い、偉ーい方だよ」
そう言ってユピテルはルチアを抱き上げバルコニーに連れて行く。
一緒に夕日を見ようとしている、わけではない。
その足はまっすぐ手すり側へ向かっていくではないか!まさか……?

「ほぉら、高い高ーい」
「え……や、やだ!怖いよぉ!死んじゃうよ!」
ルチアの体が手すりを乗り越えた。
ユピテルが手を離してしまえば真っ逆さまに落ちてしまう。
だが彼はニヤニヤと笑い、まるで悪魔のように笑っているではないか。

「あなたは死なない、俺が復活させる。お目覚め下さい魔王様」
「……っ!?」
ルチアの顔が恐怖で歪む、そして涙を流しながら必死に抵抗をする!
いやだ、こんなところで死にたくない!
まだやりたいことだっていっぱいあるのに!それに何より……!
「やだっ!やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ!
離して下ろして助けてぇぇえええ!」
暴れる少女を強引に持ち上げたまま、ユピテルは手すりに足をかけ。
まさに皇女ごと飛び降りようとしたところで。

「ぐあっ……!?あがぁ……」
「皇女様に刺してないよな?バル」
「ふん。踊り子の投擲スキルなめんじゃないよ」
ユピテルの太ももにはナイフが刺さっており血が滴っていた。
それを投げたのは当然バルトロメオである。
彼は踊り子、戦闘と無縁に見えるが荒くれを相手し場馴れしているのだ。
「邪魔するな……皇女様が俺を王にしてくれるンだぞぉおお!」
「きゃああぁああぁぁああああ!!」
ユピテルは再び皇女を持ち上げようとするが。
次はそういくかとばかりにルッツがルチアを確保する。
小柄なので全身でキャッチすることになり、ルチアごと倒れることになる。
彼女が無傷なことを確認し、安堵すると立ち上がる。
もちろん彼がやろうとしていたことも目にしており、猫のように大きなツリ目が更に吊り上がる。

「最低ねアンタ……!王様になったつもり!?」
「王様じゃねぇ、神様だ!ユピテル様なンだよぉおお!」
もはや支離滅裂なことを喚きながら再びルチアに手を伸ばすユピテルだったが。
今度は横から拳が飛んでくる! それはガイウスによるものだった。
どうやら彼も追いついたらしい、毛染めを落とす時間がなかったため彼は黒髪のままだ。
「ユピテル!追いついたぜ」
「名前呼ぶ暇があンのかぁ!?」
「うおっ!?危ねぇなこの野郎!」
ユピテルの蹴りを紙一重で躱し距離を取る。
そして改めて敵と向かい合った。

「その黒髪……やっぱりあのチャイナドレスのオカマはてめぇか。目の色が似すぎてると思ったぜ」
「おい!?チャイナドレスはまだしもオカマはねぇだろ!?」
「じゃあ女装癖の変態かよ」
「俺にそんな趣味はない!」
「うるせえ!どっちでもいいんだよンなこたぁ!」
殴り合い蹴りあいをしながら罵詈雑言を浴びせあう二人を尻目に。
ルッツとバルトロメオはルチアを抱きかかえ追いついた騎士たちに受け渡す。
そして目で合図する-あの悪魔は自分たちに任せて欲しいと。
騎士団長は彼等の意思を汲み、黙って頷いた。

「ルチア……!まぁいい、ガイウス。一年越しの決着と行こうじゃねーかよォ……招雷!」
いよいよ追い詰められ本気を出さざるを得なくなったのだろう。
力強く足を踏み鳴らすと共に雷が迸り、鞘に納められた美しい刀と変わる。
服装も彼がよく知る、裏地が金色の黒マントに、白いトップスとハーブズボンを合わせた。
一度目にしたら忘れられないものと変わった。

「俺はねぇ……酒も、女も好きだが」
黄金の目をギラつかせ、刀に手をかける。
次の言葉は聞かずとも分かった。一年前も聞いた言葉が来ると。
「血が!一番好きなンだよぉぉ!!」