ユピテルはそう言うや腰を低く落とし刀にそっと手を添える。
その動作には見覚えがあった。一年前も見た構えだ!
「何あの姿勢?鞘がビリビリしてる」
「ルッツ!避けろ!居合だッ」
「いあい……!?うおぉっ!?」
女っ気のない声をあげとっさに回避した瞬間。
ルッツがさっきまで立っていた場所にユピテルが刀を振り下ろし、 地面には雷の斬撃が刻まれていた。
「おやぁ?避けるなんてセンスいいねエルフちゃん」
「馴れ馴れしく呼ぶな!」
「ふっ……二度目はない」
ユピテルは再び居合の構えを取る。
そして今度は先程よりも深く腰を落とし、刀に手を添える。
鞘がビリビリと震え出し、パチパチという音が聞こえるようになり。
その現象に覚えのあったガイウスは冷や汗を流した。
舞雷はただの刀ではない、ユピテル専用に打たれた刀であり。
彼の魔力が込められた魔法剣なのだ、そしてこの構えは……!
「火雷(ほのいかづち)!」
「っ!やべえ!?」
「きゃああっ!!」
抜刀と同時に雷が天から数本、まるで雨のように降り注ぎ。
その内の一本がバルトロメオの足を掠めた。
「っ!あ……がぁ……!」
「バル!」
「ははははっ!ガイウスぅ?新しい仲間は雑魚揃いだな?前の仲間なら避けたぜ」
「っ!この野郎……!」
ユピテルの挑発にガイウスの眉間に青筋が寄る、しかしここで怒るのは思う壺。
彼は怒りを飲み込み、バルトロメオの傷を確認する。
幸いにも掠っただけ、だが前線に出すのは危険だと癒しの光を翳し。
「バル、しっかりしろ!大丈夫か!」
「こ、これくらい平気だよ。ステップを踏み間違えたときに比べれば……」
「いいから休んでろ、こっからは俺がやる」
「へへっ……頼んだよ相棒」
そう言ってバルトロメオは後ろに下がり他の騎士達に介抱された。
これで憂いはない、あとはあの男をぶっ飛ばすだけだ!
再度抜刀の姿勢をとるユピテルに対し、ガイウスも構えを取る。
そして両者は同時に駆け出す、一直線上にいる敵を屠らんと!
-勝負は一瞬、先に間合いへ入ったのはユピテルだった。
抜き放たれた刃はまるで吸い込まれるようにガイウスの胸に向かう。
ガキィンッという鈍い金属音と共に弾かれた。
見るとガイウスは腕で刀を止めていたのだ。
だがそれでは終わらない、ユピテルはそのまま刀を手前に引くことで無理やりガードをこじ開けた。
(この野郎ぉ……1年前より装備は貧弱なくせに、むしろ強くなっているだとぉお!?)
油断していたとはいえ、明らかに弱体化したガイウスに押されている。
その事実に驚愕しつつも すかさず反撃に転じようニヤリと笑う。
その瞬間背筋が凍るような悪寒を感じ、すぐさま後ろに下がるとそこに雷撃が落ちる!
もしそのまま突っ込んでいれば黒焦げになっていただろう、なんという威力だろうか……。
残された二人は、勇者と魔将という規格外同士のぶつかり合いに固唾を飲んでいた。
「ユピテルの刀……速すぎない!?近づくことも出来ないわあんなの」
「ああ、でもそれだけ集中力が要る筈だよ……ヤツの集中力を乱せたら」
「そうか!えーと……おっきい音が出そうなのは、あ!これ!」
ルッツは手持ちのバッグをゴソゴソと漁り、取り出したもの。
それは先ほどの舞踏会で拝借していた、パーティ用のクラッカーだった。
いつか故郷に帰ったときのお土産に取っておきたかったが、今はそう言っていられない。
背に腹は代えられないと引っ張り、場違いなほど明るい音が鳴り渡る。
紙吹雪と甲高い炸裂音。
ユピテルはあまりにこの状況に不似合いな音に、一瞬キョトンとしてしまった。
その隙を逃さず、ガイウスは懐に飛び込んで舞雷目掛け渾身の力で刃を叩きつけた。
天守の屋上――。
刻一刻と沈む夕陽が、二人の影を濃くする。
鍔迫り合い。
雷を纏った日本刀(舞雷)が、ガイウスのバスタードソードに押し返され、
ギリギリの距離で火花を散らす。
ユピテルは、血走った目で睨みつけた。
その表情には――王の威厳でも、魔王軍六将の傲慢でもなく。
ただ“人間”としての嫉妬と怨嗟が渦巻いていた。
「お前さえ……!お前さえ現れなきゃ……全部、全部うまくいってたよによォ……!」
苦しげな声が、雷鳴にかき消されそうになりながらも響く。
「テメェのせいで! 帝国圏にいたら、俺は問答無用で断頭台行きだッ!」
ガイウスの目には、もはや敵ではなく。
同じ“追放者”としての痛みがちらついた。
「どのみち長くねェ……!
ガイウス、お前も――黄泉に連れていくッ!」
その一撃は、もはや“六将”でも“魔王軍”でもなく。
ただの“怨霊”――火雷神そのものだった。
舞雷に変化が生じたのは、その直後だった。
いつもは押し返す位なのに、今日はえらく手応えがない。
ユピテルも愛刀の異変に気付いたようで目を剥いた。
「舞雷!どうした!?」
ルチアのみでなく刀にも。
ユピテルにとってそれは最も受け入れがたいものだった。
ルナ亡き今。彼にとって舞雷は最大の理解者であり相棒である。
それが何故今日に限って市販のバスタードソードなぞに後れを取るのか。
「そんなわけあるか!俺はユピテル様だ!俺が負けるわけないンだぁぁ!」
狂乱したユピテルは力任せに刀を押し込む。
先ほどの凛とした美しさを感じさせない、荒々しく無様なものだ。
だがそれも長くは続かなかった、バスタードソードに押し敗け。
舞雷が悲鳴を上げるように軋みだしたのだ。
「ッ……舞雷!」
思わずユピテルが愛刀の異変に気をとられた、次の瞬間だった。
美しくも恐ろしい妖刀は2つに折れ、夕空へ舞う。
宙をくるりと回った舞雷-正しくは刃が呆然と見上げるユピテルのほうへと堕ち。
「がはぁ!?」
「うそ……」
偶然か、はたまた舞雷の意思がそうさせたのか?刃はユピテルの首に刺さった。
幾人もの首を刎ねた妖刀は主すら例外ではなかったのだ。
信じられない光景を前に二人は絶句する他なかった。
ユピテルは愛刀の思わぬ行動に絶句し、ゆっくりと膝をつく。
命が刀に吸われていくように、ギラギラ輝いていた黄金色の核は急速に輝きを失っていく。
そしてついには完全に光を失い、刀身からひび割れが生じだした。
「そうか舞雷……お前が一番……斬りたかったの、は」
「……」
「……いいぜ、俺の命くれてや……る……お前は、だれより、も…………」
最期に優しく舞雷を撫でながら何かを言いかけたところで力尽き。
そのまま倒れこむようにして動かなくなった。
やがてその骸は塵となり、すでに星が見えだした夕空へと昇っていくのだった……。
「……終わったね」
バルトロメオの言葉にハッと我に帰る二人。
周りを見ると騎士団長を始め騎士たちによって既に事態は収拾されていたようだ。
もう危険はないと判断したのだろう、こちらに近寄ってくる騎士もいる。
しばらくガイウスは無言でかつての宿敵がいた場所を見つめていたが。
「キザ野郎め」
短く呟き、バスタードソードを鞘に収めた。
これが「本物の勇者」がもつ凄味というやつか、とバルトロメオは風に髪を揺らす。
秋の風は涼しく、先ほどまでの熱を冷ましていくよう。
ガイウスが背を向けたのにつられ、ルッツとバルトロメオも大天守を後にしようとする。
だがバルトロメオはすぐ向かわず立ち止まった。
父-ヴァンクリーフ卿が佇んでいたからである。
彼は家出したときよりずっと筋肉がついて。
心成しか顔つきも精悍になった放蕩息子を満足げに見ていた。
「行くのか、バルトロメオ」
「……ええ父上。僕には、友が出来ましたから」
「……そうか、ならば止めぬ。好きにするがよい」
「ありがとうございます父上、必ず戻って参ります故……」
そう言うとバルトロメオは大天守を後にする、ざわつく騎士や兵士の中。
ヴァンクリーフ卿は遠ざかっていく息子の背中を静かに見つめていた。
その頃ルチアは皇宮にある医務室へ運ばれていた。
そこで治療を受けながら皇女はぼんやりと天井を見上げていた。
ユピテルが言っていたことが、もしも錯乱して出てきた妄言でないなら。
(わたしの中に……魔王がいる)
自分の手のひらを見つめ思う、自分の手ながら頼りなげだ。
ほっそりした指は剣など握ったこともないのだろう、とても戦えるとは思えない。
だけど確かに感じたのだ、自分の中で何かが蠢いているような感触を。
そしてそれに呑まれた時こそ、ユピテルがいう「復活の時」なのだ。
怖い-自分が自分でない何かに乗っ取られるかもしれない。だが。
(わたしがわたしでありつづける限り、そうはさせない……!)
小さい手を握り天井を見上げる、皇女の赤い瞳には確かな決意の色が宿っていた。
六将、ユピテルここに散る。
残すはあと5人……。